未来は見えない 5
ウオールは、今日の訓練に皆が気合いを入れている様子に気づいていた。
模擬戦や、剣の型で躓く人々も、すぐさま気持ちを入れ替えることができ、表情は若人のようにきらきらと明るい。
つらそうな顔をする人間も少なかった。
見回りの国属騎士が叱咤すると、「はっ!」と力強く声を張り上げる。
訓練を終えて解散すると、ウオールの元に頭を下げに来る見習いもおり、訓練を受けた彼らを含めた騎士たちのウオールを見る目は、明らかに先日とは異なるものだった。
その様子を、柱の陰に隠れてジャスが見守っている。
何時も堅苦しい顔つきが、今日は朗らかに緩んでいた。
時折、ウオールと目を合わせて親指を互いに立てる。
ジャスは安心した様子で中庭を後にした。
ウオールの心中も、日頃の暗い気持ちを忘れて穏やかだ。
皆が帰り終えると、一人中庭でウオールは座り込んだ。
少し、皆の熱気の余韻を味わうように広く見渡す。
国属騎士になろうとしている者の目的はそれぞれ違うが、自分に憧れて、訓練に力を尽くそうとしている者たちがいることが、ウオールにとって大きなモチベーションとなった。
彼らを全員、立派な国属騎士にしてやりたいという思いが、湧き上がってきたのだ。
しかし、同時に娘であるティアのことも考えてしまう。
――結婚、祝ってやりたかったな。
見習い騎士たちとは対照的に、いくら苦しい現状を耐え忍んでも、彼女に明るい未来が訪れるのかわからない。
医者たちも、手を尽くしてくれているとは言いがたい。
ほとんど、諦めてしまっているようなものだ。
ウオールは目を細め、監禁された娘を想う。
出来ることならあのぬくもりのない鉄格子を叩き壊して、娘を外に連れ出したい。
5年ぶりに見る景色を娘はどう形容するだろうか。
「ウオール、招集である」
冷たい声。
ウオールはバッと顔を上げる。
宰相が目の前に立って、見下ろしていた。
立ち上がり、頭を下げてみせる。
「王からの呼び出しですか?」
「その通りである。今後のことについて、王に考えがあるそうであるからして、我々役人と、お前を招集せよとのことであった。」
ウオールは眉を寄せながら顔を上げる。
宰相は感情を感じさせない、不気味なほど無表情な顔をしていた。
ウオールは何かを察したようで、再び宰相に礼をすると、早足で城の中に戻っていった。
宰相も後を追うがその顔は、だんだん険しくなっていく。
ウオールは、目の前の竜巻のような、もみの木のような、奇妙極まりない髪型をしたふんぞり返る王に対して、膝をついて敬意を表していた。
大きな会議室。
数メートルはある細い長いテーブルに、宰相を含めた多くの役人たちがいやらしい笑みを浮かべながら座っている。
王は側近の女性たちに囲まれながら、ひときわ大きく豪華な装飾がなされた椅子に腰掛け、足を組みながらウオールを見下ろしていた。
ふくよかと言うには些か腹が膨らみすぎている王は、鼻息を荒くしながら嘲笑した。
「では、ここにおるウオールを、……え、なんだったか?」
「グリーフ国です、王。」
「うむ、ではグリーフ国の先遣隊隊長として任命する。技術力や軍の規模、他国とのつながりについて調査し、報告せよ。皆の衆、良いな?」
役人たちが皆、異議無く首肯する。
宰相は一人、少し難しい顔をしながら控えめ首を動かしていた。
それに気づきながら、王は鼻を鳴らして満足そうに笑う。
「では、明日の朝には編成を完了し、出立せよ。いい報告を待っておるぞ、ウオール。」
王が周囲の女性たちに合図すると、うち二人が王の身体を支えて椅子から立たせ、そのまま王とともにその場を後にした。
残った女性たちはウオールにグリーフ国の資料を手渡し、役人たちのコップなどを片付け始めた。
ウオールは役人たちに礼をしてその場を後にする。
宰相以外は相変わらずニタニタと何か企みを持っているような空気を出しているが、ウオールはその心にあるのは小汚い欲望であることを知っていた。
しかし口を慎み、何も言うことなく扉を開いて出て行く。
自身の仕事場に戻ったウオールは早速ジャスを呼び出して話を始めた。
「先遣隊、ですか」
「ああ。いつものことだ。今回の対象はグリーフ王国、ここから北に一日馬で向かったところにある。書類を見る限りだとかなり小さい国だが、自国の周辺を高い強固な壁で囲って警備はかなり厳しい。入るためには入り口から、出入国許可証がないと駄目らしいが、なぜかうちの王はもっていた」
ぴらぴらと一枚の紙を振りながら、ウオールは椅子にどかりと座り込んで書類を眺めようとしない。
ただでさえ見づらい報告書が、数日かかって行う調査任務内容だと思えば、ウオールの気持ちは沈むだろう。
天井を仰ぎ、顔に手のひらを置くウオールの口から、「ティア」の名前が小さく出てくる。
ジャスは顔を引きつらせてため息をついた。
「どうせ、どこかの国から戦争で奪ったものでしょう。それにしてもグリーフ国、かなり近いですね。相変わらず強欲な王なのは結構ですが、そんなに近くにある国を今まで放置していたのはなぜでしょうか?」
「よくわからん。とにかく急いで準備をしなくてはならん。この許可証は、薬草を扱う商人に出したもの、まあ、とりあえず鎧は駄目だ。私は薬草をもらえるか病院に聞きに行く。お前は三人ほど、人員を選んでくれ」
ジャスは礼をし、その場を後にする。
ウオールはそれを見送ると、机に突っ伏した。
この任務にでかければ、しばらくは帰ることが出来ない。
その間訓練を見ることが出来ないのもつまらないし、何よりもティアのことが心配であった。
仕方ない話なのだが、モヤモヤとした不安がウオールの胸中にあって消えない。
なんとか奮い立たせ、重い腰を上げる。
また医者に何か言われるだろうけど、ティアに何か言ってから行こうと、肩をすくめながら思い至った。