その剣は誰がために 14
ウオールは光の中にいた。宙に浮いているような感覚。
足を着く場所もなく、ただ、風のようなものに包まれた心地で、空間の中を漂う。
一面純白の世界。そこで瞼をゆっくり開く。
浮いているのに、落ちる様な感覚は無く、何かに抱きしめられている気がした。
周囲を見回すが、見渡す限りなにもない。
上も下も無限に続く純白の世界。
壁も天井も床もない、不思議な世界。
そんな場所で目を覚ましたら疑問や焦りが生れそうなものであるが、ウオールは落ち着いていた。
ああ、ここは死んだ後に来る世界なのかと、なんとなく察した。
目を瞑る前の記憶はある。
目の前に掲げられた剣。額にそれが迫ってくるのだ。
――そうか、俺は死んだのか
どこか確信したような言い方を心の中でする。
声に出しても、誰が聞いてくれるわけでもない。
誰もいない。
エネが言っていたように、死んだらジャスがいる場所に送られるんじゃないかと少し期待していたのだが、結局、孤独なままなのかと少し落胆し、嘆息する。
「どうしてそんなに寂しそうな顔をしているのですか」
密室で声が反響するように、籠もった声で呆れるような人の声が聞こえてくる。
その主はすぐに分かった。ジャスだ。
相変わらず強気な女性を連想させる声音をしている。
ウオールの前に、どこからか光の粒が無数に落ちてきて、やがて人の姿を形成した。
長い髪が空間に広がる。
白い肌、ウオールに向けられる好意的な笑顔。
ジャスはいとおしむようにその両手で彼の頬を包んだ。
「また会えましたね」
涙を流しそうな、潤んだ瞳。
微かに赤く染まる頬。
照れくささと再会の喜びが絶妙に混じり合った表情に、ウオールは愛しさを感じ、頬に添えられた両手の片方に、残った一本の手を添えた。
肘から先のない片手を見て、ジャスは衝動のままにウオールを抱き寄せる。
「がんばりましたね」
「何を生意気言っている。お前こそ、頑張りすぎだ」
彼女の胸の中に顔を埋めながら、ウオールは震える声で言う。
死ぬと分かって尚、自分と共に戦い、最期、自分に純粋な愛を向けてくれた彼女。
ウオールは残った片腕をジャスの背中に回し、抱きしめ返す。
彼女のぬくもりがリアルに感じられる。
こうして身を寄せ合うのは、自分からはなんとなく罪悪感があって出来なかったが、今は遠慮する必要も無いと、ウオールはそのすべらかな背中を優しく撫でる。
「俺は、ティアを守れたよ。もうやり残したことはない。あとはティアと、あのヒールとか言う男にかかっている。俺の出る幕はない、奴らの人生だ」
「またまた、寂しそうに言うんですから。あなたが極度の親馬鹿だってことは、私が一番知っていますよ。そんなに強がらずとも良いではないですか」
そのとき、二人きりだった空間に、一筋の眩しすぎる光が差し込んでくる。
思わず身を離し、手で光を遮りながらそちらを向くと、空間にひびが入って、そこから漏れ出す光の線がこちらにむかっているのだわかった。
その向こう側から、ウオールにとって聞き慣れた声が聞こえる。
『お父さん! お父さん! お父さん!』
姿は見えないが、必死に呼びかけているのが分かる。
自分の亡骸に向かって、最愛の娘であるティアが、悲しみの慟哭の代わりに、お父さんと、言っているのだ。
ウオールの心にそのひびを広げて、向こう側に向かっていきたい気持ちが生れた。
漏れ出す光の強さにはもう慣れた。
全身をそちらに向けて、ティアの声を浴びる。
「戻りたいですか?」
ジャスが、ウオールの首元に手を回しながらささやく。
意地悪な言い方だった。
ウオールの気持ちは分かっているのに、それでも言葉にして欲しいと聞いているのだ。
ウオールは呆けた表情のまま、涙を一筋も二筋を流しながら、ジャスの顔を見つめる。
「すまない、ジャス」
「ふふ、いいですよ。いってらっしゃい。ここで、いつまでも待っていますから」
ジャスが身体を離すと同時に、ウオールの背中を押す。
水の中を漂うように、ゆっくりとひびの場所へ身体が運ばれていく。
ウオールは遠くに流れていくジャスを見た。
こちらをみて笑っている。穏やかな笑顔だ。
長い髪が広がって、神秘的な、幻想的な、まるで女神のような彼女は、ウオールを優しく見つめながら、光の粒となって、どこかに消えた。
ひびの場所に到達する。
やはり近づくとその光は目を焦がそうとするほどに強い。
ウオールは目を細めながら、そのひびに手をかけた。
しかし、片腕では広げることが叶わない。
そのことを察してか、ジャスの身体であった光の粒が、ウオールのないはずの腕に、輝く義手を形成した。
ジャスが力を貸してくれているようで、止まっていたはずの涙がまたこぼれてくる。
ウオールは両腕をひびにかけ、全ての力を込めるつもりで、扉を開くように力を込めた。
バキバキバキッ、と鋭い音をたてながら、それは広がっていき、いつしか、ウオールの全身を、光が包む。
ティアの何度目かの声に、ウオールはゆっくり瞼を開いた。
太陽の光がじりじりと身体を焼こうとしている。
身体を動かそうとすると、痛みに顔をゆがめることになった。
周囲に立っている医師達が、「うごいてはいけませんよ」と声をかけてくる。
ティアが口元に両手を据えて、大粒の涙を流していた。
「お父さん……お父さん!」
傷だらけの身体に、ティアは顔を埋める。その頭をウオールは優しく撫でた。
「心配かけたな」
ティアがウオールの顔を見て、幼子のようにしゃくり上げながら泣く。
その顔を愛おしそうに眺めていたウオールだったが、ふと、違和感に気づく。
「ティア、お前……まさか」
まだ泣いていて話せる状態ではない彼女に変わって、ヒールがウオールを見下ろしながら笑う。
「ウオール殿。もうお気づきかと思いますが、ティアの紫の線は、消えました」
「……ならば」
「ええ、もう、安心です。病気は完全に治療されました」
痛む身体など気にならないほど、ウオールは感激してティアの身体を抱きしめた。
突然のことに驚くティアだったが、すぐにその大きな傷だらけ身体を抱きしめる。
ヒールの背後には、容器に入れられた赤い液体がいくつも並んでいた。
それを、研究者らしい人々が手にとって眺めている。
ウオールは長い長い時間、ティアと抱き合ったままであった。
医師達が「そろそろ寝てください」と言うのも聞かず、ずっと、五年分の愛情を注ぐように、ティアの頭をゆっくり、撫でていた。




