その剣は誰がために 13
向かってくる者達に、瞬速の剣をもって容赦なく切り捨てようと腕を振るう。
額から汗が噴き出すのを感じながら、ウオールはまた三人の国属騎士の腹部をほぼ同時に斬りつけた。
大量の出血によって、ウオール自身にも血がかかる。
三人は地に倒れ、溢れる血液を地上に広げていき、やがて動かなくなって絶命した。
額に吹き出す汗はきっと、戦いの疲れだけによるものではない。
騎士達の返り血に混じってウオールの脇や足、肩の傷からにじみ出した血液もかなりの量であり、傷の痛みを耐えるなかで分泌された冷や汗が額に現われているのである。
思わず剣先を地に刺しながら膝をついた。
息を絶え絶え、呼吸の激しさに喉から血の味がしてくる。
もう足も震えるほど消耗して、動くことがままならない。
だが、それでも国属騎士達はまだいる。数えるのも億劫だ。
彼らの奥で、エネがほくそ笑みながらウオールを見つめていた。
「もう諦めろぉ! さっさとジャスの後を追ってやりな! どうせあんたの娘もすぐ病気で死ぬさ!」
国属騎士が何人もやられていく中で、生き残った者達にはウオールに対する恐怖心が宿っていたが、エネはこの戦いの勝利を確信し、余裕な態度を取っていた。
確かに、ウオールはもう疲れ切り、身体も傷だらけだ。
「みな行け! ウオールを討ち取るのだ! そうすれば領主にでもなんでも推薦してやる! そして、今からは私もウオール討伐に参加する!」
どこまでも卑怯な奴だと、ウオールはかつての弟子であることが信じられず辟易した。
自分をここまで疲弊させきってから、やっと剣を抜いてくるとは。
自分が生き残って帰ること以外には何も考えていないのだろう。
そのために何人死のうがかまわないのだ。
そのことに、周囲の騎士達もようやく気づいたようにエネの指示に不満げな顔をしていた。
ウオールと同じく肩で息をしながら疲れた身体をなんとか動かしている騎士達と違って、エネは準備運動とでも言うように一本しかない腕の肩を回している。
そして、慣れない手つきで腰に差していた剣を抜いた。
エネが構えてくるのと同時に、ウオールも地に刺した剣に体重をかけながらなんとか立ち上がり、構えた。
しかし、その足はおぼつかない。
エネは口をつり上げるように笑いながら、一歩一歩ウオールに近づいていく。
最後の力といわんばかりに、ウオールは地を蹴り俊足でエネの前まで移動するが、エネはその攻撃を防ぎ、他の一人の騎士がウオールを後ろから斬りつける。
肉が切り離される感触がして、背中が冷たくなる。
耐えがたい痛みに絶叫しながら、ウオールはエネにもう一撃と剣を振りかぶるが、騎士達が必死の形相でその腕にむかって剣を振るった。
ウオールはエネに向かって剣を振るったと感じていたが、あまりに剣が軽く感じて、違和感を覚える。
エネに向かっていったのは剣ではなく、ウオールの腕から飛び散った血液だった。
そこでようやく、片腕の肘から先が切り落とされたことに気づく。
剣を握った腕はもう数メートル先に飛ばされ、拾うことは叶わない。
ウオールは目を瞑って、その場に両膝をつく。
突然の攻撃に少し焦っていたのか、エネは余裕のない笑みで、冷や汗をぬぐいながら剣をウオールに向ける。
「やっぱり仲間って良いなあウオール。お前にはそれがいないもんなあ。いくら最強の騎士も、ここまで多くの騎士に囲まれれば生き残るのは不可能か」
煽るように言うエネに、ウオールは何も言い返せずに目を瞑っていた。
グリーフ国に続くトンネルから、再び足音が聞こえてくる。
地方騎士達の大軍が、ようやく到着したのだろう。
エネの笑みは更に気味悪く歪む。
ジャスも、青年も、死んでしまった。
自分に味方してくれる人はもういない。
この状況から、救われることはないのだ。
だが、ウオールの最大の目的は達成した。
ティアは、もう港から遠く離れただろう。
もう王国軍には追いつくことは出来まいと、ウオールは微かに笑った。
「いいさ。俺はもう成すべき事を成し遂げた」
「なに?」
「ティアをお前達から守ることが出来た。それだけで、十分さ」
目を開いて、エネを嘲笑する。
エネは憤慨し、剣を思い切り振り上げた。
再び死を覚悟して目を閉じるウオールだったが、いつまで経っても剣が振り下ろされない。
周囲に絶っている騎士達がざわめきだす。
エネの名前を必死に呼んでいる。
やがてその声が悲鳴に近い「ひっ」という声に変わる。
ウオールは不審に思ってわずかに目を開いた。
目の前で、エネが泡を吹きながら剣を地に落とす。
「エネ?」
どう見ても様子がおかしい。
そのまま身体が痙攣を始め、立っていられない様子でその場に倒れた。
周囲で見守っていた騎士の一人がエネに駆け寄り、その顔を起こしてみると、首元から、紫の線がウゾウゾと昇ってきた。
それはエネの顔全体にあっという間に広がっていく。
騎士は恐ろしくなってエネを離して遠ざかった。
エネは痙攣と硬直を繰り返しながら、「苦しい苦しい」と繰り返しながら鎧を脱ぐ。
鎧をとり、下に来ていた上着も脱いでしまうと、その全容が明らかになった。
すでに、どこから始まったのか分からないほどに、紫の線が広がっている。
血管のように細かく枝分かれしたものが、身体を覆うように広がっていく。
再び痙攣を始めたかと思うと、既に顔全体を紫に染め、エネは白目をむいてそのまま倒れていった。
エネは動かない。
そして、誰も彼に近づこうとしない。
国属騎士達も、ようやく港に到着した地方騎士の大軍も。
誰もがその最期を目にして、あの病気が原因であることを確信した。
だが、その原因を知るものは、その場にいない。
ウオールは驚き以上に、エネが死んだことによって少し過剰なまでに報われた気分になって、仰向けに寝転んだ。
ティアを救うことが出来ただけでなく、敵の総大将の最期をこの目で見ることが出来たのだ。
満足げに笑いながら、すっかり明るくなった空を見る。
その視界に、一人の国属騎士が現われ、剣先を眉間に寄せた。
「早くやれ」
ウオールは笑いながら言う。
そして、目を瞑り、先に眠ってしまおうと、意識を飛ばした。
納得しない表情をしながら、騎士は剣を下ろそうとするが、そのとき、耳を壊さんとする轟音と共に、地方騎士の大軍の一部が、爆発した。
「何が起こった!?」
国属騎士が必死に呼びかけるのも意味を成さず、二発目の爆発が起こり、十人以上が吹き飛ばされた。
何が起こっているのか理解できずにいる皆をあざ笑うように、海の向こうから、グリーフ国の壁ほどに大きい帆船が姿を現した。
その甲板には名も知らぬ国の兵士達がひしめき合っている。
船のところどころから突き出された黒い口が、騎士達に向けられる。
その正体を彼らは知らなかったが、その口からなにやら黒い玉が急速に発射されたと思うと、またどこかで轟音が鳴り、突風が起こった。
エネも死に、指揮系統を失った彼らに為す術はなく、地方騎士達はその場を逃げ出そうとする。
数人の国属騎士は「逃げるな! 敵前逃亡だぞ!」と叫ぶが、その数秒後には、そう叫んだ男は大砲の犠牲者となっていた。
身体を吹き飛ばされ、焦げついた身体を海に浸らせながら絶命する。
やがて船から鎧に身を包んだ兵士達が多く下りてくる。
王国軍は完全に戦意を喪失し、トンネルに入って逃げていった。
ウオールは目を瞑ったまま、港に一人残された。
そこに、数人の船から下りてきた兵士がやってきて、なにやら会話している。
「いたぞ、こいつか」
「はやく治療しよう。出血が酷いぞ」
「なんかいい顔してんな。残念ながら、あんたはまだ死ねねえよ」
ウオールは意識を失っていたが、その耳に、愛しい娘の呼ぶ声が、聞こえてきた。




