その剣が誰がために 12
ウオール達はやっとの思いで港に到着した。
運の良いことに、王国の部隊に遭遇することはなかったので、五体満足で船に乗ることが出来そうだ。
しかし、とウオールが船の準備をしながら振り返る。
自分以外の三人は、体力をかなり消耗している。
ウオール以外の三人で乗るのであれば、船をこぐのはおそらくヒールの役目である。
だが、テルおばさんをここまで背負ってきたことで彼の腕が悲鳴を上げているようだった。
両肩を回したり、腰を叩いたりしている。
もう空は明るくなって、朝がやってきた。
そうなれば視界がクリアになり、船を出したとしても王国軍の部隊から見つかりやすくなるだろう。
はやく港を離れなくてはならない。
「もう港に来る人間はいないのか」
「おそらく、そうです。先に馬車で逃げた者達はここを出発しているでしょう」
ならばもう逃げても問題ないと、ウオールは三人を船に乗せる。
ティアが「お父さんも」と乗船を促すが、ウオールは一瞬硬直すると首を振った。
ティアが呆気にとられていると、馬の走ってくる音が聞こえてくる。
追っ手がやってきているのだ。
「その船は、俺が乗るには小さすぎる。後から追いかける。ヒール、早く出発しろ」
「で、ですが」
「俺の娘を死なせたら、首だけになってもお前を殺しに行く」
ウオールが睨みをきかせながら言う。
ヒールは渋々頷いて、ティアに「行こう」と声をかけてから船を出発させる。
ティアはまだ叫んでいたが、ウオールは船が港から離れるのを見送ってから、後ろを振り返る。
壁に開いたトンネルから、百を越える馬に騎乗した国属騎士が、ウオールを取り囲んだ。
港にたった一人立つウオールに、皆がニヤつきながら口々にその名を呼ぶ。
その中心にいたエネが馬を下り、ウオールを嬉々として見つめた。
「ウオール、お前よお、こんな所にいたのかよ。もうこの国滅んじまったな、人が全然いねえ。後ろで必死に逃げてるあの船、あれに娘がのってんのか?」
その言葉に、ウオールは怒りをあらわにして一歩前に出る。
気迫に押されてエネは後ずさるが、他の国属騎士達は武器を取り出して構えた。
各人の表情が真剣なものに変わり、ウオールの命を絶とうとする意思を強く感じさせる。
その光景を前に、ウオールは頬に冷や汗を垂らした。
――逃げ切れるはずもないか
目を細めて騎士達を見回す。
彼らは、歴戦の猛者達。
豪華な鎧を身にまとい、強靱な肉体を持ち、自身が最も扱える武器を備えている。
対してウオールは丸腰。
どこまで戦うことが出来るだろうかと、冷静に思考する。
しかし、ふと、ウオールはエネの片腕がないことに気づいた。
そして、その傷を与えたものが誰なのか早々に察する。
「エネ、ジャスはどうした」
「あ? 殺したに決まってんだろ。俺が後ろから刺してやったよ。やっぱりいくら強くても、不意打ちには対応できるはずがねえな!」
「いつのまにか言葉遣いが横暴になったものだ」
ウオールは武器を持たないまま拳を構える。
エネも武器を構えて後ろにまた一歩下がる。
自分を見つめてくるウオールの瞳に、怒りの色が見えた。
武器を持って、丸腰のウオールを前にしても一人で勝てる気がしない。
エネは「やっぱり化けもんか」と呆れるように言うが、その声は震えていた。
「お前を殺すために、ここに国属騎士だけを集めたんだ。見つかって良かったぜ!」
エネが剣を頭上に掲げる。
国属騎士がウオールに向かって殺気を出す。
出来るだけ時間を稼ぐことだけを目的にと、ウオールは死を覚悟した。
「ウオール先生!!」
突如、ウオールの名を呼ぶ声が、国属騎士の後方から聞こえてきた。
皆がそちらを向くが、ウオールはそれが誰なのか把握できない。
しんと静まった空気を裂くように、国属騎士達の上を越えて朝日に輝く剣が飛んでくる。
それはエネの目の前地面に刺さるが、皆が呆気にとられているうちに、ウオールは瞬時に移動しその剣を取り、目の前にいたエネに振り下ろした。
エネは反応できなかったが、隣にいた騎乗している騎士がウオールの剣を防ぐ。
即座に攻撃対象をその騎士が乗った馬に切り替えると、ウオールは防いだ剣を足で蹴り上げ、流れるような動きで馬の足を一本切った。
唐突な戦いの始まりに反応できずにいる騎士達の間を縫うように俊足で駆け抜けながら、それぞれの馬の足と、馬に乗っているせいでやや高い位置にある騎士の足を攻撃していく。
一瞬のうちに数人の騎士が立ち上がることもままならない状態にされ、国属騎士達は焦って馬を下りた。
戦いに馬が邪魔になると判断したのだろう。
ウオールはそのまま剣を投げた者の隣に立ち、その顔を見る。
宰相の息子、黒髪の青年だ。
「お前……」
「へ、へへ。ウオール先生、お役に立てて良かったです」
「どうしてこんなことを」
「ウオール先生のこと、信じてましたから。裏切るわけ無いって……」
引きつった笑みを浮かべながら青年はウオールを涙目で見る。
そんな彼に、国属騎士達の殺気が向けられる。
青年はウオールから視線をそらし、その殺気を浴び続けることに耐えられなくなって膝を折ってその場にへたり込んだ。
地を見つめ、今更絶望感が襲ってくる。
殺されるんだろうな、きっと僕は。
呂律の回らない口でそう呟く。
ウオールは黙って剣を構え、国属騎士による殺気を遮るように、青年の前に立った。
「へ……?」
「逃げるんだ、俺が時間を稼ぐ」
それだけ言うと、ウオールは駆けだした。
エネも国属騎士達に叫ぶような声をかける。
国属騎士も馬を下りて自由になった動きでウオールに向かっていく。
熟練された剣技はウオールの身体一つ一つを斬りつけようと高速で動く。
ウオールもなんとか躱そうと身体をひねるが、鎧も着けていない状態では掠るだけで傷も深くなる。
ウオールが向かってきた国属騎士を二人切りつける頃には、太ももに一閃をもらっていた。
動かなくなるほどの傷ではないが、傷が服にまでしみ出し、決して浅い傷ではないことを物語っている。
やはり、一筋縄ではいくはずもないかと、足の出血部分を押さえながら再び辺りを見回す。
国属騎士は全くひるんでいる様子はない。
すぐさま別の者達が飛びかかってきて、ウオールに一太刀浴びせようと剣を振るう。
一本一本の剣の軌跡をいくら見切ったとしても、数が多すぎれば対処しきれない。
ウオールは思わず後方に飛ぶが、そこには更に数人の騎士が待ち構えており、振り返るより早く、その騎士達の剣をウオールの身体を捉えた。
「ぐっ!」
思わず苦痛の声が漏れる。
脇腹と足を掠め、ウオールは一瞬ひるんだ。
その隙を騎士達が逃すはずもなく、更に前後左右から追い打ちをかけようとする。
ウオールはキッと眼力を強くして痛みを堪えながら後方の騎士を飛び越えようと地を蹴った。
そして、彼らの頭上から剣を振り、その頭を切り裂く。
ウオールが地上に降り立つ頃には、斬られた一人は頭から血なのか脳漿なのか分からない液体を流しながらうつぶせに倒れていった。
騎士達がその亡骸に怯むが、ウオールも血が溢れてくる脇の傷を押さえた。
すると、エネがいつの間にか移動しており、ウオールに向かって叫ぶ。
「ウオール! こっちを見ろ!」
目を向けると、エネは黒髪の青年を捕まえ、その髪を片手で握りながら剣を首に向けていた。
ウオールは目を丸くし、「なぜ逃げなかった!」とへたり込んだままの青年に問いかける。
青年はウオールを見て、また引きつった笑みを浮かべながら答えた。
「生き残って王国に帰っても、僕の信じた人はいないんですよ。ウオール先生。あなたの役に立てて、良かったです」
その言葉の余韻に浸る暇を与えず、エネは不機嫌な顔でその首を両手で思い切り斬りつけた。
勢い余って首が後ろに落ちる。
むき出しになった赤い面から血が吹き出した。
へたり込んでいた身体が、前のめりに倒れていく。
その頃、ヒールによって操作される小舟は、港からかなり離れた位置まで進んでいた。
テルおばさんのいびきと波の音だけが漂っている。
ティアは、港が見えなくなってからずっと船の底を見ていた。
表情は見えないが、父と離れたことが悲しいのだろう。
生き残るのは絶望的だ。
ヒールはなんと声をかけて良いのか分からず、ただ唸ることしか出来なかった。
あと半分ほどの距離で、大国の港に着くだろう。
そうすれば、何か変わるかもしれないと、前を向く。
すると、少し進んだ先に、一隻の帆船が見えた。
その大きさをあまり認識することは出来なかったが、少しずつ近づいていく度に、大きく見えてくる。
「え、……まさか」
その船は、ヒール達の操作する船の、軽く十倍は超えているであろう大きさをしていた。
自分たちの船に影が差し、ティアは思わず顔を上げる。
その船の上から、誰かが小さな手を振っていた。




