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その剣は誰がために 8

 はっと、何かを感じてウオールは馬にまたがりながら振り返る。

 視界の中には何も目立つものは映らず、自分がなぜ振り向いたのかは分からない。


 馬に乗って夜を駆ける。

 必死に手綱を操作し、馬を励ましながら一秒でも早くと先を見据える。

 どれほど時間が経ったのか分からないが、すでに夜になってからかなりの時間が経った気がする。

 エネの言う事が本当なら、グリーフ国内に王国の部隊は侵入しているだろう。


 ティアの命が危ない。


「間に合ってくれよ……!」


 祈るように呟く。

 ジャスがあの場を一人で引き受けてくれた事によって、自分は何を成すことが出来るのか。

 それは、ティアを守りきること以外にないだろうと、心で自分を叱咤しながら、じっと前を見る。


 やがてグリーフ国を覆う壁が見えた。

 入り口前に、微かな人だかりが出来ているが、みな危機感に煽られたような表情でその場を後にしようとしていた。

 その中心に、惨殺された警備隊の亡骸が倒れている。

 遅かった、もう国内に侵入しているのだ。


「おいあんた! 今からグリーフ国に入るのは止めときな! 他の国に攻められてる最中だぞ!」


 背に大きな荷物を抱えた商人か旅人かと思われる男がウオールに大きく呼びかけても、彼は全く反応を示さない。

 ただまっすぐ入ったことのないトンネルの向こう側を見つめながら馬を走らせた。

 その背中を人々は呆然と見詰め続ける。


 国内に入ると、見たことのない自然豊かな町と、小さな家々の並ぶ光景が現われたが、背の高い木は焼けただれ、通りには多くの死体が転がっている。

 近くから聞こえてくる人の声はない。

 遠くから、悲鳴が聞こえてくる。


 ウオールはグリーフ国の地図など持っていない。

 とにかく人の声が聞こえる方に向かった。

 しばらく馬を走らせると、もう少し進んだ先で一人の老婆が今まさに殺されようとしていた。

 彼女を囲むのは、見習い騎士二人。

 ウオールはその顔に見覚えがあった。


「何をしている」

「ああ?」


 ウオールの冷淡な声に、その二人が睨みをきかせながら顔を向ける。

 しかし、強気であった二人の態度も、ウオールの姿が目に入った瞬間焦ったものに変わった。

 出立前から聞かされていた危険な存在であり、自分たちの師である最強の裏切り者がそこに突然現われたからである。

 二人は剣を構えるのも忘れて、変に歪んだ引き笑いをしながら肩を回した。


「ウオール先生、いや、ウオール。あんた、俺たちを裏切ったんだってな。きっと、みんな、あんたの命を狙ってるぜ」


 ウオールはその言葉を聞きながら馬を下りる。

 そして、黙して語らず、彼らに向けて急速に突進した。

 その動きを見切れるほど、二人は成熟した騎士ではなかったようだ。

 ウオールの両拳が顔に食い込み、頭蓋骨がへこむのではないかと言うほどの衝撃が二人を襲った。

 悲鳴を上げることなくその拳に吹き飛ばされ、二人は一軒の家の壁にぶつかって気絶した。


 その様子を、呆然と老婆が見るめている。ウオールは無表情のまま話しかけた。


「グリーフ国の方ですか?」

「あ、ああ。あんた、なにもんだい。どうしてこんな、強いんだい」

「私は、娘を此方の国に預けた者です。娘の場所を探しています。紫の線が顔と腕にある病気ですので、おそらく病院だと思うのですが」

「その病気ならいるのは病院だろうね。今も逃げていなければだが」

「逃げているならそれで良いのです。それが確認できれば」

「儂もこれからいこうとしていたのさ。この絵を届けにね。しかし、見つからないようにと思ってゆっくり行っていたら、いつの間にかこの時間だ」


 老婆が胸の抱える少し大きな絵をウオールに見せる。

 その描画されたものに、ウオールは驚嘆し、目を疑った。


 そこに描かれていたのは、紛れもなく娘のティアだったのだ。

 紫の線はなくなって、やけに幸福そうな表情をしている。


 ウオールは老婆を見て問う。


「ティアを知っているのですか」

「なんだ、豪傑。あんたの娘とはティアのことかい。なら話が早い。案内するから私と絵を運んでくれ。馬なんかには乗れない。腰がいたくなっちまう」


 黙って老婆に背中をさしだし、ウオールはその軽い身体を背負った。


「少し急ぎますので、多少の揺れはご勘弁いただきたい」


 言い終わることにはすでに走り出し、真っ直ぐ続いている長い道を進んだ。

 老婆が「その道を曲がって進んだところにある」と指さしながら告げる。

 その言葉に頷き、ウオールは更にスピードを上げながら道を進んだ。





 病院前には大型の馬車が待機し、その中に看護婦達が次々に患者を乗せていく。

 馬車に乗せられているのは身体を怪我している者や、苦しそうにしながら身体を動かすことが出来ない様子の患者たちだ。


 ヒールはまた一人の患者を馬車に乗せながら看護婦達に言う。


「ここにいる数人は、患者と一緒に馬車に乗って先に逃げてくれ! この患者達を船に乗せるまで見守る人間が必要だ!」

「え、ならばヒール先生が乗ってください!」


 一人の看護婦が悲痛に叫ぶが、ヒールは穏やかな顔をして首を横に振った。


「僕の事は気にするな。すぐに逃げるさ。研究資料もすでにこの馬車に乗せている。それに、教会にいる父さんを迎えに行かないと。……ほら、早く!」


 看護婦達は戸惑いながら馬車に乗り込んでいく。

 最後に乗り込もうとするのは、先程ヒールに声をかけた彼女であり、ヒールの頬をたたいた者だった。

 泣きそうな顔でヒールの手を握り、「必ず、必ず後を追ってきてくださいね」と念を押す。

 ヒールは優しく握り返しながら頷いた。


 馬車が急速に出発し、病院を離れていく。

 もう病院にいるのは数人の看護婦と、比較的動くことが出来る患者数名のみだ。

 どうやら医者は先に逃げたようである。

 

 残った人々が、病院の入り口からヒールの姿を見つめている。


「ヒール先生、今のが最後の馬車です。最初に出発した馬車は、戻ってくるまであと、どのくらいでしょうか?」


 年配看護婦が、疲弊した様子で一人出てきてヒールに問いかける。

 患者達も不安そうな顔をしていた。

 当然だ、逃げる手立てがないのも当然な状況なのだから。


 走って逃げたとしても、海までは少し距離があるし、いくら看護婦やヒールがいたとしても、患者を気遣いながらでは時間がかかりすぎる。

 最初に出ていった馬車が戻ってくれば希望はあるが、こんな危険な場所に戻ってくるとは思えない。


 そう考えたものの、ヒールは口をつぐんだ。

 話しても不安を煽るだけだ。


 どうするべきか考えているとき、馬車が向かった先とは反対の方向から、馬の蹄の音が聞こえてきた。 

 ヒールは目を細めてそちらを見る。敵だ。


「病院内に隠れるんだ!」


 そのかけ声に反応して、入り口付近にいた患者や看護婦は一緒になって奥へ入っていく。

 ヒールも急いで駆けこんだ。


 混乱する患者を看護婦が連れて行く。

 ティアは他の不安そうな幼い患者を気遣い、手を握って安心するように言っていた。


「大丈夫、お姉さんと一緒に隠れましょ。泣いちゃダメ、見つかってしまうから」


 ティアは子供を連れて病院の奥に向かった。

 ヒールもその後を追う。


 その背中を、外から馬に乗って国属騎士が見つめている。

 その顔が、みるみる笑顔に変わった。


「まだ、いたあ」


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