その剣は誰がために 7
剣が、左右からか前後からか、あらゆる方向から振るわれる。
ジャスは身を翻し、その攻撃の中心から脱出した。
キッと息の上がっている彼らの顔色を見詰める。
あと、五人。
そして、高みの見物をしている大軍。
初めはジャスの強さに恐怖していた彼らも、今は落ち着きを取り戻し、武器を構えてジャスの隙をうかがっているように見える。
「ちっ」
一瞬たりとも気が抜けない四面楚歌である状況に、ジャスは舌打ちをした。
目の前の国属騎士達も体力は失いつつあるが、それはジャスも同じである。
たった一人で、ここまで大勢の騎士達を相手にすることは初めてだ。
気の張りようが並ではない。
もう身体はボロボロだ。
斬られたのは背中のみではなく、肩、脇、足、全て深い傷ではないが、痛みは動く度に増していくばかり。
血が服にまで滲み、自分に死が近づいて生きていることが分かる。
「おうおう、苦戦しておるなあ」
「エネ、我々も加わって良かろう?」
はっとして声のした方を見る。
ジャスの視界に、ある程度歳を食っている国属騎士達がまた並んでいる。
どの顔も、王国で見たものだ。
王と共にジャスの脱出を防ごうとした、精鋭たちである。
余裕をはらんだ彼らの表情に、ジャスは限界を悟った。
これ以上は戦えない。
一人でも多く道連れにしなくてはならないが、量よりも、絶対に一人、斬らねばならない男がいると、ジャスはそちらを睨む。
エネと目が合った。
ジャスは最後の力を振り絞るつもりで地を蹴る。
まさに俊足と思われたそのスピードに、バテきった国属騎士は追いつく術などない。
しかし、エネの顔から焦りは感じられず、腰に差した剣を抜くこともない。
すると、馬から下りた増援の国属騎士の剣が、視界の外から振り下ろされた。
かろうじてその剣筋を見切ったジャスは咄嗟に横飛びするが、その剣がジャスの額を掠めた。
おそらく首を切り落とそうとしていたのだ。
ジャスを掠めた剣はそのまま地に振り下ろされ、大きな砂埃が上がる。
すさまじい力だ。
「ふふふ、ジャス。よくも我々の仲間をやってくれたのう? 裏切り者には制裁を。安心せい、すぐにウオールも後を追わせてやるわ」
増援の騎士達が武器を構える。
その壮大な立ち姿に、ジャスは自分の身がやけに小さく感じられた。
だめだ、叶わない、と。
もう、足も手も、上手く動かない。
死ぬ?
ジャスは歯を食いしばった。
『最後まで、諦めるな』
『それは……何をでしょうか?』
『生きること、だ』
殺す、絶対に、こいつらを、一人でも多く。
あの人の所に行かせてたまるか。
あの人のために、最後まで戦うことが、私の生きる理由だ。
ジャスの目が光る。
その輝きに、目の前の立つ騎士達は眉をひそめた。
「まだ、そんな目をするか」
「貴様は、死ぬのだ。我々に、なぶり殺しにされるのだ!」
一斉に彼らが飛びかかってくる。
剣を構え、同じく相手方に向かって走り出した。
殺気をぶつけながら叫ぶ。
剣と剣がぶつかり合って、ジャスが力で押される。
受け流そうと冷静になるが、もう身体が言うことを聞かない。
攻防はしばらく続いたが、ジャスの表情は常に諦めをはらまない強いものを保つ。
騎士達の剣がジャスの身体を深く捉えようとも、ジャスは痛みに顔を歪ませることをしなかった。
一人でも、一撃でも多く攻撃を当てるのだと、剣を振るう。
騎士達の鎧さえ突き抜けて、ジャスの一撃が一人に当たる。
心臓を貫いて、絶命させた。
それでも彼らの攻撃は収まることを知らない。
ジャスは懸命に攻撃を防ぐが、やがて、先程までへばっていた残り数人の騎士達が後ろからやってくる。
その剣を防ぐことが間に合わず、ジャスの背中を深く切り裂いた。
「がああ!」
思わず絶叫するが、歯が砕けるほど食いしばって、剣を振るった騎士を振り返って一閃剣を振るった。
相手の身体は真っ二つになる。
声を上げることもなく、血が噴き出す音だけが木霊した。
一人倒したところで、攻撃の手は緩まず続く。
騎士の剣がジャスの足を一本、切り落とした。
思わず達成感に浸る騎士の顔に、ジャスは身体をひねりながら握った剣を突き刺す。
動物の甲高い鳴き声のような悲鳴を上げて、その一人は力尽きた。
国属騎士達がひるみ始める。
ジャスの身体は満身創痍であり、腕も一本しか残っていないというのに、まったく殺せる気がしないのである。
鬼神のごとき振る舞いに、騎士の一人感嘆の声を漏らす。
「認めよう、ジャス。お前の強さを。裏切り者として処理するには全く惜しい存在だ。こうなる前に、一度一対一で模擬戦でもしたかったな」
その声はもう届いていないのか、ジャスは返事をせずに片腕と一本の足で地を蹴る。
瞳が血走ってもはや血のように赤い目をしている。
獣のような雄叫びを上げる彼女に、再び騎士達は恐怖した。
彼女が眼前に迫ってくる。
もはや視認できないほどのスピード。
一本の腕で振るっているとは思えないほどの剣撃に、おもわず騎士達はたじろぐが、なんとか攻撃を返しながら一進一退の攻防が続く。
「いつまでやってる?」
ドス、と冷たいものに貫かれる感触がして、ジャスは自分の腹を見る。
剣先が覗いていた。
血が喉から上がってきて吐血する。
振り返らずとも、声のみでその相手は分かる。エネだ。
「ジャス、良くやったよお前は。認める、お前は俺より強い。あのときお前が俺に勝ったのはまぐれじゃない。だが、今回は、勝負ではなく、戦争なのだよ」
剣が引き抜かれる。
内臓が引っ張られる感覚に、ジャスは再び苦しそうに吐血した。
脱力するようにうつぶせで地に倒れる。
体中から流れる血が地面を染め上げていく。
剣は握ったまま、目だけが虚ろになっていく。
少し、寒くなってきた気がする。
「死んだか」
「ようやく、か」
騎士達は倒れたジャスを見詰めながら、終わったことに嘆息する。
力が抜けてその場に座り込む騎士もいた。
エネがジャスに近づく。
死んだことを確認しようと、その顔を見るために頭をつかんだ瞬間、ジャスの瞳が刹那の生気を取り戻し、ぎょろりとした瞳でエネを睨みつけた。
憎悪のような感情の波を感じ、エネは思わず飛び退こうと頭から手を離すが、遅かった。
ジャスが半身を起こし、大ぶりで腕を振るう。
剣が、エネの片腕を切り落とした。
「ぐおおお!?」
「エネ!」
気を抜いていた騎士の一人が立ち上がってジャスの首を切り落とそうと剣を振りかざすが、ジャスはその向かってくる騎士にすさまじい殺気と飛ばす。
おもわず恐怖にその男の動きが止まるが、ジャスは自らの剣を自分の首に当てた。
呆気にとられる騎士達に、嘲笑のような笑顔を見せ、自分の喉を切る。
「ギザマラに、ゴホッ、ゴロザレルくらいなら」
喉から多量の血しぶきを上げながら、ジャスは今度こそ目を閉じて仰向けに倒れ伏した。
誰もが、命が消えたことを悟った。
王国にとって、裏切り者であったジャス。
その勇姿が、その場に居合わせた全ての者達の記憶に刻まれる。
敵を倒した国属騎士達も、こわばった顔を緩ませることが出来なかった




