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その剣は誰がために 6

 ヒールがティアの部屋に飛び込んだ頃、既に王国軍の一部隊は国内に侵入していた。

 入国審査も終わり、夜の見張りが入国口で警戒していたが、国属騎士が多数編成されている部隊には手も足も出なかった。

 

 今は静かな骸となって横たわっている。


 王国軍は国内に入った時点で散開し、立ち並ぶ家屋に押し入っては住民達を殺害していた。

 多少の抵抗はあったが、国属騎士に一撃も攻撃を当てられていないのはもちろん、見習い騎士たちにも全く力が及ばない。

 初めての戦争で興奮しきった彼らは、引きつるような笑いをしながら住民達を斬り殺していく。


「うえ、きたな」

「そうか? 血くらいお前からも出るだろ」

「いや、まあ、なんだかんだ初めて人斬ったし」

「なんだよ情けねえなあ。次の家はお前が全員やれよ」


 肩を回しながら軽い運動でもするように、彼らは民家を後にする。

 後ろには一家全員の遺体が血の海に倒れているというのに、全く死を偲ぶ様子は見られない。


 彼らはその向かいの家に入ろうとしたが、中から顔を出したのは国属騎士の一人であった。

 慌ててその場に直立するが、鎧を血に染めたその騎士は呆れたように剣を肩に担ぐ。


「なにしてんだ、遅いよ。はやくそっちを回れ。誰もいない家とかもあるからな、こりゃ逃げられてるぞ」

「え、俺らが来るのを知ってて逃げたってことですか?」

「まあ、ウオールが情報でも流したんじゃないか」


 見習い騎士の身体がこわばる。

 恨みに似た感情が彼らの胸の内で沸き起こり、眉をひそめた。

 剣を握る手に力がこもっているその様子を見て、国属騎士は鼻を鳴らして笑う。


「その調子だ」


 彼らの裏切り者に対する黒い感情を強くさせようと、煽るようにそう言った。

 見習い騎士たちから視線を外し、密かに笑いながら隣の家に入ろうとする。

 すると、ちょうど焦って住民が顔を出した。

 親子と思われる、母と子供。

 怯えた顔つきで家の中に後ずさっていく。

 子供を抱きかかえながら、命だけはと懇願する姿に、その国属騎士はまったく慈悲の感情を抱かない。


 ただ、剣を振るい、その命を奪った。


 悲鳴が広がっていく。

 キャンパスに落とした絵の具のように、グリーフ国はその入国口から始まって、だんだん血の色を国全体へにじませていった。

 所々から小さな松明の炎であったものが広がり大火事を起こしている。

 その惨状をすべて生み出しているのは、王国軍だった。

 

 彼らの中の一人たりとも、傷を受けていない。

 グリーフ国の警備隊は、多くが出動していたが、まったく力が及ばず、ただ死んでいくのみであった。


「この辺は粗方やったか?」


 また数人の見習い騎士が集まって、血のついた剣を見せ合っている。

 あたりには、グリーフ国の警備隊の亡骸と、住民と思わしき人々の姿があった。

 鉄のにおいがあたりに充満し、見習い騎士の輪の中に入ることの出来ない黒髪の青年は鼻をつまんだ。


――人って、簡単に死ぬんだ。ウオール先生の剣技は人を容易に殺してしまう


 少し動悸が速くなって、あたりに転がる死体の一つ一つに目を奪われる。

 人を殺すなんて、騎士になるときにわかりきっていたはずだった。

 現に、他の見習い騎士達は全く動じていない。


 自分は本当に弱い人間だと、心の中で責める。

 そんな暗い表情の青年に、他の見習い騎士達は冷たい視線を向ける。

 最初から期待などしていなかったと、吐き捨てる者がいた。

 青年にだって自覚はある。

 自分には覚悟がたりないのだと。


 これからどこかでウオールと対峙したとき、自分は剣を向けることが出来るだろうかと、まだ新しい血の滴る剣を見つめて思う。


 まともに敵国の住民も殺すことが出来ない自分が、かつての師など殺せるはずもないのだと、半分自棄になって頭を振る。

 それもこれも、父である宰相のせいだと、身勝手な責任転嫁をした。

 それが意味の無い行為だと分かっていても。


「おい! こっちだ! くそ、貴様ら、よくもここまで!」

「おいおい、またザコがきたぜ」


 どこからか、グリーフ国の警備隊が十数人やってくる。

 装備は薄く、頼りない。無謀だ、それではただ死ぬだけだ。


 見習い騎士達が各々構える。

 黒髪の青年も仕方なく剣を警備隊に向けた。見習い騎士達が地を蹴り、なれた剣さばきで警備隊の攻撃をかいくぐってその身体を剣で貫く。

 警備隊の一人は、あまりの痛みに顔をこの世のものではないほどに歪め、吐血する。

 その血が肩にかかることも気にせず、見習い騎士の一人は剣を引き抜いた後に今一度剣を斜め一閃に振るった。

 声もなく、警備隊の一人が倒れていく。


 それ以外の警備隊も、為す術なく倒れていく。

 黒髪の青年も、目を瞑りながら一人の警備隊の槍を弾き、その両腕を切り取った。

 痛みと恐怖に叫ぶその警備隊の一人を、これ以上その声を聞かせるなといわんばかりに首を刈る。

 

 息が上がり、目の前で膝から崩れ落ちていく首無しの兵士を、呆然と眺める。


「ほほお。やるじゃんか、お前」

「ていうか俺たちつよくね?ウオール様々だぜ」

「まあ、この力であの人の身体も切り裂いてやるんだけどな!」


 まるで日常の中にいるように、青年を除いた見習い騎士達は話している。

 会話は弾み、自分たちの実力を傲慢に評価するものへ変わっていく。


 黒髪の青年も人を殺す立場になってしまっている自分の強さに疑問を抱かなくなってきていた。

 じっと、自分が斬った亡骸を見つめ続ける。

 自分より遙か年上に見え、身体も鍛えていることが窺える筋肉質。

 自分がこんな人相手に勝ってしまうことが信じられない。


 いつの間にか罪の意識は消えているように思う。

 人を殺してもなんとも思わないことは、兵士として有るべき姿なのではないかと、自分に言い聞かせる。

 情けをかけることは全く必要の無いことなのだ。


 ただ、この剣を、ウオールに向けることに違和感をぬぐいきれない。

 それが、ただ一つ、されど酷く重い悩みであった。

 父の言葉が脳裏に浮かんでくる。

 もう、あの言葉はウオールを裏切り者ではないといっているものだということは、ほとんど確信のように思えてきていた。


 後ろから、見習い騎士達が青年に声をかける。

 剣で向かう方向を促した。「次はあっちだ、ついてこい」と言う。

 その先にあるのは、他の建物よりもひときわ大きい、二軒の施設だった。


「あそこ、なんか偉い奴が住んでそうじゃね?」

「そんな気がするぜ。手柄、いただいちまおう」


 その二軒の建物が、教会と、ティアのいる病院だということを、彼らは知る由もない。

 そんなことは、彼らには関係ないのだ。


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