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ティアの願い 7(終)

 別行動を始めた少数部隊とは別に、大軍が真っ直ぐグリーフ国を目指して進んでいく。

 その先頭部隊に、本作戦の総司令官であるエネはいた。


「エネ隊長、ウオールが我々を狙ってくるとすればいつだと思われますか?」

「ふん、いつだろうと、あいつは我々の軍の目の前に立つだろうよ」

「奇襲は仕掛けてこないと?」

「ああ。説得してくるか、正面から正々堂々と、向かってくるだろうな。そのために私がこうして戦闘部隊に立っているのだ」


 誇らしげに語るエネの言葉を聞いた部下達は、感嘆の声を漏らしながら何度も頷いた。

 流石と褒める言葉も多く聞こえる。


 エネの周囲で歩く地方騎士らも彼の自信にあふれた姿を見て安心感を抱いていた。

 ここまでの大群を率いて、たかがグリーフ国と一人の騎士のために細かく作戦を考えるほどの天才、エネのことを皆が口々に褒め称える。

 ぼそぼそと聞こえてくるその言葉たちに、エネは満足そうに金髪の髪をいじりながら笑う。


 エネ自身も、かつてウオールが絶対的な権威として君臨していたこの立場になれたことに喜びを隠しきれずにいた。

 こうして人々に自分の強さを認められ、敬愛されることが気持ちよいと感じる。

 王には感謝しなくてはならないな、と心の中で卑しく呟いた。

 今頃、王はウオールが本当に倒されるか不安に感じるところを、ウオールの元妻であるチークに慰められているところであろう。


 天才である自分を起用し、ウオールをおとしめようとした王の功績は大きいと、エネは王に皮肉を言うように考える。

 王が自分の勝利の歴史として語るものは、エネの英雄譚としても語られていくのだろうと思うと、エネは快感に赤い瞳を輝かせた。


 空は焦げきって、世界は闇に包まれる。

 星達の微かな輝きが、騎士達の鎧に当たって地上を照らす。


「エネ隊長、間もなく、暗い森に差し掛かります」

「よし、ではその旨を後方の部隊に伝達せよ。戦いの準備だ、おそらく、凶暴な生物がおおくいるであろうから。それと、松明も準備せよ」


 馬に乗った国属騎士の一人が、走って後続へ森が近づいたことを知らせていく。

 暗くなっていく世界の中で、もうもうと燃える松明がチラチラ見え始めた。


 このまま進み続ければ、夜の間に森は抜けることができるだろう、そうすれば、少しの休息を取り、グリーフ国で戦争を開始できる。

 明日の夜には、決着が付いているだろう。

 もう、見えているようなものだが。


 エネは静かに微笑みながら、ウオールが来るのはいつかと、心を躍らせながら待つ。




 グリーフ国の病院にて、ティアが眠りについていた。

 ベッドの脇にヒールが立って、その寝顔を見つめている。

 二人とも穏やかで、りんりんと外で虫が鳴くのを耳で感じていた。


「ヒール」


 部屋の扉が微かに開かれ、グリーフ国の王が顔を出す。

 名を呼ばれたヒールは少し驚いたが、珍しいことではないかと嘆息し、ティアの側を離れた。

 扉を開いて廊下に出る。


「父さん、なんで来たの?」

「この患者のことを聞きに来た。怪しい様子はないな?」

「ないよ。全く。かわいそうな子だ。そして、この子の父親もね」

「そうか。ならば、やはりあのウオールという男が言っていた情報は間違っていないのだろう」


 顔を上げて王の目を見ると、神妙な、なにかを恐れるような目をしていた。

 ヒールはただ事ではないと察して、声量を落として問う。


「何かあったの?」

「その娘を連れてきた男。どうやらここから馬で一日ほどかけていったところにある王国から来たそうだ。その国と言えば、お前も知っているだろう。戦争ばかりを、好き好んでやっている狂った国よ」

「知ってるさ。……まさか」

「この国を攻めてくる、そうだ。疑ったが、どうやら患者の様子を見るに嘘ではなさそうだな。今日の朝、他大陸の大国に知らせを飛ばした。もっと早くしていれば良かったのかもしれないが……確実でない情報では動くに動けぬ。果たして、援軍は間に合うかどうか」


 王は冷や汗を垂らしながらヒールに語る。

 二人は共通して、絶対に叶わない相手であるということは分かっていた。

 グリーフ国は決して戦争をする国ではない。

 むしろ戦争で傷ついた人々を迎えるための国である。

 それ故に、滅ぼされるわけにはいかない。


 技術提供を行っている大国からの援軍があれば、おそらく助かるであろうが、援軍と、王国の兵士がここに来るのは、どちらが早いだろうか。

 ヒールは考えるが、王国の動きが分からない限り見当も付かない。

 しかし、王国が責めてくることが確実ならば、今からするべき事はあるだろう。


「父さん、国民の避難はどうする」

「今、全ての家に知らせを回している。今晩中に逃げようとする者も多いだろうが、逃げられない人間が、ここにはたくさんいるだろう」

「……そうだね」

「この国にはおそらく住むことが出来なくなる。患者と国民のすみかを失うわけにはいかん。明日の夜には、おそらく大国からの船がくる。今夜逃げられない者は、それで避難しよう。そのことも家々には伝えている」


 ヒールは頷き、再びティアの病室に入る。

 その傍らで、寝顔を見つめた。


 紫の線があっても、整った顔立ちと、白い肌は隠せていない。

 活発そうに見える目と、長いまつげが、彼女の魅力をかき立てている。


 ヒールは彼女に惹かれていた。


 髪を撫でる。

 細い、さらさらとした髪が指の間をすり落ちていく。

 彼女を守らなければ、病気からも、戦争からも。この国は負ける、それはもう分かっている。


「大丈夫だから」


 一言だけ、彼女に告げて、その場を後にする。

 もう、王以外からも知らせが届いたのだろう、廊下では看護婦や医者たちが薬や書類などの荷物を抱えて一つ一つの部屋を巡っていた。

 その真ん中を早足で突っ切っていく。


「ヒールさん! 聞きましたね!?」

「聞きました。これから研究資料をまとめます」

「お願いします! あなたの研究に、患者の未来がかかっているんですから!」



 夜だというのに、グリーフ国の各地では、小さな光がぽつぽつと灯っている。

 それは危険を知らせる明かりで、本来合ってはならないもの。

 光は走り回って、家と家を巡っていく。

 

 大きな荷物を抱えて子供と逃げ出す母親。

 家畜を連れてなんとか狭い道を通ろうとする男。

 すでに混乱は始まっていた。


 この間にも、エネ率いる王国軍は迫ってきている。



――戦争が、始まる。


三章、おわりです。次回より、最終章がはじまります。


ここまでお読みいただきありがとうございます!感想、評価などいただけますと、大変励みになります。是非とも、よろしくお願い致しますm(*_ _)m

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