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ティアの願い 6

 城内に入りきらないほどの軍が、夕焼けの空のもと、グリーフ国を目指して進み始めた。

 荒れ地から立つ砂埃に咳をする音と、馬の蹄の音、歩兵らの鎧が鳴らす金属音。

 兵士を叱責する声。

 天から眺めれば地面を見ることが出来ないほどに人が密集している大群。

 国属騎士を分隊長として数十もの部隊が作られ、地方騎士とともに編成されている。


 双方に身分的な格差が見られるのは王国において当然のことだが、この戦争の騎士の扱いについてもそれは変わりないようだ。


 支給される物資面で格差はない。

違うのは、死ぬ確率であり、それ故に生まれる緊張感である。

 部隊後方で、馬に騎乗している国属騎士は、前を歩く地方騎士を監視するようにふんぞり返っている。


 地方騎士は彼らの指示に従順であり、戦争に身を捧げる。 

 となれば、国属騎士が自らを傷つけないために地方騎士の采配を施すのはある意味で当然なのである。

 しかも、今回は全員に共通認識として、ウオールが作戦の邪魔をしてくるだろうというものがある。


 国属騎士はその実力からか、多人数でかかれば負けることはないという自信を感じていたが、地方騎士らは最初に突撃する身。

 命の危険は、感じざるを得ないだろう。

 手の震えは武者震いか、それとも恐怖か。


「本当に、ウオール先生と戦うのか」

「そうするしかないだろ。逃げても国属騎士様に斬られて終わりさ。少しでも生きられる可能性に懸けた方がいい」


 地方騎士の誰もが不安に満ちた会話を広げている中、軍から少し離れた場所を進む、ある一つの部隊だけは活気に満ちた空気を保っていた。

 一人一人の表情は明るく、どこか野心に満ちている。

 その部隊で、黒髪の男がうつむきながら行進している。

 気弱そうな顔つきをしている、宰相の息子だ。

 

 彼が所属しておいる部隊は少し特殊な編成である。

 ひときわ銀に輝く国属騎士が多く編成された大部隊で、それ以外の人員は地方騎士ではなく、現在訓練中の見習い騎士ら。

 彼らも不思議なことに、国属騎士と同じ鎧を身につけており、各々一頭の馬に騎乗している。

 新鮮な気分であるのか、自らの身体をまじまじと眺めながら進んでいる者も少なくない。

 まだ見習いであることに関わらず、騎士になった気でいるのだろう。


 彼等は、エネが計画していたウオール対策のための部隊である。

 宰相の息子も、当然その一員として戦争に参加していた。


 編成された見習い騎士の一人が、腰に差した剣をちらっと眺めながら、興奮したようにいう。


「まだ見習いなのに、こんな剣、こんな鎧、いいんかね!」

「命令だからな。でも、俺は少し恐れ多いぞ」

「まあな! そうおもうこともある。しかしお前、そんな弱気でいいのか? まるで、宰相の七光りのようではないか」

「失礼な! あんなやつと一緒にするでない」


 いつの間にか話はすり替わり、無礼な会話を広げる彼らは密かに振り返って黒髪の彼を見る。

 ニヤニヤと汚く笑う姿に、彼は何の反応も示さない。


「へっ、こいつ、怯えきってやがる」

「仕方ねえさ! あのウオール先生と戦うんだからな!」

「ま、これだけの軍勢。ウオール先生が人間である限り負けることはない」

「ていうか先生じゃねえよなもう。裏切り者ウオールだ」


 二人は下品に笑い合い、周囲にその調子が伝染していく。

 黒髪の彼だけはそこに染まることが出来ず、宰相から言われた言葉を脳内で繰り返している。


『他者が定石と言い張ることを、根拠無く信じるのではない。疑え。自分はそれでいいのかと』


 ウオール先生が裏切ったという情報は、間違いだと言うのか。

 宰相である父は、どうしてあのようなことを言ったのだろう。

 何を知っていて?何を考えて?


 父の悲しげな顔が浮かぶ。

 このままでは、ウオール先生はこの大群に惨殺されてしまう。

 裏切り者なら、当然だと思える。

 腰にかけた剣がやけに重く、父の言葉が心に引っかかったまま、一日一歩戦場へ向かう。ウオールの姿を剣を思い浮かべると、最初に剣を振る姿が浮かんでくる。


 訓練の中で、いつもウオールは剣の型を手本として見せるとき、自分から皆の前に進み出て実践していた。


 寡黙で仏頂面なウオールは臆することなく剣を振るう。

 決して大剣を振るっているわけではなく、訓練用の木剣を使用しているのだが、ウオールがどのような型を振るおうとも、一振りするごとに轟音が中庭に響き渡り、風が空気を裂いていく。


 ウオールに直近して見ている見習い騎士らの髪の毛が風に煽られてふわりと揺れていた。

 黒髪の彼はやや後方からその光景を見ていたが、その剣の振りの勇ましさや常人よりも一回り二回り大きい身体の頼もしさに目を輝かせている。


「お前よ、そんなに見てもウオール先生みたいになれんぞ」

「そうそう、お前はせいぜい兵士として国属騎士になったおれらにこき使われてろよ」


 両隣から嘲笑と共にそのような言葉が浴びされる。

 いつものことだ、と息をつき、心を落ち着かせる。


 強くなって、模擬戦でこいつらをうちまかしてやろう、そう考えることにした。


 黒髪の男は真剣な目で再びウオールの剣の振りを見つめる。

 ウオールの実戦が終了すると、見習い騎士各々による型の訓練が始まる。

 百人を越える人間が同時に訓練を行うので、ウオールに加えて数人の国属騎士が歩き回りながら見習い騎士らの間違った型を修正していく。


 手を取り、振り方を覚えさせたり、今一度手本をして見せて考えさせたり、教え方はそれぞれ違うが、なるべく一人一人に学びの差が生れないように配慮されている。


 しかし、黒髪の男は見習い達の中でも突出してできが悪かった。 

 ウオールを意識しているのか、剣の振り方が大きすぎて不格好に見える。

 そのくせ本人は一生懸命な態度で臨んでいるものだから、余計に周囲から失笑をかっていた。


「お前さ、下手だなー」

「見ろ俺の振りを、これこれ!」

「向いてないって、やっぱり。国属騎士も地方騎士もきついって。兵士にでもなっとけ」

「そこ!私語がきこえているぞ!黙って続けろ!」


 見回りの国属騎士から叱責が飛んでくる。

 黒髪の彼はその声にも反応せず、黙々と型の訓練を続けていた。

 その姿が、両隣の見習い騎士には気にくわなかったようで、不機嫌そうに舌打ちして剣の型を見せつけるように振ってきた。


 この二人の振りは決して下手ではないところが、黒髪の彼に悔しさを感じさせる。

 歯を食いしばって、がむしゃらに剣を振る。

 しかし、一向に型の悪さは改善せず、見回りの国属騎士らも困ったような顔をしている。


 そこに、唐突にウオールが歩いて向かってくる。

 見習い騎士たちは驚いてウオールを見るが、懸命に訓練を続ける黒髪の彼は気づかない。

 なにをするつもりなのかと、周囲の見習い騎士らは訝しげに見つめるが、ウオールはそんな視線をものともせずただ、黒髪の彼の元へ歩く。


 がむしゃらに剣を振っていた彼の元に、太陽の光を遮って影が落ちてくる。

 それに気づいて剣を振るのを止めると、目の前に大男が堂々と立っている姿が確認できた。

 足下から顔まで見上げると、ようやくそれがウオールであることがわかる。


「う、ウオール先生」

「懸命に取り組んでいるな」

「もちろんです!」

「しかし、すこし苦労しているようだ」


 ウオールは黒髪の彼の背中に回り、その両手を手に取る。

 黒髪の彼を含め、見習い騎士らはとても驚いた。

 ここまでしてくれるのか、と。

 ウオールの姿を怖がる見習い達も少なくなく、自分から教えを請うことは難しく感じている者も多い。


 そんな中、何を言うこともなく、ウオールの方から教えに来てもらえたという事実が、衝撃だったのだ。


 このときのウオールの行動は見習い騎士らに師であるウオールの存在が寄り近くに感じられるきっかけとなった。


「お前は、自分の身体に見合った振り方が出来ていない。身体が大きくない者は、もっとスピードを意識しろ。一振り一振りに無駄な力を込めず、すぐに次の一撃を繰り出せるように、最低限度の動きで、振れ」

「は、はい!」



 鎧の奥で、黒髪の彼は悲しげに目を細める。

 本当に、ウオール先生は、裏切ったのか。


 ただ、苦悩の中で足を進めると、後ろで指示を飛ばす国属騎士の声が聞こえてくる。


「ここで完全に二手に分かれる! 森を通る部隊と、直接グリーフ国をたたく部隊だ! 分かっていると思うが我々は後者である! 部隊、左へ進行方向をずらせ!」


 戦いが始まるのも近い。

 自分はウオール先生と戦えるだろうかと、自問自答を繰り返しても、答えは出てこない。

 完全に本軍から独立し、馬を走らせてどんどん先に進んでいく。


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