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未来は見えない 1

 王族と役人の生活領域である城、その広大な中庭。

 そこでは毎日のように稽古を続ける見習い国属騎士(こくぞくきし)達の姿があった。

 その数は百を超え、全員が寸分違えることなく剣の型を覚えるために演習を行っている。

 彼らの鍛錬の様子を見回るのは、既に国属騎士として数年の兵役を成した者達である。


 美しく隊列を作り上げた見習い騎士達の前で、ひときわ大きな身体の男が、皆の剣の振りを仁王立ちとなって見守っていた。


 王国最強の騎士、ウオール。


 他の騎士達よりも豪華な、金箔で彩られた鎧を身にまとい、その身分の高さを示している。

 身長は2メートルを超え、常人の二倍はある肩幅と筋力を持ち合わせるその姿に、まだ戦いを経験していない見習いたちは、視線を向けられただけで冷や汗を垂らしてしまう。


 しかし、当の本人は眉一つ動かさない仏頂面。

 顔が常に怒っているのかといわれるほどには強面であり、親しい者でさえ向かい合えば威嚇されている気分になるという。


「よし、やめ! 次は模擬戦にはいる。全員、位置につけ!」


 ウオールの有無を言わさぬ声に、見習い達は瞬時に地面に直立した姿勢を取る。

 そして全員が揃ってウオールの指示に「はっ!」と応答した。


 駆け足で二手に分かれ、順番に一対一の模擬戦を準備し始める。

 その審判を、数人の国属騎士が執り行っている。

 各組で「始め!」の声と共に、相手を威嚇する雄叫びを上げながら戦いが始まった。


 まるで戦場だ。


 剣と剣がぶつかりあう音が中庭に幾度となく響く。

 したたる汗と相手を睨み付ける瞳が、彼らの真剣さを物語っていた。


 無事模擬戦が始まったことに安堵の息をついたウオールの側に、一人の騎士が歩み寄ってくる。

 ウオールはその姿を見て肩をすくめた。


「何か用か、ジャス。」

「ウオール先生、先程の隊列のことです」

「……言ってみろ。」

「前から5列目、ウオール先生から見て左から5番目の丸刈りの男。まったく剣を握る手に力が入っておりませんでした。あれでは敵と打ち合ったときに剣を飛ばされてしまいます。いずれ、注意を。」


 うむ、とウオールは小さく頷きながらそれを肯定してみせる。


 彼はウオールの一番弟子であるジャス。男でありながら細身で、髪を伸ばし、後ろで一本に括っているのが外見的な特徴である。

 いつも師を想って忠義を尽くす人柄であるが、堅すぎるその性格はウオールにとって少し苦痛であった。


 困ったように額へ手を置き、指の隙間からジャスを見る。

 ぎんぎんと光を放つ瞳を見開いて、模擬戦をしている見習達へ鋭い眼光を飛ばしている様に、思わずウオールはため息をついた。


「お前は相変わらず真面目だな」

「当然です。ウオール先生の弟子ですから」


 それは私に似たと言うことか?ウオールは強面の顔に冷や汗をかく。

 特に自分が真面目であるという認識はない。

 自分の教え方が悪かったのだろうかと、しばし呻って考えるが、ジャス以外の弟子達はこんなに堅いわけではない。


「一番前で模擬戦をしている黒髪の男、あれはひどいですね」

「……そうか。」

「甘ったれていますね、疲れているのか動きが鈍い。すぐに負けますよ。ほら」


 ジャスが言ったとおり、決着はすぐについた。その相手側の勝利である。

 審判による勝者宣言が行われ、二人は礼もせず離れていく。

 悔しそうに舌打ちをする黒髪の男に、誰も声をかけることはない。

 少し残念そうな顔をして、ウオールは嘆息した。


「負ければ意味が無い。国属騎士にふさわしいとは思えませんね」

「……そうだな、明日は我が身だと思って鍛錬に励めよ」

「僕は負けません。ウオール先生以外には」


 ジャスはそう言い残して、髪を揺らしながら城の中へ入っていく。


 何をしに来たのかイマイチつかめず、ウオールは肩をすくめた。


 眼前で幾多もの模擬戦が行われ、見習い達の咆哮が響いている。

 彼らは、ウオールやジャズと同じ地位、国属騎士になるために今この模擬戦に取り組んでいるのである。


 ウオールから見ても、国属騎士など目指すべきではないと思える者は確かにいる。

 しかし、人間は心身共に成長する生き物である。故に、ウオールは長い目で彼らを見ていきたいとも考えているのだ。



 国属騎士は、役人や王族を除いて国民の最高階級。

 高い精神性と身体能力を持つ人間、国民の五%以下しかその地位に就ける者はいない。

 王族の護衛や、国内各地域の警備隊長、戦争の際は最前線にて指揮を執る。

 両親の身分は全く関係なく、能力主義で判断される地位のため、遙か遠くの田舎からウオールの訓練を受けにいている者もいるという。


 国属騎士になれずとも、一つ下の地位である地方騎士になれる可能性もある。

 ここに集まる見習騎士達は皆、自らの可能性を信じて、ウオールの弟子に志願してきたのだ。


「よし、全員注目! 今日の訓練はこれにて終了。そして、ほとんどの人間に共通して当てはまる注意事項を伝えておく。技術ばかりでなく、身体作りも怠らないようにせよ! どんなに技術があろうとも、圧倒的な力の前では何の役に立たない。以上!」


 その場で直立し、ウオールの声に彼らは懸命に応える。

 これを合図として解散となり、弟子達は中庭から城外へ出ようと動き始める。

 それぞれ談笑しながら帰って行く彼らの様子を見つめるウオールに、話しかけてくる者もいた。


「本日も、ありがとうございました」

「うむ」

「やはり、先生は気迫が違う。こうして立っているだけでもやっとです。この気迫は、戦場でもお役に立つでしょう?」

「ふむ、良い視点だ。相手を圧倒する存在感は、忘れている死の意識を蘇らせる。故に重要だ」


 話しかけてきたのは真面目な弟子達なのだろう。

 ウオールの話をしっかり目を合わせながら聞き、言葉を受けて納得するように頷く。

 ウオールもそんな彼らに仏頂面を少し緩ませ、我が子のように見回している。


 訓練後に話しかけてくるような、真面目な弟子達は満足そうに去って行くが、他の者達の中にはウオールへ恨めしい視線を送ってくる者もいる。

 その様子を横目に感じながらも、ウオールは静かに佇み続ける。


「ウオール、ご苦労である」


 いつの間にか後ろに立っていた、やけに長い髭を編んだ男がウオールへ声をかけた。

 体格を良く見せるために詰め物をしているのが分かるほど、頭部と身体のバランスが悪い格好をしている。

 しかし服は豪華に彩られ、胸部には宝石が輝いていた。

 その姿を見て、ウオールは数秒深く礼をする。


「これは、宰相殿。このような場所でいかがいたしたか」

「そんな堅くしなくとも良いのである。君と我輩の仲であろう。……息子のことを聞きに来た。どうだ、才はありそうであるか?」


 宰相は朗らかな表情で語りかける。

 それに甘える気持ちでウオールは顔を上げて後頭部を掻いた。

 そして、宰相からの質問に対し、控えめな笑顔を返しながら答える。


「当然。不屈の精神で、私の拙い指導に向かってきてくれております」

「左様であるか。ならば良い。是非、国属騎士として、立派にしてやってくれ。」


 宰相は髭を触りながらウオールの返答を聞いていた。

 そしてその朗らかな顔からにじみ出る不安感を察せないほど、ウオールと宰相の仲は浅くないし、ウオールも鈍くない。

 おそらくこの宰相殿は、自分の息子の弱さに気づいているのだろうと、ウオールは推察した。


 あの黒髪の男だ。

 宰相はウオールを信頼しているのだろう、彼の訓練法にケチをつけることはない。

 しかし、息子の上達具合を考えると、もどかしく思ってしまうのは道理だ。


「ところで、ウオールはこの後の予定はどうなっているのであるか?」

「この後は、娘の所に向かうつもりであります」

「……そうであるか。あまり、あの場所に立ち入るべきではないのであるが、私も息子のいる身、その心は察する。」

「お心遣い、痛み入ります。」


 ウオールが浅く会釈をしたところで、宰相は踵を返した。


 振り向くことなく城の中に取り巻きを連れて入っていく。

 取り巻きは全員護衛の国属騎士であったが、彼らはウオールを睨み付けるように一瞥した。

 嘆息し、誰もいなくなった広大な中庭を少し急ぎ足で後にする。


 

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