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君に託す幸福 7

 光に満ちた昼時。日常を送る人々の元へ、非日常であると言うべき催しの誘いが届く。


 王国における国属騎士らは地方へ散らばり、各地にて地方騎士や兵士の運営を行っている者がいる。

ちいさな領土、大きな土地。

 そんなものは関係なく、あらゆる土地の統括者に誘いは届いた。


 各人が何かと思って扉を開けば、血のたぎるひときわ豪華な鎧を纏った国属騎士が立っている。

 言うまでも無く誘いとは、戦争への招集命令である。


 なんと反抗しようと、命令なのだ。

 この命令を受け取った領主である国属騎士は、自身の土地から誰を戦争に送り出すのか、決めなければならない。

 

 皆が焦って騎士兵士の選別を図るが、誰もがまるで死に神にでもなった気持ちになる。

 戦争へ送り出される人々は、死ぬことを恐れず戦わねばならないのだから。

 国属騎士は指揮官故にある程度安泰ではあるが、他の地方騎士や兵士はそうでない。

 

 しかし、この王国は狂っているのだ。

 特に国属騎士というものは。

 

 死に神になった気持ちを各人が例えるならば、大好物である料理をコックである自分が調理している気分であるという。

 書類に選別した名前を書き込みながら、舌なめずりをする。


「戦争!戦争が始まるのだ!ゆけ!我が領地の精鋭達よ!」


 最高の称号、国属騎士。

 その立場に毒された人々は、死というものを恐れない。

 何故なら、自分にはやってこないと、信じて疑わないからだ。


 戦争に向かうのは数万人にのぼる軍隊。

 これだけの軍隊を組織できる国はあまりない。

 グリーフ国に勝利することを、騎士達が誰もが疑わなかった。


 

 続々と届く編成書類に、王とエネは顔を合わせながら目を通していく。

 どう攻めるか、何を奪うか、ボードゲームでもするように二人は決める。


 グリーフ国の地図はすでに手中にあり、大きな机に広げられている。


「では、奪うのは技術者と女ですか」

「ああ、そうだな。輸入頼りということは、他国が輸出をしようと考えるようななにかグリーフ国に関わるメリットがあるはずだ。それを明らかにし、奪ってしまおう。まあつまり、政治を行うような王は殺して構わん。むしろ戦意を失わせるために最初に攻め落とせ。国属騎士を中心とする編成であれば、何者も敵うまいよ」

 

 王は意気揚々といい放つ。

 エネも概ね同意する意図で首肯する。


 この戦争にそう時間はかからないと、エネは楽観的に状況を判断していた。

 実力差は歴然としているし、兵の数も王国の方がどう考えても勝る。

 

 二人が満足そうにグリーフ国の地図を閉じようとしたとき、部屋の扉がノックされ、了解を待たずして国属騎士が数人入室してくる。

 エネが横やりを指された気分になって舌打ちをして彼等を睨みつけた。


「入室許可もなしに入室するとは、無礼だぞ」

「す、すいませんエネ殿!しかし、緊急で報告せねばならないことが」

「言え。内容によっては斬る」

「は、はははい!では報告します!病院地下で監禁されていたウオールの娘がいなくなったとのことです」

 

 ピクリ、とエネの眉が動く。

 王は神妙な顔つきとなり、エネの前に出て騎士らに問うた。


「ウオールの仕業か?」

「い、いえそれは不明で……。病院の医師は忙しいのでよく見ていなかったの一点張りで、非協力的なのです」

 

 はっきりしない回答に、王は苛立ちに任せて机へ拳を振り下ろす。

 木造の机が大きく揺れ、指の間から微かにに血が流れ始めた。


 対してエネは考え込むように天井を見上げ、ウオールの元から去った時からの日数を計算している。


 どう考えても、移動手段を失っているであろうウオールが、1日2日で王国に帰ってきて、大きな図体を隠したままティアを連れ去ることが出来るとは思えない。

 となれば、犯人はジャスだろう。

 病気のティアが鉄格子を破って外に出るなどと考えられない。


 エネはそこまで推測すると、報告に来た騎士達に向き直った。


「その、非協力的な医師は殺せ。おそらく何か隠している。そして、娘を連れ去ったのはジャスだろう。ウオールがこんなに早く王国に帰ってくることは不可能だ。もう良い、下がれ」


 騎士達は「下がれ」という言葉にほっと息をつき、一礼して去って行く。

 エネは納得したように何度も頷いて王を見るが、まだ何か気に入らないようで、自らの親指の爪を血が出るまで噛んでいた。


「王」

「なんだ!ウオールは邪魔しに来るのだろう!くそったれが!」

「私に、考えがあります。おそらくジャスとウオールは既に合流し、娘の病気のためにグリーフ国に向かっていることが予測されます。となれば、接敵は免れない。ウオールの弟子と国属騎士で編成した部隊で、ウオールを相手にしましょう。弟子を大切にした奴のことです。きっと、攻撃さえままなりませぬ」

「本当に問題ない作戦なのだろうな!儂がウオールにしたことを考えれば、奴が私を殺しに来ることは想像に難くないのだぞ!」


 エネは表情に出さず辟易した。

 なんと臆病で愚かな王であろう。

 相手をするのも億劫に感じるほど、精神が脆弱である。


 エネは「問題ありません」と朗らかに言い放ち、王の機嫌をとる。

 そして、窓から城下町を見渡し始めた。


 続々と、鎧に身を包んだ兵士達が並んでやってくる。

 大通りを突き抜け、白の正門をくぐる。

 見えるだけですさまじい数だ。


 これだけの戦力、どう考えても負ける戦ではない。

 イレギュラーであるウオールさえどうにかすれば、勝ちは見えきった戦いなのだ。

 エネは口をゆがませて、赤い瞳を興奮で輝かせる。


――出来ることなら、出来ることならウオール先生、そしてジャスも、自分の手で殺してやりたい


 手が震える。


 エネは息を荒くしながら自分の震える身体を見つめた。

 恐怖ではない。

 興奮だ、武者震いだ。


 これから、感じたこともないような快楽が自分を待っていると、エネは確信していた。


 偉そうな先生も、自分を負かした唯一の騎士も、なぶり殺しに出来るのだから。

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