君に託す幸福 6
入国審査もあらかた終わったかと、グリーフ国の警備隊員達は腰を伸ばす。
すっかり空は暖かい色に焼け、壁を越えた向こうから子ども達のはしゃぎ声が聞こえてきた。
「今日も、多かったなー」
「ほんとだぜ。入出国審査員なんて楽な仕事だと思ってたが、ここまで体力をつかうとはな」
「おーい、交代だー」
壁に開けられた入国用のトンネルを抜けて、夜の見張り達がやってくる。
すっかり気が抜けていた、審査員として仕事をこなした警備隊達は、呆けた顔を少しほっと輝かせ、肩を脱力させる。
「そんなに今日は大変だったのか?」
「いや大変ですよ今日は。やけに多かった。薬草関係がやっぱり多いです」
「まあ仕方ないさ、うちの王はそういう人だ。あとで様子を見に来ると言っていたぞ。今日は大変だっただろうってさ」
その報告に身体を硬直させるかのごとく直立させ、警備隊達は真剣な顔つきに変わる。
見るからに態度が変化した審査員たちに、先輩と思われる夜の警備の男は呆れるように笑った。
「極端な奴らだな」
「いやいや!王が来るなら気合いも入りますよ!」
「そうです!かっこ悪いところはみせられませんね!」
審査員達がなぜか王を迎えるために審査の書類を整理したり、自分たちの身なりを綿密に確認したりしていく。
それらが終わると、慌ててトンネルの前に整列した。
先輩も並んでください、という強い視線を感じて、仕方なしと皆で並ぶ。
まるで凱旋する戦士を讃える姿勢だ。
国民らが見れば、聖歌隊か何かと勘違いしかねないだろう。
今か今かと王を待ちわびてい彼等の足下に、ゆったりした動きで一つの大きな影が伸びてくる。
気づいた数人が振り返り、影の主を見た。
その姿に、一瞬で顔が蒼白になる。
「ひっ」
「お、お前……」
「どうした?何かいたか……あ、大男!!」
ウオールの姿を見て、警備隊が飛び退く。
ウオールを知らない者も数人いるようで、先に動いた者から事情を聞いている様子が見えた。
警備隊はそれぞれの武器を構える。
ウオールは静かに佇んでいるが、隣に並んでいたジャスが腰の剣に手を置いた。
しかし、それをウオールは腕で制する。
戦意はなく、どこか悲しげな表情が読み取れる顔つきに、警備隊の一人が声を上げる。
「……よくわからんが、戦う気が無いのなら何をしに来た。前回も我々を一人も殺さず、しかも仲間割れをしていたな。一体目的は何だ」
ウオールは応えるように背中に背負ったティアを身をかがめて警備隊に見せる。
紫の線。病気の証。
王国の人々ならば、きっとティアを見ただけで逃げ出していただろう。
しかし、警備隊の者達、グリーフ国の国民は違う。
ウオールはそれだけで少し心が晴れた。
警備隊の面々が、狙いを定めていた武器を下ろしていく。
互いに顔を見合わせ、頷きあった。
「事情はわかった。だが、そう簡単に信用はできない。入国証を偽造するような奴だ」
「それは先生のせいではない!!」
ジャスが一歩前に出で怒鳴る。
殺気立つ瞳からの圧に、警備隊員の数人が小さく悲鳴を上げながら後ずさった。
ウオールは諫めるようにジャスの肩に手を置き、落ちつくように言う。
状況をいまいち察しかねている隊員達は、訝しげにウオールを見つめるのみで、どうした、ものかと冷や汗を垂らす。
武器を向けてしまっているものの、もし抵抗されれば無事では済まないのはわかりきっていた。
ウオールに戦意がないことに、内心ほっとしていた者もいる。
ウオールは、背負った娘をジャスに預け、警備隊に改まった姿勢で向き直った。
真剣な表情。
ウオールはそのまま深く、深く頭を下げた。
「……」
「頼みます。私の唯一の娘です。どうか、助けてください」
ウオールのその姿に唇を噛みながら、浅くではあるがジャスも同じようにした。
再び隊員達は見つめ合いながら、考え込んでしまう。
「どうしたのです。その子、感染しているではありませんか」
トンネルの向こうからいつの間にかやってきていた初老の男性が、ティアを見て言う。
警備員達はその声に一瞬で振り向き、その姿を確認すると何度も頭を垂れた。
口々に言われる「王」という言葉。
白髪と短い白髭が特徴的な男性だった。
特に豪華な服を着ているわけでもなく、横暴な雰囲気を感じさせる訳でもない。
むしろ穏やかで、ふわりとした空気をあたりに漂わせる存在だった。
ウオールとジャスは顔を上げ、その王の姿を見据える。
王もまた、二人と順番に目を合わせた。
「わざわざよく来ましたね。二人の娘さんですか、引き取りますよ」
「ふ、ふたりの!?」
「王!その大男は以前入国証を偽造していた男ですよ!そんな軽々しくしては」
「なんと、そうですか。ではこうしましょう。娘さんのみ、お預かりします。責任を持って病気を診ることを約束しましょう。それでいかがです?」
ウオールは少し驚いた顔をするが、躊躇いながらも首肯する。
警備隊員達は不満げな顔をしていたが、暫くすると「王の言うことだし、いいか」と雰囲気がやわらかくなっていく。
王は満足そうに頷き、二人の元にまっすぐ向かっていく。
慌てて警備隊たちが王を護衛するように王の前に出るが、「診察の邪魔です」と押しのけた。
ジャスが抱えているティアに頭に手袋もなしに触れる。
感染することはそうそう無いというのは、本当だったようだ。
「王が、医者なのですか」
「はい。私は医者であり、この国の王です」
「医者としての仕事をしながら、政治を行っているのですか」
「政治は、正直からっきしです。海を越えた先の大国と協定を結んでいるので、基本的にそちらへ方向性は任せてあります。すこし口を開けますね」
王は手際よく診察を進めていく。
医療的な言葉であるが故に、ジャスやウオールには余り理解できなかったが、なにか複雑な用語をいくつも呟きながらそれは行われている。
やがて終わったのか、王がひとつ大きな息をついて、ウオールに少し雰囲気を堅くして告げる。
「お父さんや、謝らねばならないことがあります」
「なんですか」
「この病気がこの国でなら治せると思っているのかもしれないのですが、それはないです」
「……なんだと」
ウオールの顔がこわばる。
しかし王は続けた。
「まだ、研究途中なのです。この病気に効く薬を私の息子が開発しています。すでに症状を抑える薬は出来ました。まあ、大国の援助もあるおかげですけどね。また、この病気は、今のところ必ず死に至る病気。すくなくともこの少女ももって3年でしょう。薬で少しは動けるようになる。しかし、薬の開発が間に合わなければ、死は逃れられないのです」
ウオールはわなわな震えている。
ジャスも驚きに目を丸くしていた。
しかし、王は冷淡にも見えるほど表情を変えず、言葉を続ける。
「あなたに残された選択肢は二つ。この国に娘さんを預け、会えなくなる代わりに、病気を少しでもよくして日常生活が送れるようにするか。このまま病気を放置し、意識のないまま残りの時間を一緒に過ごすか。さあ、どういたしましょう?」
歯を食いしばりながら、ウオールは話を聞いていた。
ティアの顔を見る。
眠りに落ちているはずの顔が、少し苦悶にゆがむ。
ジャスが慌ててティアに声をかけるが、届いているとは思えない。
ウオールは、王を見た。




