君に託す幸福 5
そこからの行動は早かった。
今度はウオールがティアを背負い、グリーフ国へ急ぐ。
森を抜け、緑が目立ち始めた大地を歩んでいくと、ジャスはだんだん景色が変わっていく姿に惹かれてあたりを見回し始める。
城下町では見られない自然の姿に、今朝から感動してばかりだと息をつくジャスは、池での出来事を思い出してしまう。
隣で顔を赤くするジャスに、ウオールは首をかしげる。
「少し休憩するか」
「い、いえ!大丈夫です!これはそういうことではなく……」
「?」
「とにかく大丈夫ですから!」
ジャスは説明する気は無いというように顔をウオールから逸らす。
その動作がまた異性であることを想起させ、ウオールは気まずく感じてしまう。
城で過ごしているときは全く気づいていなかったし、女性でありながら鍛錬に精を出しエネも打ち倒した実力を持つ。
そんな彼女が自分を慕う、あまりに疑問があふれすぎていると、ウオールの頭は混乱しかけた。
「ジャス、なぜ国属騎士になろうと?」
「……女なのに、ですか?」
「まあ、そういう意味でもある」
ジャスは少し深刻そうな顔になって前を向く。
その横顔は凜々しく、いつもの騎士であるジャスの姿であった。
女性である自分と、騎士である自分。
その二面性に、どれほどの覚悟を以て挑んだのであろうかと、ウオールは神妙な顔つきになる。
「女として生きるのが嫌だったからです。ならば、男として最高の地位まで這い上がって見せようと」
「女として、か」
「はい。私の父は戦場で亡くなりました。地方騎士です。父は、男児に自分の後を追ってほしかったようで、私が生まれたことに、たいそう落胆していたようです。母から聞きました」
騎士になるために必要なのは、生まれながらの身分ではない。
たとえ役人の息子だとしても、戦場で役に立たなければ騎士になれはしない。
それが王国が戦争において無敗を誇る所以だ。そのことをウオールは痛いほどわかっている。
皆を育てていく中で、騎士となることを諦めた者がいないわけではない。
しかし、ジャスは女であるが故にスタートラインにさえ立てていなかったのだ。
「母は、父の死にたいそう悲しみ、男に狂いました。今は連絡も取っておりません。私は、女の弱さに、絶望したんです。ウオール先生の奥様も……」
ああ、そうだったかと、ウオールは悲しげに目を細める。
ジャスにとって、チークの姿は女の弱さを感じるものに他ならないのだろう。
自分のふがいなさがジャスの悲しみを大きくしてしまったのではないかと、ウオールは思いをはせる。
「むう……」
「ウオール先生は、なにも、言わなくていいですよ。私がただ生い立ちを話しているだけです。いくら想いがあったとしても、私が女であることと、国属騎士になってはならない人間であったことは変わりありませんから」
ウオールはジャスの思いに少しモヤモヤした感情を抱く。
女というものに失望し、男として国属騎士となった。
しかし今となっては、国を追われた自分に着いてきたせいで、その身分を失うことになってしまったのである。
「お前は、これでよかったのか」
「……どういうことですか?」
「言ってしまえば、ティアとお前は大した関係ではない。私は娘のために命を捧げる覚悟だが、お前は」
ウオールは言葉に詰まる。
罪悪感が湧き上がってくる。
ジャスは、目を細めて、ウオールを見据えて言う。
「私は、ウオール先生のために、命を捧げるんですよ」
「なぜ、私のためにそこまでする。お前は、私にさえ着いてこなければ、死ぬ必要は無かった」
必死なウオールに、少し考えるようにして、ジャスは再び微笑んでウオールを見た。
「忠義のつもりでしたが、そうですね。女として、ウオール先生と生死を共にしたいから、というとおかしいですかね」
なにを言っているんだ、とウオールは俯く。
「冗談はよせ」
「冗談ではありませんよ。私、ウオール先生のもとになら、喜んで嫁ぎます」
その言葉の真意を探して、ウオールはジャスを見つめながら過去を回想する。
必死に鍛練を積んでいたジャスの姿と、国属騎士となり自分を誰よりも支えてくれたこと。
皆が離れていく中で、近くにいてくれたジャス。
チークに裏切られた不甲斐ない自分を、今なお慕ってくれる、そのことをウオールは複雑に受け止めていた。
喜びとも、罪悪感ともはっきり言えない濁った感情が湧き上がってくる。
その気持ちの整理が付かないまま、目の前にグリーフ国の高い壁が見えてくる。
二人は足を止め、入り口に入国者が並ぶ様子を眺めた。
「……つきましたね」
「ああ」
ウオールは背中に背負ったティアの冷たい体温を感じながら、前に進むことを拒もうとする足を必死に動かす。
ジャスが隣に並ぶ。
その姿が、やけに大きく瞳に映る。




