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君に託す幸福 4

 鳥の声が朝を告げる。

 無防備にも、ウオールはいつの間にか眠ってしまっていた。

 辛うじて木漏れ日の届く場所で休むことが出来ていたようで、日の光がウオールの顔を照らしつけ、目を覚まさせる。

 座ったまま眠っていたせいか背中が痛み、顔をしかめてしまっている。


 辺りを見回すが、ジャスの姿はない。

 そのことは大して気にせず、ウオールはティアの顔を伺う。

 ジャスが誰かに連れ去られれば、気配で気づけるだろうと高をくくっていた。

 ティアも、いくばくか顔色がよく感じられ、隔離されていた頃よりも健康に見える。

 そのことにウオールは安堵の息をつく。


 朝餉の用意をしなければならない。

 ウオールは息巻いて立ち上がる。


 水のある場所は確認済みで、その場所から北に50メートルほど行った場所に池がある。

 まずはそこで水をくんでこようと、ティアをその場に残すことも出来ないので背負って連れて行く。


 森はまだ静かだ。

 たまに鳥のさえずりは聞こえてくるが、警戒しているような声は聞こえない。


 そういえば、ジャスにも池の場所は伝えてあるとウオールは思い出した。

 ならば池にいるのかもしれない、確認の意味も込めて向かうことにする。


 少し歩くだけで水の湿気を感じる植物たちが目立ち始め、その匂いが嗅覚を刺激し始めた。

 空気も冷たくなって、少しだけ肌寒い。


「お、見えたな……ん?」


 池が木々の間から姿を現したとき、ウオールは一つの切り株の上へ視線を落とした。

 そこには几帳面にたたまれた国属騎士の制服が置かれている。


 おそらくジャスのものだろう。

 そんなにきれい好きだったのかと、新しい一面を見た気分で面白くなり、ウオールはかすかに笑ってから池に向かった。

 ティアは目を覚ましていないし、問題ないだろうと考えていたのだ。


 池はかなりの面積を誇り、朝日を反射して窓のように底が透けている。

 自然豊かな情景など、ウオールは王国内で見ることはそうそうない。

 昨日池を見つけたときは夜だったので、こんなにも美しい場所だとウオールは思っていなかった。


 草食動物たちも落ちついて池の水をすすっている。

 そして、やや池の中心部に近い場所で、ジャスと思われる者が泳いでいた。


 いつもは括っている髪を下ろし、どこから見ても女性に見える。

 ジャスはそのまま池を上がろうと泳いで岸に向かうが、ジャスが半身を水から出した瞬間にウオールは目を丸くした。


 急いで目を離し、その場を離れようとするが、運悪く地面に転がった小枝を踏み折ってしまった。

 パキ、と小さいが確かに音が鳴る。


 ジャスがウオールの方を見た。

 ウオールも恐る恐るジャスの方へ目を向ける。目が合った。

 しばしそのまま、見つめ合う。


 純白で健康に見える肌が水をしたたらせている。

 男性にはない曲線美を感じさせる身体のかたち、女性らしさを際立たせる胸部。

 その姿は、誰が見たとしても、美しく、凜とした女性と形容するものであった。


 先に行動を起こしたのはジャスの方だった。

 無言のまま、身体を隠すようにその場へ蹲る。


 ウオールははっとしてその場を離れ、そのまま元来た道を疾走する。

 驚いた動物たちが鳴き声を続々とあげた。

 ウオールはふと気づいてジャスの服の上へ水を入れる革袋を置いておく。

 水をくみ忘れたのでくんできてほしいという意図である。

 しかし、ジャスのたたまれた服を見ると、先ほど見てしまった裸体が浮かび、思わず唸ってしまう。

 どうしたものかと、苦悩しながらウオールは帰路についた。


 それにしても、なんとも初々しい反応をしてしまったものだと、背中のティアを気にしながらウオールは思う。




 黒く焦げた焚き火を見据えながらウオールが頭を悩ませているところに、ジャスは沈黙したまま返ってきた。

 髪はまだ濡れ、滴がポタポタと涙のように地に落ちる。

 うつむいていて表情を伺うことは出来ないが、ウオールはどう声をかけて良いかわからずただ彼女を見つめた。

 ジャスの手元には水をくんだのであろう革袋があり、それに気づいたウオールはなんとか重い口を開いた。


「す、すまない。水をくんでもらえた、のだな」

「……」


 ジャスは頷きもしない。

 また沈黙が二人の間に訪れる。


 だんだん森の声が騒がしくなってきた。

 鳥の声に加わった地に足を突く動物たちの声、しかしウオールは常に沈黙を感じ続ける。

 森の空気感とは異なる空間が出来上がっており、近くまで来た動物たちは鳴き声を上げてその場を離れていく。


「なぜ」

「ん?なんだ、ジャス」

「なぜ、私を責めないのですか。私は、女ですよ」


 ウオールは首をかしげる。

 むしろ自分が責められると思っていたからだ。


 確かに、国属騎士になれるのは男性と決まっている。

 女性が働ける場所は限られた場所にしかなく、しかも王国のほとんどの女性は家を守る主婦の役割をこなしている。

 それを考えれば、性別を偽って騎士になろうとするなど言語道断。

 ウオールもそう考える。


「では、ジャスの国属騎士の位を剥奪する」

「……」

「だからなんだ、私も、もう国属騎士など名乗れたものではない。もう、我々に肩書きなど必要ないのだよ、ジャス」


 さみしそうに語るウオールに、ジャスは顔を上げた。


 ウオールはいつも、弟子たちを大切にしていたし、国属騎士であることを過剰に誇る者たちと違って傲慢な態度もとらない。

 それはいつも近くで見ていたジャスがよくわかっていることだった。

 しかし、今となってはウオールは教え子であるエネに裏切られ、ティアの病気のせいで皆からの信用も失った。

 そして王からの嫉妬によって、立場を追われることになる。


 耐えて、耐えて、耐え続け、今あるものはこの惨状。

 ジャスは自分の力で変化しようもない現状が悔しくてたまらなくなった。


「ウオール先生」

「私はもう先生ではない」

「いいえ、私にとってあなたは永遠に先生です」


 ウオールの眉がピクッとはねる。ジャスは更に続けた。


「私は、ウオール先生を慕っております。これからもです。あなたがこれからなにをしても、私はついて行きます。私は、生きている限り、あなたのために戦います」


 まっすぐ、ジャスはウオールを見つめる。

 ウオールは気力を失っていた顔をすこしずつ明るくし、ジャスに向かって微笑んだ。


「私は、お前に何も返してやれない。これから私は、ティアのためにグリーフ国に向かう」

「グリーフ国ですか」

「グリーフ国に行けば、ティアの病気になにか対抗手段があるようだ」

「なるほど、ならば選択肢はひとつですね。しかし、王国は近日グリーフ国を攻めてきますよ」

「ならば、命を懸けて蹴散らす」


 ウオールの目が鋭く光る。

 ティアのためなら命も捧げるつもりの覚悟に、ジャスはもはや呆れながら笑った。

 「ならばお供します」と、笑顔で告げる。

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