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君に託す幸福 3

 夜もふけ、動物たちの声も聞こえなくなってきた。

 夜を彩る虫たちの奏楽が森を包み込んでいる。


 三人は焚き火を囲んで座る。

 ティアを木にもたれさせ、ウオールは自身の服を毛布代わりに膝へかけた。

 普段は仏頂面で、弟子でさえ近づきづらい顔つきの男が、娘を前にすると顔が緩みきってしまう。

 目を細め、愛情深い穏やかな笑顔で娘の頬を撫でた。

 ジャスはその様子をジトッと見守る。


「ウオール先生、そんなことするんですね」

「……自分の娘だからな。幻滅したか、親馬鹿で」

「親馬鹿なのはずっと前から知っていましたよ。今更幻滅なんてしません。ただ、見かけの割に不真面目なところがあるのは、なんとかしてほしいです」

「すまん」


 ジャスはにこやかに冗談めかして言う。

 ウオールは恥じるように頭を掻いた。

 二人で向かい合って焚き火の揺れる炎を見つめる。

 ジャスは胡座をかいていたが膝を抱えて顔をそれに埋めた。

 先ほどの泣いている姿といい、髪の長さといい、女のような行動をする奴だとウオールは気まずく感じる。


「ジャス。なぜ来てくれたんだ、知っていたのか。エネに私が裏切られるのを」

「出立したときには知りませんでした。しかし、王と……その、ウオール先生の奥様が会話しているのを聞きまして、それで、詳細を宰相様に聞いたのです」

「まて、そこになぜチークがでてくる?」

「言いにくいのですが、おそらく愛人関係です。王と……」


 ウオールの顔つきを伺いながらジャスは言う。

 ウオールは、黙って何度も頷いた。


 夜中に居室へ帰ってこなかった時点で、男の家に泊まっているのかとは予想できている。

 しかし、相手が王で、二人そろって自分を嵌めようとするとは、その計画的な行動に驚嘆する。

 もう、関係は終わっていたも同然だったとはいえ、ウオールは少しショックだったのかジャスから顔を背ける。


「かまわん。あいつは、ティアを見捨てろと、私に提案してくるような女だ」

「そうですか……。」


 ウオールの声は、言葉とは裏腹に落ち込んでいるように聞こえる。

 ジャスは悲しそうにするウオールを見ていられなかった。


 じっと、焚き火の炎をかすかな風に踊る様子を見つめる。

 冷たい沈黙の時間が二人の間を流れてゆく。


「エネは、な」

「はい」

「私を恨んでいたのか」

「……きっと、ウオール先生に対する個人的な感情はないのでしょう。しかし、もとが王のように強欲な奴ですから」




 ジャスとエネは同時期にウオールの訓練を受けていた。

 しかし、二人の実力はあまりに周囲を引き離していたため、模擬戦となれば無敗を誇っていたのである。


 そうなれば、多くの人々は同じことを考える。

 二人が戦った場合、どちらが勝つのであろうか。


 ウオールは訓練中、二人に模擬戦をさせなかった。

 どちらが勝ったとしてもそこに軋轢、挫折が生まれ、同国の騎士としてともに戦うことへ良くない影響がでると考えていたからだ。


 しかも、二人は犬猿の仲であった。

 日頃から誰よりも早く中庭に来ては、鍛錬を積んでいくジャス。

 一方、エネは自分の才能に過剰なほどの自信を持ち、訓練に遅刻してくることも度々あった。


 ある日、エネは気まぐれの発言であろうが、訓練終わりにジャスとの対戦を希望する。

 余りに唐突な誘いに、周囲もざわめいた。


「今日の訓練もつまらなかった。ジャス、だよな。俺と戦え」


 すでにその場にウオールはおらず、事の次第は事後報告を受けた。

 ジャスはその傲慢な態度に苛立ちを覚えながら、無言で中庭に戻っていく。

 エネはのんびりその後を追った。


 そんな対戦を他の弟子たちが見逃すわけがない。

 いつの間にか中庭には多くの人が集まり、見物を行っていた。


「ふん、こんなに野次馬がいるとはな。皆、俺たちに興味津々みたいだぜ」

「……」

「なにか言ったらどうだ?それとも俺に負けるのが怖いか」

「構えろ。その脳天、こなごなに砕いてくれる」

「どんな馬鹿力だよ。そんな細腕で」


 エネはマイペースに木剣を中段に構える。

 赤く光る目が不気味にきらめき、ジャスを獲物とするように見据えた。


 その姿に、見物する弟子たちはつばを飲み込む。


 しかし、ジャスは落ちついていた。

 さらさらと草が風に揺られるのを感じながら、集中力を高めていく。

 下段に木剣を構え、エネの赤い目へ視線を合わせる。


 誰が何を言ったわけでもなく、二人は同時に疾走した。

 ヒュッと鋭い音とともに立っていた場所から姿を消し、次に見物する弟子たちが二人の姿を目視できたのは木剣がぶつかり合った瞬間であった。

 ジャスは真剣な表情でエネの目を見据えているのに対し、エネは耳まで裂けそうなほどつり上がった口をして、物の怪のごとき笑顔を浮かべている。


 木剣を二人がぶつからせた後、一寸も待たずして二人は後方に飛び退く。

 やや早くジャスが地に足をつき、瞬時にエネの懐へ跳躍する。


「おっとお!」


 エネは木剣を構え直し、下からの切り上げを防いだ。

 その顔に焦りは見えない。


「やるじゃねえか!」


 エネはジャスの顔へ蹴りを入れようとしたが、それは空を切る。

 気づけばジャスは背中に回りその首に木剣をたたき込もうとしていた。


 一瞬エネの顔つきが変わる。

 しかし、エネも身体をひねりながら前にステップしてそれを躱した。

 顔から余裕は消えていた。


 見守る弟子たちは息をのむ。

 どちらの攻撃が当たってもおかしくない戦いだが、どちらかと言えばエネが押されているようにほとんどの人には映った。

 当のエネも、顔つきが真剣なものへ変わり、ジャスを睨んでいる。

 しかし押されていても呼吸一つ乱していないのは、やはり天才故のものなのだろう。


「今のを躱すとは」

「……てめえ」

「最初の笑いはどうした。やけに真剣ではないか」

「うるせえぞ。つぶしてやる」


 エネが腰にさすようにして木剣を構える。


 ジャスは見たことのない構えに眉を寄せた。

 なにをするつもりだ、と観察する。


 その真意が理解できず、ジャスは木剣を中段に構えた。

 切り込もうにも、なぜか隙が無いように感じる。


 エネは静かに歩き出した。

 一歩一歩、確実にジャスへ向かっていく。

 ジャスは感じたことのない気迫に後ずさった。

 攻めることが出来ないのであれば、避けるしかない。

 しかしこのままでは追い詰められると悟り、ジャスは一歩前に出る。


 二人の距離が1メールほどになったとき、二人の立ち位置から豪風がわきおこった。

 ジャスの顔が苦痛に染まる。

 見物人からすれば、二人はまったく動いていないように見える。

 ただ、近くによれば目を開けていられないほどの風が二人から放たれている。


 エネは居合いのように木剣を見えないほどのスピードで動かしている。

 ジャスはその軌跡を辛うじて認識し、剣筋の予測からなんとか最低限の動きで防いでいた。


 しかし一振りに込められた力が強く、ジャスの顔が苦痛にゆがんでいく。このままではじり貧だ。


「くっ……」

「ふん、この程度かよジャスうう!」


 スピードは衰えることを知らない。

 しかし、ジャスの鋭い目は、少しずつ剣の動きがはっきりと見え始めていた。

 防ぐ剣に余裕が現れ始める。


 剣筋がはっきりと空間に浮かび上がり、エネの狙いを捉える。

 それに気づいたのか、エネは目を丸くする。


 その驚きをはっきりと感じる時間を感じさせず、ジャスは動く。


「おお!」


 居合いが当たるのを防いだ木剣に感じた瞬間、ジャスは地を蹴る。

 エネが再び剣を振るのを待たず、ジャスが木剣で突く。

 それを防ごうとエネは居合いの構えを解き、身体を動かすが、ジャスの方が早い。


 剣先が、エネの額に当たる直前で止まっていた。




「後から報告を受けたときは驚いたぞ」

「私が勝ったからですか?」

「いいや、お前たちが対戦したことにだ。負けたらどうするつもりだったのだ」

「負けるつもりはありませんでした。それは向こうも同じかと」


 ウオールは頭を抱える。

 普段真面目で堅い考えをしているくせに、こう言うときにすさまじく強いプライドを感じさせてくる。

 ジャスのそういうところに、ウオールは少し笑ってしまった。


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