未来は見えない 9(終)
ジャスが宰相の部屋を出たとき、見張りに立っていたはずの国属騎士の姿が無かった。
嫌な予感がして、部屋の中で先ほどまで使っていた紙を燃やしている宰相に騎士がいなくなっていることを報告すると、宰相の顔がサーッと青ざめていく。
「逃げるのである!」
ジャスは頷く暇も無く部屋を飛び出した。
廊下を走り抜け、階段を飛び降り、城の正門の前に来ると、そこには無数の騎士たちと、それを率いるかのように立つ王の姿があった。
ジャスの姿を見て、騎士たちが顔をこわばらせる。
剣を抜いて構える者もいた。
ジャスも腰の剣に手をかける。
「ジャス、だったのう?ウオールの弟子。今日は宰相とどのような話をしていたのかな?」
「……ウオール先生がいない間の訓練について議論しておりました」
「そうかそうか。もう聞いたか?訓練を任された騎士は、なぜかお亡くなりになってしまった。きっと、ウオールにあの病気をうつされてしまったんじゃのう」
「そんなこと、あり得ません」
王はニヤニヤと嘲笑するような表情をしながらジャスに語りかける。
ジャスは疑問だった。なぜこのような王に国属騎士らは忠誠を誓い、ウオールを仇なそうとするのか。
綺麗な隊列をなした彼らの顔色をうかがえば、若い人間は一人もいない。
長い兵役を生き抜いてきた者ばかりだ。
彼らが王の言うことを真に受けるほど愚かではないことをジャスは知っている。
しかし、何らかの形でウオールに不満を抱いているとすれば、話は変わってくるのだろう。
王がウオールの権力を恐れたように、彼らにも何か考えがあるのだ。
ジャスはそう察すると、自分からの説得は無意味であると悟った。
「ジャスよ、ウオールはわが手中で踊っておる。お前がいくら動いたとしても、助けることが出来ぬぞ。諦めて殺されてはどうか」
「お断りいたします」
ジャスはそう言い終わらぬうちに地を蹴った。
無防備な王の首をはねてやろうと腰の剣を抜くが、国属騎士たちが行く手を阻む。
「どけ!」
ジャスが切りつけるが、彼らはかなりの手練れ。
一人のひげを生やした騎士とつば競り合いとなるが、力勝負となればあちらの方が強い。
他の騎士たちも動き始め、競り合うジャスの背後に回ってきた。
ジャスは一瞬そちらをみると、急激に剣に込めていた力を抜き、相手の剣に込めた力を受け流す。
ひげを生やした騎士が前のめりに倒れそうになるところでその背中にのり、思い切り空へ飛び上がった。
地面に顔をぶつける相手に目もくれず、ジャスはそのまま騎士たちの隊列を飛び越えていった。
他の騎士から追撃を受けるが、それもうまく受け流し、剣の柄でその顔を殴打する。
怯みはじめる騎士たちを一瞥して、ジャスは正門を抜けて神速で走り出す。
「何をしておる!追え!」
王が少し焦りながら指示を飛ばすと、騎士たちも駆けだした。
しかし、彼らの足ではジャスに追いつくことは出来ないだろう。
未だに地面に打ち付けた顔の痛みに耐えているひげの騎士に、王は冷ややかな目をむける。
「やくたたずが」と呟くと、その騎士が持っていた剣を拾って高く構えた。
騎士は気づいてはっとするが、それはもう王が剣を下ろした時であった。
血しぶきが天高く上がる。
身体にかかる数滴の血を不快そうに眺め、いつの間にか周囲にいた女性たちに声をかけ、洗浄を用意を命じた。
ジャスは城下町を疾走する。
振り返ってもまだ追っ手は見えない。どうやら振り切ったようだ。
道を跋扈する民衆に混ざり、ジャスはある目的地に早足で向かう。
その場所に近づけば近づくほど、人通りは不思議なほどに少なくなっていく。
ジャスがたどり着いたのは病院。
やはりベッドに空きはなく、以前から寝ている人は変わっていないようだ。
ジャスはなれない光景に少し眉を寄せながら進んでいく。
物珍しそうにジャスを見つめる患者や看護婦たちが多かった。
城ではその容姿故に好奇の目へさらされていたジャスだが、この場にいる人々は外見など気にしていない様子である。
しかし、ある兵士らしき患者の青年がジャスと目を合わせると、苦痛にゆがめていた表情を呆然とさせ、小さく何やら呟いた。
「女神だ……」
ジャスはそれを聞いて首をかしげながら青年の前を通り過ぎたが、青年は痛みに耐えながら身体を勢いよく起こし、ジャスの背中に声をかけた。
「あの!女神様ですよね!ぼくを迎えに来たのですよね!」
「おい、お前何を言ってるんだ。あれは国属騎士様だ。女神は女性だろう」
「違う!あれは女神様だ!ぼくを迎えに来たんだ!ぼくの魂を、故郷に帰してくれるんだ!おお……」
青年は押さえ込もうとする看護婦の手を振り切って、祈るように手を合わせた。
なにか、宗教を信仰していたのだろうか。
この王国に宗教は基本的に存在していない。
おそらく、この青年はこの王国が侵略した国から騎士になった人間なのだろう。
ジャスは少しぞっとした顔をしていた。
それをみた看護婦が心配して声をかけるが、「なんでもない」と言って再び進み始める。
すると、目の前に見えてくるのは鉄の扉。
ウオールの娘、ティアが監禁されいる場所へ続くものだ。
ジャスがその前で止まると、後ろから薄汚れた姿の医者が声をかけてくる。
「あんたは、ウオールの弟子か」
「……そうです。ここを開けてくれますか?」
「見舞いか?良かろう。先ほど、病院の前を国属騎士たちが大勢歩いておった。あんた、何か関係あるのか?」
「すいません、すぐに出て行きますので」
医者はふん、と鼻を鳴らして扉を開く。
重い音を立てながらあいた扉の奥から、ひどい匂いが流れてきた。
ジャスは思わず鼻をつまむ。
そんなジャスを見て、医者は厳しい表情をしながらうつむいた。
「別によ、俺らだって、好きでこいつらを監禁してるわけじゃねえ。もっと、おれらに国が資金を回してくれさえすれば、なんとかできたかもしれねえんだ。ここで監禁されて、みんな何年も生きてるんだ。そんなにひどい病気じゃねえはず、絶対治せる。……ウオールにはすまないと思っているよ。あんなに、皆にひどく言われてな」
ジャスはじっとその医者の話を聞いていた。
今から自分がしようとしていることに罪悪感を強く感じ始める。
拳をつよく握りしめながら、ジャスは罪の意識を振り払って一歩踏み出した。
「何をするつもりか知らねえが、応援するよ。俺は、病人の味方なんでな」
そう言って医者は扉をゆっくり閉めていく。
再びあの扉をくぐるときには、もう話すことはないだろうと、ジャスは決意を固めた。
崩れそうな階段を下っていく。
鉄格子の向こう側で、死体と区別がつかないほど呼吸が浅い人間が何人もいる。
ジャスの予想よりも病気にかかっている人は多いようだ。
鼻をつまみながら鉄格子に囲まれた道を進んでいく。
目指すのは一番端の部屋、ティアのいる場所だ。
鉄格子の前に立ち、中をのぞき込む。
ベッドもない、只の冷たい床に伏すティアを見つけた。
目が、もう何も見えていないかのように色を失っている。
身体は痩せ細り、自分で立つことさえ難しそうに見える。
管理されているのかどうか疑わしい惨状であった。
「ティア殿」
呼びかけても返事はない。
しかし、瞬きはしているようだ。
生きている、それは確かだ。
ジャスは誰に向けてのものかわからない謝罪を口にしながら、腰に差している剣を抜いた。
そして、鉄格子の鍵に向けて振り下ろす。
一章、ようやく終了です。ここまでお読みいただきありがとうございます。次回、第二章が始まります。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
よろしれけば、感想などいただけますと、大変励みになります。よろしくお願い致します(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*ペコ




