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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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植月怪談集~四面楚歌~

餓鬼憑キ

作者: 植月

 大抵の人間は味付けされた肉料理を好むが、何も味付けされていない、肉本来の味を好むものは少ないだろう。ましてや生の状態の肉など食中毒を起こす危険性がある。しかし、この男が差し出してくれる生肉はおいしい。恐らく、ここ数週間まともな食事など与えられなかったからだ。


 私は何をしても人を苛立たせてしまうせいか、お母さんを怒らせてばかりの毎日を送っていた。何か失敗するたびに私をしかりつけ、夕食を抜かれ、痣ができるほど蹴られた。それでも、私はお母さんが好きなので、私のことを心配する人間には、お母さんを庇う為の嘘をついてきた。いや、嘘なんかではない。よく考えると私が全ていけないのだ。体が痣だらけなのも、病弱なのも、おっちょこちょいで馬鹿なのもすべて私が原因なのだ。そんな私をここまで育ててくれたのもすべてお母さんのおかげなのだ。ありがとう、お母さん。


 「あんた、その臭いどうにかしなさいよ。うちが臭くなるわ。」

 

 小学校から帰るとお母さんは、私にぴしゃりと言い放った。クラスではクサ子と毎日罵られているのだが、お母さんに心配をかけたくないという理由で、先生には何も相談しなかった。


 「シャワーくらい一人で浴びれるでしょ?」


 そういえば、ここ最近お風呂に入っていなかった。私が馬鹿なせいで割り算の宿題が出来なかったからだ。お母さんに教えてもらおうとしても何も教えてくれなかった。宿題ができるまで夕食も与えられなかったし、お風呂も入れなかった。寝ずに一生懸命解いた答えは、ほぼ不正解。割り算だけではない。ほぼすべての勉強が全くと言っていいほど分からないのだ。


 お腹がすいた。


 浮き出たあばら骨を安いボディスポンジでごしごしと洗う。かなり痛いが、お母さんが喜んでくれるためなら我慢できる。お母さんが少しでも幸せになれるのなら何にだって耐えられるような気がした。


 痩せ細った体を乾かし、お茶を飲むために台所へ向かうと、どろっとした赤い液体があたりにこぼれていた。周りを見渡すと壁にもテーブルにも赤い液体がそこら中に飛び散っていた。赤い液体をたどってみると、お腹から腸をぶら下げたお母さんと、刃物を持った男がこちらを睨んでいた。


 私の臭いなのか、血まみれのお母さんの臭いなのか、この男の臭いなのか分からないが、部屋中に異臭が漂っている。この場から逃げるべきなのだろうか、男に話しかけるべきなのだろうか、頭がもうろうとして、決断力も鈍っていた。


 しかし、その男は母親の肉片を差し出してくれた。唖然としている私を察してくれたのか、私に食べる動作を見せてくれた。一口かじってみる。おいしい。こんなまともな食事は、久しぶりだ。私は、我を忘れお母さんの肉にかぶりついた。

 

 「あんた・・やめなさい・・。」


 臓器が息をしているように、びくびくと動いている。新鮮で温かいうちにはやく食べてしまいたいが、お母さんは私に話しかけてきた。


 「あが・・ぐあ・・ぐが・・。」


 私は馬鹿なので、お母さんの言葉が分からなかった。ただ、空腹を満たしたい。宿題も、家事もすべて後回しにして、今は食事に集中したいのだ。


 しかし、半分も食べきれなかった。お腹に大きな穴が開いたまま、お母さんは、ずっとこちらを見てるような気がした。気が付くと男の姿はなかった。彼が持っていた刃物は私が握りしめていた。


 唐突にた二人組の警官が家の中へ駈け込んできた。異変に気付いた近所の人間が警察を呼んだのだろう。しかし、私に駆け寄ろうとする警官の一人が嘔吐し、吐瀉物が床へ叩きつけられる勢いで飛び散った。私は生まれて初めて大人の嘔吐を見たので少し驚いてしまった。やはり、私の臭いが原因なのだろうか。また、クサ子と罵られてしまう恐怖で頭が真っ白になってしまった。


 どうやら、私がお母さんを刺し殺してしまったようだ。刃物をもった男はどこかに消えてしまったのである。いや、もともと存在しなかったのだろうか。それとも、私が餓鬼に憑かれていたのだろうか。





 

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