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嵐の海と夜の王

作者: 月島 真昼

この話はTwitterで真昼が五秒で考えたタイトルに、かぶさん→https://twitter.com/kabu_log?s=17が素敵なあらすじをつけていただき、それを元に文章を書いたものです。


 東の海には常に嵐が渦巻いている海域がある。季節に寄らず、潮目に寄らず、ずっとずっと雨が降り、強い風が吹いて、大きな波が立つ。誰もその先にあるものを知らない。嵐は船を拒み続ける。僕らが足を踏み入れるのを嫌っている。

 なにもないのさ。

 と、誰もが言う。あんな風と雨の中では誰もが生きていけない。それはきっと人間だけじゃない。鳥だって、犬や猫だって、はたまたもっと大きな動物だって。あるいは魚だってあんなに流れの強い場所では生きていけないかもしれない。

 でも僕は知りたかった。あの嵐の中になにがあるのか。あの海域を抜けた先にはどんな世界が広がっているのか。

「本当にいくのか。こんなぼろいスループ船で。たった一人で」

 友人のリロイが僕を引き留めた。

「仕方ないだろう。誰もついてきてくれないって言うんだから」

 僕は笑った。かつては同じように夢を見た仲間たちがいた。だけどみんな、僕が本気だとわかると掌を返してしまった。

「なぁ、俺だっておまえと同じように夢を見たことはあったよ。あの嵐の向こうにはなにがあるんだろう、そう思ったことは何度もある。確かめてみたいと思う。だけどそいつは命を投げ出してまでやらなきゃいけないことなのかい? 忘れたわけじゃないだろう? 国王が募った有志達が乗った、あのバカでかいガレオン船がゴミみたいになって漂着したのを」

「彼らはね、時期を間違えたんだよ」

「時期?」

「あの海域は一年中嵐を纏っている。だけど、秋は、他の嵐がやってきた少しあとは雲が流されてすこしだけ緩やかになるんだ」

「ほんきで言ってるのか」

「うん」

 僕は船に乗り込んだ。

「それじゃあね」

 錨を上げる。帆を張る。船が岸から離れようとする。

「待てよ」

 リロイが叫んだ。岸から助走をつけた。僕は思わず脇に避けた。跳躍。どすん。リロイが狭い船の中に飛び込む。小さく船が揺れる。

「俺を置いて、俺を置いていくなよ」

「ははっ。君も大概無茶をする」

 僕らは握手を交わした。

 青い海を、見る。


 嵐の海域はあっという間にやってきた。

 風が打ち付ける。波が船腹を叩く。頬にかかる雨が冷たい。大きく揺れる。

「秋は嵐が弱いだって?」

 リロイはマストにしがみついて顔を引き攣らせる。

「これでいつもの半分くらいだよ」

「おま、さては、」

「うん、じつはもう三隻沈めてる!」

「てめええええええ」

 リロイが叫ぶ。声は風にかき消される。

 飛び込んできた方が悪いんだ。僕は意地悪く微笑んだ。

 船は流されるようにして進む。僕らは三日三晩、暗い海を彷徨う。リロイはすっかり気分が悪くなって何度も吐く。彼の背中を撫でる。僕は一人だったらもっと暗い気分でいたんだろうと思う。

 散々吐いていたリロイが、気晴らしに上を見上げる。

「鳥だ」

「え」

 僕らは風を切り裂いて真っすぐに飛んでいく大きな黒い鳥を見る。雨をものともせずにどこかを目指す。

「追いかけよう」

「どうやって」

 僕は帆を張った。横風を帆の膨らみで受ける。進路から横に逸れていく。舵を取って船の方向を変える。風を受ける角度を変える。船がジグザグに前進する。ただでさえひどかった揺れが無理な操船がでめちゃくちゃになる。波を被ったリロイが悲鳴をあげた。

「ははは」

 遠くにぼんやりとなにかが見えた気がした。

 僕は雨の中で拳を突き上げた。



 嵐を抜けたのはそれから二時間後のことだった。僕とリロイは小さな島の入り江に辿り着いた。雨もなく、風もない。穏やかに凪いだ暖かい空気が流れている。船の上から山羊が何頭か見えた。水の透明な入り江には魚の姿があった。

 残念ながら。この島に最初に辿り着いたのは、僕たちではなかった。中型の黒い船が先に停泊していた。入り江から僕たちに気づくと、船の持ち主らしき長身の男が手を振ってくれた。その肩にはあの大きな黒い鳥が羽を休めている。

「よくここに来れたね」

 彼は僕らの小さな船を見て驚いた。

「私はオスカー。探検家だよ」

「常夜の大陸を見つけたオスカーさん?」

 彼が頷く。僕は目を丸くした。

 冒険記を幾つも書いている有名な探検家だ。

「そう、こいつがその大陸の主、夜の王、いまは私の守り神さ」

 オスカーさんは大きな鷹の喉を撫でた。船の名前にもしたんだと言っていた。

「こいつの導いてくれる方を目指すとね、不思議と新しい発見があるんだ」

 僕とリロイは顔を見合わせた。

 嵐の中で見つけた空を切り裂く大きな鳥を思い出す。

「じゃあもしかしてオスカーさんがこの島に着いたのは」

「たった一時間前だよ」

 あんまり悔しくて僕は地団駄を踏んだ。

 そのあと僕らはオスカーさんの船の船員さん達も交えて島を探索した。

 その島は、穏やかで実り豊かだけど、どこといって変わったところのないふつうの島だった。夢なんてのはそんなものなのかもしれない。叶えてみると案外大したことはないのだ。

 でも僕はいま大きな充実感に包まれている。

「あの嵐の向こうにはなにがあるのか」

 それを知ることができたのだ。

 嵐の向こうには、暖かくて穏やかな小島があった。

「きみたち、帰りはどうするんだい? その小船じゃあ大変だろう? どうだ、我々の船に乗っていかないか」

 オスカーさんの申し出に、僕は随分渋ったのだけどリロイは二つ返事で飛びついた。もう揺れるのはごめんだ! とのことだった。

 そうして僕らは再び海に出て、オスカーさんの船は随分長いこと漂流した。彼の守り神は素知らぬ顔で僕の頬を啄んでいる。オスカーさんは「おかしいなぁ」なんて笑っている。リロイが何度も「もうダメだ!」と叫ぶ。

 僕らは命からがら大陸に帰ってきた。

「次は塩の海に行こう! 塩分濃度が普通の海水の何倍もあって、生き物がまるでいないんだって!」

 僕はリロイを誘ったけれど彼は「二度とごめんだ!」と言って逃げていってしまった。


 落ち込んだ時はよく東の海を眺める。

 そうして嵐の向こうにある、暖かくて穏やかな小さな島を思うのだ。




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