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その後、ディランはいつも通りの軽口を叩いて雰囲気を和ませながら部屋まで送ってくれた。
部屋に戻る頃にはフェリシアもいつもの調子を取り戻していて、最終的にはいつも通りの軽口とそれに対する応酬に変わっていた。
「まあ、今日の事はお礼を言ってあげない事もないわ。ディランにしてはよくやったんじゃない?」
「おいおい、素直に有難うっていえよ。可愛くねーな」
フェリシアがいつも通りのツンとした態度で分かりづらいお礼を言うと、ディランもいつも通りの調子で冗談半分の言葉で笑って返す。いつもの態度に戻れたことに、フェリシアもディランも安心していた。
「……ありがとう。貴方にはいつも感謝しているわ」
そう早口で告げて、扉を閉めた。今まで戦闘面でもそれ以外の場面でも、どんな場面においても視野が広い彼には救われてきた。だからフェリシアは改めて感謝の言葉を告げた。その言葉を言った時のディランの間抜けな表情を扉を閉めてから思い出し、思わず部屋の中で吹き出す。久しぶりに見た、彼の間抜けな表情だった。
***
広い部屋にポツリと独りでいるというのは心細くなるもので……。余計なことばかりを思い出して、考えてしまう。
今日の事。ユリウスに恋人……いや、それ以上のプロポーズを予定している恋人・フェリシアの妹であるイリスがいたこと。
一度は持ち直した気持ちが沈んでくる。ここ数年分の想いが無駄になったのだ。あんなに近くにいたのに、ずっと見ていたのに、本当の気持ちは一つも分かっていなかった。
全て……無意味だった。この気持ちはもう、忘れなければならない。捨てて、なかったことにしなければ。そう思うのに……眠ろうと瞳を閉じても、ここ数年の事を思い出して目が冴えてしまう。
思い出すのは、ユリウスの事ばかり。彼を上手くサポートできた時に頭を撫でて褒めてくれたこと、
「……きっとイリスは二つ返事でプロポーズを受け入れたんだろうな。あんなに素敵な人のプロポーズを断るわけがないもの」
フェリシアは自分で言葉に出して、言っていて虚しくなる。でも、そこで一つ疑問が浮かんだ。プロポーズしたということは、ほぼ確実にイリスはそのプロポーズを受け、この後結婚式を挙げることになる筈だ。イリスの姉であるフェリシアが結婚式に呼ばれない筈がない。
もしかしたらユリウスが今日自分を探していたのも、その結婚式の日程の相談をするためだったのかもしれない。点と点が繋がったのに、その逆に足元から崩れていくような恐怖心に自然と体が震えてくる。
フェリシア自身はその時、平常心でいられるだろうか……正面から彼女らの幸せを祝福してあげられるだろうか。
そんなの無理だ。
直ぐに浮かんできた答えに呆れて、溜息が出る。祝福以前に結婚式にすら出たくない。
そこまで思ったところで、頭の中にある思考が浮かんだ。もしもこのまま王都にいたら、フェリシアが結婚式に参列しなければいけないのは、確実だ。けれどそんなもの絶対に出席したくない。
それに本来は祝わなければいけない筈のイリスの幸せを祝えない自分自身も嫌だった。大切な妹の幸せを祝えない……そんな情けない姿を妹にもユリウスにも――フェリシア自身を知っている誰にも知られたくなかった。
なら、逃げてしまえばいいのでは?
フェリシアはもう、イリスを最後まで守り切って、魔王の討伐を果たして……十分に頑張った筈だ。それに実家であるアーゼンベルグ伯爵家は弟が継ぐはずなので、フェリシアがいなくなったとしても問題はない。もう婚約者もいない。フェリシアは役目をはたして、既に自由なのだ。
「逃げちゃおうかな……」
魔王討伐においてはフェリシア個人としても実際、かなりの報酬をもらった。数年は遊んで暮らしていたとしても住食は困ることはない程の金額を。
だからフェリシア自身の意志次第なのだ。
でも一度、逃げるという考えが浮かぶと自然と気分が穏やかになり、先程まで全く感じなかった眠気すら感じるようになってきた。後の事は明日決めようと、心の中で思考して眠りに落ちた。




