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そうしてどれほどの時間が経っただろうか。フェリシアに声を掛ける者が現れた。最初はこんな泣きじゃくっていたのだから、邪魔だと耐え切れなくなった人間や近くの店の店主が文句でも言いに来たのかと思ったが、どうやら違うようで……声を掛けてくる者はフェリシア自身の名前を呼んでいる。それに疑問を抱いて、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。
「……やっと顔を上げたな。どうしたんだ、フェル」
そこにいたのはフェリシアの2つ歳上の幼馴染で、勇者パーティーの一人でもあるイースディール騎士団の副団長・ディランだった。
「……別に。なんでもない」
「何でもないわけあるかよ!こんな往来で泣きじゃくって」
「何でもないって言ってるでしょう!?放っておいてよ」
ディランはきっと自分を心配して声を掛けてきたのだと分かっていても、フェリシアは涙声なのもあって、叫ぶように大きな声でディランに八つ当たりをしてしまう。一瞬の沈黙の後、これだけ大声で叫べばディランは退散するだろうと考えたが、フェリシアのその思惑は外れた。
「分かったよ、何でもないんだな。それでいいから……一旦城に帰るぞ」
ディランの回答は穏やかだった。こんな面倒な人間捨て置けばいいのに……フェリシアはそう思うが、ディランは未だに立ち上がろうとしないフェリシアに手を差し伸べた。だが、フェリシアはその手を取ろうとしない。
「……フェル。ほら」
けれど、それでも手を差し伸べ続け、その場から動こうとしないディランに流石のフェリシアも折れることになる。ディランがしつこかったのもあって気が付いたことだが、周りの視線が痛いのだ……かなり。先程まで全く人の目など気にならなかったのに、泣いて冷静になったせいか思考が先程よりも鮮明になっていた。
「ん。いい子だ」
羞恥心故に顔を赤らめながら渋々ディランの手を取ると、ディランは安心したように微笑んだのだった。
***
目が思い切り腫れてて目立つということだったので、ディランの大き目の外套を借りて城まで二人でゆっくり歩いて帰ってきた。歩く間、ディランは歩幅を合わせてフェリシアの顔が外から見えないように寄り添うように歩いてくれたため、安心して歩くことができた。
「……香水臭い。また女性遊びしてたの?そんなものを貸すとか……はぁ」
「そんな文句言ってると、それ取り上げるぞ?」
「ごめんなさい」
「謝るな……調子が狂う」
「ごめん」
「……はあ、まあ、いいか。気にするな」
軽口をたたきながらも歩を進めていく。そうして暫く歩き続けるとすぐに城門が見えてきた。門番に顔を見せたくないフェリシアの様子を察して、ディランが軽く事情を話している最中、思わぬ声が掛かった。
「ディラン?丁度良かった。フェリシアを見なかった?」
ユリウスの声だった。丁度ディランを挟んだ向こう側から声が聞こえる。フェリシアはその声に思わずビクリと肩を揺らしてしまう。フェリシアをエスコートするために肩に手を置いていたディランがそれに気づかない筈もなく、小声で”心配するな”と声を掛けられた。
ディランとユリウスは気の置けない仲の友人……いわば親友だ。今にも外套を取られてユリウスに差し出されてしまうのではないか、と不安になってしまう。
だが、フェリシアのその予想は大いに外れた。
「フェルは今日は見ていませんね。鍛練場にでもいるんじゃないですか?アイツ、鍛練大好きですもん」
「え……でも、君の奥にいるその子――――」
「この子は俺の今夜のお相手です。もう魔王討伐は終わったんですから、いくら殿下だったとしても、俺が女の子を連れ込むことに対して文句はいわせませんよー」
フェリシアは今夜のお相手という部分に思わず顔を上げて文句を言いそうになるが、ディランに頭を押さえつけられて動けない。
「……そう、か。分かった」
数拍の静寂の後。なんだか落ち込んだような声音でユリウスは去って行った。
「……ありがとう」
完全にユリウスがいなくなったのを確認してボソリと言葉を発する。断りの理由は置いておいて、ディランが一応はユリウスから隠してくれたことに感謝の意を表した。”今日はらしくねーぞ、フェル”と、笑いながらバシバシと頭を叩かれたが、落ち込んでいる心にはそんな彼の態度が心地良かった。




