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「フェリシアさん~、迎えに来ちゃいました」


早朝。フェリシアが宿泊していた宿に訪ねてきたのは語尾に星が付きそうなくらいにテンションが高いロジーだった。迎えるフェリシアの方は一晩ぐっすりと休んで調子が良くなっていたのは良いが、少しボケッとしていたのもあり、無理矢理目を開いて来訪者に対応した。


「それで、ロジーは何処に私を連れて行こうとしてるの?」


市場が開いて沢山の人が物を売り買いしている賑やかな街の大通り。軽く着替えを済ませたは良いが、何の説明もないままにはぐれないように手を引かれながら歩く。


「何処って……ああ、言ってませんでしたね。ユリウスさん達のところです」

「へっ!?」

「昨日、責任取ってあげてくださいって言ったじゃないですか。もう忘れちゃったんですか?」

「いや、ちゃんと覚えてるわ。いきなりだったから驚いただけよ」


驚きはしたが、不思議と心の準備は既に出来ていた。特に何を話すかなどというのは相変わらず決まってはいないが、会ってみれば何とかなるだろうという心の余裕が何処かにあった。


***


久しぶりに歩く城内。やはりここも何処か浮足立っている気がした。既に見慣れた廊下をそのままの流れで手を引かれて歩いていると、一つの部屋の前でロジーが止まった。フェリシアは何度か書類を届けに来ていたので知っていた。ここはユリウスの私室だ。


「ユリウスさん……入りますよ」


ノックと共に部屋に入った……はいいが、室内は明かりが消され、カーテンも閉め切っており真っ暗で何も見えない状態だった。


「はー。ユリウスさん!いつまでウジウジしているんですかっ!フェリシアさんが来てるんですよ!?」

「フェリ……シア?」

「取り敢えず魔導灯勝手につけますね」


部屋の奥、闇の中で何かが動いた気がしたと同時に明かりが灯り、視界がハッキリとその姿を捉える。


「ユリウス」


いつも見かけていた姿とは違い、ラフな格好でベッドの上で蹲っていた彼の背中。声を掛けると肩がビクリと揺れた。彼は明らかに衰弱していて、フェリシアは本当に何があったんだと思ってしまう。


「もー!ユリウスさんいつまでウジウジしてるんですか!?わざわざ連れて来たのにそんな態度取るんだったら、もう連れて帰っちゃいますよ」

「っ待って――」


静止しようとしたのだろう。ベッドを超えて、フェリシアの腰に抱き付いて来た。見上げて、縋ってくる様な海を彷彿させるその瞳を見つめる。ここで今日初めて合った瞳は涙で濡れていた。いつもお兄ちゃんぶって揶揄ってくる時の余裕など微塵もない、彼の初めて見た弱気な瞳。こんな状況だというのに心が締められるような感覚に陥ってしまった。


「それじゃあ、僕は先に部屋出てるんで。二人共ちゃんとお話するんですよ?」

「ロジー!?って行っちゃった」


止める間もなく出て行ってしまったロジーの名前を呼ぶが、呼んだ瞬間手の拘束が強くなった気がした。

二人きりで残されてのは予想外だったが、フェリシアは元々ユリウスと話すことが目的だったのだ。問題ないだろうと思いなおす。来たからにはやるしかないと腹をくくった。


「……ユリウ――」

「言わないで!今は君の気持ちを聞きたくないっ!!」


ユリウスがこんな状況になっているのは自分の所為だと察することが出来たので、まずは謝罪をと考えて口を開いたのだが、それは彼の叫ぶような声によって遮られた。

そこからは言葉を発することが出来ずにどうすれば良いのか分からなかったが、少しの間待っているとポツリポツリとユリウスが言葉を零し始めた。


「行かないでくれ。俺を置いてどこかにいなくなったりしないでくれ。俺は君が隣にいないなんて嫌だ」

「え!?」

「知ってるさ。君が今までディランと一緒にいたことくらい。ディランは事情があるんだと言っていたが、君の心がディランに奪われている事なんて痛いくらいに分かってる。でも、それでも俺は君を諦めきれないんだ。お願いだ。君が俺の隣にいてくれるっていうなら、俺はなんだって差し出す。どんなことでもしてみせるよ。だから……お願いだ、俺を1人にしな――」

「ちょ、ちょっと待って!」


半べそ状態で後半は少し早口に変化したユリウスの言葉を途中で遮り、静止をかける。今までユリウスに対しては丁寧な言葉で話していたが、そんなもの崩れ去るほどに動揺していた。フェリシアが言うのもなんだが、途轍もない誤解が生まれている気がするのだ。


「まず、私はディランの事は幼馴染としか思っていないわ。そういう目で見たことは今まで一度もない」

「でも――」

「でもじゃない!だって私、ずっとユリウスの事が好きだったんだもの!」

「は……?え??」


先程までは涙で目元が少し赤くなっている程度だったユリウスの顔が意味を理解した瞬間、茹蛸のように赤くなる。


「というかそんなことよりも指輪よ、指輪!ユリウスが誰かに翠色の石の指輪を渡そうとしてたから、私失恋したんだと思い込んで――」

「ちょっと待ってくれ」


まくし立てるようにユリウスに詰め寄るフェリシアに今度はユリウスが待ったをかける。そしてふらふらとした足取りで何かを机から取り出してきた。


「君が言っているのはコレかい?」


差し出され、丁寧に包装されたソレを見てみる。そこにあったのはあの日見たものと同じ……ではなかった。正確には色が違う。なにせその色は――。


「青、色?」


深海のような青だった。でもよく見慣れた色。いつもフェリシアが鏡で見つける青だった。


「でも、あの時、あの朝見た時は翠で……好きな彼女の色をあしらってって聞いたから、私は――」

「あー……なるほど」


混乱して取り乱すフェリシアに対して、今度は逆にユリウスの方は平静を取り戻していく。それどころか何かを納得したような素振りさえ見せた。どういう事だと見つめると、ユリウスは何も言わずに部屋の明かりを消す。再び戻った暗闇に目を瞬かせていると、魔法で軽く光源を作ったユリウスが笑顔で近づいて来た。指輪を差し出される。

今度はソレは淡い桃色に色を変化させていた。


「この石は護り石って言って、俺の魔力を石に吹き込んで創り出したんだ。俺は君の事も君が持つその色も全部大好きだからね。渡すものにもこだわって、光の加減で色が変わるようにしたんだよ」


心なしか少し誇らしげに語るユリウス。それがあまりにも可愛く見えて、好きという言葉も嬉しくて、フェリシアは思わず微笑んでしまう。もうお互いに誤解も後ろ暗い感情もなかった。


「俺はフェリシアに出会うまでずっと自分は兄のスペアで居場所なんてないと思っていた。俺が居たいと思える場所も、居る事を許してくれる場所も何処にもない、とそう思い込んでいた」


そう告げるユリウスは悲痛そうな顔でフェリシアまで悲しくなってしまう。けれど次の瞬間、その表情は真逆のものに変化する。


「でも君に出会って君と過ごして、君の強さに惹かれていくうちに生きたいと――君の隣に居たいと願うようになったんだ。俺をこんな風に変えてくれた君を愛してる……これ以上ない程に。君と一緒に存在するために君を一生懸けて護っていくと誓う。だから俺と結婚してくれませんか」


跪き、真っ直ぐに此方を見つめて言われたその求愛の言葉。それに対するフェリシアの答えは既に決まっていた――。

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