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早朝。1時間寝たか寝てないかという微妙なラインでフェリシアは起床する。
まだ起きたくないと主張する身体を無理矢理動かし出る準備をした後、ここ数日で完全に馴染み切った厩舎への道を歩く。瞼が眼球に張り付くような感覚に思わず目を閉じそうになるが、なんとか馬を走らせ、ヴィロン村に到着した。
***
「ちょっとフェル……貴女、ものすっごく眠そうだけど本当に大丈夫?」
「ああ、うん……多分」
メイドのキャリーがフェリシアに話しかけてくる。ここ数日でキャリー達からのフェリシアに対する態度は明らかに変化した。具体的には向こうから積極的に話しかけてくれたり、躊躇いなく仕事を任される。何よりも愛称で呼んでくれており、最初に比べて言葉も柔らかい。信頼されていることが伝わってくる。
それ故にフェリシアにとって、この村での生活や仕事は非常に居心地が良いものだった。
ここ暫くで完全に馴染んだメンバーの間で流れる忙しいけど穏やかな時間。しかしそんなものに浸っている余裕など今のフェリシアにはない。彼女の脳裏には昨日の事が焼き付いて離れなかった。
”自分にはこの村の人達に優しくしてもらう権利などない”
この場所に逃げてきただけの自分が情けない。それなのに……権利などないと思っている癖に声を掛けてもらうと嬉しくなってしまう自分が気持ち悪くて仕方がなかった。
フェリシア自身もこんなことをウジウジと悩んでいても仕方がないという自覚はあったが、一度自分の行動の卑怯さに気づいてしまうと棘が刺さったようにその部分が異様に気になってしまう。
「っ痛……」
そんなことを考えていたせいだろう。朝食用のキャベツを千切りにしていたら、添えていた指に包丁の刃が食い込む。痛みを認識した時にはフェリシアの人差し指は深く切れてしまっていた。
傷口から血が流れる。切れた部分が熱い。傷口からドクンドクンと心臓の鼓動が聞こえる様な感覚がフェリシアの思考全てを奪った時、それを遮断するように声が響いた。
「フェルさん!怪我してるじゃないですか!!」
アメリアはいつもの穏やかなのほほんとした態度など忘れてしまったかのように血相を変える。
そして流れるようにフェリシアの手を掴んで流水で傷口を洗い流すと、胸より上に指を上げて傷口を圧迫しておくように指示された。
「フェル、貴女やっぱり今日様子がおかしいわよ?」
「……ごめんなさい」
「はぁ。もう今日は城塞に帰りなさい」
治療するための道具を取りに行ったアメリアと入れ替わりでフェリシアの元に来たキャリーが声を掛けてくる。しかしフェリシアには理由を話せる程の勇気もなく、なによりも自分の汚い感情を晒して幻滅されたくなかった。
失敗した情けなさで俯いていたフェリシアだったが、キャリーの溜息で顔を上げる。キャリーの心配を断った挙句に失敗して……彼女に呆れられてしまったのかと不安になったのだ。
「……貴女、なんて表情しているの?私はフェルの身体が心配だから言っているのよ。こんなに弱っちゃって、本当に何があったの?」
傷口に響かないように抱きしめられた。急な接触に戸惑うが、頭を撫でる手が優しくて、包み込むような体温が暖かくて……。フェリシアはポツリポツリと言葉を落としてしまう。
「私……ここにいて良いのか分からなくなっちゃって」
「うん」
「だって私にはここに来たことに立派な理由なんてない。皆苦しいのに、苦しい筈なのに。大した志も理由もないそんな私に感謝、とかしてきて」
「うん……」
「自覚すると、皆を騙してるみたいで心苦しかった」
最後まで吐き出したのを確認すると、キャリーはフェリシアから少し体を離して微笑む。
「フェル。私もね、貴女がここに来てくれたことには感謝している。でもね貴女が悩む必要なんてないの。どんな理由があろうとも貴女がここに来てしてくれたことは変わらない。大切なのは理由じゃなくて行動よ。貴女は誰かを助ける時にわざわざ理由を考えてから行動するの?」
「考えない……けど、誠実じゃなかったから――」
「誠実じゃない?何を言っているの?貴女は私達にちゃんと向き合ってくれたからこそ、自分の事が許せなかった。十分誠実じゃないの?」
その言葉にフェリシアは言い返せない。キャリーはどや顔でフェリシアを見つめていた。
「ふふっ。ほら、もう観念しちゃいなさい。貴女には感謝される権利もあるし、されて当然の事をしている。だから素直に気持ちを受け取って?」
「うん……うん!ありがとう、キャリー」
大切なのは立派な理由ではなく行動。
飲み込んでみると、フェリシアの息をするのも辛い程の心苦しさはなくなっていた。そして思えた。もっと深くこの村の人たちを理解したい、関わりたい、と……。
あとがき:
アメリアもキャリーもフェリシアよりも年上なので、フェリシアは妹みたいな感じに思われています。しっかりしているけど、どこか危うい妹分的な。




