21
ディランの実家に滞在させてもらう事になってから早3日。フェリシアは自分の気持ちを忙しさで誤魔化すかのように働いていた。
******
――アッシュブレイドの地に来た初日。フェリシアはまずディランの両親に挨拶をすることになった。滞在させてもらうのだから当然のことだと思っていたが、ディランは何故かあまり自分の両親にフェリシアを会わせたくないようだった。
その理由はディランの父親に会ってすぐに理解することになる。
それはフェリシアに言い負かされ、夕食を一緒に取る時にフェリシアを両親に紹介するという妥協案で納得したディランと共に彼の両親の帰りを待っていた時の事だ。
突然食堂の扉が勢いよく開いたかと思えば、部屋に怒号が響き渡った。
「ディラン!お前、王都から女を連れて来るなど何事だ!!?」
どこかで聞いたような言葉。フェリシアはこの幼馴染の女性関係に対する信用のなさにひっそりと溜息を吐いた。
「なっ!?違う!!」
「何が違うというんだ?帰ってきたと思ったらこれだ。ずっとお前を心配していたお前の母が哀れだと思わないのか?」
「――それは、悪いとは思っている……ってそうじゃない!違うって言ってるだろ!?このクソ#親父__おやじ__#!」
「帰って早々父親に対してクソ親父……とはな。表に出ろ。その曲がった根性叩きなおしてやる」
「二人共、ちょっと待ってください!!」
このままでは#一応は__・__#友人であるディランが酷い目に遭うと思ったフェリシアは思わず口を挟んでいた。ディランの父親の厳しい視線がフェリシアに刺さる。
「ご挨拶が遅くなりまして申し訳ございません。フェリシア=アーゼンベルク……此度の勇者パーティに同行していた者です」
勇者パーティ。そこまで聞いて、ディランの父親はハッとしたようにディランを見つめる。
「……親父が言っていたような相手じゃない。フェリシアはただの――俺の友人だ」
絞り出すように出てきたその言葉。ディランの悲愴感の漂う顔に父親も思わず黙り込み、何となく気まずい雰囲気が漂う。
その空気に耐え切れなくなったのかディランの父親がコホン、と場の空気を換えるように咳をし、言葉を切り出した。
「……フェリシア殿、本当にすまなかった。私はマルロー=アッシュブレイド。ディランの父親だ。先程はマーカスからディランが女性を連れて帰ったと聞いてな。話は途中だった……のだが、焦ってここまで来てしまった」
「いいえ、気にしておりません。全部ディランの女癖が悪いのが原因なので」
「そう言ってもらえると助かる……それにしてもディランの初こ――」
マルローがそこまで発し、余計なことをと一瞬ディランが彼の口を塞ぐために動こうとしたところで再び扉が開く。今度は先程のように扉を突き破るような勢いではなかったが、全員の注意は十分に其方に逸れた。
「やっと追い付いた!マルロー、急に走り出してどうし……ディラン」
「……母上」
ディランは気まずそうに母親から目を反らす。そんな彼に対して掛けられたのは怒りの声でも不連絡の批難でもなく――――。
「お帰りなさい」
ディランの母親は心の底から安堵したように微笑んで、息子の帰還をただ喜んだ。
「ただいま帰りました」
そこからはディランの口から直接母親にも紹介され、フェリシアの滞在の話はスムーズに進んでいった。
そうして任された仕事が城塞から南に馬を四半刻程走らせた場所に位置するヴィロン村での倒壊した家屋での瓦礫の撤去及び修繕と住民への炊き出しの準備。
夜はアッシュブレイドの城塞の客室でゆっくりと眠ることが出来るが、息を吐く暇すらない程にやることがあるこの場所は、今は何も考えたくないフェリシアにとっては居心地の良いものだった。
軽い補足:
・マーカスは魔王討伐パーティの一員のフェリシア=アーゼンベルク伯爵令嬢ときちんと紹介しましたが、短気なディラン(父)が早とちりしました。それくらいにディランは女性関係に関しては両親からも信頼されていません。
・因みにディラン(父)は手紙のことについてマーカスから度々報告を受けていたので、知ってはいたが、今回は女性を聞いてしまい、勝手に暴走したのでした。




