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16(ユリウス視点3)

「兄上。今のお時間、よろしいでしょうか」


俺が会いに来た人物。それは腹違いの兄にして、この国の第一王子(おうたいし)。カルディナ=イースディールだった。彼の部屋に来る時はいつも緊張する。

俺の一番の憧れの人だからだ。兄上は昔からあの父上と血が繋がっているとは思えない程に人格者であり、思いやりもあり、何よりも全てに於いて優れた人物だった。


「ユリウスかい?大丈夫だよ。入っておいで」

「失礼します」


優しい声音に誘われ、部屋に入った瞬間、芳醇な紅茶の香りが体を包み込む。

どうやら休憩中だったようで、優雅に座ってお茶を楽しんでいた。美しい意匠のカップを持ち、紅茶を楽しむその姿は驚くくらい絵になる。


「丁度君の好きなアプリコットティーを飲んでいたんだ。今淹れさせるから待っていてくれ」

「あ、いえ……俺は――」

「お願いだから断らないでおくれ。お前にお茶を断られたら、僕は悲しくなってしまう」


長居をするつもりはなかった故に断ろうとすると、少し悲しそうな表情でそう言われる。兄上にそこまで言われると流石に拒否は出来なかった。


「では、お願いします」

「良かった!――持ってきてくれ」


承認した瞬間、ふわりと花が咲くように笑顔を見せる。そんな兄上になんとなく見惚れていると、すぐにお茶が運ばれてきた。アプリコットの甘酸っぱい香りに緊張の糸が少し和らぐ。


「……それで、また父上に何か言われたのかい?」


物憂げに顎に手を当てながら、兄上が問うてくる。父上が原因な点には間違いはないので、素直に頷いた。


「ディアンサ=サウスナディアと結婚しろ、と。そう言われました……断りましたが」

「サウスナディア!?……はあ。あの方は相変わらずだね。君に対してあんな国に婿入りしろだなんて」


この話はやはり兄上も聞いていなかったようで、驚いたような表情を見せる。彼のこんな顔は珍しい。


「そこで、相談があるのです」

「……王子の座を返上したい、と?」

「っ!――ええ。そうです」


相変わらず兄上は鋭い。少し話をしただけで俺の次に取ろうとしている行動すらも全て読んでくる。

そうだ。俺はもう、父上に縛られたくない。だから、王子の立場を返上しようと考えたのだ。でもそれは一筋縄ではいかない事は分かっている。けれど、俺にはそれを成し遂げなければならない理由がある。それを叶えるためにもここに来たのだ。


「君の事だから、父上から逃げたいのと同時に僕のためという部分もあるんだろう?君が魔王を倒して帰ってきてから、城内でも勇者である君を王の座にという声が上がっている」

「……はい、けれどそれだけではありません」


確かに兄上に王になって欲しいからという理由もある。しかし、もう理由はそれだけではないのだ。


自分の気持ちを少しでも伝えられるために、兄上の瑞々しい若葉の様な碧色の瞳を見つめる。相変わらず全てを見透かすように美しい色だ。その美しく、真っ直ぐな瞳を見ているとフェリシアを思い出す。彼女の瞳もいつも真っ直ぐこちらを見つめて、俺の事を見透かすような色をしていた。俺が大好きな瞳だ。思い出すだけで笑みが浮かび、勇気が出てくる。


「俺は元々、兄上のスペアだった」

「それに対しては申し訳ないと思っている。僕の力不足だ」


違う。兄上のせいではない。兄上はむしろ――。


「いいえ。兄上は俺に対してもずっと差別せずに優しかった。本当の弟として扱ってくれた。それに昔から俺も王に相応しいのは兄上だと思っていたので」

「君は相変わらず優しい子だね。……だから申し訳なくなるんだけど」

「?すみません、兄上。最後の方がよく聞こえなくて」

「いや、気にしないで良いよ」


そもそも俺は元々、勇者になんてなりたくなかった。けれど、俺の父――この国の国王によって俺は勇者に()()()()()()()()のだ。いらない第二王子……所詮はスペアだから。

父にとって勇者は王家の血が濃く入っている人間なら王位を継ぐ兄以外誰でもよかったらしい。最初に勇者の剣を渡された時も、”お前に期待などしていない。命を犠牲にして魔王を倒せ。帰って来る事など期待していない”そう直接言われた。なにもわざわざ傷つくようなことを言わなくてもいいじゃないか。

その時は、俺には例え魔王を倒せたとしても帰ってくる場所などないのだと言われているようで辛かった。けれどもう違う。


「でもスペアと言われていた俺でも、大切なものができたんだ……帰りたいと思える場所が」


帰ってくる場所、居場所がなければ自分で作り出せばいい。俺には居たいと思える場所がもう出来たのだから。


「俺はフェリシアの隣に居たい。俺はその女性(ひと)を離したくない。ずっと共に在りたいのです」

「うん。君はその子が大切なんだね」

「でも父上には鼻で笑われました。それに絶対に許さない、とも。でも俺は諦めたくない……いや、諦めない。絶対に」

「それで、その子にアタックするために継承権を返上か。……ふふ――あははは!」

「え……?」


継承権の返上など流石に怒られるかと内心少し怖気づいていたが、兄上はその予想を大きく裏切り、急に笑い出した。


「また大きく出たね、君は……うん。良いと思うよ。君がそうしたいのなら、僕は賛成だ……他の者が何と言おうとな」

「……協力、してくれますか?」

「勿論、協力するさ。それとね、昔の君よりも今の君の方が良いと思うよ。行きたい道を行く。それでこそ僕の弟」


兄上は朗らかに微笑む。彼の賛成を得られたことで、俺の中でまだ少し残っていた迷いが完全に消えた。それほどまでに彼の協力とその存在は俺にとって大きなものなのだ。


「ありがとうございます、兄上!!」

「でも、流石に少し期間が必要だな……そうだな、一月程待ってくれるかい?」

「はい!」

「その間は、そうだな……僕の所有する別荘でも貸してあげるから、その子と楽しんで来たらどうかな?勿論、結婚をきちんと申し込んでね」

「そう……ですね。頑張ります」

「大丈夫。君の告白ならきっと成功するさ。自信を持ちなさい」


俺にはこんな風に見方をしてくれる人もちゃんといる。このまま王位を返上したとしても、そんなものよりも大切なものを見つけることができた俺は幸せ者だと思うのだ。


補足説明:

カルディナ=イースディール

・ユリウスの兄にして、イースディールの王太子。

・父親に対してはあまり良い感情を抱いておらず、ある程度の力を得てからは表立って弟を溺愛している。

・優秀な人間が好き。その意味では勇者パーティの面々はかなり高評価。

・面白い事も好き。弟が最近、昔よりも個性が出てきて嬉しい兄。

→→ただのブラコン。



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