ティータイムその3
私はこぼれ落ちる涙を隠そうとして斜め横に顔を傾けた。
泣いている顔をたかひろくんに見せたくなかった。
しかし、それは無意味な行為だった。
相手が至近距離にいるのに、表情を隠すのは無理だ。
たかひろくんは優しげな顔をして黙って私を見ていた。
私は心配されたくないような、心配されたいような、複雑な心境だった。
この状況と心境に耐えられず、私は「ごめん」とつぶやいた。
どうやら彼は私が泣き止むのを待っていたらしく、私が少し落ち着くのを待ってから「勉強の続きをしよう」と言ってきた。
正直、私は何事も無かったかのようにしたかった。
ここで慰め合ったり励まし合うのは避けたかったのだ。
心のずっと奥底にある本音では過去の悲しみは消えることはない。
だけど、ここで泣き続けてしまったら、お母さんが亡くなってからの日々も新しい家族との日々も無意味になってしまう。
私は、私たちは、新しい日々を大切に楽しくやっていくことしか出来ない。
そう思って今日まで過ごしてきたのだ。
やっぱり今日の涙は忘れたほうがいい。
だから私は何事も無かったかのように、彼の言葉に頷いて勉強を再開した。
彼のその時の心境は分からない。
もしかしたら見て見ぬ振りをしてくれたのかもしれない。
あるいは「大切なのはこれからだよ」と言いたかったのかもしれない。
勉強を進めたかっただけかもしれない。
彼がどういう心境だったとしても、慰めの言葉が無かったことは私にとってはむしろ救いだった。
お互いに多くを語らなかったけれど、私たちが新しい家族になるまでの日々が寂しかったことを分かり合えた気がする。
だから、私は気持ちを新たにすることが出来る。
新しい家族を、新しいお母さんを、そして弟を大切にしたい。
もちろん、お父さんも今までどおり、大切過ぎる存在だ。
ずっと思ってきたことだけど、その思いはもっと強くて確かなものになった気がする。
私はまだ涙のしずくがうっすら残る顔で精一杯微笑んだ。
今この時間は、姉として弟の勉強を見てあげればいい。
「じゃあ、次のページね!」と言って、私は身を乗り出して紙をめくった。
たかひろくんとの物理的な距離は勉強を始めた時と同じくらいだったけど、とてつもなく近い気がした。
きっと、分かり合えてないこともまだあると思う。
でも、分かり合えることが増えた実感もある。
たかひろくんの勉強に付き合うことで2人の時間も増えるし、自然といろんな話が出来るような気もする。
私はそんな風に思い、「今週は毎日勉強を教えてもいいよ」と言った。
たかひろくんは「お姉ちゃん、ありがとう」と言って満面の笑みを浮かべた。
「紅茶が冷めちゃいそうだね」
たかひろくんは冷静な口調でティーカップに目を向けた。
「この問題を解いたら、また休憩しようか。だから、早く解いてね!」
私は彼の肩をちょこんと叩きながらニコニコと笑って返した。