あらやだ! 黒幕と話し合うわ!
痛みで気絶した直後の記憶は残っとらん。
いつの間にか墓場から移動させられたようで、気いついたら知らない部屋の中におった。
何の変哲のない部屋――いや、窓がなく出入り口が正面の扉しかない。
いつの間にか腹部の刺し傷は治っとった。痛みはまるでない。
後ろを振り向こうとしたんやが、振り向けんかった。なんちゅうか、椅子に座らせられて、しかも縄にくくられとる。こんなもん魔法で解こうと試みるんけど――
「やめておきなさい。その縄は魔力を抑える効力がある。つまり魔法を行使できないんだ」
後ろから声がした。驚いて「へあ!?」ちゅうなんとも情けない声を出してまう。その人物はあたしの前に回りこみ正体を現した。
その人物に見覚えはあった。たった一回しか見たことなかったけど、潔い男らしい挨拶はよく覚えとった。立派は口髭をたくわえた、目が生き生きしている元気な老人や。
「……まさか校長先生が黒幕だとは気づけへんかったわ」
「黒幕という言い方はあまり好きではないな」
軽口を叩きながらにこにこしとる校長先生。近くで見ると皺が多いな。
「まったく、今年のランクSは規格外だな。学校の秘密を探るだけではなく、わしの部下に大怪我させるなんて。生徒が先生に勝てるわけがないのに無駄なことを――」
「そや! ランドルフたちは無事なんか!?」
椅子をかなり揺らしてランドルフたちの無事を訊ねると「軽い怪我は負わせたが、全員無事だよ」と笑顔を崩さずに言うた。
「少しだけ記憶を操作、改ざんしたがね。負った怪我は修練塔での訓練のせいとさせてもらったよ」
「……記憶操作の魔法を使ったんは、あんたか?」
「いかにも。人間の脳は複雑で、記憶の操作と改ざんはとても神経の要る作業だ。できればしたくないがな。どうしても不自然になってしまうから、ほんの少しの綻びで思い出してしまう」
「そんで、あたしにもそれをする気か? それとも殺すんか? クヌート先生のように!」
クヌート先生の話題が出ると校長先生は「彼には申し訳ない気持ちで一杯だ」と悲しげな表情をした。
「しかし彼がいけないのだよ。まさか――いや、これは言わないほうがいいだろう。彼の名誉のためだ」
「なんやねん。もったいぶって」
「まあとにもかくにも君は殺さない。むしろ協力してもらおうと思ってね」
「協力? 誰かを殺す協力なんてせえへんよ」
「そんな物騒で野蛮で悲しいことはしない。人なんて殺すには重過ぎるしがらみだよ」
だから記憶を操作することにこだわっとるんやな、とは言わへんかった。
「協力とは――世界を幸せにするための方法を確立させたいというささやかな願いを叶えることだ」
「……はあ?」
唐突にファンタジーやメルヘンなことを言われた。なんやそれ。
「世界というより人間という種族を幸せにするための手段だな」
「言っていることの意味が分からへんわ」
「そうだな。龍族はどうして人間に滅ぼされたと思う?」
教師らしく生徒に質問してきた。あたしは何故か真面目に考えてしまい「三人の女神が授けた知恵や知識のおかげやないか?」と答えた。
「そうだな。それも正答だ。しかしわしはこう考える。六英雄という『天才』が居たからこそ人間は龍族を滅ぼし得たのではないかと」
「……まあそれは否定せえへんけど」
「ならば逆説的に考えればどうだろうか。もしも人間以外の種族に天才が生まれてしまえば、今は他の種族を圧倒している人間も龍族と同じように滅ぼされてしまうのではないか?」
「それは――」
考えすぎやないかと言いかけたけど、しかし極論とはいえそれなりに筋の通る話でもあったので、何も反論せえへんかった。
「では他の種族に天才が生まれても人間の覇権が奪われないようにするにはどうしたらいい? 他の種族を滅ぼすか? いやいや、そんな野蛮で残酷なことはしない。魔族以外の種族はそれなりに話せるからな。ではどうするか? ユーリくん。分かるかね?」
「あん? 分かるわけないやろ。さっきから話しとるけど、それとクヌート先生の死とどないに関係あるねん!」
「直接は関係していないが、それでも関わりがあることは変わりない。そうだな。答えを言おうか」
校長先生は両手を広げて、まるで世界に宣言するように声を響かせながら言うた。
「人間という種族を全て『天才』にしてしまえばいい」
「……何を言うとるんや?」
「もっと噛み砕いて言おうか。人間全てを六英雄と同じ、いやそれ以上の才能を持つ『天才』にしてしまえば、他の種族に滅ぼされることはないんだ」
「――っ! なんやと!?」
つまり言うならば人間の総天才化計画ちゅうことか!?
「この計画名は『神族計画』と呼ばれている。人間を神格化する意味合いもあるがな」
「ありえへん……そないなことができるわけあらへん!」
校長先生は「どうしてだい?」と不思議そうに訊ねた。
「人間には能力の得手不得手があるし、それに人間全員が『天才』になれるわけがないやろ! 馬鹿な人間もおるし、賢ない人間もおる。どう折り合いをつける気なんや!」
「わしもこの計画を聞いたとき、そう思ったよ。しかし既に完成への道は見えている。いや、既に運命が定められているといえば良いか」
校長先生の言うとることが分からん。まるで狂気や。
「どういう意味やねん」
「そうだな。この計画はイデアルが建国し、古都が首都だった頃まで遡る」
「何百年前から続いとるのか!?」
「そう。そして当時の初代校長は預言者だった」
「予言? 予知能力者ちゅうことか?」
校長先生は首を横に振った。
「その予言ではない。神の言葉を預かる者と書いて預言者という。初代は神から預かった言葉どおり、数々の奇跡を披露したと記録に残っている。そして最後の預言が『神族計画』だったんだ」
「神さまがそないなくだらん計画を考えるわけないやろ!」
「そのくだらない計画は綿々と続き、わしの代まで受け継がれた。そしてようやく辿り着いたのだ」
「辿り着いた? 何を言って――」
「預言書どおりの素質のある生徒と時と場所、そして長年の教育カリキュラム。それらが組み合わさった瞬間、人工的に『天才』が創られる。そしてその『天才』は人間から神族にシフトする。創られた神はわしたちに『天才』を創る方法を授けるらしい」
……ファンタジーやメルヘンを通り過ぎて、もはやオカルトやな。
「そして素質のある生徒の一人は君なんだよ、ユーリくん」
「なんでやねん! 預言書にそないなことが書かれてたんか!?」
「いや、ランクSの魔力量と女の子なら十分らしい。さらに時と場所は確保してある。後は受け入れるための教育だ」
校長先生は興奮した面持ちであたしに語る。
「それもわしの力を持ってすれば知識は植えつけられる。一週間もすれば忘れてしまう知識量だが、儀式自体は何時間もかからない。一瞬で終わる」
「そんな詰め込み教育なんて今日び流行らへんで!」
「なんとでも言うがいい。これから君の記憶を操作して従順に従うようにしてあげよう」
そう言うてあたしの頭に手をかざす校長先生。あたしは「そんなことして良いと思うてんのか!」と怒鳴った。
「ていうか全ての人間が『天才』になっても何も変わらへんで!」
「ほう。どうしてだ?」
「天才にも優劣があるに決まっとるからや!」
あたしの言葉に校長先生は手の動きを止めた。
「剣聖は魔法をろくに使えんかった。聖女も回復能力だけで戦えへんかった。でも二人は紛れも無く『天才』や。せやから、そんな計画で作った『天才』でも綻びがあるに決まっとるやろ!」
六英雄を比較に出して反論する。これは効果的に思えたけど校長先生は鼻で笑いよった。
「ええ。それでも構わない。むしろ良いではないか」
「な、なんやと!?」
「いろんな『天才』が居たほうが、世の中面白くなると思わないか?」
あ、逆効果やったみたいや。というより狂っとる。
「逆に訊ねるが、どうして『天才』が増えることを厭うんだ?」
「なんやと?」
「君はランクSの人間だから分からないと思うが、人は渇望する生き物なのだ。決して希望する生き物ではない。自分にないモノを求める。だからこそ失望もしない」
「それは与えられたもんやないからや。人間は自分で勝ち取らなあかんのや!」
あたしは分からず屋の校長先生に言う。逆に教えなあかんからや。
「あんたらがしようとしてんのは与えることや。授けることや。そんなもんに価値などないんや。人間は努力して挫折して、這い上がって手に入れた苦労の末のもんに価値があるねん! もしも『神族計画』が成功してみい、人間は絶望する生き物になるんやで!」
「……それは努力のできる人間の言い草だ。努力が実の結ぶ人間の言い方だ」
校長先生は先ほどの興奮からうって変わって冷静になって言う。
「わしは様々な生徒を見てきた。優等生や劣等生、生え抜きから落ち零れを見てきた。もちろん平凡で普通な生徒も。そして考えたのだ。全て平等に優秀であれば、生物として進化できると!」
「……校長先生っ!」
「わしは見捨てない。劣っている者も凡俗な者も。だからこそこの計画は成功させる――」
校長先生は手をかざす。もう話すことはないと言わんばかりに。
「あたしは認めへん。クヌート先生が殺されたように、他にも犠牲者はおるやろ。止めようとして魔法学校に殺されたもんもおるやろ」
「そうだな。確かにそうだ。だから犠牲を無駄にするわけにはいかないのだ」
「――っ! 話しても無駄なようやな!」
校長先生は「そういえばクロム理事に言われたな」と何か思い出したように呟いた。
「獣人の村の連中の記憶操作をした人間が居ると疑っていたようだな」
「どうせあんたがやったんやろ……」
「違うな。あれはわしがやったのではない。それに指示をしていない」
「じゃあ誰がしたんや!」
校長先生は悲しげな表情で言うた。
「クヌート先生だ。彼が独断で行なったことだ」
衝撃やった。そして反射的に「嘘や」と言いかけるよりも速く、魔法は行使された。
記憶操作は何も考えてへん、いわゆる頭ん中が真っ白になったほうが効きやすいと本で読んだことがある。
流石に記憶操作の達人、校長先生。
あたしの心の隙をよう作ったもんや。
敵ながら天晴れやわ。
こうしてあたしの記憶は操作された。
でも校長先生は気づけへんかった。
ここまではあたしの思い通りやったということに。
翌日。寮の部屋。
軽い頭痛で目が覚めたあたしにイレーネちゃんが「ユーリ、大丈夫ですか?」と声をかけた。
「ああ、大丈夫やで……」
「顔色悪いですよ? 今日は休んだほうがいいんじゃないですか?」
「いや、休むわけにはいかん。今日は――」
なんやろ、大事な日やのに、何が大事か分からん。
確か儀式かなんかやった気が――
「そういえば、ドアの下に手紙が挟まってましたよ」
イレーネちゃんはそう言うて、蝋封された手紙を差し出した。
差出人の名前は書いとらん。
「なんやねん。不気味やな……」
そうぼやきながらも手紙を開けた。
そこに書かれとったのは――
「……あはは。なるほどな」
これであたしのやるべきことは分かった。
まずは儀式に参加することやな。
「ユーリ? どうかしたんですか?」
イレーネちゃんにあたしは笑みをみせた。
「平気や。これであたしのやるべきことは十分承知した」
後は儀式の邪魔が入らんようにせなあかんな。
そう思ったあたしはランドルフたちのおる医務室へと向かった。
今夜、儀式が始まる。




