あらやだ! 上級生の襲撃だわ!
実は担任の先生が死ぬんは初めてやない。
前世での人生の中で一人だけおったんや。
中学三年生の担任で、バイク事故に遭うて死んでもうたんや。まだ四十代やった。
物凄く人気のある先生やなかったけど、嫌われているわけやなかったから、葬式では泣く子が多かった。あたしも泣いてもうた。
親のいないあたしを一人の生徒として差別無く接してくれたのは、振り返るとその先生だけやったな。
確か名前は――楠木先生やった。顔もぼんやりと覚えとる。
「鈴木。お前の進路はお前が決めるもんだ。他人が決めるもんじゃない」
楠木先生はそう言うて自主性を重んじてくれた。ぶっきらぼうやったけど、それでも優しい先生やった――
「ユーリ。何ぼうっとしているのよ?」
ハッとして現実に戻る。目の前には呆れた顔のデリア。そして心配そうに見つめるイレーネちゃん。
デリアの提案であたしたちは学校の図書室で勉強中やった。少しでも強うならんと思うてたから、デリアの強引な誘いは渡りに船やった。それに何かしとらんとクヌート先生のことを思い出してたまらんからな。
「ああ、なんでもあらへんよ?」
「もしかして、まだクヌート先生のことを考えてたの?」
デリアの指摘は全然ちゃうけど、恩師のことという点では似たようなことやったから「そうやな」と否定せえへんかった。
「考えても無駄というわけじゃないけど、もう終わったことを考えるのは生産的とは思えないわよ」
「デリア。そんな言い方ないんじゃないですか?」
「いや。イレーネちゃん。ええで。デリアの言うとおりや」
素直なあたしに疑問を持ったデリアは「もしかして犯人探しする気じゃないでしょうね?」と今度は鋭い指摘をした。
「あはは。そないなことはせえへんよ」
「逆にしないのは、あなたにしては奇妙だと思うけどね」
「それはどないな意味やねん」
「大陸を統一した平和の聖女らしからぬって言いたいのよ」
するとイレーネちゃんも「そうですね。ユーリらしくないですね」と同調した。
「ユーリが真面目に授業を受けて、真面目に勉強しているのがおかしく思います」
「……真面目に授業を受けて、真面目に勉強することがクヌート先生への供養になるからな」
誤魔化しではあらへんかった。むしろ本音やった。クラウスに調べることを禁じられてから、真面目に学校生活を送ることをしとるのは、そうやないとクヌート先生が報われへんと思うからや。
「……まあそれならそれでいいけど」
デリアは少しだけ拗ねたようなことを言う。
「私の知るユーリなら、全てを投げ打って、担任の死を探ると思ったのだけれど。期待はずれのようね」
そう言うてデリアは荷物を持って立ち上がった。あたしは「どこに行くねん」と訊ねた。
「もう図書室の終了時間よ。帰りましょう」
窓を見ると、夕焼けになっとる。あたしは手早く片づけをする。イレーネちゃんも同じく整理をする。
「あ、イレーネちゃん。先帰とって。あたし、修練塔に寄ってから帰るわ」
「訓練ですか? 精が出ますね」
「いや。ランドルフたちが怪我しとったら治すためや。練習にもなるしな」
そう言うて、二人と別れる。デリアは怪訝そうな目で見とるけど無視した。
動かないで居て五日。そろそろランドルフたちに何らかの情報が入ったはずや。
期待して図書室から外に出て修練塔に向かう。
しかし道中は寒かった。日本でたとえると二月やからな。マフラーとかコートなどの防寒着は必須やった。
だいたい寒いのは苦手やねん。暑いのも嫌いやけども。
そないな益体のないことを考えていると――
「そこのお前。平和の聖女、ユーリだな」
後ろから声をかけられた。振り向こうとしたけど、急に熱を感じたのでほとんど反射的に左に回避する。
物凄い音を立てて目の前の木が勢いよく燃える――
もしも直撃してたらと思うと、ゾッとする。
「な、なんやいきなり!?」
後ろを見ると、そこにはどっかで見た黒いローブの上級生がおった。
不良みたいに目つきの悪い生徒。明らかにこちらを敵視しとる。
この子は確か――
「入学式でエーミールを虐めとった上級生やな」
「なんだ。俺のことを覚えていたのか」
驚いた様子やけど態度や空気は変わらへん。明らかに殺すつもりや。
「女と戦う趣味はないけどな。悪いが死んでもらう」
「物騒やな。どうして殺されなあかんのや」
「簡単だ。お前は俺の夢を奪った」
夢? あたしがこの子の夢を奪ったんやろか?
「アストとの戦争の機会を奪いやがって。おかげで偉くなることもできなくなった。戦争のために強くなったのに、徒労になったんだ!」
ああ、そうか。この子は進んで人殺しになろうとしたんやな。
「だから貴様を殺す。まさか入学式に絡んだ女が平和の聖女だったとはな。裏ギルドに依頼した甲斐があったぜ」
「裏ギルド? なんやそれは?」
「お前が知る必要はない。ここで死ぬのだからな!」
そう言うて魔法を行使する上級生。
「……名乗りもせず、後ろからの不意打ち。なるほどな」
「……? 何がなるほどなんだ?」
あたしはびしっと指差した。
「あんたは卑怯者やな」
挑発が効いたのか、何の躊躇もなく火の魔法を撃ってくる。
しかし魔力を溜める時間が短いせいか、先ほどよりも威力は小さい。
「アクア・ショット!」
あたしは横に走り出しながら水の魔法を撃った。火の魔法に直撃する。すると思うたとおり水蒸気のよる霧と煙が発生する。これで視界不良になるやろ。
「くっ。こしゃくな!」
声のするほうへ走り出す。向こうはこっちが逃げるとばかり思うとるはずや。
だからこそ、奇襲になる。
「うお!? お前――」
「遅いで」
目の前に現れたあたしに驚く上級生。素早く袖と襟を掴んで、得意の一本背負いをした。
「ぐふ! あががっが!」
「まだ終わらんで! 腕挫十字固や!」
いわゆるアームロックをかけると「いでえええ!」と悲鳴をあげる。
「くそ! なんだそれは!」
「もう二度とあたしに危害を加えんなら、解放してやるで」
「誰がそんなことを――」
「ならこのままへし折るだけや」
冷たい声音で言うたら「ちくしょう。分かった。二度と関わらない……」と言うたから解放してやった。
「へ、平和の聖女は、暴力を嫌い、人の死を厭う、優しい女のはずじゃあ……」
「誰がそないなことを言うたんや?」
「そ、それは、裏ギルドの連中が……」
「あたしはそないに優しい人間ちゃうで。覚えとき」
上級生はあたしをおそろしいと思うたのか、何も言えへんかった。
「さて。さっきも訊いたけど、裏ギルドってなんやねん?」
「……古都の裏社会のことだ。そこに行けばどんな情報も手に入る……」
どんな情報も手に入る、か……
「なあ。裏ギルドってどこにあるんや?」
「それを知ってどうするんだ?」
「ちょっと調べてもらいたいことがあってな」
ここで知りあったのも何かの縁や。裏ギルドちゅうのがはっきりと分からんけど、あたしの知りたいことはそこで知れるかもしれんな。
「案内せえや。そしたら許したるわ」
「……分かったよ。ちくしょう。こんななら別の方法で殺せば良かったぜ」
ぶつぶつ言う上級生にあたしは「あんたの名前は?」と訊ねた。
「俺はオスカーだ。それ以外訊くな」
「愛想悪いなあ。まあええか。さあさっさと案内するんや」
あたしの知りたいこと。それはもちろんクヌート先生の死や。
まあ期待はしとらんけどな。
それでも何か掴めるんちゃうかと思わなくもなかった。
せやけど気づかへんかったんや。
あたしとオスカーを見張るもんが居って、しかも後をつけているなんて。
案外、あたしも鈍いんやな。
油断ちゅうか学校内の事件やなのに、警戒せえへんのがそもそもおかしかったんや。
いや学校自体が敵やなんて思ってもみなかった。
何故なら、学校は生徒の味方やと、前世の思い込みで考えていたからや。
ほんまに情けない。郊外訓練で分かっとるやろ?
学校が何か隠しとる、もしくは画策しとることなんて。
ほんま自分、あほうやな。




