あらやだ! サプライズだわ!
既に闇の月の四分の三が過ぎ去ってしまった。時が経つのが早すぎるやろ。まあいろいろあったけど、あたしたちはようやくプラトに出発できた。
クサンに滞在していた間、皇帝はあたしやランドルフに前世の文化や娯楽について聞きまくっていた。皇帝が特に気に入っていたのは漫才と麻雀やった。
「会話によって面白さを見出す演劇。実に興味深いですね。市井の会話というものは馬鹿にはできませんね。それに麻雀ほど知恵と洞察力を試されるものもありません。是非帝国に広めましょう」
そないなことしたらギャンブル狂が増えるからやめいと一応突っ込んでおく。まあ将棋や囲碁みたいに伝統があったらええんやけど。
でも二つに比べたら意外と簡単やし誰でもできるから、格式は生まれにくいとランドルフが言うてた。そういうもんやろか。
ようやく皇帝に解放されて――いや、まだ解放されてないんやけども――プラトに帰郷してイレーネちゃんたちに会えることになった。しかしとっくに退院したらしく、しばらくはデリアの実家、プラトにあるヴォルモーデン家の屋敷で四人とも厄介になっているらしい。まあ、あたしが手紙で待つように言うたんやけども。
そんでランドルフともう一人の同行者とともにヴォルモーデン家の屋敷に向かった。
出迎えてくれたゴットハルトさんは流石に同行者が何者か知っているらしく、顔を引きつらせた。そしてあたしに「この方が来るなら先に言いなさい」と言うてめっちゃ怒った。ごめんなさい。
「みんな! 元気か! あたしやで!」
ヴォルモーデン家の応接間。イレーネちゃん、デリア、クラウス、エーミールの四人が集められとる部屋にノックもなしに入ると、みんなはびっくりして、まるで幽霊でも見るような顔でこっちを向いた。
そしてそのまま固まってしまう。
「あれ? どないしたん?」
「……ノックぐらいしなさいよ!」
出迎えの言葉は怒りやった。あたしはデリアに「ごめんな」と言うて笑った。
「まったくユーリさんは突然だぜ」
ランドルフもあたしの後に続いて中に入る。
「そうですね。マナーがなってません。下手をしたら死罪ですよ?」
そう言うて、もう一人の同行者、皇帝も自然と中に入る。
「……待って。ちょっと待って。いろいろ訊きたいことがあるんだけど」
デリアは頭が痛いのか、額に手を置く。なんやろか?
「突然現れたこと。ランドルフも一緒に居ること。手紙で待つように書いたけど具体的な日時が書かれてなかったこと。いろいろ言いたいことがあるんだけど、それよりもそこの赤い人はどなた?」
ありゃ。皇帝のことを知らんのか? まあ写真もテレビもない世界じゃ当然やけど。
ちなみに皇帝は赤を基調にした貴族風の装いをしとる。
「そうですよ。ユーリ。説明してください。その方は誰ですか……?」
イレーネちゃんがようやく声を発してくれたので、嬉しゅうなって近づいて抱きついた。
「ちょっと! ユーリ!」
「ありがとな。イレーネちゃんのおかげでデリアたち助かったわ」
「……お礼なんて、いいですよ。ユーリが無事で本当に良かったです」
そないな可愛いことを言うて、ますます可愛いなあ!
「ねえ。私の質問に答えてくれる? そこの人誰なの?」
「多分、ソクラ帝国の関係者だと思いますけどね」
クラウスの鋭い読みに「ああ、正解や」とイレーネちゃんを放して言う。その際、イレーネちゃんが淋しそうな顔をしとったのは敢えて無視する。焦らし作戦やな。
「自己紹介お願いするで」
「えっ? 紹介してくれるんじゃないんですか?」
「甘えたこと言わんといてえな。人見知りするような年齢ちゃうやろ。それに得意なジョークを披露するチャンスやで」
皇帝は「ああ、そうですね」と言うて簡単な自己紹介をした。
「どうも初めまして。私が皇帝のケーニッヒ・カイザー・ソクラです。この大陸で一番偉い人です。よろしく」
その自己紹介を聞いた瞬間のみんなの反応が面白かった。デリアは顔を真っ青にして尻餅ついたし、イレーネちゃんは目を白黒させてフリーズしてもうた。これまで喋らんかったエーミールは「ええええ!?」と大声出してしもうたし、あの冷静なクラウスは顔を思いっきり引きつらせた。
「あな、あな、あなたが、皇帝陛下!? 嘘でしょ!? いえ、嘘ですよね!?」
腰が抜けてしもうたデリアは混乱のあまり皇帝の顔を凝視する。
皇帝は「あれ? 面白くなかったですか?」と残念そうな顔をしとる。
「ユーリさんなんて『フレンドリーやな』って突っ込んでくれたのに」
「ユーリ! あなたは! 馬鹿じゃないの!?」
「デリア。落ち着けや。そないに恐い人ちゃうよ?」
「なんであなたは余裕なのよ! いやランドルフ、あなたもよ!」
「いやまあ、ずっと一緒だったからな」
罰の悪そうな顔でランドルフは頬を掻いた。
「というかデリア。お前、皇帝陛下に対して『赤い人』とか『そこの人』とか言ったな」
「……はっ!?」
デリアはなんとか気合で立ち上がると皇帝の近くまで寄って「申し訳ございませんでした!」と土下座した。それは存外、美しい土下座やった。
「いや、いいんですよ。私たちが意地悪したんですから。ていうかドッキリでしたっけ?」
「皇帝陛下。デリアは『何も知らない』です。イレーネちゃんもエーミールも」
「ああ、分かりました。さあ、ヴォルモーデン家の淑女が土下座なんてしちゃいけませんよ」
「ああ、ありがとうございます!」
皇帝に感謝しながら、こっちを振り向いたデリアは鬼のような形相をしとった。後で覚えていなさいと言わんばかりやった。
「まさか、皇帝陛下がプラトにいらっしゃるとは。えっと、政権返上の件ですか?」
エーミールが訊ねると皇帝は「みなさんの顔を一目見たくて」と嘯いた。
「まさかこの六人が、アストを降伏させたメンバーだとは思いませんでしたよ」
「……もしかして、僕たち有名人ですか?」
クラウスの言葉に「いや、世間ではユーリさんだけですけどね」と答えた。
「しかしあなたたち六人の顔と名前はしっかり覚えましたよ」
「あはは。光栄の極み、ですね」
すると皇帝は「ああ、あなたがクラウスさんですね。私と話をしませんか?」と突然言うた。
「……何か不敬でもありましたか?」
「いえ。ランドルフさんも同席してください」
「分かった。いいぜ」
そんなわけで、応接間からあたしとイレーネちゃん、デリア、エーミールは出て行った。
「なんでクラウスが陛下とお話できるわけ?」
「なんやデリア。羨ましいんか?」
「そうじゃないけど、不思議なのよ。ていうかあなたどうして敬語じゃないのよ! 陛下に対して!」
そないなことを話しながら、もう一つの応接間に入るあたしら。
「まあ別にええやろ。それより元気になったようやな」
「……納得はいかないけど、良しとしとくわ」
「それよりもユーリ。あなたは凄く偉大で素晴らしいことをしましたね」
「僕もそう思う。同期として鼻が高いよ」
イレーネちゃんとエーミールが口々に褒める。なんか気恥ずかしいなあ。
「平和の聖女。そんな柄じゃないでしょ。あなたは」
「まあな。あたしも自分で聞いてて恥ずかしいわ」
デリアにからかわれつつ、あたしはイレーネちゃんに言わなあかんことがあった。
「イレーネちゃん。ごめんな」
すっと頭を下げるあたしにイレーネちゃんは面食らったように「いきなりどうしたんですか?」と困惑しとった。
「あのな。アストの王子を助けてしもうたんや。イレーネちゃんの仇を救ってしもうたんや」
「…………」
「何の言い訳もせえへん。だから――」
「言い訳してください」
顔を上げるとイレーネちゃんは涙目で怒っとった。それは恨みからくるものではなかった。なんちゅうか、子どものわがままみたいやった。
「イレーネちゃん?」
「言い訳しないなんてずるいです。潔すぎます。かっこよすぎます。それだと許すしかないじゃないですか。だから汚くみっともなく、かっこ悪く言い訳してください」
そう言って顔を背けた。まるで拗ねとるようで、思わず噴き出しそうになってもうた。
「そやな。あたしは汚い人間やから、可哀想な人間を救ってまうみっともない、そして敵の命乞いをするかっこ悪い性格なんや」
「……全然、言い訳になってないです」
「あはは。でも救える命は救っておきたいんや」
あたしは自分で言いながら、自分が何をしたいのか分からんかった。
「でもな、イレーネちゃん。こないなあたしでも、一緒におってくれへんか? 友達で居てくれるか?」
「……ユーリはやっぱりずるいですね」
イレーネちゃんは顔を背けたまま言うた。
「そんなお人よしでおせっかいで世話好きなユーリのことを嫌いになれません。一緒に居ますよ。友達で居ますよ!」
イレーネちゃんのほうから抱きしめてきたから、あたしも抱きしめ返した。
なんちゅうか、あたしはいろんな人に支えられて生きとるんやなと改めて思うた。




