あらやだ! 村を助けるわ!
山賊さんたちの集落はラクマ山の奥深くの谷間にあるらしい。さっそく向かおうとしたんやけど、ここまでの疲労で体力がもうあらへん。それに子供の足ではなかなか早く進めへん。それでは時間がかかってしまう。
その解決策として山賊さんの一人、ゴンザレスさんがあたしを背負って向かうことにしたんや。いやあ、子供で良かったと思うたのは初めてやわ。
イレーネちゃんとデリア、そして襲われてた三人組は下山してもらうことにした。五人が協力すれば簡単にアブン村に着けるやろ。
「あなたが学校に来なかったら、私は課題を提出しないわ」
デリアの言葉にイレーネちゃんも黙って頷いた。
「どないしてん? 二人だけでも課題をクリアしとかんと――」
最後まで言わずにイレーネちゃんとデリアは厳しい声で言うた。
「私は絶対に嫌です。ユーリが一緒じゃないと嫌です」
「私の場合は貴族のプライドが許さないのよ。庶民に借りは作らないのよ」
そうなると二日で病気の原因を探して、一日で学校に戻らんといかんのか。タイトなスケジュールやな。でもやらなしゃーないなあ。
そういうわけで五人に別れを告げて出発した。急がなあかんしな。
「悪かったな。学友を襲ってしまって」
ゴンザレスさんが不意に話しかけてきた。物凄い速度で足場の悪い山道をまるで平地のように走るように進む六人を見て、本当に人間やろかと思うてしまう。まあ人間鍛えれば、忍者のように素早くなれると思うけど。でもこの速度は並みやあらへんな。
異世界の人間は基本的に身体能力が優れとる。その恩恵は転生したあたしにも受け継がれとる。柔道を使っているとはいえ、十才の女の子が成人男性を投げ飛ばせるんはそういった理由でもあるな。一般人でもプロボクサー並みの持久力があるかもしれん。流石にマラソン選手ほどはないけどな。
もしも勇者ドランが異世界においてのトップランナーなら、彼はオリンピックで金メダル独占するやろ。そんぐらい凄いんや。
「別にええで。大事にならずに済んだんやから。……ゴンザレスさんはどうして山賊になろう思うたん?」
「それしか生きる道がねえからだ。それしか生きる術を知らねえからだ」
「うん? どういう意味や?」
「……村に着いたら教えてやるよ」
なんや意味深やな。気になってしゃーないやん。
でもこの状況は誘拐されとるのと一緒やな。もしもこの人らが悪人なら、めっちゃピンチやな。いや、山賊やから悪人なんやろうか?
せやけど、あたしはこの人らが悪人だとは思えへんねん。不思議とそう思ってしまう。
集落の印象は山あいにあるのどかな村――というわけではないな。貧富で言えば貧に属する村や。農作物を作っとる畑もほとんどないし、家畜もほとんどあらへん。なんちゅうか、農耕より狩猟に重きを置いた村や。村人口もそう多くあらへん。四十か五十くらいしか居れへんちゃうん?
そういえば、前世の夫、貴文さんに聞いたことがある。農作物を作るには人数と適した土地が必要やって。そら山間部で稲作や小麦を作るのは難しいやろうな。水路もできひんし。それに五十人前後で年寄りも子供もおるんやったら、働けるのは精々二十人くらいやろうな。あとは面倒看る役割も必要やから。
しかしいろいろ話していたけど、もっと先に言うべきことがあったりする。
それは村人が――獣の特徴を持つ、獣人やったちゅうことや。
「おお! お頭! おかえりなさい。うん? ゴンザレスが背負っているのはなんですか? 『毛なし』ですか?」
近づいてきたのは羊の角と毛がぼうぼう生えとる杖持ったおじいさんやった。あたしを見て不審そうな表情をする。近くには槍を携えた若者三人が控えとる。犬、猫、猿の獣人や。
「へえ。獣人の村なんか。せやから覆面をしとったんやな」
ゴンザレスの背中から降りて、村の様子を確かめる。家は木材でできとる。それにしてもしっかりしとる造りでこういう技術はあるんやなと思う。どこにでも職人はおるんやな。
あたしは「病人はどこや?」とお頭に訊ねた。
「ああ、あそこに――」
「貴様! 余所者だな! しかも毛なしか! どうしてここに!?」
お頭の言葉を遮って、若者三人が槍を向けとる。
「うん? あたしは治療魔法士見習いのユーリや。病人を助けに来たんや」
「ふざけるな! 毛なしが我々を助けに? そんなの信じられるか!」
「毛なし? ああ、毛がないから毛なしか。うん? そういえば、あんたも毛がないなあ」
さっき火傷を治療した山賊さんに訊ねると「俺は陸亀の獣人だ」と背中を向けた。触るとごつごつしとる。
「亀の獣人か。知らんかったなあ。でも脚速いんやな」
「背中に甲羅があるだけで後は人間と変わらない」
「なるほどなあ。本で読むのと事実は違うんやな」
「おい! 無視するな!」
三人の若者が槍を近づけてくる。あたしは「そんな物騒なものは仕舞っとき!」と言ってポケットから飴ちゃんを取り出した。ぶどう味なら馴染みがあるやろ。
「な、なんだその甘い香りのするものは?」
「包装紙に包んどるのに、嗅覚鋭いなあ。これな、飴ちゃんや」
「あ、飴ちゃん?」
「甘くて美味しいで。こうやって食べんねん」
包装紙を破って、中身を取り出して舐める。うーん。美味しいなあ。
ごくりと三人が唾を飲み込んだので、あたしは飴ちゃんを差し出した。
「さあ。食べ。毒は入っとらんで」
「待てい。子供たちに何を食べさそうとするんだ!」
羊のおじいさんが杖を振り回して怒っとる。「毒やないで。甘いお菓子や」と説明するけど「尚更貰えんわ!」と断られた。
「贅沢は敵だ! 奢侈品を与えられれば欲が生まれ、そしてその欲は争いを産むんだ!」
「あー、なるほどな。よう分かるわ。でもな。少し贅沢するくらい、目くじら立てんといてえな」
「駄目だ! そんなことは――」
「長老。そこまで。彼女には時間がない。そして病人にも時間がないんだ」
お頭が冷静でありながら、どこか焦りを覚えておった。長老は「この者が信用できるのですか?」と心配そうに言う。
「この者は魔法使いだが、魔法を使わずにこの私に勝った」
その言葉に長老も、三人の若者も、周りで様子を伺っていた村人も度肝を抜かれたんや。
「ご、ご冗談を! 毛なしの少女ですぞ!?」
「この五人が証人だ。我らの掟、勝者に従うことを忘れてはいけない」
そう言って、あたしの手を引いて「こっちだ。ユーリ」と案内する。
「あ、なんか布ある? 口元に巻ける綺麗なやつ」
「ないことはないが、どうするつもりだ?」
「治療する側の感染を防ぐためや。治療魔法士が病気なってもうたら、病人を治せへんやろ?」
「口元に布を巻くだけで防げるのか?」
「完璧やないけどな。せやから覆面は脱がんといてな。他の人も入る時は口元に布巻くんや」
そうして案内されたのは、村の外れにある、日当たりの悪い場所やった。外に病気を出さないためか、密閉されとる。
……こりゃああかんな。
「中入るで。えっと、二人ぐらい一緒に来てくれへん? もしも移るんが怖かったら、来ないでもええけど」
「私が行く。他の者は下がっていなさい」
「お頭が行くなら俺も行くぜ」
というわけであたしとお頭とゴンザレスさんが中に入ることしたんや。
中に入ると、そこはあまり良い環境とは言えへんかった。そこら中に吐瀉物と排泄物があって、犬や猫の獣人の顔色は悪く、はっきり言って死に掛けておった。全部で八人。大人から子供までおる。老人がいないのは、もうすでに、ということやろうな。
「とりあえず、この小屋から別の部屋に移すで。空気の通りが良くて、人の立ち寄らない、衛生的で綺麗な場所や」
「しかし、疫病は一ヶ所に留めておくのがしきたりだ」
「分かっとる。でもこんな場所で治療しても埒があかん。急いでそういう小屋を準備するんや。そして小屋周辺は立ち入り禁止。ゴンザレスさん、頼んだで」
「おう。分かった!」
「それと、出たらその服は脱いでこの小屋近くに置いてほしい。おそらく病原菌が付着しとる。急いで水浴びして清潔にするんや。その後新しい服を着ること。小屋のことはその後でええから」
「よ、よく分からないが、やっておく!」
ゴンザレスさんが出るとあたしは近くにおる獣人を診察し始めた。
脱水症状が酷い。熱はない。むしろ下がっとる。吐瀉物と排泄物を見ると白っぽい。
「この病気はどういう症状やったんや?」
「ああ。白いものを吐き出したと思ったら、食物を一切取れず、水を飲ませても吐き出してしまう。それくらいしか分からないのだ」
あたしは目を閉じた。頭の中にある知識を総動員する。そしてお頭に告げた。
「なるほどな。これは間違いないな」
「わ、分かったのか!? これだけで!?」
「これを治療する薬はない。けど、治す方法はある」
「……? 意味が分からないが?」
「これはコレラや。下手をすると村が滅びるほどの病や」
お頭はショックのあまり口が利けへんかった。コレラという言葉を知らんようやけど、村が滅びるという言葉で頭が一杯になったんやろう。
「安心せえ。必ず治したる!」
あたしはお頭に強く言った。お頭は「ほ、本当か!?」と何度も訊いてきた。
「まずは清潔にすること。そしてホットポカリを用意せんといかん。大鍋と火を用意するんや! お頭、さっきゴンザレスに言うたように身体を清潔にしてから、用意してもらいたいものがある」
小屋を見る限り、大工とか木工技術は優れておるようや。せやから言えばできるやろ。
「なんだ? 言ってくれ!」
「足の長いベッドを患者の分、八つ用意してくれへんか。そしてお尻の部分は丸く開けておいてほしい。そこから排泄してもらう。そして排泄物を受け止める桶も用意してくれや」
「分かった! 今すぐ作らせる!」
「あたしはホットポカリを用意する。大鍋と火をこの小屋近くに用意して!」
獣人たちはあたしの言うたとおりのことをしてくれた。小屋は近くに新しく建てられた。プレハブ小屋みたいやけど、それでも元の小屋よりも衛生的やった。
大鍋に砂糖飴と塩飴を入れて、ホットポカリを作った。ホットポカリ、いわゆる経口補水液の投与しかこれに効くものはないって本に書かれとった。いや、本に書かれとったのは清潔な水やったけど、水よりもホットポカリが効くことを前世から知っとる。伊達に子どものインフルエンザの世話をしとるわけやない。
とりあえず、たくさんホットポカリを作って、飲ませるしかない。本当なら点滴のように注射するのがええやろうけど、技術がない。道具もない。ないない尽くしや。
でもやるしかないんや。
「気休めやろうけど、体力回復の魔法もかける。これは魔力の限界があるから、長くかけられへん。危ない患者のみ、かける」
「ああ。任せた! しかし、ユーリも危険じゃないのか?」
ホットポカリを小屋の中で作ったほうが効率の良い。せやから、中で作っておったところにゴンザレスさんが外から心配そうに訊ねる。
「ああ。感染しとるかもしれん。コレラが空気感染かどうかは忘れたけど、もしそうなら確実になっとるやろ」
「おいおい! どうしてそこまでして獣人を助けるんだ!? 自分のほうが大切だろ!」
あたしは「どあほう! 獣人やろうが人間やろうが関係あらへんやろ!」と怒鳴ってしもうた。
「もちろん自分のほうが大事なのは分かっとる。でもな、助けずにいられへんのや」
「……それはどうしてだ?」
「助けられる人や獣人を見捨てるなんて真似できひんねん。そないなことしたくないねん」
「答えになってねえよ!」
「ああ。そうやろうな。感情の問題やから。あはは。あたしもどあほうってことやろうな」
ゴンザレスさんは何か言おうとしたんやけど、結局は何も言わずに帰ってもうた。
それから治療法を羊皮紙に書くことも忘れへんかった。もしもあたしがコレラになったり、死んでもうたら、意味ないもんな。
それで二日、三日と経って、課題の期限が近づいてきた頃。
ようやく二人の獣人が回復したんや。
「ありがとう……! ありがとう……!」
歩けるようになった二人の獣人が、いつの間にか寝てしまってたあたしの手を握ってきて、それで気づいたんや。
「も、もうええんか? 体調は悪くないか?」
「はい。まだ気分は悪いですけど、吐き気も何もありません」
「ありがとうございます!」
目から大粒の涙が溢れるのを止められへんかった。
常に希望を持っとるつもりやったけど、こうして目に見えた形で成果が出たのは、嬉しかったんや。
他の患者もなんとか小康状態に落ちついとる。
もしかしたら、みんな救えるかもしれん。
コレラに勝てるかもしれん。
そう確信したとき――
「うぐ、ぶは……」
あれ、おかしいな?
口から何か出てもうた。
口を抑えた手のひらを見る。
白い吐瀉物――
「あ、これ、やばいなあ……」
その場に倒れこんでしまう。二人の獣人たちが大騒ぎしとる。
「だ、大丈夫や。へ、平気やで……」
そこまで言うて。
あたしの意識が途切れた。
ああ。後もう少しやったのに。




