あらやだ! 勇者との出会いだわ!
「あなたがあの『勇者』の一員なの? 正直半信半疑だわ」
「まあな。この外見だと信じられないだろう。しかし事実なのだ」
山小屋に到着して、ようやく一息つけたんやけど、すぐさまデリアがドランに質問をしたんや。
いや質問っちゅーよりも詰問、もっと言えば尋問と言うたほうが相応しいな。
命の恩人に対してそないなことを言うべきやないと思うた。でも勇者を名乗るおかしな格好をした大男を不審に思うんは当然や。やから何にも言わんかった。
「それじゃあ王国公認の紋章を見せてよ。勇者紋章、あるんでしょ?」
「いやあるにはあるが、それを見せてもお前たちのような子どもに判断できるのか?」
意外ともっともな意見が出たせいでデリアは一瞬言葉に詰まってしもうた。でもすぐに「一度見たことがあるわ。見ての通り、ヴォルモーデン家の人間、貴族なのよ私は」と返す。
「そうかヴォルモーデン家か。名家だな。しかしたった一度見ただけだろう? 判別できるのか?」
「いいから見せなさいよ。本物のぐらい見分ける審美眼はある――」
「デリア、その辺にしとき」
こらえ性がないんはあたしの悪いとこやな。そんでも恩人が責められとるような感じはなんだか嫌やってん。
「ユーリ。あなたは知らないと思うけど、勇者ってとんでもないのよ?」
「じゃあ教えてくれや。庶民のあたしには理解できひん。イレーネちゃんはどうや?」
イレーネちゃんに水を向けると、彼女はびっくりしたようで「え、あ、私ですか?」と言うた。どうやら疲れとるせいか、ぼうっとしとったようやな。
「イレーネちゃんは勇者について、何か聞いたことあるか?」
「勇者ですか……確か古の魔王を倒した『勇者部隊』のリーダーが勇者と名乗ったのが始まりですよね」
「へえ。そうやったんか。あたしは御伽噺でしか聞いたことあらへんかった」
あたしは勇者を伝説として、イレーネちゃんは歴史として勇者を認識しとったけど、デリアとドランは事実として知っとったらしいな。次の言葉でそれがよう分かった。
「その勇者部隊が今まで残っているのよ。このイデアル王国においては大臣の次に発言力があるわ」
「そうなん? 全然知らんかったわ」
「じゃ、じゃあその人はもの凄く偉いってことですか!?」
イレーネちゃんの言葉に「もしも事実ならね」と冷たく返すデリア。まあ貴族のデリアなら確かめたい気持ちは分からんでもないな。なんせそんぐらいの権力を持っとる人間が目の前におるんや。真偽を知りたいんが人情ってもんやろ。
「正確には勇者部隊ではなく『護衛騎士』と名を変えているけどな。その一員を慣習的に勇者と呼ぶのだ」
「そんなの知っているわ。紋章を見せなさいよ」
「ではみだりに紋章を見せてはならぬのも知っているだろう?」
その言葉にデリアは「もちろん知っているわ。でも自称勇者を名乗る変人の身元を確かめるのも貴族の役目よ」と胸を張った。
なんや嫌な感じがしたからまたも口を挟むことにした。
「ええ加減にせえよ。ドランの兄ちゃんはあたしらを助けてくれたんよ? そないに疑っても何のためになるんや?」
「勇者の偽証は重罪よ」
「別にええやないか。自称でも偽証でも」
「良くないわよ! 悪人だったらどうするのよ!」
「そないなことはない。ドランの兄ちゃんは悪人やない」
「助けてくれたから、悪人じゃないって言うわけ?」
「ちゃうねん。もしも悪人やったら、あたしら全員生きとらんやん。とっくに死んどる」
デリアもイレーネちゃんもその言葉に何も言えんかった。
「ええか? 熊を一撃で倒せる人間がここまで親切にしてくれる理由はなんや? 善人以外の何物でもないやろ。それに勇者と名乗ってもメリットはあんまあらへんのや」
「勇者の名を騙って、油断させようと――」
「貴族の人間やない、平民のあたしとイレーネちゃんは何も知らんのやで? 勇者って言葉はそれくらい縁遠い。それに油断させんくても、ドランの兄ちゃんなら盗むんも殺すんも楽勝やろ」
あたしの言葉にデリアは何も言えんかった。今度はドランに向かって言う。
「あんたも証明できひんなら軽々しく勇者言うたらあかんのちゃう?」
「え、いや、確かにそうだが……」
「別に自慢したわけやないやろ? もっと自重してくれたら話がこじれずに済んだのに」
「その、なんだ、勇者と名乗れる機会があまりになくてな。つい言ってしまったんだ」
「なんやねん。図体でかいわりに子供やな」
「……すまなかった」
これでまあなんとか強引に話を終えられたんやけど、今度はあたしがドランに訊きたいことが出てきてしもうた。
「なあ。ドランの兄ちゃん。あんたはなんでここにおるんや? 護衛騎士なら王様の近くにおったほうがええんとちゃうの?」
「ああ。とある任務の帰りに立ち寄ったんだ。アブン村にな」
「なんであんな片田舎に立ち寄るのよ?」
デリアの容赦ない言葉にドランは苦笑して頬を掻いた。
「片田舎ってのは随分だな。アブン村は俺の故郷だ。つまりは里帰りだよ」
「そうだったんですか。それでどうしてラクマ山に?」
イレーネちゃんの問いにドランは軽く笑った。
「顔馴染みの宿屋の主人に頼まれたんだよ。ここにしか生えない薬草と山菜と採ってきてくれってな。ついでに君たちの様子も見てくるようにも言われた」
あの人が? なんや、ええとこあるやんか。
「ラクマ山はいくらなんでも十才前後の女の子が登る山じゃない。気にかけてたようだったから、俺も注意していた。そして助けを呼ぶ声で駆けつけたら、ツキノワと戦っていたというわけだ」
「そら、宿屋の主人にお礼言わなあかんな」
「何、子供を助けるのは大人の役割だ。気にするな」
にかっと笑うドランを見て、あたしは否応なく気づかされたんや。
あたしは精神的には大人やけど、身体は子供や。ついつい自分がしっかりせなあかんと思うてまう。それじゃああかんのや。もっと仲間を信頼せんと。
なんや、一番信頼しとらんかったんはあたしか。呆れて何も言えんわ。
「しかし、お前たちはどうしてラクマ山に?」
「この格好見て分かるやろ?」
「……虎柄のローブを見ても何も分からないぞ」
ありゃ。色物同士気が合う思うたけど、不評やな。でもまあいつか時代が追いつくやろ。
「私たちは魔法学校の一年生で、郊外訓練でラクマ山の頂上に生えるスイレンの花を取ってくるのが課題なのよ」
「なるほどな。魔法学校らしいな」
デリアの説明に納得したんを見て、イレーネちゃんが「あなたも魔法学校を知っているんですか?」と訊ねた。
「いや。俺は騎士学校を卒業したんだ」
「その割りには剣を持っとらんな」
「剣より殴ったほうが速いし威力もあるから、剣は必要ないんだ」
「なによそれ。化け物じゃない」
「よく言われるな。でもまあこれが俺のスタイルさ」
それからドランは立ち上がって「そろそろ行くぞ」と山小屋を出ようとする。
「なんや。もう行くんか」
「ああ。正直心配だがな。早くプラトに帰らないといけないんだ」
「そうですか……あの! ありがとうございました!」
イレーネちゃんが深く頭を下げた。あたしも同じように頭を下げた。デリアは慣れとらんのか、中途半端に首を傾げた。
「何にもお礼はできないですけど――」
「いいや。そのありがとうだけで十分さ」
そう言うてドランは山小屋から出てった。なんやかっこええなあ。いつかあたしも使おう思うた。
あ、ドランに飴ちゃん渡すの忘れた。しもうたなあ。
「今日はこの山小屋で休むとして、明日からどうする? 大幅に予定が狂ったわよ」
「まだ六日もあるんや。なんとかなるやろ。こないなときは楽観的に考えんとあかんで」
「そうですね。とりあえず、今日は休みましょう。山小屋には調理道具もありますし。たくさん食べて体力を回復しましょう」
「あなたは食べすぎなのよ……」
そんなこんなで山小屋で一夜を過ごした。ベッドがないから雑魚寝になってもうて、デリアが文句を言うことになった。まあ仕方のないことやった。
朝が訪れるとすぐさま頂上へと目指した。遅れを取り戻すために自然と早足になってしもうた。地図とコンパス頼りに進む。
途中で鹿みたいな中型の魔物、トスカノっちゅうのに出会った。動きが素早く、角での攻撃に苦戦させられたけど、なんとイレーネちゃんの槍が脳天に直撃して、倒すことができたんや。
「ようやったな! イレーネちゃん!」
「わ、私! 私やりました!」
「……なかなかやるじゃない」
それ以外の魔物は戦闘を避けた。山中の戦闘は思いのほか、体力を使うんや。
そうしてまた山小屋を見つけて、そこに泊まって。
ほんで残り四日になったとき。
「呼吸するのが、ツラくなっているわね……」
「標高が高くなると空気が薄くなるんや」
「よくそんなこと知ってますね、ユーリは」
酸素不足に悩まされながら、あたしたちは頂上へと辿り着いた。
「なに、ここ……!」
「凄いです。こんな光景見たことないです!」
「めっちゃ綺麗やわ……!」
頂上には何にもない――と思うたけど、そないなことはなかった。
色鮮やかな草花が生えとる。綺麗な蝶々も鳥もおって、まるで天国みたいな場所やった。
「……スイレンはどれなの?」
デリアの呟きにハッと気がつく。見惚れとる場合やなかった。
「確かスイレンは水場の近くにあると本に書いてあります」
「水場……あそこちゃう?」
指差した場所は綺麗な泉があって、遠目からも清らかな水を湛えとるんが分かる。
草花を踏み潰さんと、慎重に歩いて泉のところに行くと――
「こ、これです! これがスイレンです!」
イレーネちゃんが興奮するんも分かる。数ある草花の中でも、もっとも美しい花――スイレン。美しくて儚くて、それでいてかぐわしい。
なんちゅう美しい花なんや!
「スイレン。毒を無効化できる、薬草としても優秀な花や。薬草学で習うた」
「一輪しかないわね。これが最後の花かも」
あたしは繊細なスイレンを過剰な神経を使こうて――採集した。
「やった……! やったで!」
あたしらは抱き合いながら喜びを分かち合うた。
これで課題クリアや! 後は戻るだけ。そう考えると安心してもうて。
郊外訓練の途中やのに、終わった気になってしもうたんや。




