序章
処女作の癖に「夏のホラー2017」に参加してみた身の程知らずな作者です。どうぞよろしく。
どすどすどす。
廊下から音が聞こえる。大きな足音。私たちはその気配を感じて、亀みたいに布団に潜り込んだ。
就寝時間は夜の10時。
なのに時間がたつのは存外早く、今は夜中の12時になっていた。このことが神木先生にでもバレたら、きっと怒られてしまう。あの先生、熊みたいに大きいし声も重低音だから、威圧感があって結構ニガテだ。
ああ、先生が来なければもっとみんなでおしゃべりできたのに。
名残惜しくみんなに目を向けると、みきちゃんはまた後でねって感じで、もぞりと手を動かした。
さっきまで、そう、さっきまで私たちは、いろんなことをおしゃべりしていた。
マチコちゃんが好きなのはショウくんだってこと。実は龍二くんがサキちゃんに告白していたってこと。それを受けようか悩んでいるってこと。
いっぱい喋って、話題もコロコロ変わって、順番に怖い話なんかもしちゃって、本当に楽しかった。
先生の気配がなくなったらそのまま続けるつもりだった。だからそのまま通りすぎちゃえっ、なんて思って。
でも、足音はどんどん近づいてくる。
どすどす。どすどすどす。
布団の中で息を潜めて、じっとうずくまった。
ヒソヒソ。ゆうこちゃんとマチコちゃんの話し声が聞こえる。
まだかな。もう通り過ぎてるんじゃない? 多分まだだよ。通り過ぎてくれるかな。きっと大丈夫でしょ。
足音が、止まった。
トントンとノックの音がして、ガチャリと扉が開いた。この部屋のドアだ。
そして廊下の光とともに、先生の声が入ってきた。
「おい、起きているか」
当然、誰も返事をしない。きっとこれは鎌をかけている。そう思ったからだ。
「上山、返事をしろ」
だけど、ああ、ダメだ。名指しってことは起きていることがバレちゃったんだ。諦めて布団から顔を出して返事をする。きっとこの後はひどく叱られてしまうんだろう。そう思って次の言葉を待ち構えていると、予想もしなかった言葉が聞こえてきた。
「上山、すぐに帰り支度を済ませろ。先生は廊下で待っているから」
先生のその言葉が、一瞬何を言っているのかわからなかった。もしかして起きていた罰?でもそれにしては先生が怒っている様子はない。むしろどこか焦っているような……。
「先生どういうことですか?修学旅行だってまだ来たばかりなのに、私だけもう帰るって……」
「詳しいことはあとで話す。だからとりあえず支度を済ませろ。静かにな」
そう言って、先生は壁のスイッチを押した。部屋に強い明かりが灯って、思わず目をぎゅっと瞑った。瞑り過ぎてちょっと涙目になってしまった。これは決して不安感からなんかじゃない。部屋から出て行く先生の背中を見ながら、心の中でそう言い訳してみた。
どうしたんだろうね。なんだったんだろうね。心配そうにいってくるみんなの声を受けながら、私は帰る支度をした。
パジャマから洋服に着替え、大きいバッグと小さいリュックサックを両手に持って、廊下に出た。
出るときにマチコちゃんが「これはもう一度みんなそろって修学旅行に来なきゃだね。先生のお金で」って冗談めかしでいってくれて、胸の中でモヤモヤしていた塊が、少し軽くなったように感じた。
だから私も笑ってこう言った。
「じゃあ、行ってくる。みんなでまた来ようね。約束だよ」
だけどその約束は。
果たされることはなかった。
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