隠れ里
川の背後の崖の方向から人が近づいてくる。
急斜面に細い道が作られており、そこを3人の男が下って来て、河原に降り立った。
「あ、お兄ちゃんだ」
「ミーナ、無事だったか」
「うん、聖者様が助けてくれた」
男達は警戒と困惑と期待の混じった表情で俺を見つめる。
1人の腹がぐぅぅーと鳴る。見ると3人とも痩せてやつれている。ろくに食べていない感じだ。
「よかったら焼き魚どうぞ」
大きな葉っぱを皿に見立ててに魚をほぐし身を載せて手渡すと、全員が顔を輝かせて食いついた。
「ミーナ、あいつらは?向こう岸にも二人いるな」
「物見の帰り道に、鉢合わせした山賊だよ。偵察部隊だと思う」
「物見の結果はどうだったんだ?」
「中継基地に70人はいたよ。今晩か明日あたりが危ないと思う」
「そうか……。里長達に報告しなくてはな。…魚ごちそう様でした。聖者様もどうぞ俺達の里にいらして下さい」
若者達に先導されて急斜面に切り通された細い道を上って行く。
「先代里長から繰り返し聞かされて耳タコのあの話、本当だったんだ」
「ああ、まさにこのタイミングとはなぁ」
うーん、なんか厄介ごとに巻き込まれたかも知れん。
しかし、どうやら戦乱のさ中のようだし、今下手に離脱すると、両陣営から攻撃されかねない。
山賊とはもともと険悪なのだから、この人達と共闘するのは悪くないかもだ。
細道を上り切ると頑丈な木製の扉のある古い門に突き当たった。両側の大木に監視台が設けられている。
ギイィと門が開き、中に招き入れられた。
えっ!
大勢の人が跪いている。
人々の輪の中から頭も髭も白い老人が進み出る。顔を上げると、なんと涙目。
「聖者様、お待ち申し上げておりました。信じておりました。」
うーん、どうしよう。
「いや…、その…」
「ご承知のとおり、飢饉のため何のおもてなしもできませんが」
みると、里の人々はみんなやせてやつれている。
俺は背嚢からボアとブラックマジックベアの肉を取り出した。
「これ、どうぞ食べて下さい。荷物が重くて困ってたんですよ」
わあぁぁっと観衆から声が上がる。
「やっぱり!」「さすが聖者様だ」「肉だ、久しぶりの肉だ」
「お心配り、ありがたく受けさせていただきます。ひとまず聖者様はこちらへ」
里長らしき白髪白髭の老人に案内されて、里の奥へ分け入って行く。無言でひたひたと。
突き当りは断崖でその崖面に扉がついていた。扉を開けると洞窟の入り口。
そこをしばらく歩くとまた扉。そこを開けると、あれ?まぶしい陽光!
そこは、天井の崩落した洞窟広場という感じの場所だった。直径30mほどの地面が畑になっている。
その中心部に小さな祠。里長は祠に俺を案内した。
祠に祀られていたのは、なんとミスリルの装具だった。
兜、小手、アンダーアーマー、ブーツ、そして指輪。
材質からも拵えからも、そして施された装飾からも、このミスリルソードとチュニックとの揃いの装備であることに間違いない。
「あなた様の、いえ、貴方様の何代か前の聖者様の持ち物です。持ち主にお返し致します」
里長の話によると、先々代の里長の時代に、酷い飢饉に苦しんでいる里が山賊に襲われるという絶対絶命の危機があった。
そこにミスリル装備に身を包んだひとりの行者が立ち寄り、食料を施し山賊を蹴散らして里を救った。
直後、行者は食べ物を調達するためと言い残し里を去った。
「必ず戻る。剣とチュニック以外の装備は置いていく」と言い残して。
しかし何日経っても行者は戻らない。
「あの方の仰った必ず戻るとは、次の危機の際に戻って来るということなのだ」
やがてミスリルの聖者の一件は、里の伝説となった。
そして現在、山賊の縄張り拡張が原因で里の食料事情は悪化し、更に山賊の里襲撃が予想される今、聖者の帰還が熱望されていた。
そうしたところ、果たして!
「…ということなのです」
うーん、何と言う偶然。
{偶然なのか?}地竜が囁く。
何かの意図が働いているのかな?エレメントが滝壺に案内した時から既に?
いやぁ、あの子達はなぁ、そんな用意周到なことをしそうな感じは全然しないんだが…。
ところで洞窟広場の畑には作物の姿が無い。
「ここは年に二度麦が収穫できます。今は春の種を撒いたばかりです。しかし次の収穫の時までどうやって食つなぐべきなのか…」
おお、そういうことならば。
さっそく植物の成長促進を行使する。畑から麦の芽が伸び、葉が茂り、穂が付いて、黄金色に実る。
「ああ、こんなことが!奇跡。奇跡をみた!!」
ふふふ、喜んでもらえて何より。
里長の要望に応えて、ミスリル装備をフルで装着してみる。指輪も。
おお!これは凄い。
装備
ミスリルソード150、ミスリルヘルム80、ミスリルチュニック100、ミスリルガントレット50、ミスリルアンダーアーマー70、ミスリルブーツ50、ミスリルリング(+20%)
このミスリルリング(+20%)というのは、もしかして。うん、そうだった。
SL16-25/21(+4)D
霊力量の2割増しだ。地味な増量だけど、いざという時、これが有るのと無いのとでは大違い。
それに今後、霊力量が増加するにつれて2割増しの有難味も増加するのではなかろうか。
洞窟を出て、里の集会場へ戻る。
肉料理が出来上がっていた。
ボアは野菜と一緒にスープに。ブラックマジックベアはステーキになっていた。
「ううっ、美味い」泣きながら食べている人もいる。
「聖者様、この肉はボアですよね、でっちの肉は?」
「ブラックマジックべアですよ」
「ぶらまじ?なんだろ」
「獲物はどこで仕留めなさった?」
「南の森です」
「うーむ、オヤジやヌシのいる南の森ですか。聖者様だからこそですね」
「何ですかオヤジやヌシって?」
「オヤジは狂暴な黒い熊。ヌシはオヤジの王ですじゃ」
「ヌシって白い斑点のある黒熊じゃないですか」
「そうらしいです。出会うと命を落とすので、今では南の森に入る者はおりません」
「今食べているこの肉がそのヌシの肉ですよ」
「な!なんと!!」
「そういやぁ、こんな美味い肉食ったことないもんな」
「ということは…、これからは南の森へ行けるぞ!」
「おおおぉー!」「やったー。獲物が獲れるぞー」
歓びの声が上がる中に更に追い打ち。
「皆に朗報があるぞ。洞窟広場の畑の麦だが、たわわに実った。聖者様の起こした奇跡じゃ。狩りも良いが、麦の刈り入れもせにゃあならんぞ」
わぁぁぁー!!凄い歓声。座が一気に盛り上がった。
大きな笑い声、躍り出す者もいる。話し声も大きくなり、声のトーンも上がっている。
そんな中でミーナとその兄さんが真面目な顔で里長に話をしている。
里長が立ち上がる。
「みんな聞いてくれ。もうひとつ大事な話がある。山賊どもの襲撃が近い。儂は今夜がヤマだと思う」
里長はそこで一拍置いて、俺を見る。
「なぜなら、そのためにこそ、聖者様が訪れて下さったからじゃ」
おおおぉーー!!!男達が立ち上がる。腕を突き上げる。
戦意高揚とはこういうことか、まるで熱風が吹き付けるようだ。
俺もその熱に浮かされて、兜を被って立ち上がり、剣を抜いて高く差し上げた。
どおおおぉぉぉーーーー!!!
どよめき、足踏み、地鳴りのような大歓声。
わずか100人余りが上げる声とは思えないほどの迫力だ。
里の人数は120人、戦力となるのは50人。一方山賊は総数こそ120人と同程度だが戦力は90人に上る。
今回攻めてきているのは、既に掃討した5人の他にもまだ70人。
しかし里には守りの利があり、ミスリルの聖者が援軍に加わって戦意高揚、腹ごしらえもしっかりできて、誰もが負ける気がしていないという状況だ。
「我ら山の民の底力を思い知らせてやろうぜ!」
「おおぉー!」
里の人達は山の民という由緒正しい少数民族で、一方山賊は流れ者の集合体。
この両者が山野の狩猟権や川の権利を巡る縄張り争いを繰り広げて来たとのこと。
現状は山賊の勢いが強く、押し込められた山の民は食料事情が悪化して困窮しており、ここを先途と山賊が傘に掛かって攻勢に出ているという。
「地竜、今夜の戦いの趨勢、どう見る?」
{夜陰に紛れて、山賊が里に潜入してしまうとまずいな}
そうなのだ。山の民の主たる武器は弓矢。壁の外の敵を弓で迎撃するのは良いが、侵入されると刀剣と槍を持つ山賊には分が悪い。
「里は堅固な要害の地。加えて迎撃の準備もこのとおりですじゃ」
西側の川から里に続く斜面の細道には落石の罠や固定式の弩が設置され、敵への備えは十分に見える。
そして背後は急峻な山、北は崖、南は灌木が繁茂する急斜面。確かに守りは固そうだ。
*****
今夜は月夜。もう2~3日で満月になりそうな少し太めの半月が空にかかっている。
「きたぞー!」
見張り台から声が上がる。
河原に松明が数十本。そして何本かの松明と共に黒い影が斜面の細道を上って来るのが見える。
「まだまだだ。もっともーっと引き付けてからだぞ」
山の民の指揮官が迎撃隊を配置に付けながら声を掛ける。
皆息を殺して、ひたすら待つ。
山賊も用心しているのだろうか、進軍速度は遅い。
一群が進むと停止。別の一群がそれを少し追い越してまた停止。更に別の一群が追い越してという具合に少しづつ少しづつ前進している。
ふと嫌な予感がした。