東へ行こう
ヌバル戦役(通称悪魔の乱)を平定して、ケフは小都市国家連合の中心国としての地位を固めた。
雨降って地固まるである。
ケフとタグ・シガキ・旧ヌバルの4国間の連絡は緊密になり、冒険者達が活躍して各都市間街道の危険な魔物をほぼ狩り尽くしたおかげで、4国は今やひとつの大きな国(注 小都市国家的観点から大きいというだけ)と言える程の様相を呈していた。
「前よりずっと住みやすくなった」
「税金は安いし、治安は良いし、役人はいばらないし、交易も盛んになったし」
旧ヌバル市民にも好評である。ケフ、タグ、シガキは言うに及ばず。
平和を謳歌し、人々は幸福と発展を追求することに余念が無い。
「何だか縁側で日向ぼっこしてる気分になるよ」
「その『エンガワ』が意味不明だけど、世の中は平和でのほほんとしてるわね」
「小都市国家連合は、もうじき一つの国にまとまるんじゃないの?」
「まあそれに近い状況になるかもだわね」
「そしたらもう相談役なんて要らなくない?」
「全然そんなことないの。都市国家連合でまとまっても東の列強や西の帝国は脅威だし、間を隔てている魔境もいつ活性化するか分からないし」
ユリアは心配性だからなー。
ケフは小都市国家連合の真ん中に位置していて、東と西に大きな未開の森林地帯があり、そこは分け入ると強い魔物がいる魔境である。
北は海、南は動物とせいぜい弱めの魔物しかいない未開の草原地帯。
小都市国家連合が結束できて余力が生まれれば、まず南に進出するらしい。
開発の容易な草原地帯を平定していって、領土を拡大するのが目標である。
北の海の向こうには、別の大陸があるらしいけれど、凶悪な魔物の跋扈する海を渡る手段がない。
北西方向には例の火山を中心に深い森が広がり、強い魔物がいて近づけない。むしろ辺境の街が魔物に滅ぼされているていたらくである(俺が二束三文で購入した例の廃墟の街のことね)。
確認されているワイバーンの他に、赤竜の目撃報告もあり、かなりの脅威である。
ただしここの魔境は、西の帝国の侵攻を抑える防波堤にもなっている。
東の方向も、小都市国家連合の辺境の街を超えると森林が広がっており、魔境と呼ばれてランクAの魔物が何種類も確認されているが、ランクAを撃破できる戦力(例えば俺のことだってさ)が育ちつつある現在、東の魔境はいずれ踏破されて、列強が攻め込んでくる可能性が日々高まっている、かも知れない、との分析がなされている。
「だからマサトには、東の魔境を超えて列強の様子を見て来てもらえたらいいな、なんてね」
いやそれ、ほとんど強制してるよね?まあ俺は飛行も転移も出来るし、魔話機で連絡も出来るし、まだ見ぬ景色を見れる旅は、むしろ歓迎したいところなんだけどさ。
東の国々は七大列強とも呼ばれていて、七つの国が激しく戦ったり裏で手を結んだりと牽制し合い、中央を貫く山脈地帯に生息する魔物とせめぎ合い、様々な種族がしのぎを削る厳しい世情もありで、長年鍛え込まれた結果、どこも恐るべき戦闘民族の国になっているらしい(ユリア談)。
「列強といっても、それぞれの国の規模はそんなに大きくはなくて、ケフ・タグ・シガキ・旧ヌバルを合わせたより多少大きい程度らしいんだけどね」
充分大きいじゃん!
それらの情報は、旅スキルを持つ吟遊詩人や旅芸人から散発的にもたらされる話をまとめたもので、誇張されたり誤っていたりする主観に満ちた実に頼りないものであるとのこと。
「演目の宣伝が入ってたりするし、ホントのところは良く分からないの」
「ふーん。なんだか旅するのがちょっと楽しみでもあるな」
「そう言ってもらえると助かるわ」
いやー、実はちょっとじゃなくて、大いに楽しみなんです!
シェルター都市のショップで、設備充実のツリーハウスなんかを入手しちゃったりもしてて、旅に出る気満々です。
夜になったらケフに転移して帰って来ることも出来るけど、それじゃあ旅の情緒ってもんがねー。
ランクAの洞窟あたりには毎日出入りしてもいいけど(いいのか?)、ケフには緊急時以外は戻らないようにしたい。あ、魔話機の連絡は毎晩定時に入れるようにするよ!
*****
というわけで、今俺は、東へ向かって飛んでます。
水上交通の要の湖を超えて、湖岸都市を超えて、更にいくつもの都市をすっ飛ばし、東の辺境の街も素通りして、東の防壁である森林地帯に差し掛かりました。
ランクBやAの熊とか虎がいます。大きなカマキリや甲虫も散見されるし、木鬼が密集している地帯なんかもあるなぁ。
おっと前方に積乱雲だ。迂回しなきゃだな。
ん?迂回したつもりなのに回り込まれた?
闇{雲の中に怪しい気配がまじっておるぞ}
風{雲助ッスね}
「雲助?」
風{気体タイプの魔物で氷属性や雷属性が多いッス。それにしてもここまで育ったのは珍しいッス}
地{とらえどころのない奴だ。範囲攻撃魔法を使うべきだな}
聖{広範囲に希薄なので、聖光領域を展開するだけで退治できるかも知れませんわ}
「うーん、ここら辺の魔物が防壁の役割らしいから、とりあえず様子見かな?」
今日のところは見逃してやろう。回り込みはしたけど攻撃して来なかったしな。命拾いしたね、雲助。
縮空で上空に転移し、続けて雲助の向こう側に転移。
これで回避は完了で、そのまま飛行を続ける。
森が途切れた。草原地帯が広がり、ところどころに砦のような建物が散らばっている。
ここはもう七大列強のうちの一国のはずだ。
おや、小さな砦(というかむしろ小屋?)で戦闘が行われている。オークの群れに攻められているな。
この砦はどうやら寡兵のようだ。ちょっと近くで見てみようか。
*****
「チクショーめ、何で俺達が留守番してる時に限ってこんな」
「兄貴が隊長を街に返しちゃうからですよぉ」
「しょうがねぇだろう、隊長に初めての子供が生まれるってんだから」
「副長まで砦から出しちゃうんだからぁ」
「しょうがねえだろう。安くてうまい食いもんを手に入れる手腕は副長がピカイチなんだし」
「ガモン、サントス、しょうもないこと言ってる暇があったらしっかり狙って撃ちな!」
「サビィの姉御、もう矢が尽きそうですよぉ」
「矢が尽きたらあたしとガモンで切り込むよ。サントスは扉の前に立って入ってくる奴らを迎え撃つ!」
「おう!やってやらあ」
「ひぃー、おいらに出来るかなぁ?」
「出来ても出来なくてもやるしかないさね」
「おお!何だあの野郎は?森の方向に1人いやがるぞ」
「手を振って何か言ってますねぇ」
『(ぉーぃ、助けが必要かー?)』
「助けて下さいぃー!」
「バカヤロー。助けられるもんなら助けてみやがれ!」
「痛っ、なにすんだよサビィ」
「馬鹿はお前だよガモン。あたしらは溺れてるんだから藁でもなんでもすがるんだよ!」
「助けて下さいぃー!」
「おーい、頼むー!助けが必要だー!!」
『(了解したー)』
「なっ!凄い凄い!あの助っ人、とんでもない奴ですよぉ」
「何だいありゃあ?槍の一突きであの重たいオークが何匹吹っ飛んでんだい?」
「ばバケモンだ…」
「おっと、こうしちゃいられないよ。向こうっかわを包囲しているくそ豚どもを、あれ?いない!」
「オークどもが逃げて行きますよぉ!」
「た、助かったのか?まじか…」
*****
オーク40~50匹の群れだったかな。
グンニグルの衝撃波を数回お見舞いしてやったら、半減して潰走して行った。
どこの国でもオークはこんなもんだなー。
砦の守備兵に挨拶しとかなきゃ。
「おーい、大丈夫でしたかー?」
あ、誰か出て来た。
「助かった。手助け感謝する」
「あんた凄いね。あの槍の攻撃、どうやったらああなんの?」
「ありがとうございますぅ。あなたは命の恩人ですよぉ」
えっ、これは!?驚いた。獣人だ!!
猫耳に猫尻尾。ピンクの鼻のお姉さんは猫人?
そして犬耳犬尻尾、黒い鼻の男が犬人?
ひょろっとした下っ端ぽい少年だけが人族だ。
「ん、何だ?私らがどうかしたのか?」
「い、いや。三人だけで砦を守ってたのかなって」
「そうなんですぅ。こっちの兄貴が、痛ててっ」
「お前は黙ってろ。いや、たまたまな。それにしても凄かったな、あれは武技か?」
「うーん、なんと言えばいいか…。気合を入れて突くとああなるんです」
あまり目立つのはまずいと思って適当にごまかした。なんせ俺ってば、密偵っぽい役目だし?
「まあ立ち話もなんだから砦の中にお入りよ」
「あ、お邪魔します」
猫獣人の女性がサビィ、犬獣人の男性がガモン、人族の少年はサントスと自己紹介してくれた。
「俺は将斗といいます」
「マサトはどこから来たの?」
「えっと、森で道に迷ってしまって、やっと抜け出たと思ったらあそこでした」
「「「……」」」
「あの槍はどこにしまってんすかぁ?」
「この腕輪が魔収納になってて、ほら、こんなふうに}
「うへぇ!これが魔収納!初めて見ましたぁ!!」
「こんな凄い魔道具、どうやって手に入れたの?」
「依頼を命懸けでこなして、お金を稼いで、やっとのことで買いましたよ」
「そっか!マサトは俺らと一緒で傭兵なんだな」
細かい事を気にしないおおらかな人たちで良かった。
死んだオーク達から魔石が24個採取出来た。
「あれオークなのにランクBの魔石がある?」
「上位種が混じってたからな。あいつらここらを荒らし回ってた札付きオーク集団だぜ」
「うちらがオーク数匹を仕留めてるけど、ほとんどのオークのC魔石とオークナイト1匹のB魔石はマサト殿の取り分だよ」
「全部売却して代金を4等分しましょうよ」
「うひゃあ、いいんですかぁ」
「なら、オーク23匹とオークナイト1匹分の討伐報酬はあんたが受け取っとくれよ」
「え、それも4人で等分しましょう?」
「えーい、そんなら報酬の方はオマケして半分にしてやらあ」
「兄貴、そういうのオマケって言いますかぁ」
そんなことを話しているうちに交代要員が馬車で到着し、3人は入れ替わりで馬車に乗り込んで街に向うとのことで、俺も乗せてもらった。
「討伐報酬も魔石売却も、タリーの街まで行かなきゃだしな」
「命の恩人だもの。粗末にできるわけないわさ」
「タリーは旅人に優しく、傭兵には住みやすい街だぜ」
これから向かう辺境の街タリーには傭兵仕事がいくらでもあるそうだ。
「獣耳と尻尾好きにはたまらないですよぉ」
えっと、獣人割合が多いのかな?
ガン見して更に触ってみたいけど、今のところ自重してる俺がいます。
馬車の中はなぜか宴会になっていた。
「好きに食べて。酒も樽ごと空けていいんだから」
「この国は食べ物も酒も豊富なんだ?」
「いえいえー、たまたま今日だけですよぉ」
「そうそう。たらふく食って飲まなきゃ損だぜ!」
任務終了で緊張が解けて酒も入って、ますますおおらかになってる。
「俺、この国のこと、あんま知らないんで、色々教えてもらっていいですか?」
「はっ、そんなことお安い御用さ。なんでも聞いとくれ!」
ゆっくりゴトゴト走る馬車の中で、ホントに色々教えてもらえた。