激突!悪魔軍団
親玉グレーターデーモンと配下の10体レッサーデーモンから成る悪魔軍団は、街壁から約500mの地点に到達した。バリスタや弓はもちろん攻撃魔法の有効射程距離内である。
「撃てー!」当然、可能な全ての手段をもって攻撃がなされた。
しかし悪魔軍団は全く歩みを止めない。攻撃魔法が炸裂しても意に介さず、直撃コースのバリスタの大矢は手で掴み取り、弓兵の矢に至っては完全無視で直撃しても虚しく弾かれるだけである。
予想されたことではあるが、悔しくも情けないノーダメージだ。
「魔力と矢が勿体ないですから、攻撃はいったん中止しましょう」
「確かに。ヌバル兵への備えとして残しておくべきだな。それでアレはどうする?」
参謀にして俺との連絡役のエランが問う。
悪魔軍団は、壁から300m付近で停止して、何かを待っている様子である。
「奴ら、俺を誘ってますね。なのでちょっとお出迎えしてやります」
「申し訳ないがお任せする。マサト殿対奴らの頂上決戦がこの戦を左右するものとなるな」
「思い切り暴れて来ましょう!」
うん。もう思い切りやるしかないね。それでダメならしょうがないと。
「撃ち方やめー」
俺は街壁の上からふわりと飛び降り、悪魔軍団に向って歩き始めた。
戦場は固唾をのんで静まり返り、全軍の視線が痛いほど突き刺さる。
歩きながら竜達と作戦の簡単な確認をする。天竜にも伝えて置かないと。
天{まず角からでござるな}
俺{平地だけど斬れるか?}
天{黒い御仁は定かではござらぬが、赤い手下どもは斬れまする}
マット{レッサーもやっかいなんだから、やれる奴から片付けるのがいいよ}
「グギヒヒ、逃げずによく来た。褒美にせいぜい美味く料理してやる」
「歓迎の食事会があるなら食ってやってもいいぞ。ただしお前らは皆殺しだがな」
悪魔軍団までの距離はあと20mほど。
ブメェェー!1体のレッサーデーモンが堪え切れずに走り寄り、掴み掛かろうとする。
{行くでござる}
天竜が、タンタンッとステップを踏み、すれ違いざまに霊刀を抜き打ちで振るった。
山羊頭から真っ直ぐに伸びた30㎝程の角が2本、根元から綺麗に切断されて宙を舞う。
直後に俺の光矢がレッサーの魔石の位置、胸のほぼ中央を照射して抉り、風竜の風爪が続いて着弾して傷口を広げ、さらに追撃で闇竜の闇針数本が貫通して魔石を砕く。
まず1体を仕留めた。完璧だ。むしろオーバーキル気味。グッジョブ!特に天竜、いいぞ!
天竜は手を止めない。
天{雷牙!}
パリパリピシャーンという大音響と共に虎型の稲妻が走り抜け、剣歯の目立つ咢を大きく開いたと思うと、1体のレッサーデーモンを飲み込むように上下の顎が噛み合わされる。
おぉ!?牙に沿って縦方向に2断面が奔る。2本の角を基点にレッサーが3枚におろされてしまった。
一撃で無力化に成功!
{凄いな。なぜ雷で斬れる?}
天{理由は分かりませぬ。が、これが雷牙の能力でござる}
マット{プラズマが分子結合を開放しているんだと思うけど}
まあそれはともかく、3枚おろしの狭間で無傷だった魔石に闇針が撃ち込まれて仕上げ。これで2体め。
派手な大技の雷牙に目を奪われていた間に、天竜はシュンシュンッと瞬間移動を重ねつつ、4体のレッサーの角を刈っていた。これが転移、跳んで斬るか、いいぞ、そこの職人さん!
レッサーの状態を確認しがてら、4体に光矢を発し、竜達が手分けして追撃で風刃と石弾、油霧と爆、闇針数本で魔石を砕き、角を失ったレッサー4体を難なく葬る。いいぞ、もう6体。既に作業化しているぞ。
聖竜は、俺を包み込むように狭い範囲に強固な聖結界を展開していた。
そこにグレーターデーモンが迫る。速い!踏込みで地面が抉れている。パワーダッシュという感じ。
重量級でのっそりしていると思いきや、本気を出すと速い!
拳を突き出す。何の変哲もない右ストレート。しかしヤバイ感じがする。魔力量が凄いぞ!
地火風水の盾を展開し、両腕をクロスさせて防御する。
次の瞬間、グレーターの一撃で聖結界は破られ、盾4枚も全て突破され、俺の両腕に衝撃が奔る。
一撃でこれかよ!
咄嗟に後方にジャンプして力を若干受け流せた。それでも両前腕の骨に亀裂骨折が生じる。
だがこれくらいなら、聖竜の祝福と俺自身の聖治癒の重ね掛けで、即座に完治できた。
天竜はその間にも動く。
天竜が放った雷牙が、グレーターに襲い掛かった。お、これは行くか?
だが、奴が身を捻り、足から腰肩肘と絞り出されたパワーが乗った左フックの一閃で、雷の虎は消し飛ばされてしまった。虎の驚愕と無念の表情が瞼に残る。
天{あの御仁は半端ないでござるな。この天竜、全力でお相手仕る!}
天竜が身を屈めて腰に手を当てた次の瞬間。チン!
なに?抜いて収めた?居合か、いやこれは例の禁じ手とされる裂空だ!
一瞬ネガ反転した視界の中で、グレーターの渦巻き角の上部3分の2が切断されたのが見えた。
頭部に斜めに張り付いた巻き角なので根元部分が残ってしまっているのが惜しい。
天竜はこの間にも霊刀を2度横薙ぎして、2体のレッサーの角を刈っている。
ギシャァァァァー。グレーターが怒りの咆哮を上げる。
天{もう一撃参る。後のことはお頼み申す!}
軽く膝を曲げ腰を落とした姿勢から、さらに居合風に裂空!
上手い!絶妙の切り口。ネガ反転の視界の中で2体のレッサーの角とグレーターの胴体が切断された。
レッサーの残りは角の無い4体。グレーターは魔石をやったか?
いや、とっさに伸びあがって急所を躱している。と言っても胸の下の位置で両断されているわけだが。
{グシゥ、空間切断とはな。これはそこそこ見事にやられたわ}
なんだ、平気そうだぞ?
{地火風水はレッサーを頼む!}
マット{みんな消えちゃったよぉ}
う、2発目の裂空が霊力を枯渇させたか。
霊力充填薬を急いで煽る。いかん再顕現には若干のタイムラグを要するんだった。
{エラン、総攻撃してくれ}
魔話機で連絡を入れる。
{マサト殿に当たるので撃てない!}
{俺なら回避できるから気にしないで。牽制してもらうと助かるんだ}
{そういうことなら了解した}
タグケフ連合軍のバリスタ、弓兵、攻撃魔法使いが一斉射撃を開始した。
俺は自前で地火風水の魔法盾を展開し、竜知覚で味方の攻撃を把握しながら、まずレッサーの排除に動く。まだ4体残ってるからな。
うん、ここであれを使ってみよう。{縮空!}思い通りの位置に移動出来た。よし、これは使える!
グンニグルの穂先に衝撃を纏わせてレッサーの背後に転移し、背中から突き込んで魔石を破壊する。
角を失って、防御及び再生能力に支障を来たすと同時に、感覚的にも混乱しているのだろう。
レッサーの反応は鈍い。縮空を駆使できる俺にとって、こいつらはもはやただの的と言っていい。
味方兵の攻撃もレッサーの背後を取るための十分な牽制となり、次々と4体を屠ることが出来た。
よし、これでグレーターデーモンに集中できるぞ。
奴はどこに。む、腕だけで移動して、切断された角部分を拾い上げて繋ごうとしている。
くっつくのか?だとしたらまずいぞ。
角の片割れに光矢を連続照射する。赤熱して来たがなかなか破壊できない。
あ、爆発した。これは火竜の爆だ。もう一方の角片は塵となった。闇竜の氷焉だな。
みんな戻って来たんだ。これは心強い!
聖{天さんはまだです。禁じ手を使ったペナルティでしょうか?}
{天竜はがんばってくれた。後は俺達でやろう!}
{おう}{ッス}{(コクン)}{いえい!}{ですわ}{のじゃ}
俺と竜達の全力の攻撃。俺は魔力・霊力の充填薬と回復促進薬を続けざまに煽り、光矢を連続照射。
地竜は石弾バルカン掃射、風竜は嵐刃、水竜は落滴、火竜は爆、聖竜は聖光領域、闇竜は氷焉。
そしてタグケフ連合軍の総攻撃。
猛烈な弾幕で視界が塞がれる。
色とりどりの魔法が弾け、魔力の残滓がただよう。土埃がもうもうと上がり、陽の光を遮って薄暗くなる。
グレーターデーモンの切断された下半身は消し炭となり、更に塵化されて消滅した。
しかし魔石と角3分の1を擁する上半身は、まだ生きている。
{ギィヒッヒ。貴様なかなかやりよる。誉めて遣わすぞ}
うん?こいつ、回復しつつあるんじゃあ?
マット{だめです。魔力を吸収して再生に当てています。与ダメージよりも再生速度が上回っています}
{エラン、攻撃を中止してくれ。魔力を吸収されてしまうようだ}
{了解}「撃ち方やめー!」
さてどうする?
マット{物理攻撃で行きましょう}
そうだ、接近して吸魔剣で攻撃してみよう。
下半身を失って低くなったグレーターデーモン目の位置は、俺とほぼ同じ。斬りやすい。
吸魔剣を真向から振り下ろす。
奴は片手を上げて装甲の頑丈な前腕で剣を受けると、空いた片方の腕で殴り付けて来た。
{ゴハハハ。これはこれでなかなか愉しいではないか}
危うく躱す。こいつ、こんな状態でも強い。まじか…。
{闇竜、闇糸で拘束できるか?}{短時間なら行けそうじゃ}{それで十分}
闇糸がグレーターデーモンに絡みつき、両腕の上から胴体に巻き付いて行く。
巻き付くそばから闇糸の魔力が奴に吸収されて消滅して行くが、新たな闇糸が巻付き、拘束が続く。
その間に、俺は奴の背後に縮空で移動して、背中から手を当て、奴と共に上空まで縮空で移動。
よし転移に成功した。
反転して頭を下にして急降下。飯綱落としをかましてやる!
突風と飛行スーツと暴風の力を重力に上乗せして、急激に速度を上げて、衝突直前に縮空で俺だけ離脱。
ズガーン!
衝撃で地面が爆散し陥没した。ちょっとしたクレーターが生じている。
その底にはグレーターデーモンの反応。まだ生きている。
「ギシャシャ…効か…んな…」って効いてそうだぞ、おい。
マット{いいよ、回復速度よりもダメージがかなり上回っているよ!}
よしもう一発だ。
闇糸で拘束。背後に移動。今度はかなりの高空に転移。
そのまま反転することなく、頭を上に向けた体勢のままで、加速して地面に向う。
まだ上空にいるうちに、余裕をもって離脱した。
そして吸魔剣を抜き、下から上空に向けて飛翔して迎撃する。
胴体の切断面を見せつつ急降下で落下してくるグレーターデーモンに向けて吸魔剣を振り上げる。
ずぶり!かなりの衝撃をもって、剣が切断面から胸部にめり込むが、そのまま落下に転じる。
加速しつつ落下するグレーターデーモンの半身の落下エネルギーの方が、俺の上昇エネルギーよりも圧倒的に大きいのだ。
{足場を作って!}石盾を始め、各種盾を次々に展開してもらい、それを足場に吸魔剣がグレーターデーモンの体を抉るための反発力を得る。
だが一筋縄では行かない。盾を踏み抜き続ける。既に10枚、更に20枚。
吸魔剣には、禍々しい魔力が大量に流れ込んで来て、かなり気持ちが悪いぞ。
カツン。やった魔石に剣先が食い込んだ!しかしもう地面が近い。急いで離脱!
ズガーン!再びクレーター発生。
今度はどうか?手応えはあったのだが?
「やったよ!生命反応が消えた!!」
しばらくその場で観察を続ける。うん、死んだままだ。復活しそうでドキドキしたがどうやら大丈夫だ。
火{しぶとかったねー}地{悪魔族恐るべし}水{(コクン)}風{半身でも強かったッス}
聖{主のお体もボロボロですわ}闇{最後まで口の減らないデブムシじゃったのぉ}
{エラン、どうやら悪魔どもを全て倒せたようだ}魔話機で報告する。
{そうか、やってくれたか!}
エランが全軍に向けて勝利宣言をしたのだろう。
一拍遅れて街から兵士達の勝利の雄叫びが届く。
おおおおぉぉぉーーー!!!
…ちょっと鳥肌が立った。