悪魔戦於シガキ&タグ
民家らしき建物の壁を破壊して中を覗き込んでいるレッサーがいた。周囲には半挽肉状態の兵士の死体が散乱している。
レッサーが両手に持っていた何かを左右に投げ捨てた。胴体の半ばからねじ切られて絶命した男の子の体だった。建物は民家で、中にはまだ人がいる。若い両親と赤ん坊だ。恐怖で声も出せず壁際で身を寄せ合っている。レッサーが乳児を抱える母親に手を伸ばした。
「お前の相手はこっちだ!」
無防備な背中にグンニグルを突き入れようとしたが、奴は素早く身を翻して躱し、俺の側面から背後に回り込もうとステップする。速い!
初手で主導権を握っている優位を渡してなるものか!神槍を突き、薙ぎ、払って、攻め続ける。
レッサーは、余裕をもって前腕で槍の攻撃を捌きながら隙が出来ると拳を打ち込んで来る。一撃が重くて受け流しが甘いと手が痺れる。
奴が一気に間合いを詰めて来た。
いかん!両手でがっちりと槍の柄を握って固定された。
「ブメェェー」レッサーが妙な声で鳴く。これで俺の勝だとでもいいたげだ。息が臭い。
両手で槍を捻じり上げながら俺の腕をロックして槍を取り上げるつもりのようだ。くっ、なんて力だ。
おや?急に奴の力が弱まったぞ。
聖{足が止まったので、この場に濃密な聖光領域を展開出来ました}
ありがたい!
彼我の力の差の急激な変化に動揺したのだろう、レッサーに大きな隙が出来た。
とっさにグンニグルを収容し、妙な形に浮いた奴の両手を握って手首と肘関節を極め、同時に右足の踵で奴の左足の膝裏に打撃を入れる。バランスを崩したところで、足を真横に払い、極めた両腕を梃子にして体を回す。うん、綺麗に決まった。最近の俺の得意技になりつつある。
ミスリルソードを収納から呼び出して手にし、宙を1回転しつつあるレッサーの角に向けて、回転方向と逆側から剣を一閃。うまい具合に角の半ばから2本とも斬り飛ばすことに成功した。
吸魔剣をも手にして、間髪を入れずに双剣の早い回転速度で滅多斬りにする。
レッサーは固い甲殻の前腕で胸と首を守りつつ後退していく。逃がすものか。
突風を加味した足捌きで、双剣の間合いを保ったまま追随し攻撃を続けるものの、守備に専念されるとなかなか決定打が入らない。
む、俺の背後にもう1体のレッサーが忍び寄って来ている。不意打ちからの挟撃狙いだな。
{地竜、風竜、アレ頼む!}{{おう!}}まさに以心伝心。複雑な内容でも一瞬で伝えられる。
守勢のレッサーの背後から、背中の中心に向けて風刃連射と石弾のバルカン掃射が襲う。
俺は素早く地に伏せる。
レッサーの体をぶち抜き、風刃と石弾の奔流が俺の上を通り過ぎて、忍び寄って来たもう1体のレッサーを吹き飛ばす。1体の生命反応は消えた。もう1体はさほどのダメージを受けてはいない。
更に追撃で水竜と火竜合作の油爆。
勢いよく飛ばされて石壁にぶち当たり半ばめり込むも、まだ意気盛んなようで、体表の傷が急速に回復している。
ズボッと石壁から身を引き剥がしたレッサーだが、両腕を前方に突き出した格好で転倒した。
みると、闇竜が闇糸で両足首と両手首を拘束していた。
闇{長くはもたん。はよ攻めるのじゃ}
「ナイス闇竜!」隙だらけのレッサーに飛びかかる。
仰向けに転倒してから身をよじって四つん這いになって立ちあがろうとするレッサーの背中に覆いかぶさり、両足を内側から膝裏を経由してふくらはぎに当てて脚を制する。
更に両脇から差し入れた腕を後頭部に当てて丸め込むように力を加えて羽交い締めに入る。
奴の両腕を肘で押し上げてばんざいの形にし、頭を前方に突き出してがっちりと固める、いわゆるフルネルソンの体勢にもって行く。
闇{おーほっほっほ、肉体派悪魔相手に、肉弾戦で固め技を仕掛ける人族とはのぅ}
笑いながらも、闇手で浮いているレッサーの後ろ手を掴んで固定し、かつ後頭部を押し下げて援護してくれる。流石に力比べではかなり不利なので助かる。
フルネルソンが決まったのはいいが、このままでは拉致が開かないぞ。さてどうするか?
風{こうするッス}うん、それがいい。
飛行スーツと突風を使って、フルネルソンの体勢を保ったまま100mほど上空まで飛翔し、そこからくるりと急降下の逆落とし!
風竜の暴風も加わって凄い加速度のまま、外壁のヘリまでぎりぎり接近する。
前方に突き出されているレッサーの腕と頭を石壁のヘリにぶち当てた。俺の体は紙一重の距離。
そのまま壁を抉りながら地上に到達し、肩のあたりまで石畳に潜り込ませてから体を離す。
レッサーの両手首から先と角は石壁で切断され、更に頭の上部と上腕の半ばまではすり下ろされた。
石壁の上部は砕け、下まで長く赤黒い線が続いている。
その状態で石畳に肩まで埋め込まれてなお、こいつは生きている。弱ってはいるのだが。
足を地面につけ、削れた両手を突っ張って、頭を抜こうと全身に力を入れている。
「氷杭!」
尻の辺りから体を縦に貫通して、極太の氷杭がレッサーの体を地面に縫い止めた。
楽に貫通したところを見ると、よほど弱っていたのだろう。
さすがに生命反応は消えた。
蜘蛛の巣上のひび割れの中心地点に、逆さまになって頭部を石畳にめり込ませ、氷杭が尻から突き立っている肉体美という、珍妙なオブジェが残されることとなった。
*****
街壁の外では、ヌバル兵との激戦となっていた。
いくつも梯子が掛けられ、続々とヌバル兵が登って来る。
更に梯子を持って壁に接近しようとしている新手のヌバル兵の数も多い。
壁上からは弓と魔法で、よじ登るヌバル兵が次々に打ち落とされている。
登り切ったヌバル兵は、シガキ兵とケフの援軍と白兵戦を繰り広げ、血塗れの斬り合いがそこかしこに展開されている。
しかし、注意深く見ると、内容的にはむしろ一方的だった。
弓戦、魔法戦では、高低差と結界の頑健さの差により、こちらが圧倒的に有利。
ヌバルの魔法使いの馬車は破壊され炎上していて、一部は既に射程外に撤退している。
ヌバル弓兵も同様に、倒れているか潰走中だ。
壁に取り付いているヌバル兵は、数こそ多いものの、単に弓と魔法の的であるに過ぎない。
ほんの一部、壁上部に到達したヌバル兵も、白兵戦では数的に不利であり、シガキ・ケフ連合軍に斬り伏せられ、追い落とされている。
魔話機が振動している。タグのエランからだ。魔力を流して念話回線を繋げる。
{マサト殿?通じたのかな?}
{聞こえてますよ}
{タグでも戦闘が始まっています。押されています。可能なら援護をお願いしたいのですが…}
{了解。すぐ行きます}
シガキの将軍を見つけて、話しかける。
「レッサー5体は始末しました。俺はこれから、タグへ向かおうと思います」
「マサト殿、かたじけない。シガキはお任せください。このままヌバルどもを蹴散らします!」
うん、ここはもう大丈夫そうだ。
魔収納からタグにつながる移転石を取り出し、魔力を流す。
ブン。視界が少しぶれたと思ったら、もうタグの街中だった。
外壁上の結界はどうか?4か所で交戦中だ。うん?4か所?結界は5つあったはずだよな。
なるほど、1か所破られている。倒れている味方の魔法使いと兵達。
壁上の左右でヌバル兵との白兵戦が繰り広げられ、敵に確保された中間地点からヌバル兵は壁内に侵入し始めている。
残り4か所の壁上の結界地点は、それぞれレッサー1体に攻撃されており、必死に食い止めて凌いでいる。
裏4結界とそれを補強する防御魔法の結界と魔法盾。裏4結界内からの攻撃魔法と、物理攻撃をする騎士。
さすがタグの上位ランカー達は強い。レッサーの攻撃をなんとか持ちこたえている。
しかし魔法使いも騎士も顔色が悪く、交代で薬をあおっている。
これはそろそろ魔力切れが近いのだろう。もう少しだけ頑張って欲しい…。
壁上の破られた地点では、壁上の攻防のほかに、壁の内側から街中に入ろうとするヌバル兵と街中で待機していた予備役騎兵が交戦している。
更に街中に入り込んだヌバル兵と予備役兵が、門扉付近でも攻防を繰り広げていた。
門扉が開けられると、ヌバル兵が一気に街中に雪崩れ込んでしまう。
まずはこの地点が一番の急所か。そしてそこにもレッサーデーモンの姿があり、竜巻のようにタグ兵を宙に弾き飛ばして蹂躙している。
まずいぞ、急がねば!
俺がレッサーに肉迫するまでの間に、聖竜は交戦が発生している全域に薄い聖光領域を展開し、地竜は石弾の精密連射で門扉周辺のヌバル兵を撃ち倒していた。
「皆さん、ご苦労様でした。こいつは俺が相手をしますので、ちょっと下がっていて下さい」
レッサーが振り返り、不快そうな声を発する。
「ボメェー?」何だこいつはとでも言いたいようだが、山羊頭なのでこんな鳴き声だ。
「マサト兄ちゃん?」
「ロランか?」
ソーシンの弟のロラン。暴れ牛亭で食事をして以来だな。
まだ小さいのに予備役兵として頑張ってるんだ。無口だけどまじめで頑張り屋さんだった。
そんな思いをよぎらせつつ、俺はレッサーと交戦する。
万全の状態のレッサーと真正面から1対1で打ち合うと、どうしても押し込まれるな。
レッサーはぐいぐい来るので、後退しつつ、門扉及び予備役兵達から引き離す。
予備役兵達はバラバラっと距離を空けて、俺とレッサーを取り囲む。
うーん、そこにいると魔法を飛ばしにくい…。
マット「ならば真上から」
地竜が石弾バルカン掃射。風竜は風刃連射。闇竜が闇針を飛ばし闇手で殴る。火竜は炎で頭頂部を燃やし、水竜は酸で角を濡らしつつ、落滴を頭上に落とす。
そして俺は、グンニグルの連続突きと光矢でレッサーを足止めする。
よし、徐々に角にダメージが蓄積して来ている。罅が入り、先端が砕けた。更に角を削って行く。
あ、まずい。角の状態を凝視し過ぎて散漫になった。槍の柄を掴まれてしまう。
ぐいと引き寄せられ、もう片方の手を振りかぶったレッサーがまさに殴りかかろうとするその時。
「えい!」
レッサーの下腹部にロランが渾身の突き。剣の先端がわずかに食い込む。なんて無茶なことを!
レッサーは俺を殴り付けようとした腕を振り、裏拳を当ててロランを邪険に振り払った。
藁人形のように弾け飛ぶロラン。
「ロラン!!聖竜、治療を頼む!」
聖{無理です。即死です…}
瞬間、ロランのまじめに練習に励む姿、「美味しいね!」料理に無邪気に喜ぶ姿が瞼によぎる。
「コノヤロー!よくもロランを!!」
両腕を開いた姿勢のレッサーの胸元に、衝撃を纏ったグンニグルの突きを力の限りで叩き込む。
後方の予備役兵の頭上を掠めてレッサーの体が吹き飛び、門扉のそばの外壁に衝突する。
突風で追いすがった俺は、奴の胸を滅多突きする。
闇{落ち着かんか。もう死んでおる。壁を壊す気かや}
そうか、ヤローももう死んだか。
倒れているロランを一瞥する。ロラン…。お前の健闘を無駄にしない。
そのためにも俺は、今俺のやるべきことを遂行する!
壁上に飛翔し、結界を攻撃し続けているレッサーの背後に迫る。闇糸で縛り、闇手で叩き落す。
自由落下中で足場が無く、力を出せないレッサーを闇手で押さえつけて角を刈り、暴風で加速して急降下した勢いのまま、心臓部をグンニグルで貫通させて地表に小規模なクレーターを作りつつ、地に縫い止めるようにして仕留める。シガキで磨いた、壁の高さを利用した必殺技だ。これがもっとも手早く確実だ。
同様にして、結界攻撃中の残り3体のレッサーも仕留めた。
この時点で戦場の形勢は逆転し、味方が俄然優勢となった。
シガキでの状況と似ている。ほぼ同じ戦力がほぼ同じ攻城戦をしているのだから当然だ。
ただし、軍の力は個人としても組織としても、シガキよりもタグが勝っている。
タグとケフの連合軍は、着々とヌバル兵を蹂躙して行く。
街中のヌバル兵は全滅し、壁上でも圧倒。
結界内からの弓攻撃と魔法攻撃が面白いようにヌバル兵を討ち取る。
さらにはバリスタから魔力を帯びた大矢がヌバル軍が密集するポイントに打ち込まれ、その度にヌバル軍に痛烈なダメージを与えてる。
だがここで、あいつが動いた。
ヌバル軍後方の一際大きな馬車から出て来た灰色の塊がゆっくり歩いて迫って来る。
グレーターデーモン。初めて見るランクSの魔物で、しかも悪魔。
大きい!周囲の兵との比較からも3~4mの高さがあり、その横幅と厚みも相当のものだ。
体型的には2本脚で立ち上がったバッファローのようだ。頭には渦を巻く極太の角が2本。
大きな複眼と複雑な形状の顎は、カミキリムシのような昆虫を思わせる。
グレーターデーモンは、弓兵の斉射や魔法使い達の攻撃魔法を全く気にする素振りもなく、街壁の下までたどり着くと、拳と足先を石壁に突き刺しながら登り始めた。柔らかい雪の壁に対するかのように。
矢と魔法の攻撃が奴に集中するが、驚くことに全く無傷である。
竜達も参戦する。地竜が石弾バルカン。風竜は風刃連射。闇竜が闇針を飛ばし闇手で殴る。火竜は炎で頭頂部を燃やし、水竜は酸で角を濡らしつつ、落滴を頭上に落とす。
先程、レッサー相手に功を奏した攻撃だが、グレーターにはまるで通用しない。
防御力が強いのか魔法耐性が強いのか、おそらくその両方だろう。
魔法がだめなら渾身の物理攻撃だ。グンニグルを握りしめ、急降下で角を狙う。
ガギーン!強烈な衝撃が奔る。両腕の付け根まで痺れて感覚が無くなる。
グレーターデーモンは?石壁に4本の溝が出来ている。手足を突き刺したまま数m押し下げられたのだ。
しかし、奴自身は無傷だ。なんて頑丈な!
間髪を入れずに飛翔し、無防備な背中からグンニグルを突き入れる。
ダメだ。腕が痺れて満足に力が入らない上に、奴の体躯はトラックの頑丈なタイヤのような弾力と剛性で、槍の穂先が跳ね返されて傷も付かない。
やはりまずは角を何とかするべきだろう。しかしその角は更にガッチガチに頑丈で硬い。
でもやるしかない。竜達も全力で真上からの角攻撃を続けている。
「ふむ?貴様は何奴だ。尋常のモノではないな」
不意に話し掛けられた。岩を擦り合わせるような不快な音声だが、確かに喋った。
「お前だけには言われたくないぞ。俺はただの人間だ!」
「ギギギギギ。面白い奴だ。しばし待て」背中を向けているのに膨れ上がるような圧倒的な存在感だ。
待てと言われて思わず攻撃の手が止まってしまう。
グレーターデーモンは、手足を引き抜いて、ズドンと地上に降り立つと、そのまま歩き出す。
「また来る」
軽く手を上げ一言告げると、振り向きもせずに悠々と引き上げて行った。
悔しいけれど、まともに向き合って勝てる気がしない。そのまま見送るしかない。
グレーターデーモンとの一連の攻防で、タグ・ケフ連合軍の士気は冷水を掛けられたようにだだ下がりとなった。
幸いにも軍太鼓の音が鳴り響き、ヌバル軍は潮が引く様に後退し始めたが、味方の攻撃は魔力切れで精彩を欠き、低威力の魔法がしんがり兵の盾でやすやすと防がれていた。
ヌバル軍は、バリスタの射程外の地点に集合すると、そこに待機の陣を敷いた。
いったん小休止というところか。
この間にタグ・ケフ連合軍も体勢を立て直せれば良いが。