対ヌバル戦闘準備
「ユリアよ、お前の言うことが真実ならば、こたびの戦はヌバル1国のみならず、悪魔軍を相手取る心構えが必要になるということじゃな」
「はい、父上、いえ陛下。悪魔軍の先陣となる者どもを、万難を排して緒戦で抑え込むべきかと」
「その通りじゃ。ここで悪魔の跳梁跋扈を許せば、災厄がどこまで拡大するか分かったものではないからな」
「しかしながら、強大な悪魔軍に挑んでも、みすみす犬死するだけではありませぬか?」
「引きこもっていてもどうせ次にはケフが攻められる」
「その通りだ、ならば緒戦から打って出てタグ・シガキ連合と共に悪魔軍を叩き潰そうぞ!」
ケフ王宮では喧々諤々の議論が戦わされたが、主戦派が優位を占めた。
「陛下、ご決断を」
「うむ。援軍を派遣することとする。騎士・魔法衛士・冒険者から各500人。合計1500人。合わせて新兵器の完成を急げ。なお、マサト殿は自由参加でお願いする」
これはかなり思い切った決断である。
ヌバルの兵力は恐らく8000人。近時傭兵を集めたいたことを勘案してもせいぜい1万人。
そのうち、魔法使いは100人から多くとも200人。
そして悪魔は、判明しているのがグレーターデーモン1体とレッサーデーモン10体。
対するタグは兵力1万、うち魔法使いは100人。シガキは兵力3000、魔法使い50人。
ケフの援軍は、俺を別にしても、兵力倍増に近い影響力がある。
悪魔たちの力は推し量りかねるが、これだけの大戦力であれば、そうそう遅れを取ることはあるまい。
緒戦で悪魔軍を打ち破り、ケフの威信を大いに示すこととなろう。
というのが、ケフ王の考えだった。
新兵器とは何か?
そのひとつは、バリスタである。つまり大型のボウガン。ここから石弾や大矢を撃ち出して攻撃する。
籠城戦を行う場合の不安要素は、敵の投石機である。
魔法の射程外から飛来する石弾は、狙いは不正確ではあるが、外壁や街並みという大きな的に対しては非常に有効である。サモン港防衛戦でもオーツ海軍の投石機に悩まされた記憶は新しい。
投石機対策の決定打となるのがバリスタなのである。
長大なアームと梃子の原理を利用するカタパルト型大型投石機と違って、バリスタは飛距離は劣るが命中精度に優れ、その上、かなり小型化できるので、外壁上に設置することが可能である。
そして外壁の高さを利用すればそこそこの飛距離を稼ぐことも出来る。
加えて、風魔法をバリスタと石砲弾に付与すれば、飛距離を伸ばし更に命中力を向上させることができるので、敵投石機を遠間から狙い打って破壊できるはずである。
又、大矢に火魔法等を付与することが出来れば、敵兵の中心に打ち込んで大打撃を与えられる。
魔法の付与はもちろん、マサトの付呪に頼るので、マサトあっての魔道具バリスタである。
もうひとつの新兵器は、七星結界をもとにして開発した結界兵器である。
そもそもこれは、「へぇー、凄い技術だねー。類似品程度なら複製できるかも?」
という七星結界を見たマットの世迷言がきっかけで開発がスタートした、ある種の迷惑企画であった。
言い出しっぺ責任でマットが数日不眠不休(本人談)で従事した結果(ヒント 睡眠不要)、強力な物理魔法結界である裏4星結界劣化版、略称裏4結界と、治癒魔法結界である裏3結界が完成した。
裏4結界は、七星結界の内から外への物理魔法障壁を反転させて、外から内への攻撃を防ぐ本来の結界機能を発揮させるもので、4つの魔法陣板を設置して3m四方の空間に、七星結界に準じる強力な物理魔法結界を展開させる。ただし、起動に大掛かりな処置が必要なことに加えて、非常に燃費が悪く、大量の魔石を必要とするので、戦時等の非常時限定品である。
裏3結界は、七星結界の治癒効果を模倣したものであり、3つの魔法陣板を設置して3mの正三角形空間に、七星結界に準じる強力な治癒結界を展開させる。起動に大掛かりな処置が必要、かつ、燃費が悪くて非常時限定品であることは裏4結界と同じである。
しかも七星結界とは違って、死者蘇生には対応していない。
「限定的時間逆行の隠し魔法陣が暗号で刻まれていて、そこの解析は無理無理~」とのことである。
それでも早めに負傷者を運び込めば、重大欠損すら完治させる治癒結界を、予め用意できることは戦闘における大きなアドバンテージとなる。
裏4結界と裏3結界を最低2個ずつ、出来れば8個ずつ量産して、タグとシガキに貸し出せるようにするため、現在マットはケフ宮殿内の工房に缶詰になって鋭意活躍中である。
「ひー」(本人談)。
裏4結界は、ランクAの魔石を1分に4個消費する。
裏3結界は、ランクAの水魔石あるいは無属性魔石を1分に3個消費する。
そして悪魔戦では、俺の飛行術と転移石による転移を多用すると予想されたため、風魔石とカードポイント交換による転移石の大量ストックを準備して置きたい。
そのため、俺(陸竜を含む)は、ランクAの洞窟にここ終日籠って、魔石とポイントの収集に余念が無い。
*****
「氷縛!からの、光矢連射!同時に、右突き、左突き、そのままの体制から石突に衝撃を纏わせて背後に逆突き!!」
火{爆、爆、爆、そして爆!}
水{霧、毒霧、酸霧、麻痺霧、落滴ラッシュ!}
土{ひらすらバルカン掃射だー、おらおらおらー}
風{嵐刃と暴風ッス!洞窟の壁に叩きつけるッスー!}
闇{闇針乱れ撃ちじゃ!ほりゃほりゃ10本針~、100本針~(注 オーバーキルにして霊力の無駄遣い)}
聖{祝福、聖光領域、聖結界の重ね掛けですわよ!}
「ふー。影蜥蜴と影蜥蜴人は20匹同時出現でも大過なく対処出来るようになったな」
残された魔石と炭素鋼の武器を回収しながら呟く。
水{飽きた}
火{いいかげん別の魔物を見たいよぉ}
風{下の階層に惹かれるッスねー}
地{非常時だ。諦めろ。下の階層はまだ早いぞ}
そうなのだ。ランクAの洞窟を奥まで隈なく探査したところ、最奥には下の階層に抜ける縦穴があった。
そしてそこからは、強烈な気配が立ち昇っており、ランクSの未知の魔物が存在すると知れた。
聖{あせりは禁物ですわ}
闇{若輩殿のスピリチュアルレベルがランクAになるのはいつ頃かのぉ?}
「マットの解析ではレベル76辺りからのようだから、まだまだだ」
今はレベルSL69か。段々レベルが上がりにくくなっている。レベルをひとつ上げるのに経験値が200万以上
必要になっているからなぁ。
でもまあそんな遠い未来ではない。もうすぐではある。
闇竜によれば、SLがランクAになれば下層に行っても大丈夫とのこと。
氷砕と傀儡はランク対応だからなぁ。
お伴のランクA魔物を闇竜単独で瞬殺したり傀儡で味方化できれば、ランクSも恐れることはないって。
でもな、ランクSのグレーターデーモンと手下のレッサーデーモン10体のランクAを今の状態で迎え撃たないといけないんだよなぁ。
「レッサーデーモンって、ここの影蜥蜴や影蜥蜴人と比べてどうなの?」
水{早い、強い、固い、再生する、魔法効きにくい}
「魔法耐性があるのか!」
地{お主はともかく、我らは魔法のみしか攻撃手段がない。我らには相性の悪い相手だな}
聖{聖光領域内でなら、主と私達の力を結集すれば、レッサーの各個撃破は出来ますわよ}
「その状況に持って行かないとなー」
闇{問題はグレーターデーモンじゃな}
風{レッサーデーモンの上位互換ッスよ}
水{輪を掛けて、早い、強い、固い、再生早い、魔法効きにくい}
聖{聖結界内に、マットの裏4結界を展開させれば、しばらく防御は出来るわよ}
闇{ある程度弱ったあ奴が、攻撃に専念して防御の意識を欠けば、妾の氷焉が効くと思うがのぅ}
「うーん、そうまでしないとダメなのか…」
火{逆にあちしらがやられちゃうパターンは?}
風{いくらでも考えられるので、列挙するのも嫌になるッス}
聖{聖結界と聖光領域外で対峙するのは厳禁よねー}
水{(ブルブル)}
「勝ち目は細い細いひと筋、上手くやって拮抗、普通にやれば負けるか…」
地{加えて、レッサーデーモンの助力がある}
風{ヌバル兵もこっちの人間達が抑え込むのが前提ッス。ここが崩れるとやばいッス}
「うーん、考え過ぎて気分が塞ぎ込むのも良くないな。魔石と炭素鋼武器を現地に放出するのと、新作バリスタ調整並びに転移石の設置確認でもしてくるか」
新作バリスタは、ケフの鍛冶師が指導して、タグとシガキの鍛冶師の総力結集で作り上げた。
そこに魔法使い達が硬化等の追加処理を行い、俺の付呪で魔道具的効力を付与することで完成品となる。
あとは、試射しながら最終微調整を施すだけだ。
ヌバルの悪魔情報がもたらされてから今日で7日。
ヌバル軍の編成や軍需品の手配も進み、そろそろ進軍が開始しそうだとのこと。
動き始めれば、魔話で連絡が入る。
その後は、各所に潜む斥候の情報の他、俺が空から偵察する手はずになっている。
もうそろそろだろう。心の準備もしっかりして置かないと!