神槍グンニグル
入市管理局のカウンターが設置されている建物の1階まで戻って来た。
マットがカウンター内に入って何かゴソゴソやっている。
「私の後継機を準備します。維持管理システムは散々私をスキャンしてましたから劣化版くらいは作れるはずです。それと、市の環境設定を変更してシンプルにします。なーに、誰も来やしませんから見栄を張る必要なんかないんです」
「シンプルにすると何が変わるんだ?」
「えへへ、実はこの市は100m四方の立法体の大きさしかありません。それ以上の分は空間拡張と幻覚作用なんですよ。素で行くことにすれば維持管理のコストが削減できます」
「ええ?じゃあ52階というのは?」
「はい、実は10階の上が51階となってますです」
「11~50階はダミーか。どおりでエレベータが早いわけだ」
「さてそのエレベーターを使いましょう」
52階(実は12階)に来た。窓から眺めた外の景色は、天井と壁が迫って圧迫感があり、最初に見た時の感動の光景とは段違いなのは否定できない。
「それでも凄い景色なんだけどな」
「この部屋は転移室にもなってるんですよ。外部との転移は転移室以外はキャンセルになります」
「まあ元々転移はできないから関係ないけどな」
「ですね。そちらのドアから先は水中となりますが、大丈夫ですか?」
珊瑚の指輪のせいで気にしてなかったけど、ここが水と空気の境界だったのか。
ドアを開けると確かにそこには水の壁があった。どうやって境界を維持しているのだろうか?
「水の結界と風の結界を同時に張ってありますから、水と空気が入り混じることがないのですよ」
なるほど。固体は通過可能なのか。水の壁をちゃぷんと通過するともう水中だった。
来た時と同様にして水平通路を歩き、水中螺旋階段を登って行く。
属性魔法弾の魚も普通に出てきたが、行きと同様に聖結界の蓋でやり過ごす。
「なるほど、聖魔法を使えることが入市条件となっていたのですな。ほうほう」
マットがそんなことを言っていた。
*****
無事に螺旋階段もハーピーの巣も抜けて、第2の瘴気の洞窟の入り口付近にまで来た。
ここで新しい武器である『神槍グンニグル』を試してみる。
この槍、長さは2m程度と普通だが、重さが独特である。
ただの棒の状態のときはごくごく軽い。中空の木の棒のような感じがする。
しかし僅かに魔力を通すと、穂先と石突が出現し、ミスリルソードの5倍程度のずっしりした手応えになる。
それが攻撃あるいは防御のために振ると、振り始めは軽く、それが徐々に重くなりヒットポイントでマックスとなりその後徐々に軽くなり、振り切った時点では振り始め同様にごくごく軽い。
そのため、取り廻しや切り替えしが楽で素早い一方で斬撃は重い。
穂先の刃を立てた時の切れ味はミスリルソード以上に鋭利で、岩でも軽く切り裂く。
これで切れない魔物の表皮はそうそうあるまい。
柄の部分と刃面での打撃は強力で、軌道上の障害物を連続で薙ぎ払い、吹き飛ばすことが可能である。
何よりも特筆すべきはその刺突!
意図すると穂先や石突の先から衝撃波を纏わせたり飛ばすことができる。これが強力である。
グンニグルの攻撃力は1500。俺の戦闘力が1040だから、通常攻撃時には最大2540の威力となる。
ミスリルソード使用時の倍以上の威力だ。
そして刺突時の衝撃波は、遠隔攻撃時には魔力15を使用して威力1144となるが、近接攻撃としての刺突に纏わせて発動させると武器攻撃力と戦闘力に魔法攻撃力が乗って、最大威力3684となる。これまでの約3倍。これはダントツで現時点での俺自身の最高攻撃力である。
『山を砕き、海を割る』は大袈裟だったが、それでも素晴らしい攻撃力を誇ることは間違いない。
「これ凄いな。重さの変化が独特だから、慣れるまでは少し違和感あるけど、慣れたら手放せなくなりそうだ」
「なんと言っても伝説の槍ですからね」
「こんな超兵器が兵器扱いされてなかったのが不思議だよ」
「凄いのは伝説だけで、実際には誰も持てない只の棒ですから。宗教的遺物扱いでしたよ」
「よく俺が持てると推測できたな」
「将斗様は普通じゃなかったからもしやと思ったのですよ。まあ、ダメなら諦めていただくだけですし」
*****
森の中で動きの遅いオーガ以下の魔物を相手にして、グンニグルの扱いに慣れて来た頃合いを見て、第2の瘴気の洞窟に入った。
うん、やっぱりグンニグル最高!
初動と切り返しが素早いので、シャドウルフの早い動きと変化に十分対応できる。
長ものなので狭いところでの取り回しは自在とは言いかねるが、柄の部分で押すように殴り付けるだけで吹き飛ばすことが可能なので、懐に入られても困らない。
中長距離で刺突から衝撃波を飛ばすのは、魔法併用の感覚というより槍操作の延長なので、武器攻撃の集中力を切らさないまま可能だ。
武器攻撃光と矢などの他の魔法とを併用するときも、複数魔法併用よりは並行思考の負担が軽い。
ランクBのシャドウウルフ単体を軽く撃破できることを確認して、複数敵出現地帯まで足を延ばした。
イケる!5~6匹相手でも伍竜の助けを借りることなく、俺単独で楽々撃破できる!
グンニグルを得て、俺の戦闘能力は確実に向上した!
これなら第3の洞窟近辺に進出可能かも知れない。
この辺りにはランクAの魔物が出るはずだ。
魔物の気配を探りながら森を徘徊する。
何かいる。一際強い、新たな魔物の気配だ。
ガサリと藪を掻き分けて出て来たのは、赤毛の巨熊。
マット「レッドマジックベアです。火槍を飛ばしますよ」
「良く知っているな」
マ「この程度は一般常識です」
レッドマジックベアが後ろ足2本で立ち上がり、巨体を更に大きく見せて威嚇する。4m近いな。
と、その頭上に炎が巻き上がり、火槍を形成し始める。
急ごう。突風を使ってダッシュで距離を詰め、衝撃波を載せたグンニグルの刺突を首の辺りに叩き込む。
射程が長いので安心して攻撃を入れられる。双剣スタイルとの大きな違いはここにもある。
熊はまともに突きを受けて吹き飛び、もんどりうって転がり、大木にぶつかって停止した。
頸部を中心に体組織はぐずぐずに破壊されており、僅かに残っていた生命反応も薄れ、そして消えた。
もちろん火槍は形成され切るまえに掻き消えた。
グンニグル絶好調!
グンニグルの穂先でレッドマジックベアの胸部を割いて魔石を取り出す。
『火属性魔石A』
「やった、ランクAだ。ランクAの魔物を一撃って凄いな。流石グンニグル様だ」
その後も徘徊を続けたが、この辺りにはレッドベアが多い。こいつはランクB。
数が多いので、一度に数匹に囲まれることも多々ある。
時には複数のレッドマジックベアに遭遇することも。
「くっ、3匹か、多いな」左右と後方にレッドマジックベアが1匹ずつ、三角形に布陣している。
焦って先手を取られてから、防戦一方になってしまっている。
熊たちは頭上に常時2~3本の火槍を展開しており、ダッシュによる接近を許してくれない。
背後から火槍が飛来。それを躱すとそこへ別の火槍が来る。
火槍は地面に突き刺さったあとも燃焼を続けており、近付くことが出来ない。
こうして俺の行動範囲が徐々に狭まってきている。
まずい。単独撃破は諦めよう。
「聖竜、結界を!」
聖{はいっ。喜んで}
これでしばらく火槍を凌げる。この間に熊の視覚を奪ってしまえ。
熊の目を覗き込んで、ノータイムで光矢を叩き込む。右目、次いで左目。
「ぐもぉぉぉー」
他の2熊は目を前足でカバーした。火槍攻撃は止まない。
ならば聴覚だ。もう一匹の両耳に光矢。
「ごふぅぅー」
動揺して防御が疎かになったところで、火竜の爆。
火{いやっほー、クマちゃん隙ありだよ}
ぼふっ。耳を負傷した1匹を仕留めた。
「目が見えない奴は水竜やってくれ!」
水{ん!}
特大の落滴が頭上から火槍ごと巨熊を押しつぶす。
残るは一匹。
小刻みに頭を振って光矢攻撃を回避しながら火槍を射出して来る。
胴体にはグンニグルの衝撃波をとばし、頭部には狙いは完全ではないが光矢を連続で叩き込む。
そうしながら螺旋状に回り込み、火槍を躱しつつ、距離を潰して行って…。
「そこだっ!」
後頭部からグンニグルの衝撃突きを連続で突き込む。
熊の頭部は破裂し、そして即死した。
「ふー、本日10匹目のレッドマジックベアか。3匹同時だと伍竜の助け無しでは対処出来ないな」
「流石将斗様でございます。これなら精霊竜達の力を借りれば、ランクAが10匹くらいいてもどうにか出来そうですね」
「そうかな?それじゃあそろそろ第3の瘴気の洞窟に入っても大丈夫かな」
「この瘴気の洞窟って面白いですね。影法師みたいな魔法生物は私の一般常識データには無い魔物ですよ」
「やっぱり特殊な奴だったのか」
「それにこの辺りの濃密な魔素も異常です。地下に大きな魔素脈があって、地表に魔素が漏出し、洞窟には特に濃厚に滞留していますね」
「魔素脈なんてものがあったのか」
「ええ、ですからここの地下水は魔水に、温泉は魔水温泉に、鉱脈はミスリルとかヒヒイロカネとかの希少金属に変性している可能性が大ですね」
「それは凄い!でもなんでまた魔素脈なんてものが出来たのかな?」
「恐らくあちらの方向に火山があって地下深くからマグマとともに魔素が噴出しているのでしょう」
魔素が濃過ぎて見通せないが、北西方向に更に足を伸ばせば火山があるのか。
そう言えば、あのワイバーンの親玉も北西方向に飛び去ったな。
あっちには更に強い魔物がいるかも知れない。要注意だな。
慎重にゆっくりと探索範囲を広げて行くことにしよう。