オーツの事情と水神の正体
その夜、俺の郊外のツリーハウスに不思議な訪問者があった。
トントン、トントン。
夜更けである。今日は最前線に寝床を構えたので付近に家も小屋も無い。
「誰だよ、木の幹をノックする酔狂者は?」
む?気配も妙な感じだぞ。人とは違う、かと言って魔物でもない。
覗いてみると、だぶだぶのローブにとんがった覆面。目の部分に穴がふたつ開いてるだけ。
「こんな夜更けにどなたですか?宗教の勧誘ならお断りですよ」
「マサト様、ご無礼致します。大事な話がございます」
むむ?発声も変な感じ。二重に響くというか、人工発声器みたいというか。
敵意は感じられないので、ひらりと飛び降りて、不審人物の前に立つ。
あっ!跪いて覆面を取ったその下に、更に魚の頭の被り物をしていた。
「私、魚人族のカマカマーチと申します」
うわっ。魚の口を動かして喋った。どうやらこれは本物の顔らしい。
でかい魚顔は異様な迫力があって怖い!
ちなみに足はちゃんと2本あって靴を履いていた。どの辺から魚なのかちょっと気になる。
「人目もありますし、息も続きませんので、マスクの着用をお許し下さい」
カマカマーチ氏はそう言うと、すぐさまとんがった覆面を被る。これは呼吸補助器らしい。
顔を隠してもらうと、こっちとしてもほっとする。
「我らの大切な姫君を救い出していただきたいのです」
お忍びで人間の国を訪問していた魚人族の姫が行方不明となっているらしい。もう半年も。
「失礼ながら既にお亡くなりになっているという可能性は?」
「いいえ。クムダルドンの気配の状況から、姫がご存命なのは確かです」
クムダルドンとは姫が使役する水妖とのことで、話を聞くに、どうやらあの水神らしい。
「ただ、アレが本来あのような行動を取るはずが無いのですが、何か深い訳が…」
「お姫様の居所の手掛かりはあるんですか?」
「オーツ国宰相の私邸が怪しいのです。そこで姫の足取りが消えています」
「それで、なぜ俺に?」
「宰相私邸は警備が厳しく、我らには手が出せませぬ。が、山賊湖賊を手玉に取ったあなた様の手腕を拝見して、この方ならばとピンと来たのでございます」
「うーん、ピンと来られても」
「首尾よく姫を救出して下されば、美しいと評判の我が魚人族の女性との縁談を」
「いえ、結構です!」地{返事が早いな}風{被せるように断ったッス}
「ではこちらの珊瑚の指輪をお譲りすることとします。これは特殊な魔道具です。人族にはかなり有用なものですよ」
{まさか顔面が魚になるとかじゃないだろうな}火{惜しい!}水{クフフ}聖{人族には有用よ}
なぜか誰も指輪の機能を教えてくれない。
まあ指輪に期待するわけじゃないけど、もともとオーツを叩くのはやぶさかじゃない。
水神こと、水妖クムダルドンのことも気になるし。
ならば、ひと肌脱いで、魚人のお姫様救出作戦を開始しましょうか。
「わかりました。お引き受けします」
しかし、急いては事を仕損じる。まずはじっくり情報を集めて作戦を練ろう。
*****
<オーツ宰相グラハロ視点>
「なぜだ!なぜケフが勢いを取り戻しつつある!?あと少しだったはずなのに!!」
ガシャーン。
「閣下、その壺は大変高価な…」
「うるさい!食料搬入阻止計画はどうなっておるのだ!?」
「そ、それが。阻止計画が阻止されておりまして…」
「湖賊に偽装した船が一隻拿捕されました。身バレしている可能性大です」
ガシャーン、グシャーン。
「もういい、下がれ!」
まったくどいつもこいつも役立たずばかりだ。
あと一息でケフは内部崩壊し、無傷でその戦力をこの私が手にするはずだったのに。
こうなっては仕方がない。血を流してでもケフを潰さなければ。
ケフさえ抑えれば、オーツがこの私が小都市国家連合をまとめることが出来る。
腰抜けのケフ王族や、オーツ領主には無理でも、この私ならまとめられる。
しかし、この機を逃せば、ケフが往年の力を取り戻し手がつけられなくなるだけでなく、オーツ領主派も力を盛り返してしまう。そうなれば全てが台無しだ。
今しかない。多少無理してでも突っ走るのだ。我が人生の勝負を掛ける時なのだ。
私の切り札、封印玉に捉えた魚人族の姫を今一度脅すとするか。
そろそろ限界に近いようだが是非もない。私の立場自体も限界に近いのだ。
「姫よ、水妖を操作する算段はついたかな?」
「何度言われても無理です。あの子はもう限界です。このままでもいずれ暴走するでしょう」
「ふはは、それなら猶更、イチかバチかやってみるしかないではないか。陸上の都市を襲った前例もあると調べもついているぞ」
「ですからそれは制御を失ったという話です。大惨事になります。下手をすると魔素暴走の連鎖で広範囲の破壊と汚染を引き起こしますよ。どうして分からないのかしら?」
「ふん、生意気な!引き続き食事は抜きだ。代わりにこの衝撃波でも喰らってろ」
バチッ!「キャアァァァーーー」
…もうこうなったら、暴走ありきで動いてみるしかないか。うむ、そうしよう。
我が人生、どころか、オーツや周辺一帯の安否を賭けた大勝負に出る時、それが今だ!
*****
<ケフ王宮会議室>
王「食料備蓄はどうか?」
商業大臣「陸路、水路からの搬入が再開し、備蓄量は徐々に改善しています」
農業大臣「そばの収穫が始まりました。春小麦の収穫も間もなくです。どちらも豊作です」
王「オーツ軍の動きはどうなった?」
宰相「サモン港周辺に魔物出没の恐れあるのでオーツ水軍が討伐に向かうとの通告がありました」
騎士団長「陸路からもオーツ軍が大挙してサモンに進軍中です」
王「湖岸諸国の状況は?」
衛士団長「オーツから諸国へ、魔物討伐名目にケフないしサモンへ進軍せよと檄が飛ばされていますが、諸国は様子見中です」
騎士団長「オーツ1国であれば、ケフの軍事的優位は動きません。が、2~3か国がオーツに与すればそちらが勝り、一敗地に塗れると雪崩を打つ危険があります」
王「予断を許さぬ事態じゃな。ケフの命運この1戦に在り、全軍しかと備えよ!」
うーん、王様冴えてるし、活き活きしてるなあ。残念王って感じじゃないぞ。
平時はダメでも乱時に活きるタイプみたいだ。
あっ、もしかして、平時での一見ダメダメな行動は、乱を招いて飛躍するための布石だったり?
…まあ考えても仕方ない。俺はただの相談役。相談された時に考えるのが俺の役目。
余計なことに気を回さずに、自分の役割を果たして行けばそれでいいのだ。
*****
風{宰相私邸の中で結界が張られていて侵入出来ないのは一室だけッス。あそこしかないッスね」
火{宰相の実家の家宝が封印玉という魔道具だよ。多分それで捕らえているよ。サイッテー}
地{オーツの実権を握っているのは宰相の一派だ。が反宰相の領主派も力を盛り返していて、国内の舵取りは波乱含みだ}
水{宰相の名前はグラハロ。好きな物はブリカマとマグロの兜煮、嫌いなのは高い所}
好物がそれとは。囚われの魚人族、大丈夫だろうか?
「…みんな、情報収集ご苦労様。ところで封印玉ってどういうものか判るか?」
聖{水晶玉状の牢に吸い込んで封印するのよ。魔法も使えなくなって大変}
「出し入れはどうやるの?」
聖{魔法陣に標的が入った時に封印のパスワードで捉えて、解封のパスで封印を解くのよ}
火{パスは捉える対象毎に設定するから、定型句じゃないのよね}
「パス無視で、壊して救い出せないかな?」
聖{私が聖結界で守って、みんなに錠前を集中攻撃してもらえば行けるかもだけど、安全は保証出来ないわよ。私もみんなも力が制限されてるから余裕が無いから、弱すぎて壊せなかったり強すぎて人質が死んじゃったりするかも}
「それと、部屋の結界は破れないのか?」
風{力尽くなら簡単ッスけど、こっそり侵入は無理ッスね}
「ゆっくりじっくりチャンスを窺おうか?」
聖{うーんそういえば、あの水神?だけど、なんだか危ういのよねー}
地{流石に魔素を集め過ぎだ。不安定になっている}
火{このままだと…}水{ドッカーン}
風{魔素暴走が起きたら、この辺の街なんか木端になるッス}
さてどうしよう。悩ましいけれど、のんびり傍観してもいられないようだ。
腹を括るか。