平民子供組
ケフの街の人口は現在約1万人である。タグの10分の1程度に過ぎない。
そのうち7割が官僚、騎士、近衛、魔法衛士などの旧貴族階級であり、農民・職人・商人などの平民はわずか3000人しかいない。生産者階級が少ないいびつな人口構成は問題であり、冒険者をてこにして改善のくさびを打ち込みたいところである。
仮の冒険者ギルドになっている門番詰所で、近衛騎士団副長のジャレスさんから平民出身の新人冒険者少年少女を紹介された。
「彼らは登録した冒険者のうちの最年少の4人です。諸君、この方が当面君らを指導するマサト殿だ」
「「「「よろしくお願いします」」」」
ふむ、なかなか礼儀正しくてよろしい。
「クリス13歳です。鍛冶屋の息子です。元兵士の親父に槍を少し習いました」
「カブ11歳だ。大工の息子。腕力自慢の親父を見て剣を覚えた。木製両手剣を持って来た」
「ディード10歳。父さんは武器屋。片手剣と盾を使えって言われたんだ」
「エマは7歳なの。お養父さんは宿屋をやってる。火魔法が使えるから行ってきなさいって」
ふーむ、ホントに幼い子達だ。エマなんか7歳か。大丈夫なんだろうか?
「将斗18歳、魔法戦士だ、よろしくな。冒険に出る前に、みんなの実力を知っておきたいから、軽く模擬戦風に打ち合いをする。まずはクリスからだ。本気で掛かってきていいぞ」
クリスの武器は自分の身長より少し短い1.5m程の短槍だ。
技量は…、基本はできている。が、基本だけだ。型と素振りは練習したけど実戦稽古はしてないな。
カブは、1m程の両手木剣。思い切りはいいけど、全くの自己流。子供のチャンバラの域を出ていない。
ディードは、子供用の小さなバックラーと50㎝の短剣を持っている。だが盾も短剣もほとんど使えない。短剣は鉄製で重いので振るのがやっと。良く見ると安全のために刃が引かれてない。
さてエマちゃんはどうかな?
「人前では魔法を使っちゃダメって言われてるの」
あー、この子は全く分かってないぞ…。
「うん普段はそうだよね。でも冒険者は魔法を使う仕事だからいんだよ。あそこの切株を狙って撃ってごらん」10mほど先に的を設定する。
「ほんと?じゃあやってみる」
「んんーっ、火の玉出ろ」
エマが頭上に両手を差し上げるとそこにエマの顔ぐらいの火球が出現した。
「「「おおーっ」」」思ったより大きいぞ。
「えいっ!」
エマが両手をブンと振った。
火球は空回りする感じでエマの2m前方、切株の遥か手前の地面に落ちた。
ボムッ。着弾後に小爆発。地面が焦げた。威力はそこそこある。
「「「すげーっ!」」」少年達には感銘を与えたようだ。
うーん、これでは、狙いもなにもあったものじゃなく、全く使い物にならない。
でもエマはふんすっと小鼻を広げて得意げな顔。
「もう少し小さい火の玉にして、しっかり狙いを付けてみようか」
「うん。でも、1日に1発しか出せないから、また明日ね」
あちゃー。4人ともこれは手が掛かりそうだ。
ちらちらと様子を見ていた他の登録冒険者達が、微笑ましいという感じの笑顔を向けている。
「では私はこれで。マサト殿、ご武運を!」
あ、申し訳なさそうな表情を見せてジャレスさんが逃げてしまった。
「ええっと、実戦の前に少し訓練をするぞ」
クリスの槍は真槍で危ないので、植物素材でさっと木の鞘を作り訓練にも使えるようにする。
そして、クリスとカブはそのまま2人で模擬戦をさせる。
ディードは盾をしまって、短剣を両手で持たせてしばらく素振り。
エマには魔力充填薬を少しだけ飲ませて魔力を強制回復させて、火球の制御を学ばせよう。
「んんー、小っさい火の玉出ろ。えいっ!」
「これなら何発かは撃てそうか?」
「えっと…、少し力は残ってるけど、もう1発出すのはは無理かなー」
多少小さくはなったが火球がまだ大き過ぎる。
また少し薬を飲ませて。
「今度は上げるのは片手だけにしてみて」
「んんー、もっと小っさい火の玉出ろ。えいっ!」
よし、半分以下の大きさになった。飛距離もだいぶ伸びたけどまだまだだな。
「今度は火の玉を投げる時に、火の玉が自分から的に飛んで行くようにと考えること」
「はい。んんー小っさい火の玉出ろ。飛んでけーえいっ!」
やった。時速10キロ程度でぽよよーんと飛んで行って、切株の的に当たった!
「やったね!偉いぞエマ」
思わず頭を撫でると目を細めて喜んでいる。「えへへへー」
クリスとカブの打ち合いは、最初は思い切りの良さで、カブが優勢だった。
しかしすぐにクリスが打ち合いに慣れて来て、基本を押さえた地力の差と短槍の射程の長さで圧倒する。
カブに槍の受け流しといなし、更に懐への飛び込みを教えると、とたんに今度はカブが圧倒。
クリスに有利な間合いを維持するための足捌きと槍の石突きの使い方を教えると、再びクリスが優勢。
カブに、両手剣の振り下し振り上げ、右左からの横薙ぎ、袈裟懸けの振り下しと振り上げ、逆袈裟の振り上げ振り下ろし、突きの9つの基本形と、切り返しのコツを教えると、今度は両者がいい勝負になった。
2人とも打てば響くような飲み込みの早さで、教えていて面白くて笑い出したくなる。
ディードにも剣の9つの型を教えて、ある程度できるようになったところで、俺が片手剣とバックラーで相手をする。
「盾と片手剣はディードが目指すスタイルだから、俺の動きをよく見ておくんだぞ」「はいっ」
うむ、素直で宜しい。
ある程度打ち合った後、金属加工を使って、短剣をディードの筋力で振れる細身で軽いものに変形させて手渡し、盾を持たせて、片手剣&盾どうしで模擬戦をした。
うーん、ディードもなんとか形になってきたかな。
魔法を使い切ってガス欠状態のエマは見学だけではつまらなそうだから、エマでも使えそうなボウガンを作って、的を射る練習をさせた。
特製の弱い張力のボウガンなので、7歳のエマでも背筋力を使えば、矢をセットすることが出来る。
遊び感覚で喜々として短い矢をセットし、片膝をついて、良く狙って、トリガーを引いて撃つ。
さてと、そろそろいいかな。
槍、剣、矢は実戦に向けて刃の付いたものを持ってもらう。
カブの木剣も先端と刃の部分だけ鉄を付けて実戦向きの武器に改造する。
そしてこっそりと各人のサイズに合わせて火竜に作ってもらっていた兜と胸当てを、装備してもらう。
頭と心臓を守って即死さえ防げば、俺の聖治癒と傷薬で何とかなる。
「パーティー名は『草原の風』にする。爽やかで自由っぽくていいだろう?さあ、冒険に出発するぞ。」
「「「「はいっ!」」」」
常時依頼となっている『外壁周辺のランクEFGの魔物の討伐』が今回の目的だ。ランクG10体、F5体、E2体で報酬は各1Gだ。各人に毎日最低1Gは稼がせたい。一応、命のかかった危険な仕事なんだから。
聖竜に『祝福』を掛けてもらって、いざ出陣だ。
前衛にクリスとカブ、中衛にディーンとエマ、殿が俺という陣形で進む。
まず狙うはスライム。既に他の冒険者にある程度狩られているが、まだまだいる。
竜知覚(抑)でどこに潜んでるかは、俺には丸わかりだ。
さりげなく獲物の方向に誘導しつつ、各人に発見させるように仕向ける。
カブ「スライム見つけた!」
俺「よし、発見者カブ隊員。討伐しろ。一撃でコアを壊すクリティカルを目指せ」
ザクッ。
「やったー!一撃だ」うん、クリティカルじゃなかったけどいいぞ。
「自信を持て。お前たちはスライムより確実に強い!」
最初はおっかなびっくりだったけど、だんだんみんな自信を付けて来た。
エマのボウガンはなかなか当たらないのでスライムの至近距離まで近づいて確実に当てさせる。
ボウガンは威力がある。ぶっちゃけていうと、隊員4人中ではエマのボウガンが現状では随一の威力だ。
味方への誤射が怖いので安全装置を付けて、敵に向けるときだけ安全装置を外すことにした。
後ろから撃たれたらたまらない。
次は危機管理を少し学んでもらう。
「あれが赤スライムだ。火球が飛んでくるからよけるんだぞ。火球が見えていれば回避は難しくない」
そう、心の準備をして視界に捉えてさえいえば子供でも避けられる。
実際みんな簡単によけていた。エマにとっては火球が飛ぶイメージをもってもらう訓練にもなる。
怖いのは、不意を突かれた時なんだよな。
河原に出て、カニ系、魚系、カエル系の魔物も倒した。
畑に水を引く関係上、川周辺の魔物も討伐する必要がある。
ポインズントードとの対戦で毒も経験した。
気が付くと3時間以上経過していた。
各人ランクGを20匹、Fを10匹、Eを4匹倒した。全員6Gゲット。その価値約6万円。
子供のお小遣いとしては破格だし、大人でも平民水準なら充分以上の収入に相当する。
みんなニコニコ。お金以外に得たものも大きい。
小さな傷はいくつも負った。聖治癒ですぐに直したけれども、その痛みはきっちり心に刻み込まれた。
戦闘技術も上がったし、対魔物体験を積んで、心構えが違って来た。
魔物を倒したことによる経験値もたまり、いずれレベルアップしてステイタスの向上を実感するだろう。
「よし、みんなよくやった。明日も朝集合して、軽く訓練し、それからお昼まで討伐だ。本日は解散」
「「「「ありがとうございました!」」」」
駆けて行くその後ろ姿が嬉しそうだ。
家族にも友達にも自慢することだろう。
そして冒険者になってみたいと考える子供や大人が、もっともっと大勢出てくるはずだ。
冒険者には危険も付き物なんだけど、ひとまずは光のあたる部分を前面に押し出して行きたい。
冒険者ギルドが活動を開始した初日としては、良い手ごたえだった。
思った以上の数の魔物が討伐され、薬草や毒消し草などの採取も順調で、魔石や牙・角などの素材もそこそこ集まった。
今日の結果だけを見ると、討伐を依頼したケフ国庫としては大赤字だ。
しかし、農地確保のためと思えば安い投資だ。
なんとか軌道に乗るまで、国庫には耐えてもらわなければ。
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その日子供達と分かれた後、まだ時間があるので、俺は単身で街道を北西方向に進んで行った。
途中出会ったパーティーに負傷者がいれば聖治癒を掛けた。むろん無償のサービスだ。
大怪我をしている冒険者が居たのでその原因も聞いた。
多くは不注意と油断、そして身の程をわきまえない無茶な行動によるものだった。
強い魔物や大規模な魔物集団についてはギルドに情報を集めてもらって、手を打つ必要がある。
ランザの街に入ってみると、広場には冒険者ギルドの宣伝をする立札が立てられていた。
結構注目を集めているようで、人だかりがしていた。
ランザまでは冒険者の姿がチラホラ見受けられたが、ランザを抜けるともういなかった。
ケフ周辺域の安全確保優先なんだから当然そうなるよな。
折り返して飛翔し、ランザ、ケフ間を上空から見て、ランクBのモンスターを見つけ、狩っておいた。
過保護なようだけど、安全は大事。特に初期の死亡事故は避けたいもんなー。
狩ったのはオーガ2匹だけだけど。
臨時冒険者ギルドになっている門番詰所にオーガ2匹分の角と牙、そして魔石を納めた。
係の騎士団員が「規則によればマサト殿は冒険者ランクBになりますね。新しい冒険者証を渡します」
と言って来て、さっそく昇進してしまった。現在では最高ランクとのこと。
そして素材報酬100G。ちょっとボラレタ気がしないでもないけど、ギルドと国が潤うならそれでいいや。
買い取り価格の適正水準についても詰めて行かないとなー。
夜は、壁の外の林の中で樹上ベッドを作って寝ることにした。
やっぱり俺は外で寝るのがいい。
夜間に魔物が近付くようだったら、ついでに退治してやろう。
今日一日の将斗の何気ない行動。
将斗本人にも思いもよらなかったが、そこには今後の冒険者ギルドの在り方、ひいてはケフの将来像に大きな影響を与える萌芽がいくつも見受けられたのである。
それらの萌芽は、早くも翌日には誰の目にも明らかになり、日増しに影響力を増して行くこととなる。