さっそく相談
目の前にいるのはケフ国王女ユリア。
ここはケフ国宮殿内のユリア棟と呼ばれる一画であり、この部屋はユリアの私室の一つ、つい先ほど『相談室』と命名された部屋だ。仕事が早い!
調度類は実用性重視で一見質素だが溢れる品位を隠せない超一級品だ。
食後のデザートとして、見たこともない珍しい果物が山盛りになっている。
碧と橙の縞々のミカンのような果物の皮を剝くと、中は真っ白でライチのような味がする。
「それでね、私はケフを良い国にしたいのよ」
「うん」
「人々が安心して幸せに暮らせる国に」
「なるほど」
「ケフは伝統ある旧宗主国で、周囲から尊敬されてる国だけど、内実は凄くやばいことになってるの」
「何かそんなこと言ってたね」
「かつては強大な力で捻じ伏せるように周囲の国を支配してたらしいんだけど、先々代の王が王国内の全都市を独立させて小都市国家連合を宣言し、協調という緩やかな結びつきの国家群連合にしたの」
「それはまた大変革だね」
「強力な支配に対する不満が諸都市にあったみたいだし、ケフにもまとめあげる苦労というか、支配疲れみたいなものがあったのね。それで、都市国家連合は諸都市からもケフからも歓迎されて、しばらくは上手く行っていたの」
「いかにも不安定っぽい感じだけど、しばらくでも上手くやれてたのは立派だね」
「綻びの始まりは先代王、私の祖父の時代からね。私の魔眼は悪意を見抜くんだけど、私は勘が良くて、良い結果をもたらすか悪い結果をもたらすかの判断には自信があるのよ。祖父は私と同じく悪意を見抜く魔眼持ちだったんだけど、私とは違って悪意だけでなく、恐れや不安、不信感も拾ってしまうの。おまけに祖父は猜疑心が強い人で。そのため大勢が祖父の一存で処刑されたり追放されたりしたわ」
「それはまた…」
「先代馬鹿王のせいで、ケフの官僚組織は崩壊し、人口も経済力も軍事力も衰えた。それでもまだ周囲の諸都市国家に対しては優位を保っていたの」
「かつてのケフはよっぽど力があったんだな」
「そして、現王。私の父なんだけど、これがまたなかなかの愚王っぷりなの」
「え、そうなの?手厳しいね」
「現王は悪人じゃないんだけど、頭がお花畑のくせに自信家なのよ。現王の能力は部分的に未来を見据える目。上手く使えば王にぴったりの素晴らしい力なんだけど、問題は一部分だけ先が見えすぎて現実が見えてないアンバランスさを持て余していること」
「ん?どういうことかな」
「王は、人間はみな平等であるべきだと唱えて、貴族制を廃止してしまったの。貴族の領土は全部取り上げて国有とし、徐々に民衆に払い下げて所有権を保証すると宣言したので、領地持ちの貴族は全てケフから離反して周囲の都市国家に国替えしてしまったのよ。王政すら時が来れば廃止するつもりね」
「それは思い切ったことを」
「今ケフに残っているのは、大部分が給与生活者である宮廷貴族達とその眷属、近衛兵、騎士団、魔法衛士団という旧貴族ね。7~8割がそう。残りが、小売り商人、職人、農民ね」
「随分といびつな構造になっちゃったねー!」
「食料自給率は1割程度。食料も役職者への給与も全て代々貯め込んだ国富で賄っているけど、持って3年。最近は足元を見て買いたたかれるので1年で尽きてしまう恐れもあるわ」
「そんなに差し迫ってるんだ!」
「それだけじゃなくてね、軍事力がガタガタだから、オーツを筆頭とする有力都市国家に滅ぼされる危険もあるの」
「うーん…」
「何とか都市国家を抑えられても、外部には、西の帝国、東の列強という強大な勢力があって、ぼやぼやしてると全都市国家ごと滅ぼされかねないの」
「うーん、うーん…」
「それでね、このまま手をこまねいてちゃだめだから、私を弟が中心になってケフ立て直しを進めることにしたのよ」
「え?王様は何て言ってるの?」
「お父様はこのままいいんだで凝り固まってて、理想の為には国が滅びても構わんとかいってるからね…。でも悪人じゃないし、私と弟のことは凄く可愛がってくれてて信頼もあるから、私たちの行動の邪魔はしないって言ってるの」
「それで国の立て直しって、どこから手を付けるんだ?突っ込みどころがあり過ぎる感じなんだけど」
「まずは、食料生産力を上げること、国の収支を改善して国富の流出状況を改善すること、軍隊を強くすること。差し当たり目指してるのはこれくらいね」
「なるほど、悪くないね。で、具体的にはどうするの?」
「そこをマサトに相談したいのよ」
「えーっ!?」
そんなこと言われても困る。困るが何か言わないとな。相談役だし。
「食料生産のネックになっているのは何だろう」
「農民が少ないことと、農地がないことね」
「農民と農地を比べたら、余計に不足してるのはどっち?」
「農地ね。農民は少ないけど、それでも耕す農地が無くて暇を持て余してる状態」
「外壁の中にも外にも空き地が一杯ありそうだけど?」
「街の空き地は既に誰かの所有地になってるわよ。領地ってほどの規模じゃないけど、自宅の敷地があるし、給与代わりに役職者に空き地で支払ったりしたからね。外壁の外は魔物が多くて耕作できないのよ。昔は畑だったのに今は荒れちゃって作物なんて全然」
そこだっ!
「壁の内側の空き地は、農民に貸し出して耕作させればいいじゃない。賃料として作物の一定割合を納めるような契約をすればいいよ」
「あっ!それ凄くいいかも!」
「壁の外は…魔物がそんなに多いんだ」
「ここ数年でだんだん多くなってるの。しかもほら、軍事力ががたがたになっちゃって討伐が滞ってるし弱い魔物でも農民は怖がって近付けない」
「魔物はもともと誰が討伐してたの?」
「主に傭兵ね。昔はケフにもいたんだけど、今は治安の問題で街に傭兵は入れて無いのよ」
「騎士や近衛は?」
「プライドもあるし、役目上からも、通常の魔物討伐はしないわね。災害級の魔物ならともかく」
あ!叡智の稲妻が炸裂した!
というのは大袈裟だけど、いいアイディアが閃いたぞ。
「冒険者ギルドはどうかな?」
「え、それは何?」
「冒険者っていう職業は無いんだよね?」
「無いわよ。だからそれ何?」
そうなのだ。魔物が跋扈する剣と魔法の世界なのにこの世界には冒険者ギルドが無い。
この世界でなんとなくそこに違和感があった。
よし決めた、冒険者ギルドを作る!
ケフの街を冒険者ギルド発祥の地にするぞ!
そして俺が冒険者第1号になってやろう。
「冒険者っていうのは、魔物討伐・護衛・素材や魔石集め、その他の依頼をこなす職業。冒険者ギルドっていうのは、冒険者を登録・管理する、国や貴族の権力から独立した機関で、依頼を仲介したり、達成した冒険者に報酬を支払ったり、素材や魔石を買い取って商人に降ろしたりするのさ」
「お金はどう回るの?」
「ギルドは依頼者から予めお金を受け取って、その依頼を達成した冒険者に渡す。その際にそこから一定の割合を徴収して、ギルドの収入と国への税に当てる。素材や魔石を冒険者から仕入れて、利益を載せて転売してお金を稼ぐこともできる。素材や魔石はさらに職人や商人の手に渡って経済を回す。そして国内外の冒険者は食料、武器防具、薬品その他の備品、宿泊費などを街に落とす。魔物が減って畑や街道が安全になるので、農業にも流通にも恩恵があるよ」
「それ凄くいいね!でも誰が冒険者になるの?」
「登録した人は誰でも。主に傭兵、暇な貴族、腕自慢の平民、兵士の片手間とかかな」
「雇用創出にもなるし、人を国外からも集められるわね。聞けば聞くほどいい!ちょっと待っててね、みんなを呼んで来る」
ユリアは飲み込みが早い。そしてノリノリだ。
間もなく、宰相、農業大臣、近衛騎士団副長とキース、魔法衛士団副長とララが集まった。
そこで俺はまず小作制度のあらましを告げると、これは宰相と農業大臣が快諾し、すぐさま進められることになった。こっちは地味だけど悪くない仕組みだよね。
そしてお次は冒険者ギルド。
まずはその概念説明から。
俺はゲームと漫画とラノベで培った冒険者ギルドの内容を熱く語った。
冒険者の練度によるランク分けと進級、依頼の難度によるランク付けとマッチング。
酒場とセットのギルドの建物、カウンターと受付の美女子。
奥の部屋にはいかついギルドマスター。
エトセトラ、エトセトラ。
「「なんと斬新な!」」概ねみなさんからの評判は良い。
問題点の指摘が相次ぎ、議論の過程でその解決方法も次々に明らかになって行く。
「依頼というものがそう都合よくあるのだろうか?」
「冒険者ギルドの存在が世間に広がっていけば、結構需要はあると思うぞ」
「初期は農地確保の意味合いの投資として、農地周辺の討伐や監視を国が依頼すればいい」
「冒険者のランク付けはどうするの?」
「例えばランクDの魔物を安定して倒せる冒険者をランクD冒険者、パーティーで安定討伐できるならランクDパーティーにすればいいんじゃない?」
こんな感じ。
もちろん解決が難しい問題もある。
「登録の仕組みが良く分からない。身元確認や成果の記録、進級や力の維持の判定などはどうするのか?」
これはねー、確かに不安です。謎システムの冒険者カードという便利グッズがないからね。
「人相書き、指紋、手形の利用。記録は帳簿をフル活用する感じですかね」
この辺りは試行錯誤しながら経験を積み重ねて行くしかないだろう。
各人が課題を持ち帰って、検討し、冒険者ギルド制度案を練って持って来ることとなった。
それと同時に、冒険者活動の試行を実施することとなり、ユリア、キース、ララ、俺の4人で臨時パーティーを組んで、近場の畑候補地の試験討伐に出て見ることが決まった。
リーダーはユリアで、パーティー名はユリア命名の『ケフの夜明け』。ちょっと恥ずかしい…。
明日の朝、正門前に集合して、日帰りで試験討伐だ。
魔物の分布状況、強さ、報酬の適正基準なんかを探ってみたい。
*****
宮殿内に俺の居住区画を用意すると言われたけれど、窮屈そうなので謹んでお断りした。
代わりに、ケフの街で一番の宿屋を宿泊料も食費も無料で利用させてもらえることになった。
ケフの街を歩いて宿屋に向う。
この街は、今までみた度の街よりも佇まいが立派だ。建材も建築様式もグレードが高い。
街を歩く人々の服装も立ち居振る舞いも品がある。流石にほとんどが元貴族だけある。
ただし、人が少ないので街中閑散として、うら寂しい雰囲気だ。これはホントに何とかしないとね。
火{今日は街中に泊まるのかぁ}
{うん、豪華な宿らしいよ}
水{………}
地{儂らは街中はあまり好まんのだ}
風{霊素が薄いっすからねー}
そうなんだ!だから森で寝る方が気持ちいいのか。
でもそれって、文明人としてはいかがなものか…。
先行きにそこはかとない不安が芽生える。