ケフの街
船着き場から数百メートル先に外壁と門、そして門番の衛兵が数名いるのが見えた。
門に到着すると、キースが門番に向けて剣の鞘を握って立て、剣の柄を見せた、すると。
おお!?門番がビシッと敬礼するではないか!
俺達全員、そのままスルーパス。何だか敬意と緊張を持って対応された。
「この待遇は何なのかな?」
ユ「ここは友好国、サモンの街だからね」
ラ「ねー、ふふふ」
キ「このまま真っ直ぐ歩いててくれ。足を調達してくる」
ラ「オッケー。気が利くね!」
キースが離脱し、そのまま歩き続けていると、やがて後ろから1台の馬車が追いついて来て止まる。
馬車の窓からキースが顔を出した。
「さあ、乗った乗った」
生まれて初めての馬車。向かい合わせの座席に2人ずつ4人が腰かけて丁度のサイズ。意外と狭いな。
俺の隣にユーリ、対面にララとキース。
時速は10~15キロくらい。自転車でゆっくり走る程度。
座席はかなりふかふかだが、石畳の凹凸を拾って細かく振動するので体全体がむず痒くなる。
俺「で、どこに向ってるのかな?」
ユ「ケフの街だよ。サモンを通り抜けてから30分くらいで着く。僕らはケフの人間なんだ」
ラ「はー、無事に戻れそぉ。今回は色々やばかった!」
俺「きっちり説明してもらわなきゃだな」
キ「話が漏れないようにしたい」
キースの提案で、全員前かがみになって顔を寄せ合って小声で話す。
こうすれば御者の人にも聞こえない。
キ「説明するのは良いが、覚悟を決めてもらわねばならん」
俺「覚悟?」
ユ「僕たちの仲間になること、そして僕たちとケフの街を裏切らないこと」
俺「仲間にはもうなってると思うけど、裏切るってどういう意味?」
ラ「私たちの説明を聞いた上で、その情報を利用して、私たちやケフの街を害するとかね」
俺「あー、そういうの無いから。利用して害するとか嫌いだし」
ユ「だよね。サブはそういう人だと僕は分かってたよ」
キ「ユーリが良いなら俺に異論は無い」
ラ「私も」
俺「その前に、俺の方からも尋ねたいことがある。俺を仲間にして大丈夫かどうかってことなんだけど」
ユ「どういうことかな?」
俺「えーっと。さっきオーツの兵を殺めちゃったけど、みんな全然気にしてないよね」
キ「ああ、俺達を殺そうとした奴らだからな」
俺「船に乗ってた事情を知らないオーツ兵は?」
ラ「オーツ兵が私たちを殺そうとしたのだから同罪。それにあそこから抜け出すにはああするしかない」
やっぱりこの世界では人の命の価値が異常に小さい。でも例外がある。貴族の命だけは重いらしい。
俺「仮にスキンヘッドの土魔法使いが偉い貴族で、そいつを殺った俺が只の傭兵で、オーツから俺が手配されて引き渡しを求められたらどうする?」
ユ「当然無視する」
俺「仮に俺がオーツの王様をぶん殴って逃げたとして、オーツから俺の引き渡しを求められたら?」
ユ「それも無視する」
俺「ユーリ達が良くても、ケフの街としてはどうかな?」
ユ「問題ないよ。百歩譲って問題になっても僕たちが何とかする」
ラ「うん、ユーリは結構そういうことが出来るんだよ」
キ「心配は無用だ」
俺「そっか、じゃあいいや。俺の方からはこれだけさ。さあ、さっきの話の続きを頼むよ」
ユ「じゃあどこから話そうか。話すと長い話になるね」
俺「まあ適当に断片的に話してよ。おいおい整理してくれればそれでいいから」
ということで聞いた話をざっとまとめると、
・ケフはかつては小都市国家連合の宗主国だった。
・そんな伝統あるケフだが、近年諸事情で国力が衰退し、様々な危機に瀕している。
・その一つに、近時急速に力を付けた近隣の街、オーツからの圧迫がある。
・ユーリ達は急造ながら権威のある密偵チームとのこと。
・オーツの軍事力が伸びた最大の原因は、その採用方法にあるらしいので、今回それを調査した。
・オーツの経済力が伸びた最大の原因は、湖の水上交通権を独占していることにある、
・独占の秘密が水神なのだが、それについても今回の潜入調査によってある程度判明した。
・調査の成功は俺の助力によるものであり、俺を大いに評価し、かつ感謝している。
・なのでその力を、ケフの再興のために是非貸して欲しい。
ユ「で、どうだろうか?」
俺「うーん…。俺は自由人だからなあ。縛られるのは苦手なんだけど」
ラ「大丈夫、大丈夫。私たちだって役職持ちだけど、ほら全然自由でしょ」
キ「ここ以上に気楽なところは他に無いと断言する」
俺「うーん。窮屈だったら逃げ出しちゃうかも知れないぞ」
ユ「窮屈にしないから。当面は僕の相談相手になってくれさえすればいいからさ」
俺「そう?それぐらいだったら、まあね」
「やった!」「いやっほう!」「はぁ、良かったー!」
何てことをやっているうちにケフの街についた。外壁からして偉く立派だ。これまで見たどの街よりも。
門番もいたが、キースが顔を見せたら、最敬礼の顔パスだった!
「あんたらって、何者なの?」
キ「へへへ、直ぐにバラすから楽しみにしてなって」
その後門を二つくぐり抜け、橋を渡り、大きな建物に扉の前に着いた。
ユーリ・ララとはそこで分かれ、長い廊下をあちこち曲がり歩いて、でかいテーブルのある部屋に入った。
「俺もちょっと着替えて来る。サブは良い服を着ているからそのままでいいぞ」
メイドというか侍女というか、そんな感じの人達がお茶とお菓子を持ってきてくれた。
紅茶だ。良い匂いがする。お菓子はクッキーのような焼き菓子。どちらもきっと最高級の品だ。
焼き菓子を齧り紅茶を飲んでいると、キースが入って来た。
立派な軍服を着ている。
「略式の軍装で失礼するよ。近衛騎士キース=ジョット―だ」
おお!
次に来たのはララ。軽めのドレス姿だ。
「魔法衛士ララ=ミクルフスよ」
なんと!
そしてローブ姿の長身痩躯の老人と、キースと色違いの軍服を着た巨漢が登場する。
どこかで見たような?あ、船に乗り遅れたあの2人だ!
「お初にお目に掛かる。魔法衛士隊副長のルモンド=ロドリゴじゃ」
「近衛騎士団副長のジャレス=ムルランだ」
うーん、なんだか良く分からないんだが、みんな偉いんだろうな、きっと。
俺の横にキースとララ、向かい側にルモンドとジャレスが座る。
お、全員が立ち上がったぞ。俺も真似して立つとしよう。
最後に登場したのは、少々豪華な服装の男女2人と、数歩遅れて軽武装の兵士2名。
我々と直角のいわゆるお誕生日席に座った男女を兵士が紹介する。
「ケフ王国王女、ユリア=ケフ様です」
「ケフ王国王子、ヒルマン=ケフ様です」
「初めまして」少年王子が挨拶する。謙虚な感じだ、悪くない。
「よろしくね」王女が俺を見て、いたずらっぽい笑みを浮かべながらパチリとウインクした。
ん!?え!ええーっ!!「ユーリ!?」
「「「あははははは」」」
万座は楽し気な笑いに包まれた。
侍女や兵士達まで笑っている。
うん、その様子で分かるぞ。堅苦しくないフレンドリーな王室なんだ。
というかさ、王女様自らが男装して密偵の真似なんかするかね、普通。
「何が言いたいのかは分かるよ。姉上は普通じゃないからね」
「私らが乗船出来なかった時はどうなることかと焦りましたが」
「そちらの方にお世話になったとのことで、大変感謝しておりますよ」
「ふふふ、それでそちらの方の本当のお名前を聞かせてもらえる?」
「えー、サブこと、桐生将斗です。偽名でしたすいません!でも色々お互い様だよね」
「違いない」
「「「わはははは」」」
「で、ヒルマン、マサトはどうかしら?」
「ユリア様!?」
「いいのいいの。マサトに悪気が無いことは私が保証するから」
「現時点の能力は問題ないよ。というか素晴らしい。ただ、器については…何と言うか…」
「何なの?」
「この人には器というものが無い。僕に見えないだけかも知れないけど。こんなの初めてだ」
「私達の血筋は一種の魔眼持ちで、マサトは薄々分かってたと思うけれど、私は相手の悪意、邪悪さ、そういうのが判るの。そしてヒルマンには現時点での能力の大きさと将来性が判断できるのよ」
「将来性といっても絶対的なものじゃないよ。伸びしろを示す器の大きさがある程度わかるだけ。でもね、マサト、貴方は器そのものが無いみたいに思われる、実に不思議なんだけど」
「そうですか。でも悪い気はしないですよ」
これも隠蔽のせいなのかな?まあいいや。器が小さいとか言われるよりはずっと良いよ。
「それにしても面白い力ですね。お2人が採用担当になったら怖い者なしだ」
「マサト殿、王家の能力については秘中の秘ですのでご内密に願いますよ。ヒルマン様とユリア様の魔眼の力を知るのはケフ王宮内でも今この部屋に居る面々の他は王と王妃のみです」
「それで、マサトには相談役という役職を用意したからね。私達に敬語は無しよ」
「えーっ、相談に乗るだけって言ったのに?」
「だから役目は私の相談に乗ることだってば」
色々びっくりした。なんと言ってもユーリが女性だったことに一番驚いた。
ドレスを着て髪型を整えると結構美人なのに…。
そして何と王女の『相談役』などという怪しげな肩書持ちになってしまった。
因みに基本給が月額30Gの最低保証に、相談に乗るたびに1Gの追加報酬とのこと。
まあ、報酬額には特に不満は無いんだけどね。
はぁ、これからどうなることやら。