水神島2
真夜中過ぎ、殺意を持って接近する5人の気配を感じて目を覚ます。
その外側に更に5人。10人でこちらの4人を包囲殲滅するつもりのようだ。
見張り番だったララがキースとユーリを枝でつついて起こしている。
俺は起きてるよと控えめに手をひらひらさせて合図した。
内側の5人は、10メートル程の距離をおいて、12時、4時、8時の方向に弓手が3人、木の真下に近い場所に2人という布陣だ。
外側の5人は、静かに待機して俺達が逃走した場合に備えているものと思われる。
取り敢えず内側の5人について、3方向を指さして弓を構えるジェスチャーをし、下を指して2本指でここにも2人居ると、敵情報をキース、ララ、ユーリに伝える。
頷いているので趣旨は伝わったようだ。
初手はララの短弓速射だった。寝たふりから素早く弓を構えて矢をつがえ、12時方向の敵を射抜いた。
よしいいぞ。4時と8時の2方向だけなら敵の矢を防ぎ易い。
その矢が飛んできた。半分以上は枝で防げておりくぐり抜けてきた矢を皆上手く躱したり払ったりして対処している。
敵の矢が通り過ぎると野菜の腐ったような匂いがした。
「毒矢だ、注意しろ」キースが小声で告げる。
真下の2人を見ると、細長い筒を咥えていた。吹き矢か吹き針か。これも毒なんだろうな。
吹かれる前に、筒口に突風を吹き付けてやった。
カポンと妙な音をさせて敵が仰向けに倒れ、悶絶している。
筒を通じて呼吸器系や消化器系に思い切り空気が入って音がしたようだ。
どこかの臓器が破裂したかな?毒針も体内に刺さっただろうし。
もう1人の吹き矢の敵は眉間からナイフを生やして倒れていた。キースの投げナイフだ。
そしてララは更に1人、4時方向の敵も射殺していた。
うちのメンバーも中々やるなぁ。
襲撃を看破して逆に待ち伏せた時点で、ほとんど勝負は決していた。
落差があって上からの攻撃の方が有利だし、植物操作で枝がかなり密に編み込んであるので、隙間から攻撃する当方が有利だった。
敵の残った弓手の1人も、包囲する予備の5人も、襲撃の失敗を悟って静かに引いて行った。
気配が消えたことを確認してから、木を降りて死体を離れた場所の窪みに置いて土を掛けた。
寝床の真下にあると、魔物を呼び寄せる恐れがあるからだ。
4人を倒して番号札4枚を獲得したので、仲良く1枚ずつ分けた。
「僕は誰も殺ってないけどいいのかな?」
「ユーリがこいつらの害意を看破したからこそ、この勝利がある。だからいいの」
と、2人を射たララが言う。
「毒矢に毒針かあ。油断できないね」
「ああ。これからも奇襲や罠には気を付けないと」
卑怯だというつもりはない。
ゲリラ戦で毒や罠は当たり前だし、兵士としても必要な能力だろう。
第一、野生動物の狩りは、ほとんどが待ち伏せ・不意打ち・罠がらみなんだから。
3日目の朝が来た。昨日39人だった挑戦者は28人になっていた。
俺達が殺った4人以外にも、7人が倒れたということだ。
そう言えば昨夜も断末魔の悲鳴が聞こえていた。
思った以上に脱落者が多い。
まあ残った者はそれなりの強者ということだろう。
「さて、今日は島の右半分を探索しようか」
ユーリが当たり前のように提案する。
「えっ?」
ちょっと意外だった。てっきり安全重視で一か所にじっとしていると思ったから。
「サブ、反対かい?」
「いや、俺はむしろ賛成。面白そうだし」
キースもララも異論なしとのことで探索行を開始する。
周囲の気配や罠に注意しながら慎重に進む。
たわませた枝の反動を利用して矢や槍が飛ばしたり、ロープで拘束して吊り上げたり、あるいは落とし穴などがいくつもあった。
ライバルを蹴落とすもよし、魔物や野生動物を捕まえて食料を確保するのもよしというところか。
驚いたことにメンバーはみんな、罠を看破するのに長けていた。
俺は竜知覚(抑)で匂いと不自然な構造を手掛かりに発見するのだが。
キ「知識と経験だ」
ラ「勘かな?」
ユ「悪意がよどんでるから分かるんだ」
キースのは理解できる。ララも分からなくもない。でもユーリのそれ、何ですか?
俺は魔物の気配も人の気配もある程度把握できるから、不用意な遭遇戦は回避できるし、こちらを狙って来る多数の敵は予め竜達の助けを借りて、脅したり警告したりして排除した。
殺さなかったのは、このサバイバルゲームの行く末を見届けたかったから。
なんせ毎日10人以上死ぬからね。わざわざ手を下すまでもない。
それに、自然な勝ち残り組を見たいと思うしね。
オーガ5匹の群れがいた。
この島でこれまで見た中では、最大の戦力だ。
(ギガントサーペントは砂地限定のようなので取り敢えず除外する。)
しかし、足元に土槍を生やして進路を妨害する等して威嚇すると、おとなしく引き下がった。
その素直さは生態系の頂点に在る者らしくない。
オーガを脅かす別の何かがいるのかも知れない。
昼過ぎに船着き場と逆の突端に着き、そこから先は昨日より若干内陸寄りに左半分を探索しながら帰る。
昨日争った砂地を遠目に見たがあのギガントサーペントの巨大な死骸はどこにも見えなかった。
他の蛇に食べられた?魔石を取っておけばよかった。ちょっと残念。
今日の収穫は、食料の野草の他に、時計草の群落を見つけたこと。回復促進薬の材料だ。
メンバーに依れば薬草、毒消し草はポピュラーだが、時計草は希少だとのこと。
群落の場所を覚えておけば、時々採りに来れるぞ。
一応島を一回り探索した訳だが、その結果分かったことは。
ラ「この島には川がないね」
ユ「周囲が高くて真ん中が低い、すり鉢状になってる」
キ「中央の泉は、周囲の湖面の高さと同じように見える。外と繋がってるのかも知れない」
俺「強い魔物はオーガ、ギガントサーペント、オーク・コボルトの群れぐらい。後は大したことない」
昨日土を掛けておいた遺骸が掘り起こされて食べられていた。残骸が散らばっている。
足跡からするとコボルトとゴブリンの仕業らしい。
「うわぁ、こんな風にされるのは嫌だなあ」
同感です。
穴を掘って残りを埋めて置いた。
俺「ところでさ、この島はどうして水神島って呼ばれるんだろう」
ユ「水神様が居るんじゃないかなぁ」
ラ「オーツの街には水神信仰があるんだよ」
キ「オーツが湖上交通の利権を握っているのは水神のお陰だと言われている」
俺「それ、どういうこと?」
ユ「船を水神が襲う。水神を鎮められるのはオーツの民だけらしい」
俺「大きな船でも襲われるのか?」
ラ「大きさは関係ないみたいよ」
何だろう?迷信のような気もするけど…。
社も無いし、川もないし、水神が居るとしたらあの泉かな?
早めの夕食後、時間があったので、昨日の敵から鹵獲した弓の練習をした。
弓と毒矢は寝床近くにセットして、いざというときに使えるようにしておく。
飛び道具としては、ララの短弓、キースは投げナイフがある。
俺とユーリの弓は、残念ながら戦力になりそうもない。
弓よりも石を投げる方がまだましだったので、少し投擲を練習して、石を集めて置いた。
パチンコ玉大の小石も集めて指で弾く指弾の練習もしてみた。威力は全然だけど、土魔法の石礫を使う際のカモフラージュには使えそうだった。
キース、ユーリと軽く剣を使った模擬戦もやった。
キースは歴戦の戦士で、腕前もかなりのもの。乱戦で背中を任せても大丈夫な感じ。
ユーリは技術的には決して高くないが、致命的な攻撃を上手く捌いたり、時々ハッとするような攻撃を繰り出すという意外性のある剣士で、なかなか侮れなかった。
模擬戦をやって感じたのは、風魔法の突風は補助魔法として接近戦で本当に重宝するということ。
敵のバランスを崩す、自分の態勢を筋力の作用とは別個に変化させるという利用法の他に、剣を振るう腕を加速させたり剣の軌道を変化させたりすることができる。
特に剣速を速くできることは、竜知覚のお陰で分かってはいても剣が追いつかなかった難点が解消できて、俺の剣術の技能を大きく引き上げた。
剣術がランクAになったのはこのせいかな。
もちろん素手の場合に、拳や蹴りの速度・威力を上げることもできる。
逆噴射で急停止させるような使い方もあり。
例の寸止めの拳圧は、この逆噴射突風の威力も加味されたものだったに違いない。
それと風爪。これも超有用。
剣の射程を伸ばす本来の使い方の他、直角方向に爪を生やして十文字槍のような刃型にもできる。
風爪部分は目に見えないので、躱したつもりの敵を斬れるのが凄い。
剣ではなく肘やつま先に爪を生やして、肉体凶器で鍔迫り合いを必殺の間合いに変えることも出来る。
突風と風爪のお陰で俺の剣術は進歩したけれど、まだ十分に使いこなせていない。
練習あるのみだ。
ちなみに模擬戦用に、風爪を極々弱くして斬れなくするという芸当も出来る。
ハリセンで殴ったような感触のダメージが入る。
「だーっ、なんだよサブ、滅茶苦茶強いじゃないか」
「いやあ、風魔法の補助のおかげだから。実力的にはまだまだだよ」
「キースがそこまで言うとは、サブはホントに凄いんだな!」
なんか、島での試練と言っても、俺にとっては、全然辛くない。
この世界の日常生活と変わらないというか、むしろ楽しい。
敵はそれほど強くないし、仲間もいるしで、遠足のようなキャンプのような、ついついそういう気分になってしまう俺だった。
そして食事の準備の際とか、「ちょっとトイレ」とか言いながら、隙を見ては薬を作る。
各種10本ずつくらいキープして置きたいもんね。
秘密が多くて苦労します、はい。
精霊使いであることや異世界人であることはもちろん、風以外の攻撃魔法、技能魔法、双剣術、合気、お尋ね者であることなど、隠し通さねば。追われる身はつらい。
生活魔法とかは少しずつばらしてるけど、既に相当異色の存在と見られている感じがする。
はぁ、めんどくさいなぁもう。