採用試練
シガキの街の北側には比較的なだらかな地形が広がっていた。
その更に先には、かなり大きな湖がある。
タグ、ヌバル、シガキ周辺の土地が、丸ごとすっぽり収まってしまうほど大きな湖だ。
湖の周辺は水利に恵まれた肥沃な平地のため、豊かな生態系に恵まれた草原と林が広がっており、街も比較的近い距離に多数見受けられる。
タグやヌバルが辺境だとすれば、この辺りは中央と言っていいのかも知れない。
街が多くなってきたので、突風を利用した飛翔をやめて、地表を歩くことにする。
下手に目撃されるのは避けたかったからだ。
湖を取り囲んで街が存在し、街道で結ばれている。
何本か放射状に延びる街道があり、シガキと繋がっている街道もあった。
追手が来ると嫌なので、その街道は避けて、もっと北側の街道から湖に接近する。
街外れの桟橋から船が出ようとしていた。
{この世界にも船はあるんだ}
地{あまり見ないがな}
火{水の上を行くなんて怖すぎるよ}
風{水中には凶悪な魔物が多いっすからね}
水{魔物は自分より大きな船影は襲わない}
目の前の船は長さ12~13メートル、幅は3メートルくらいか。大型バス程度の大きさだ。
左右の船腹から5本ずつオールが出ており、これを漕いで進むようだ。
この湖にはこれ以上大きな魔物はいないということか。
桟橋の下には5メートル程の鮫っぽい素早い魚影が見える。
船からのおこぼれを狙っている?
「そこの者、乗るのならば急げ」スキンヘッドの男が大声を出す。
「この船はどこ行きですか?」
「水神島での採用試練の船だ」
「あ、乗りません」
何の採用だよ。しかも、試練て。
スキンヘッドは「ふん」とばかりに顔をそむけると、「船を出せ!」と怒鳴った。
「引いてー漕ぐー」そのまんまの掛け声とともに、船がゆ~っくりと動き始める。
「その船、待ってー」
叫びながら走り寄る人が3人。先頭が細身の剣士、やや遅れて大剣を背負った大柄な戦士、続いて杖を持ったローブの老人。
船は待たない。徐々に速度を上げながらゆっくり進んで行く。既に桟橋の先端から6~7メートル。
「やあっ!」
細身の剣士が船に向って跳躍。しかし無理だ、届かない。これは鮫を喜ばすだけだ。
仕方ない。俺もジャンプして突風を使いながら剣士に体当たりして、船の中に押し込む。
「ぐはっ。痛てて」俺に当てられ、船べりで転がり痛そうにしている細身剣士。
大剣男と老人が、桟橋からおーいおーいと虚しく手を振っている。
この船は随分と人気があるようだな。
「いやー痛かったけど、お陰で助かったよありがとう!」
細身剣士がにこやかに手を差し出してきたので、乗りで握手した。
怒るかと思いきや、なかなか道理をわきまえた奴じゃないか。
うん?すべすべの柔らかい掌だ。剣士っぽくないなぁ。貴族のボンボンだろうか。
「君もオーツ騎士団入団志望なのかい?」
「あー、採用試練ってそういうことか。いや、俺は…、なんというか成り行きで」
「そうか、それは済まなかったな」
「いいよ、あてもなくブラブラ旅をしてるだけだから。試練なんてのも考えようによっちゃ面白そうだ」
「注目!試練の内容を説明する。貴様らにはこの番号札を持って、水神島に7日間滞在してもらう。
番号札を奪い合うのは自由だ。7日後に迎えに来る。札を多く持っている者上位10名を採用する。他は不合格だ。参加報酬は札1枚につき1Gだ。貴様らの生死は各自で責任を持て。以上だ」
「ちっ、参加報酬1Gってそういうことかよ」ヨレヨレの中年男が不満げに呟く。
「何か文句あるのか!」
「…ないです」
「水と食料は?」
「各自で責任を持て。それも試練の一環だ」
ザワザワザワ。
「島には魔物はいるのか?」
「いる。何がいるかは自分で確かめろ」
水神島は、周囲が断崖絶壁の小島だった。
船が付けた崖の上から中腹まで縄梯子が垂れ下がっている。
船底から組梯子が運ばれてきて縄梯子の先に立て掛けられる。
そこを順番に昇る。全員が昇り終わると、船は去って行った。
皆呆然としている。そりゃそうだ。俺の札は37番。最後の札は52番だった。ここで7日間かぁ。
船から見る限りではそれほど大きな島には見えなかったが、52人の試練のためには充分に広い。
まずは水と食料の確保が重要課題だろう。
そして採用に向けて、ライバルを蹴落としつつ、自分が生き残るための戦略をどうするか。
試練に挑む者達は、海辺の断崖から島の奥へ、三々五々分け入って行くのだった。
その場に留まったのは、あの細身の剣士、両手剣を腰に差した身なりの良い男、赤毛の小柄な女子、そして俺の4人だ。
「自己紹介でもしようか。僕はユーリ。レイピアを使うけど戦闘はあまり得意じゃない。得意なのは人を見る目かな。君は悪い人じゃないね、そして見事な風魔法を使う。名前を聞かせてもらっていいかな?」
「悪い人じゃないか、そりゃどうも。風魔法を使うのはばれちゃったな。俺の名は…又三郎」
{{{{えーっ!}}}}
風繋がりで咄嗟に出ちゃった。いや、追われる身だから本名を隠そうと思って。
「長いな。サブでいいか?俺はキース。剣士だ。戦闘は得意なつもりでいる」
両手剣の男が言う。確かにこの男は、52人中ではトップクラスの強さに見えた。エランに近い実力かと。
「あたしはララ。短弓と水魔法を使うわ。水魔法は攻撃よりも治療寄り。ここでは飲み水の供給の方が価値があるかもね」
「実は僕ら3人は元々チームなんだ。サブ、良かったら僕らと組まないか?」
なるほど、本当は大剣の大男と魔法使いっぽい杖の老人も仲間だったんだろうな。こいつら一体何者?
「うーん、あんたらに敵対はしない。でも組むかどうかは少し考えさせてくれ」
答えを保留にした。キースとララはあからさまに不満そうだ。
「分かった。サブが参加してくれるのを待ってるよ」ユーリがさらりと言う。
サブって誰だ?と思ったら、俺だった。いやこれは…、仕方なし、身から出て錆。
三人の中ではユーリがリーダーらしい。戦闘力は一番低いのに。
謎の三人だ。
彼らと別れて、単独で木々を分け入って先へ進む。
{あの三人、どう思う?}
風{ユーリからも魔力を感じたっす。攻撃魔法じゃないっっぽいすけど}
火{身なりの良い魔法使い2人と充分に強い剣士が傭兵稼業って変だね}
地{傭兵らしくない。むしろ貴族とその従者だな}
水{没落貴族?}
{じゃあ暫定的に、何らかの理由で家を出た貴族の息子とその従者が、参加報酬の1Gを稼ごうとした。そして騎士団入りも又良しと考えている、というところかな。とにかく悪い奴らではなさそうだ}
まあそんなところだろうということで意見が一致した。
木が密集している地点で、木登りして樹冠まで抜け、そこから上空へ突風で飛翔する。
島の全景は、ほぼ卵型で長さ約3キロ、幅約1.5キロ。中央に泉。主要部分はなだらかな丘陵地帯の森林、ところどころに砂地、荒れ地、草原。周囲は断崖。こんな感じだ。
魔物の密度はかなり高い。ぱっと見で大きな蛇とオーガがいた。オーク、コボルト、ゴブリンは数が多く、ほとんどが武装している。試練中に倒れた者の武器を奪ったのだろう。
魔物の不自然な群れは見当たらない。多くても10匹程度の自然な群れという感じだ。
挑戦者達の動きを観察すると、いくつか目立ったグループが出来つつあった。
泉近辺で10人のグループが2つ。他に5~6人のグループが3つ。あとは単独から3人までの小集団。
なるほど、魔物の渦中で水と食料を調達する7日間のサバイバルのためにも、人数は必要だ。
そして、試練の採用は上位10人だから、グループは10人までというわけか。
出来るだけ有望な奴を集めたいが、他方で早めに結託して力を蓄えないと、競合する他のグループに狩られてしまうという危機感があるのだろう。
うーん、水神島の試練は、まさに異世界の都市国家における生き残り戦略の縮図だな。
個人の戦闘力だけでなく、危機管理能力、素早い決断、集団の統率、協調性、その辺りが試される。
何より採用する側では、候補者の篩い分けにあまり手間がかからない。
全滅したところで全然構わないし。
優秀な者が生き残り、生き残る過程で経験値を得てレベルも上がる。
兵士の採用試験としてはなかなかの仕組みだ。ちょっと感心する。
まあ人道的にどうなんだ?とは思うけどね。
さて、俺はどういう形でこの採用試練に参加しようか。
単独で全員をやっつけるのは論外だ。別にオーツの騎士団に入りたいわけでもないし。
第一、オーツってどこの街だ?
全体の推移を見物するのは面白いけど、それはどこかに所属しても可能だ。
この程度の小島なら、竜の1人を上空に派遣して竜眼で見てもらえば、全体状況はいつでも把握できる。
じゃあどこに所属しようか。
現時点で優勢なのは10人の2グループだけど、もう満員だし。
それに全部を見渡しても、むさいあるいはげすい年季の入った傭兵がほとんどだから、俺に近い雰囲気を持っているのはユーリグループの3人なんだよな。
あそこなら、あまり嫌な思いをせずに7日間過ごせそうだ。
うん、そうしよう。
ユーリ達の位置を確認すると、さっきの場所から少し内陸へ移動したところにいたが、オークの群れと交戦中だった。敵はオーク12匹。結構多い。
前衛でキースが食いとめて、後衛からララが弓を射ている。
ユーリはララの近接警護。
おっと、後方からコボルト10匹の群れが回り込もうとしているぞ。
そうか、ララは挑戦者中唯一の女性だから、人型魔物から狙われるんだ。
大きな木の陰に着地してから飛び出す。
「助太刀するよ!」
「ありがたい!」
収納からミスリルソードを呼び出す。敵も少ないし、双剣で身バレすると嫌なので、剣一本で行く。
キースの前面で扇型に散開していたオークの端の奴ら3匹に狙いを付ける。
走りながら、横薙ぎ、切り返し、一回転して向き直り、一歩踏み込んで斬り下げる、ここまで3拍子。
切れ味抜群。豆腐を斬るがごとし。
間髪を入れずそのまま走り抜けて、逆端のオーク1匹を袈裟懸けで両断し、ユーリ達に迫っていたもう1匹には、風竜が風刃を射出、背後から首を切断した。
切断面から血を噴出させながらもそのまま3歩進んでズザーッと胴体が倒れ、頭部はゴロゴロ転がりつつ血をまき散らし、ユーリらの傍らを行き過ぎて止まった。
前方では、キースが既に2匹倒しており、残りは3匹。うち2匹はララの弓で負傷している。
ここはもうキースに任せて大丈夫だろう。
「コボルトが来るぞ!」叫びながらララの背後に移動し、林の切れ目から現れたコボルトを迎え撃つ。
走り寄る5匹のうちの2匹を斬り倒す。1匹は風竜の風刃で倒した。
林の中にいる5匹はこっそりと、2匹は石弾、1匹は落滴、2匹は体外に爆ぜない程の小さな爆で仕留める。
残った2匹はユーリとララに任せる。
ララは1匹の肩を射抜き、続けて水球をこめかみに当てた。時速120キロ程度、握り拳大の水球だ。
草野球投手の死球のような感じだが、硬球より重くかつ衝突すると砕けて全てのエネルギーを放出するので、倍以上の威力がある。コボルトは昏倒し、絶命した。
ユーリは冷静に狙いを付けて、最後の1匹の心臓を一突きにして見事に仕留めた。
盛大に返り血を浴びていたが。
前方ではキースが残りのオーク3匹を斬り捨てていた。
これでオークもコボルトも殲滅したことになる。
「ふぁー、魔物多いよー」
「サブ、見事な腕前だ。恩に着る」
「あはは、またサブに助けられた」
うん、こういうのもいいね。
「やっぱり1人より4人がいいや。合流させてもらうよ」
「やった!」
「頼れる仲間が出来たな」
「サブ、歓迎するよ」
こうして、俺はユーリグループと行動を共にすることにした。
<続舞台裏寸景>
地{なんで我らが裏方に}
水{(コクン)}
火{まただよー、いっつもだよー}
風{皆さんそんな些細なことで、…ちょっ何するんすか?痛ててぇーー!!}