ラミアの乱、その後
<エラン視点>
まだ陽の高いうちにタグに帰還することができた。
騎馬経験の浅いソーシンに合わせて速度を落していたが、この若者は見る間に操馬に慣れ、結局全速で駆けることができたからである。
急ぎリヒター様に面会し、事の次第を報告する。
「遺憾ながら双方全面衝突となり、辛勝しましたが、ヌバルは全滅、タゲは生存者わずか5名です」
「なんと…ご苦労であったな」
「ヌバルはピグジン率いる高位の魔法使いばかりの将隊に、騎馬60、重装歩兵40という必勝の編成でした」
「それは妙だな。しかしそれで良く当方が勝てたものだ」
「事前交渉においてピグジンは一方的にタグの落ち度を言い募り、侯爵夫人にいきなり斬りつけるほどの暴虐ぶりでした」
「それもまた妙だな」
「戦後に判明したことですが、茶屋周辺にはオーガ、オーク、コボルト、ゴブリン等の武装した魔物が徘徊しており、私の推測ですが、タゲの駐留部隊もヌバルの商隊もこれら武装魔物の手に掛かったと思われます」
「ふむ、異種の魔物の武装集団とな…」
「ピグジンは怒り心頭で、開戦後はにタゲ将隊に魔法攻撃を行い、私を除いて将隊は全滅しました」
「なんと!結界はどうした?奇襲か、それとも何かの策を用いたか?」
「我が方の防御結界を通して嵐刃が発動しておりました。近くにキングハーピーが飛んでおりましたので、恐らくは精霊使いのしわざかと」
「ふうむ、ヌバルに精霊使いがおるという情報は無かったがな」
「その後私もキングハーピーの攻撃を受け、不覚ながら落馬して意識を失っておりました。マサト殿に介抱されて意識を取り戻し、驚異的な効果の薬で傷も回復してもらいました。その時には既に敵は全滅しておりました」
「ヌバルはどのようにして全滅したのだ?」
「生存者の話をまとめると、ほとんどマサト殿の働きのようです。剣の他に、爆発と炎、石弾と土槍、天から落下する水と有害な霧という火、土、水の魔法攻撃を駆使したようです」
「それは不思議だな。3属性魔法を使いこなすのもたいがいだが、魔力が枯渇しないはずがない」
「時折り薬を服用しておりましのでそのせいかも知れません。ちなみに、私だけでなく他の3名もマサト殿の驚異的な効果を持つ薬で命を救ってもらっています」
「それでそのマサト殿はどうしたのだ?」
「傭兵の身でヌバル領家三男を殺害した危険性を説きましたところ、タグの傘下を離れて独断で魔物どもを操る黒幕を暴くとのことで、我らと別行動となりました」
「つまり単身で、武装した魔物集団に挑んだと?」
「仰る通りです」
「それはいかん。直ぐに援軍を差し向けるぞ。ヌバルとの事後交渉はタゲの全力を持ってどうとでもする。とにかくマサト殿の安全を図り、その身柄を確保するのだ」
*****
<ソーシン視点>
再びあの戦場に戻って来た。
エランさんには休養を進められたが、マサトに危機が迫っているかも知れないと思えば、じっとなんかしてられるもんか。
先発は騎馬100騎。俺も入れてもらった。何とか馬にもそれなりに乗れるようになったからな。
前に見た以上に凄惨な有様だ。人の死骸に魔物の死骸が加わって、辺り一面、死が蔓延している。
見事な切断面の斬殺死体、焼け焦げた死体、大小の穴を穿たれた死体、体の一部または大部分を吹き飛ばされた死体、これらはマサトの仕業だな。まあほとんどがそうなんだけど。
人が200人くらいだから、魔物は120~130体くらいだろうか。
目立ったのは茶屋の周囲に転がっていた腕と首を切断されたオーガの斬殺死体と、茶屋の2階にあったオーガの首を切断された斬殺死体だ。
巨体のオーガの首を簡単に両断しているように見える。震えが来るほど見事な腕前だ。
マサトと言えば受け流しと足裁きそして見事な体術の印象が強いけれど、やっぱり剣の威力も凄い。
そして魔法。マサトがこんなにも超絶的な魔法使いだったとは…。
確かに俺の目でも見たんだけど、何か信じられないんだよな。
あいつの性格、全然魔法使いっぽくないし。
エランさんの指示で奥の林方面に向かうことになった。
茶屋には駐留部隊として20騎を残す。
後発の歩兵部隊が明日には到着するし、茶屋周辺の調査と弔いその他の処理は任せて大丈夫らしい。
「ヌバルの全戦力はタグの8割程度。先の衝突での痛手はヌバルの方が大きいのだから、このタイミングで再度の攻撃に出る可能性は小さい」とのことだ。エランさんが言うのだから間違いないだろう。
政治や軍事のことは、おいおい学んで行かなくちゃな。
さて、マサトの追跡だが、進行方向の奥の山で大規模な山火事が発生した。
あれ、たぶんマサトの仕業だよな。なのでまだ生きていると希望が持てる。
確証はないが、エランさんも同じ意見だ。
急いで進みたいが、荒れ地と草原はともかく林や森が行く手を阻んだので、騎馬での追跡は苦労した。
途中、魔物数体のまとまった死骸が散見されたが、その手口からマサトが手を掛けた痕跡と確信する。
大きなものでは、森林狼200~300匹、森林牙猿・ゴブリン・コボルト・オーク・オーガ混成軍200匹の死骸もあった。
もはや溜息しか出ない。
マサト恐るべし。
お前は一体何者?
「ここは油葉山、シガキの街の領域だ。しかしこの不自然な山火事の様子は、マサトの仕業に違いない」
エランさんのいう通りだと思う。
山のすそ野がぐるりと地肌むき出しの防火地帯になっており、その内側の山の部分だけが綺麗に黒焦げになっている。
そして一筋、山を登っていった足跡がある。歩いたのは一人だけ。
間違いないな。
20騎を茶屋方面に戻し、詳しい調査と報告を託す。
20騎をその場に残し、残りの全員が馬を降りて、徒歩で油葉山を登る。
途中、夥しい数の魔物の黒焦げ死体が目についた。いったいいくつあるのやら。
山頂には湖があり、その中の島には一本の道が繋がっている。
島も魔物の死体だらけだ。
茶屋周辺で見たのと同様のやり口で、マサトの手口である。
ここは大柄な魔物ばかりだ。オーガ、蜥蜴人、内陸大鰐、ケルピー、ラミア。
魔物軍の精鋭部隊というところか。
島の中央に、建物が焼けた跡があり、中央に3体のラミアの死骸があった。
不思議なことに、このラミアを斬ったのは、マサトではない節がある。仲間割れ?
ラミアには魔石を取り出した後があり、こちらの切り口は鋭く、マサトっぽい感じだ。
山頂にも詳しい調査のため20名を残して下山する。他の20名は山頂以外の山の調査と報告。
山頂からシガキの街方面に多数の魔物の死骸らしきものが散乱しているのが見えたので、エランさんと俺を含む20名でそちらへの更なる調査に向う。
「シガキの街はタグと友好関係にある。古い歴史を持つ王国だが、戦力的にはタゲの6割程度。属国とは言わないまでも、タグに追従しているに近い友好国だ」とのこと。
タグは小都市国家連合の有力国だ。近隣諸国とは微妙な力関係による均衡が保たれている。
ヌバルとは敵対に近く、シガキは属国に近いが、強大な外敵との関係では、現状を保ちつつ小都市国家連合として協力関係にあるのだ。
油葉山麓の防火地帯を通って山を迂回し、その後は街道を通って、短時間でシガキの街の近くまで来た。
流石に足場が良いと、馬は速い。
街付近の戦闘跡にたどり着いて、またしても唖然とした。
「凄い…。3000ぐらいかな?」
「いやもっとだ。ゴブリンやコボルトも全部数えれば5000~6000匹ぐらいだろう」
これまでと少し様子が違うのは、捩れたり潰れたりしている死骸があることだ。
しかし見事な切り口の斬殺体、黒焦げ、穴あき、爆ぜた死体辺りはこれまで見たマサトならではの手口。
外壁近辺ではシガキ兵が作業をしている。
俺達を見つけて、シガキの騎兵が駆け付ける。
「我々はタグの騎士団です。この度の事件の調査をしています。シガキの国王にお目通しいただきたい」
少しだけ待たされた後、シガキの騎兵に丁寧に先導されて街に向った。
道すがら、凄まじい戦いの跡に圧倒される。
しかし散乱しているのは種々の魔物の死体ばかりで、シガキ兵の亡骸は全く見当たらない。
「ここで何が起こったのでしょうか?」
「それは…、直接国王とお話になって下さい」
きっとマサトが暴れたんだろうけど、部外者に流石にそうとは言い難いよなぁと密かに納得する。
*****
<シガキ国王視点>
「何!?ルーシーが戻ったと!」
私は飛び起きて走り出していた。ここ数日、執務を放棄して寝込んでいたことなどすっかり忘れていた。
「おお、ルーシー!大丈夫か?無事なのか?」
「お怪我はありません。ただ衰弱が激しいので、お眠りいただいたまま治癒魔法で治療致します」
咄嗟に鑑定したが、ルーシーに状態異常は特になかった。
ただスピリチュアルレベルが以前より上がっていたことと、使役精霊だったはずのラミアクイーンの表示が消えていた。これはどういうことなのか?
その後、兵士長らに事情を聞き、外壁の外に広がる魔物の死体、黒焦げの油葉山、謁見室の天井の穴と無残な顔貌で意識を失ったままの宰相を見て、私なりに状況を判断する。
事の発端は、恐らくルーシーが呼び出したラミアクイーンが邪霊になったこと。
そして、その邪霊が油葉山頂の社に籠って魔物軍を錬成し、シガキを襲撃したのだろう。
そして超越的な力を持つ神の使者のような存在がラミアクイーンを滅ぼしてルーシーを救い、魔物軍を殲滅してシガキの街を救ったのだろう。
そう言えば王妃がそれに近いことを予言していた。今に至るまで信じてはいなかったが。
愚弟にして愚臣のドグラは、浅慮から御使い様を怒らせてしまったのだな。
寛容な御使い様は、ドグラを軽く罰しただけで、シガキの街を害することなく旅立たれたとのこと。
恐らく一連の事態は、この線から大きく外れることはないだろう。
拳圧だけでドグラを吹き飛ばしながら、その直後に治療して下さったとのこと。
なんという懐の深さよ。
大恩のある御使い様に十分にお礼が出来なかったのは、返す返すも無念なことだが、ゆくゆくはシガキを害したであろう愚臣ドグラの正体を白日の下に晒して下さったこと、これもまた御使い様の御心なのであろう。
「国王様、タグの使者が参っております。こたびの魔物軍の件についての問い合わせかと」
「応接室にご案内しろ。くれぐれも失礼の無いようにな。応対は私が行う」
さて、どう話したものか。ルーシーの関わりだけは秘匿せねばならん。
「ドグラ宰相はいかがいたしましょうか?」
「地下牢へでも繋いでおけ!」
*****
<ヌバル領主視点>
突然、洗脳が解けた。ありがたい!誰かが邪霊ラミアクイーンを祓ってくれたのだろう。
しかし洗脳とは恐ろしい力だ。もう少しで取り返しが付かなくなるところだった。
儂が洗脳されていた事実は絶対に表に出してはならん。
事実を知る者の口は封じねば。幸い少数だ。輿の運び手の兵士くらいか。
召喚士のミルラはどうした?自宅に籠り切りとな。まだヌバルの街にはおるのだな。
あ奴めの召喚は失敗が多いが、精霊使いの力の恐ろしさは身をもって味わった。
精霊の力は、いずれはヌバルの切り札となる力よ。
ミルラにはまだまだ働いて貰わねばならん。
ゴザクと名乗る、タゲから逃亡した傭兵を捕まえた?
境界の泉での事情を知っているというか。ここへ呼べ。
そうだった、泉で武力衝突があったのだったな。
ラミアクイーンの仕込みで、タグ兵を引き寄せて殲滅し、タグの力を削ぐと同時に、中間の足場を確保して、次のタグ全面戦争に備える手はずだったな。
で、どうなったのだ。
そうか、ピグジンを始めとしてヌバル隊は全滅したか。真偽官も嘘を言っていないと認めている。
ピグジンも哀れよの。儂経由でラミアクイーンに躍らされてあえなく滅んだか。
我が息子ながら横暴な奴で、親子の情としてはどうでも良いが、ヌバルの将来には必要な奴だった。
それにしても不味いな、事の発端、兵種の編成、事前交渉、将隊への手出し、全てヌバルに非があることは隠せない。
今タグと全面衝突することだけは避けなければならん。
数日後。
タグの使者が来た。泉での武力衝突の後処理の件だ。気が重いな。
「タグの要求は、泉と茶屋のタゲ領有権を認めること。それ以外の責任は双方不問としたい」
ふむ、悪くない。タグめ、ラミアクイーンとヌバルの結びつきには一切気が付いていないな。
「それでよかろう。ヌバルとしてもピグジンを失うなど痛手は大きかったが、不問で異議はない」
ここで欲張って墓穴を掘るほど、儂は愚かではない。
*****
<エラン視点>
「エランさん、これで良かったんですか?俺としてはちょっと納得行きませんが」
「良いのだソーシン。泉の領有権を正式に獲得できたことの他に、マサト殿に対する言い分を放棄させたこと、これが大きい。リヒター様は、タグとマサト殿が結びつくことを何より重要視しているので、その阻害要因を排除することが大事なのだ」
そう、今のところマサト殿とタグは友好関係にある。彼と敵対することは絶対にあってはならない。
「それにしてもマサトって一体何だったんでしょうね」
「分からん。魔人だとか、大魔法使いだとか、神の使いだとか言う者もいるが、私にはただの気のいい若者にしか思えないんだ」
「エランさんも、あいつと剣を交えたんですもんね。俺も模擬戦をしたり、飯を食ったり、戦友として戦いに臨んだりしたけど、あいつは間違いなくただの人間ですよ。凄い力を持ってるけど、世間知らずで、どこか抜けていて、どうしようもなく優しくて…」
「そうだな。マサト殿にまた会えるといいな」
「もう会えないとはとても思えません」
「うん、私もそう思う。リヒター様も手をつくして探索なさるおつもりだ」
「マサト情報を秘匿しなきゃいけないのって辛いな。俺はみんなに自慢したいのに」
「秘匿しないと、マサト殿の囲い込みが一層難しくなるからなぁ」
*****
こうして、タグ、ヌバル、シガキの3国は、各国なりの思惑を持ちつつ、マサトに関して緘口令を敷いた。
しかし、マサトの偉業を目撃した者は多く、完全に人の口に戸を立てることは出来なかった。
その話題性もあって、徐々に噂は誤解を膨らませながら浸透して行く。
様々な評判が入り混じり創作部分も加わって、やがて『大魔法戦士、禁忌のバサートの伝説』は、吟遊詩人や旅芸人の定番の演目の一つとして、西の帝国や東の列強にまで広がって行く。
バサートの存在は彼の地の人々を震撼させ、小都市国家連合の平和維持に一役買うことになるのだったが、それはまだ先の話。
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一方、当の将斗は、当てもなく旅を続けていた。
「はぁ。シガキ・ヌバル・タグ全ての街でお尋ね者になっちゃったなぁ。取り敢えず、北へ進むか」
風{平気っすよ。なんとなく}
地{気にするな。大地は広く、街も多い}
火{邪魔する奴はぶっ飛ばす!}
水{拳圧で。ぷふっ}{{{ははは}}}
「おいっ!」
呑気な将斗一行、いつの日か、バサートの伝説の演目を耳にしても、果たして自分達のことだと気が付くかどうか…。
次話からは、新章とも言うべき新展開となります。