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変事勃発

タグの街には宿屋は一軒しかなかった。

この世界では商隊以外には人の行き来が殆どなく、その商隊は財閥系貴族関連である。

そのため、自家の施設や縁の深い貴族の屋敷を宿として利用することが多い、宿屋本来の需要は極めて小さいのだ。

むしろ付属の食堂兼酒場が街の若い男女の出会いの場として賑わうことで、経営が成り立っている。

ここ夕凪亭もそんな宿屋であった。


「1泊でいくらですか?」

「休憩じゃなくて1泊かね。個室は1G、食事は別料金だよ」

「それでお願いします」

「2階の突き当りの201号室。いつでも入っていいよ」

なんだろう休憩って?わざわざ宿屋で休憩する奴なんているのかな。

将斗は田舎の男子校育ちであった。うぶでおまけに奥手であった。


201号室は質素な8畳程度の広さの部屋。窓が一つ、ベッドが一つ、それだけだ。

部屋の中は、なんと言うか、獣臭い。

見ると獣脂の入った小皿に布をこより状にした芯が付けられており、これが灯りのようだ。

そりゃあ、これを灯せば獣臭くなる。換気をしないで焼肉をするようなものだ。

窓を全開にして空気を入れ替え、部屋全体と特にベッドに念入りに浄化を掛ける。

決して潔癖症ではない将斗だが、現代日本人にとっては、この世界の宿屋の普通の部屋の清潔度合いは、少々厳しかった。


部屋の鍵は内側からしかかからないので外に出る時は不用心だが、荷物は全て魔収納に入っているから、気にすることなく、階下の食堂へ夕食を取るために向った。

「あれ?意外と賑わってる」

火{しかも若い男女ばっかり!}

地{そりゃあ、宿屋だからな。若者も集う}

水{(ドキドキ)}

「?」


「良さげなものを適当に下さい」と適当に頼んで、テーブルに向う。

「おーい、マサトー」と声が掛かった。

見るとソーシンが手を振っている。街外れの訓練場で出会ったあの若者だ。

「良かった、まだこの街に居たんだ。暫く見かけなかったからもう旅に出ちまったかと思った」

「え!この方、よその街の人なの!?」「きゃー!」

火{よそ者はモテルのよ}

地{閉鎖集団からすれば、遺伝子が新鮮だからな}

水{(ゴクリ)}


「こいつすげぇ強いんだぜ。例の暴れ牛亭の大活劇の主人公がこいつだよ」

「キャーキャー!」

ちなみにこの世界では強い者がモテル。

強さは富に直結するからだ。


「あ、特例者の人だ。練兵場でランカー相手に勝ってたよね」

騎士団員の若者も夕凪亭に集っていたようだ。

「噂では魔法も使うとか」

「キャーキャーキャー!!」


なんか、やばいことになってきた。

お嬢さん達がすごく集まって来て、目をキラキラさせて見つめてくる。

それと反比例するように、ソーシンを始めとする男性陣の雰囲気が悪くなってくる。

「チッ」「いね、モテ男」小さな呟きが聞こえた。竜知覚(抑)が恨めしい。


異国情緒溢れるいでたち、浄化かけまくりの清潔さ、しかも強くて、魔法使い(=貴族)。

モテ要素満載である。

平凡な容姿(注 見ようによっては結構イケる…かも)で性格も大人しく奥手な将斗は、モテた経験が皆無であり免疫が無いため、こんな時どうしてよいのか分からない。


取り敢えず、テレビで見るセレブ風に、手を上げて軽く振って見たりした。

「キャーキャーキャー、キャアァァ!!」「私を見たわ!」「何言ってんの、目が合ったのは私」

おぉ、ストレートに凄い反応!

「氏ね」「滅びろ」「ぬっ頃す!」

男性陣も怖いくらい反応してる…。

やばい、なんだか収拾がつかなくなってきた。


「諸君!静粛にしてくれ。領収様からの告知だ」

おお、救いの神が現れた!武装した兵士がトンと剣で床をついて注目を集めてから、朗々と告げる。

「境界の泉でいつものようにいざこざだ。明日出兵する。傭兵を10人雇い入れるので、希望者は明日朝に練兵場に出向く様に。なお帰還後には、正式採用の話しがあるやも知れぬ」

そう告げると、伝令の兵士はくるりと踵を返して退出した。

おおーっ!ざわざわ。どよどよどよ。


「なんだい、いつものいざこざって?」

「ヌバルの街との境界に泉があってな、元々タグの街の固有の領土なんだが、ヌバルが本来はヌバルのものだと因縁をつけて、しょっちゅうちょっかいを掛けて来るのさ」

ソーシンが教えてくれる。

なるほど、領土問題か。どこの世界でもそういう問題はあるんだな。


「隣街とは仲が悪いんだ?」

「うーん、悪いんだか、そうでもないんだか」

「タグもヌバルも都市国家連合というひとまとまりの勢力で、外部の帝国や共和国なんかと張り合ってるんだけど、連合内部では争いも多くてな。特に隣接する都市国家どうしは衝突しがちなのさ」

詳しい人が教えてくれた。


「境界の泉についてはずっとタグが領有してたんだけど、返還と謝罪と賠償を求む!ってうるさいから、いったん中立地帯にすることで合意したのに、いつの間にやら勝手に占領しやがったもんだから、去年の秋に奪い返したのさ」

今そこですか。

「街どおしの小競り合いなのに、傭兵10人しか募集しなくていいのかな?」

「小競り合いだからこそ、貴族の隊長を入れた将隊5人と兵が100人の105人で戦うのが様式美なのさ。傭兵10人は最前線担当。死傷者が出るとしたらまず傭兵、次に本隊。将隊は絶対に攻撃しないという暗黙の了解があるんだ」


なるほど。現代世界で言えば『戦闘で核は使わず通常兵器で』みたいなものか。

貴族社会ならではの、貴族の安全優先の身勝手な決まり事のようだ。

それにしても、様式美やら暗黙の了解やらメンドクサイものだ。

「もしかしたら、一騎打ちの時は周りは手出ししない決まりもあったりする?」

「え?それは当然のことだろ」

…さいですか。


領主告知で夕凪亭は突然戦闘準備モードに突入し、お嬢さん達は名残惜しげに退散していった。

傭兵が10人、正規兵本隊が90人、将隊が5人。

誰が行くとか、どういう布陣になるとか、男どもがワイワイガヤガヤ大騒ぎだ。

「マサトも行くだろう?特例者にもなってるようだし、申請すれば絶対採用されるぜ」

「ソーシンはどうするんだ?」

「もちろん行くさ!んで手柄を立てて、帰還後には正規兵として好条件で採用してもらうのさ」


「じゃあ俺も参加しようかな」

正規兵としての採用は遠慮したいけど、戦闘のしきたりなんかも覚えたいし、ソーシンの活躍も見てみたい。そして最前線で危なそうだったら、ソーシンをこっそり守ってあげよう。

明日に備えて、早めにおひらきとなった。

俺はそのまま201号室へ。


うう、油臭い。

獣脂の灯皿もそうだけど、食堂の真上っていうせいもあるな。

窓を全開にして、ベッドに入る。

干し草を敷き詰めて布を掛けた寝床だ。

うーん、柔らかすぎて体が沈む。寝心地イマイチ…。

*****


朝が来た。部屋でパンと水の朝食を摂って、練兵場へ向かう。

朝陽が昇る頃着いてみると、既にかなりの人数が集まっていた。

ソーシンも来ている。ソーシンに言われて受付に申請に行く。

あっさり採用された。というか逆に、傭兵でいいのか?騎士団でも魔法部隊でも行けるが?と聞かれた。

いえ、傭兵がいいんです。


早速手付金10Gと食料・水が配給された。手付金は預り金としていったん没収されて帰還時に報酬20Gと合わせて支給される。手柄があれば追加報酬が付く。

戦死した場合に備えて手付金の支給先を指定せよとのこと。あまり知り合いもいないので、ソーシンの弟のロランにしておいた。

しかし、命が掛かってるのに10Gって随分安い。この世界の値段の在り方はホントに良く分からん。


すぐに編成が発表された。

中隊長である105人部隊の将は、ローザンヌ侯爵夫人、攻撃魔法を使う火属性の魔法使いだ。

将隊には他に、防御魔法使いの子爵、神官のパリス、鋼の棒を使う大柄なランカー戦士のウンボボ、小太刀二刀流の剣士エランだ。結構知った顔が多い。

兵は10人編成を小隊として、騎馬兵、槍兵、弓兵が各2小隊、歩兵が4小隊。歩兵隊の中でも最前線となるのが、傭兵から成る我が第10小隊の10人。


俺は第10小隊の小隊長に任命されてしまった。戦いの作法とか全然分からないんだけど!

副長のひとりはソーシン。よかった、ソーシンに色々教えてもらおう。

もう一人の副長は、ん?見たことがある傷顔の大男。

あっ、暴れ牛亭のあいつだ!ゴザクという名らしい。

第10小隊は自然と2班に分かれた。

俺、ソーシン、夕凪亭にいた若手3人の班と、ゴザク副長をトップとする歴戦?のくたびれた傭兵5人の班だ。


ゴザク副長は一応俺の指揮下に入っており、反抗的行為は流石にないものの、反感を隠そうともしない。

ゴザク班は、将斗班と話もしないし目を合わせない。

これは先が思いやられる…。

まあ大きな方針は、中隊長であるローザンヌ侯爵夫人の命令で決まるわけだから、どうにかなるだろう、たぶん。


そうこうするうち、出発となり、中隊は進軍を開始した。

問題の泉は、街道沿いでタグとヌバルのほぼ中間地点にあるという。

俺がタグの街に来る時は、街道を離れて森の中を移動してきたから、そんな泉があるとは知らなかった。


騎馬の第1小隊が先行する。威力偵察だ。既にその姿が見えなくなった。

それを除くと、先頭が俺達傭兵部隊、槍隊、弓隊、残りの歩兵部隊、将隊、騎馬第2小隊の順で縦列行進している。ちなみに将隊の5人はいずれも騎乗している。


泉までは一日半の行程で、少し早めに進んで、明日の昼間の武力衝突が想定されている。

泉には小さな茶屋があるだけで、その周りは草原地帯となっており、泉の占領状況に関わらず、いずれにしても野戦になる。

そしてわずか105人の小競り合いなので、長期戦にはならず、大体は1日で決着が付くとのこと。

食料と水は予備を入れて5日分を各自が背負っている。

槍兵と弓兵は食料の他に重い武器と更には大型の盾を背中に括り付けており、荷物が多くて大変そうだ。


俺は魔収納があるのでもちろん手ぶら。ふふふ、買って良かった魔収納。

丸一日の行軍も全くの余裕。荷物がないのもあるが、レベルが上がって身体能力が向上していることも大きな理由だろう。

ちなみに将隊メンバーは全員手ぶら。誰かがあるいは全員が魔収納を持っているのだろう。

おまけに全員馬上の人なのだから、全くもって、偉いさんは恵まれてるね。


行軍中に暇に任せて、ソーシンに泉のことを尋ねてみる。

「泉を領有することには何か実益があるのか?」

「さあ?茶屋を経営して上がりを手に出来るけど、利用者はほとんどいないし、山賊や魔物が多くて駐留するのは大変だしで、むしろ赤字らしいな」

「街同士の本格的な戦争になった場合に、中継地の水場を確保しておくことが重要みたいだよ」

将斗班の若者が教えてくれる。


そういうものか。

「山賊や魔物対策にも、中継地点確保のためにも、せめて砦でも作ればいいのに」

「茶屋以上のモノを立てるとヌバルが大騒ぎするから、刺激しないように気を使っているんだって」

めんどくさい街だな。

それともお互い様なのかな?


陽が暮れかけた頃、今夜の野営予定地に着いた。

偵察の騎馬隊から情報がもたらされる。

「茶屋駐留部隊は全滅。斬殺死体が散見されます」

「なんだとぉ!」「ヌバルの奴らめ」「許さん!」

怒りのボルテージが上がる。


「泉は現在無人。付近に敵偵察部隊の気配あり。敵本隊は徐々に接近しつつある模様」

どうやら予想通り、明日開戦となりそうだ。

今夜は交代で見張りを立てて野営し、明日に備える。

作戦は明朝伝えられるとのこと。


山賊、魔物、敵部隊を警戒して、交代で見張りを立てているが、近くにあるのは魔物の気配のみ。

ゴブリンとコボルトが結構多く出没している。

襲って来ると面倒なので、気が付くそばから地竜の石弾と水竜の落滴で仕留めてもらう。


火{あ、あちしは!?}

「火竜の攻撃はあいつら相手には強力過ぎるし、音と光で夜間は特に目立つもんな。明日活躍してもらうから今夜はおとなしくしててくれよ」

火{ぐぬぅ}水{クスッ}


こうして、野営地の夜は何事もなく更けて行くのであった。



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