ランカー
出来れば防御魔法使用がバレないようにしたい。
盾らしくない、魔法盾ならではの利用方法はないか。
そんな事を考えていたので、隙があったのだろう。
エランがズバッと踏み込んで来た。上下左右の斬撃に連続突き。この間合いはマズイ。
更に踏み込み間合いを潰してゼロ距離にし、接触からの崩しを狙う。
警戒するエランが足を使って距離を取ろうとする。
それを待ってた。透明な石盾をエランの背後の足元に展開した。
ガツン、盾がエランの足運びを阻害する。
障害物に下げ足を取られて、エランがバランスを崩す。
一瞬ではあったが、そんな馬鹿なという動揺、そして足下に視線が動く。
好機!ミスリルソードを横薙ぎ、無理な体勢から受けた小太刀ごと下腹あたりにヒット。
エランはもう一方の小太刀を投げつける捨て身の攻撃、それを上体を振って躱す。
自ら後方に跳んでバク宙で体勢を整えようとするエラン。
回転中の体に向けて短剣を突く、腿にヒット。
一歩踏み込んで、空中で縦回転を完了しつつところへミスリルソードを斜め下に振り抜く。
尻から背中辺りにかけて斬った手応え。
下方から2本目の小太刀が投げつけられる。
のけぞりながら危うく躱す。
バク宙を完成させて地に立ったエランの体にはあちこちにオレンジの線やら同心円が浮かび上がる。
「それまで」赤旗が3本上がる。
勝った。手強かった。
周囲がざわめく。
「エラン殿を足で凌駕した!」「速過ぎて分からんかった」「足掛けた?」
「足捌きが凄い」「この先どこまで行くかな」「こりゃ楽しみだ」
「さすがだ。真向勝負じゃとても及ばん」
讃えるようにぽんぽんと軽く俺の腕を叩くエラン。
「あなたには、闇夜に狙われたくないです」
「ははははは」
凄く嬉しそうに笑う。やっぱりそっち系の人なんだ。
「ときに貴殿、あれは、どうやったのだ?」
エランが小声で尋ねる。
「えへへ、秘密です。体術とは別物であるとだけ」
「ふふふそうか、頑張れよ」
片目をつぶるエラン。いい人だなぁ。
ここでも俺は人気者だった。
ランカーでもポイントは大事なようで、ポイントが稼げて、負けても順位を奪われる危険がない俺との対戦は美味しいらしい。まあ俺も失うものはないし、貴重な経験が積めるので文句ないけどね。
直ぐに次の対戦が決まる。相手は89位の射手。武器は短弓、射程は短いが速射に適した弓だ。
弓戦の場合は、魔法陣の端と端に位置して試合を開始する。
間合いを詰めるまでが勝負だ。
「はじめ!」
少し角度を付けてダッシュ。射手が射た時点で方向を変えてくの字に走る。
む、矢が扇状に3本同時に飛んで来る。このままだと1本当たるので、ミスリルソードを抜いて弾く。
剣を抜いてしまったので、ダッシュの速度が落ちる。
再度方向を変えるが、襲って来る次射3本のうち、1本を首を振って躱し、1本を剣で弾く。
あと3歩で剣の間合いに入る。
射手は回り込みながら連射する。右手に5~6本の矢を持って次々に必殺の矢を発射する。
双剣を最小限に動かしながら、全ての矢をいなす。
よし、剣の間合いに入った。
ミスリルソードを横薙ぎに一閃。
仰向けに倒れ込みながら躱した射手は最後の1矢を俺の体の中心に射る。
矢が弦を離れるとほぼ同時に短剣を矢じりに当てて受け流し、切り返したミスリルソードを、仰向けに倒れつつある射手の胸に突き立てるべく、肘を上げて切っ先を下げた。
おっと、射手のつま先が跳ね上がる。靴に剣が仕込んである。
そして弓を捨てた手にはナイフが握られているではないか。なかなかの早業である。
しかし、ゼロ距離でのもみ合いは体術家である俺の領分だ。
両足の間に踏み込んで、腿の部分で足蹴りを制し、突き出されたナイフを躱して腕を制し、ミスリルソードをがら空きの首に打ち込む。
パスッという煮え切らない手応えと首にオレンジの斬撃線。
「勝負あり」
ふーっ。弓もなかなかに手強い。
「やるなー。俺は弓組では上から5番目なんだぜ」
やはり弓は、下位に対しては強いが上位の猛者相手では、10m距離のタイマン勝負は不利なようだ。
それにしても、ランカー相手は結構しんどい。精神的に。
少しだけ休むことにして、他者の試合を観戦する。
太くて長い鋼の棒を操る大男が戦っていた。縦にも横にも大きい巨人。身長は軽く2m以上ある。
武器の棒は、直径7~8センチ、長さ2.5メートル程。重量感が凄い。力技タイプだな。
ブンブンと棒を振り回す巨人。
攻撃にはロランほどの回転速度は無いが、棒の端を持っての長射程攻撃、中ほどを持ってのより速い中射程攻撃、一端が行き過ぎたと思いきや逆端から攻めるという、二刀流的な双端攻撃。
多彩な攻撃だ。技術も相当高い。
そして、軽々と棒を扱っているのでつい勘違いしそうになるが、この重量の棒が当たれば衝撃ダメージにより、その時点でアウトだろう。
案の定、対戦相手が両手剣を打ち合わせて迎撃したところ、剣を飛ばされた。
剣を握っていた両手の指はオレンジ色に染まっている。
衝撃自体はカットされていても、衝撃判定が入って手が痺れたんだな。
白旗3本。武器を失って勝負ありだ。
うわ、俺の次の対戦相手はあの棒の巨人だ。73位のランカーか、どうするかな。
取り敢えず、ミスリルナイフにも不斬布を巻いてベルトに刺す。
双剣も全て鞘に納めたまま、無手で対戦場に立つ。
「武器は抜かないでよいのか?」審判が尋ねる。
「ええ、これで行きます」
「そうか。では、はじめ!」
棒巨人が無手の俺を凄く警戒している。
あっという間に仮89位に昇った無条件挑戦権持ちの特例者が、無手で向かって来る。
うん、これは何かあると思うよね。
暫く佇んでいた巨人が動き出した。
あ、この人は見かけによらず繊細で、キチンと手順を考えて戦闘に臨む人なんだ。攻撃の意図が読める。
まずは端を持って俺の肩の高さへの横薙ぎの一撃。
身を低くして躱して、距離を詰める。
棒が半回転したところで、突然、逆端が迫る。掌の中で棒をしごく様に動かしての突きだ。
しかしその意図を読んでいた俺は、突進しながら紙一重で突きを躱して、懐に飛び込みかつ後ろ手の手首を右手で掴む。
手首を掴みつつ腕を絡ませて肘関節を極める。
巨人は後ろ手を開いて棒を離し、もう片方の腕の手首を返して棒で俺の頭を打とうとする。
させてなるものか。空いている左手でその手首を掴んで棒の軌道を逸らし、ついでに手首と肘を極める。
棒が地面に落ちる。
そして極めた両腕を反時計回りに回し、追加で左足を飛ばして真横に足払い。
巨人の体が浮いて、綺麗に回る。
巨人の体が宙を回っているうちに、右手を離し素早くミスリルナイフを抜いて、回転の中心あたりに突き刺す。
左手は極めた関節が痛まないように、回転を追って動かしつつ、地に倒れた巨人を制するように、極めたままぐいっと押し付ける。巨人の胸にはミスリルナイフによる円形のオレンジ斬撃痕。
更にとどめに無防備な背中にミスリルナイフを突き立てると、オレンジの同心円が浮き出た。
決まったかな?
審判がグルグルと手を回して、ピッと俺を指さす。
「反則負け」
「「えっ!」」
「関節を痛めかねない危険な投げだ。許容できん」
「あっ、そうか!」
なんと、あっけない幕切れ…。
「済みませんでした。慣れないもので」
「いや。見事だった。実戦なら完璧に俺の負けだ」
巨人、潔いじゃないか。やっぱり肉体派の武人はいいね。
「ところで無手で来たのはなぜだ?」
「いやぁ、剣を持ってても遠間では意味がないし、懐に入るためにはむしろ邪魔でしたから」
「そうか、俺を軽く見た訳では無いのだな」
「とんでもない。むしろ苦肉の策ですよ」
うん、ランカー達はみんな強いよ。
再び一休み。
目の前では7位の片手剣・盾と3位の両手剣の試合。
いや、これさ……。速いよ。人間の動きじゃないよ。
「上位は速過ぎて、何をやってるのかさっぱり分からんな」
観衆のひとりがぼやいていたが、うん、その気持ちは良く分かる。
これはアレだな。単にレベルが高いだけじゃなくて、強化魔法という奴を使ってるな。
こんなの相手にできんよ。
補助や強化の魔法がOKで、攻撃魔法や本気の体術がNGというルールの中では、勝てん。
地{いや、そこをなんとか工夫するのだ}
火{爆で武器を壊そうか?}
水{酸霧、出す?}
うーん…、考え込んでいると、隣の対戦場がザワザワしている。
視線を移すと、槍が突き刺さり倒れている戦士がいるではないか!事故か?
急いで駆けつけて、野次馬の一人に聞く。
「どうしたんですか?」
「不斬布が外れてしまってな。また間が悪いことに魔法陣の外にいる時に突いちまったのさ」
心臓は外れているようだが、出血がひどい。回転突きで周囲の内臓に相当なダメージがあるようだ。
審判が竹筒から傷薬を掛けているが効果は薄い。傷が深過ぎる。
まてよ、俺は魔収納から傷薬極上を取り出して、負傷者の傷に振りかけて見た。
すると、傷がみるみる修復されていく。
「おおー!」歓声が上がる。
「この薬はすごいな。これならイケる。槍を抜くから、素早く残りを掛けてくれ」
審判が、ぐぱっと嫌な音を立てて槍を抜いた。
傷口からドバーッと激しく出血したが、傷薬極上を掛けるとすぐに傷口が塞がった。
人垣を掻き分けて、白青ツートンの裾長の服の女子が姿を見せ、負傷者に駆け寄る。
傷の様子を見た後で、胸に手を当て、更に瞼を押し開いて瞳を観察する。
「一命をとりとめています」
「おおー!」再び歓声が上がる。
「ありがとう、ありがとう。あなたのお陰だ」
対戦相手なのだろう、1人の男が俺の手を取って涙ぐんでいる。
「失血が多いので暫く安静が必要です。あなたとあなた、この方を運んで下さい」
成り行き上、俺と対戦相手の人とで、気を失っている元負傷者を担ぎ、女性の指示に従って移動する。
建物に入り、暫く行ったところで扉を開け、部屋の中にあったベッドに寝かしつける。
ここは医務室みたいなところだろうか。
「さてと、何が起こったのかしら?そういえば、あなたは見ない顔だけど」
「神官さん、俺が不注意で怪我させてしまって、この人は高価な傷薬を提供して助けてくれたんです」
「たまたま持ち合わせがあったので」
「ふうん、治癒魔法じゃないのね。でもこれほどの負傷を完治させる傷薬があるんだ」
元負傷者は危機は脱したものの未だ意識が戻らず、そのまま対戦相手が付き添うことになった。
「あなたはどうしますか?傷薬の補償の相談でもしますか?」
「いや、それはいいです。できたら魔法を扱う部署に連れて行ってもらえませんか。見学したいんです」
「え?」
怪訝な顔をされたが、ここでも例の無条件挑戦標の金属片が効果を発揮して、案内してもらえることになった。
廊下を歩きながら、ワクワクして尋ねる。
「あなたは神官なんですね。治癒魔法を使うんですか?」
「そうです。でも私では、槍の貫通創を完治させるほどの治癒魔法は使えません」
治癒魔法、見てみたいなぁ。
「魔法研修所は、すぐそこです」
「研修所?魔法を取り扱う部署はそういう名称なんですか」
「ええ。庶民的でガサツな武術と違って、魔法は貴族的でアカデミックですから」
誇らしげに語る女性。
ふーん、そういう扱いなんだ。