傭兵の溜まり場
お金の単位をg→Gに変えました。
gだとグラムっぽいですから。
ちなみに1G=1万円程度です。
スケルトン達との充実した火花の散るような訓練を終え、落ち着きを取り戻してみると、改めてすっかり疲弊していることに気が付いた。
身につけたばかりの竜知覚(抑)をフル活用しての戦闘は、肉体的にもそうだが特に神経・精神的なエネルギーを根こそぎ持ち去ってしまった。
歩くのもしんどい。食欲も無いところへ無理やり完全食のパンを流し込んで、早々と泥のように眠った。
そして翌朝。
「ふぁ~良く寝た。うん、体調は万全!さすが超回復。筋肉痛も全然なし」
竜知覚(抑)も絶好調。オンオフを繰り返してみたけれど、これはもう手放せないと確信した。
使い勝手の良い高機能をいったん手にしてしまうと、もう元には戻れないあの感じだ。
「なんということだ。こんな贅沢が許されていいのか?」
地{よいよい。お主の霊力も益々美味くなる}
火{そうなの!すんごい美味でびっくりなの!}
「これはあれか?豚は太らせて食えって奴?」
地火{………}
「っておい、否定しろよ!」
火{ヌシさんは豚じゃないよ}
地{うむ、確かに全く豚ではない}
「そっちかよ!もういいよ。…はぁ」
*****
タグの街に戻り、訓練場に顔を出した。
「おー。また来たな。えっと?」
「やあソーシン。俺は将斗だ」
「マサトか。盾はどうだ、使えそうか?」
「どうだろ?相手をしてくれるかい」
木刀の片手剣を一本借り、鍋蓋のボロ盾を背嚢から出して、用意を整える。
「さあ来い!」
ソーシンがゆっくりめに撃ち込んでくる。回避も盾の受け流しも容易だ。
しばらく流して体が温まったので、けしかけて見た。
「ソーシン、本気で来ていいぞ」
「あのな、…既に全力だって」
え!?ソーシン、今日は調子が悪いのかな?
「うーん、おいロラン、お前も来い。弟のロランと二人掛かりならどうだ?」
全然余裕だった。ロラン、スケルトンよりも遅い…。
地{そりゃあスケルトン達は、生前はいっぱしの戦士だったろうからな。アンデッド化して鈍くなったとは言え、子供よりは速かろう}
火{人の知覚と竜知覚とでは体感速度が違うんじゃないのー?}
そうか、神経伝達速度とかそういうのが違っているのかも知れん。
昨日よりもソーシンが遅く見えるのは、俺の反応速度が上がったせいか。
そういうわけで、2人掛かりでも全く余裕。遊びにもならないくらい。
「うわー楽しそうだなぁ。おいらも混ぜてもらおっと」
子供たちが加わり出した。
5人相手で、片手剣とボロ盾で余裕。魔法の石盾は使うまでもない。
盾での受け流しや盾プッシュをしたりするうちに、さすがにボロ盾は耐久が尽きて壊れてしまった。
なので、木刀片手剣の二刀流に変える。
これだと防御力は盾より少し落ちるが、攻撃力が増す。
矢や魔法を防御する必要のない状況下では、盾よりも左片手剣の方が役に立つ。
子供の数がどんどん増えて、現在12人。
一か所に留まらずに、足を使って移動しつつ、位置取りを考えて戦う。
まだまだイケる。注意するのは強く撃ち込まないこと。そっと当てるだけにする。
剣訓練中の20人全員が加わったが、状況に変化はない。相変わらず余裕だ。
烏合の衆とはこういうことか。
互いに邪魔しあってうまく囲めないし、囲んでも組織的な攻撃が出来ていないので全然怖くない。
チームアンデッドの連携がいかに効果的だったのかが逆によく判る。
とうとう槍訓練生も加わって35人を相手にすることになった。
しかし、結果は俺の圧勝。一撃も喰らわなかった。
楽しかったけれど、正直いうとあまり役立つ訓練にはならなかったなぁ。
強いて言えば、烏合の衆が大勢いても脅威では無いと分かったことが収穫か。
槍が加わることによって、子供連合軍はより混乱した。同士討ちが発生してしまう。
長物の武器を振り回すと、どうしても味方に当りがちなのだ。
子供たちはわぁわぁとお祭り騒ぎで珍しいイベントを楽しんでいたが、怪我人が出るのは頂けない。
「ほい、そこまでだ」
監視役の元兵士のおっちゃんが止めに入る。
結局、子供の怪我の治療のために、傷薬(中)2本(下)5本が必要となり、15Gの出費となった。
子供たちに払わせる訳には行かないので、もちろん俺が払った。
傷薬を掛けると嘘のように怪我の状況は回復する。さすが魔法世界の薬!
それでも骨折や脱臼の4人には痛い思いをさせて申し訳なく思う。
大怪我をした4人は7~10歳の小さい子達で、わーわーウロチョロしているうちに要領悪く槍や大剣の危険な間合いに入り込んで打たれてしまったようだ。
お詫びに怪我人4人と、ソーシン・ロラン兄弟も呼んで、彼らにお昼をご馳走することにした。
「僕ね、『暴れ牛亭』に行ってみたい!」
「いいね」「そこ行ったことない」「父ちゃんが近付くなって言ってた」「行きたい!」
え、なんか怖い発言を聞いたような気もしたけど。
「傭兵の溜まり場になってる店だけどな。でもまだ昼だし、いいんじゃないか?」
「「わぁーい」」「「やったー!」」
ソーシンの一声で決まってしまった。
暴れ牛亭は場末にある無骨な造りの店だった。
夕方からの酒場がメインで、昼は申し訳程度に店を開けている感じ。
店内は薄暗く、アルコールと汗と革と鉄の匂いが染みついている。
昼間から酒を飲んでるうらぶれた男や、軽武装の悪人面のグループ客が数人いる。
でも子供たちはキョロキョロ嬉しそうだ。冒険が楽しくって仕方ないオーラが出ている。
「ステーキ食べたい」「ステーキはレアに限るぜ」「うんレアだぜ」「僕も」
分って言ってんのかな?
「血がしたたる肉と良く焼いた肉とどっちがいい?」
「良く焼いた肉」「当然」「あったりまえだー」
だよね(笑)。
「ステーキをウエルダンで。あと野菜とパンを適当に。7人前ね」
ガタイのいいおっさん店主が俺を上から下まで眺めまわしてから言う「2Gになるが」。
「じゃ、これで」前金で払う。
なぜかソーシンが目を見開いている。
店員が去ったあとで聞いてみた。
「安いよね」
「ば、馬鹿ッ!滅茶苦茶高い。ぼったくり価格だっつーの」
そうなのか?
しばらく待つと、料理が来た。
ステーキが凄い量!さすが高いだけのことはある。これだけあれば足りないってことはないだろう。
子供達がわぁわぁキャァキャアむしゃぶりついている。
ふふふ、よきかな善き哉。少年達、たらふく食うべし。
ふと見ると、汚れた壁に貼り紙。
『盗むな。むやみに殺すな。無理やり犯すな』
「これ何の標語?」
「法だよ。知らないのか」
「俺は遠国から来たからよく知らないんだが、法ってこの3つだけなのか?」
「そうだよ」
なんて単純明快な…。
その隣にはボロボロの貼り紙。
『賞金2000G 領家の宝剣』の文字と仰々しい拵えの、これは短剣か?
「凄い賞金だね」
「ああそれはダメダメ。もう何年も前からの依頼だ。段々賞金額が吊り上がったけど結局だめで。どうやらハーピーの巣にあるらしいんだけど、もう何人も死んでる。集団で行っても大損害を出すだけでさ」
ふーん、傭兵の溜まり場って言ってたな。だからこういう依頼が貼ってあるのかな?
「この街には傭兵がいるのかい?」
「え、他の街にはいないのか?逆に驚く。傭兵っていうのは、正式雇用されていない浪人兵士のことさ」
現在無職で求職中や臨時雇いの兵士が傭兵なんだ。
「傭兵の溜まり場って、自然に溜まるのか?」
「ああ、雇い主の情報交換もあるし、溜まり場には雇い主から声掛けがあったりするからな」
「浪人はならず者だからクビになるんだよ」「能無しだって」「雑魚は集まるって」
少年達が得意げに言う。話に混ぜてもらいたくて知識をひけらかしてるな。
でもな、お前たち。浪人の溜まり場でその言いようはまずい!
案の定、反感や怒りの感情が、そこここでぶわっと吹き上がってるぞ!!
「そんな暇があったら仕事しなお前は浪人かって、母ちゃんが良く言う」「ちゃんとしてないと将来傭兵になるんだよ」
あー止まらない、これはもうダメかも知れん。
どこかからコップが飛んで来て、得意げに喋っていた少年の頭に当たった。
中の液体がバシャッと料理の皿にかかる。
「うわっ、何すんだよー!」
のそりと男が立ち上がる。でかい。190センチ超か?顔に大きな傷。
文句を言った少年に近付き、料理の皿を取り上げると、振り返って、店の隅で酔いつぶれて眠っていた男に皿の中身をぶちまけた。
「おーおー、いくら能無しの雑魚だからって、この扱いは酷いんじゃないか?」
「おいらじゃないやい!あんたがやったんだろ」
男が手近な椅子を掴み、ぐわっと振り上げると、テーブルに思い切り叩け付けた。
バキバキッ、ガッシャーン。
派手な音を立てて椅子が砕け、テーブルが潰れて料理の皿が床で粉々になった。もちろん料理は台無し。
ああ、俺はまだろくに食ってないのに…。
「おいおい、ぼっちゃん方、気に喰わないからって暴れるのは良くないぜ」
周りの客達はニヤニヤしている。いつの間に増えた?結構な人数がいる。悪そうな奴ばっかりだ。
せっかく上機嫌だった少年たちが、声も無く青ざめている。
でも誰も逃げ出さないし泣いてもいない。さすが戦士の卵たち。
「済まなかった、許してくれ。子供の戯言だ、悪気はない」
お!ソーシン、大人な発言だ。
「ふん、お前らが引率か。躾けの悪いガキどもだ。ただじゃあ許せんな」
「じゃあどうすれば?」
えっと、こそこそとポーチを覗いてみると、俺の現在の所持金は124Gか。
でもこれって、こっちが金を払うようなことなのかな?
この世界のルールはよく分からないので、成り行きに任せることにする。
「そうだな、そこの変な服のあんちゃんのロングソード、それを置いて行け」
変な服のあんちゃんって俺のことか。ミスリルソードを渡せと?
「それは出来ない」ソーシンが即座に断ってくれる。
「ならこの店らしく、力尽くで決めたらどうだ?お前らとこいつらの決闘ということで」
別の男が取りなすように言う。こいつもニヤついている。
「さっぱり判らないんだが、決闘って何だ。それはこの場合ありなのか?」ソーシンに尋ねてみる。
「この場合に相応しいとは思えんが、決闘で問題に決着を付けることはある。戦闘不能になるか降参すれば勝負が決まる。ただな、決闘だと殺されても文句は言えない」
ふーん、分かったような分からんような。とにかくこの場は納めてしまおう。
「こっちは子供だから、俺が一人で相手をするということにしてくれないか?」
「ふん、その条件、飲んでやってもいい。だが、俺らは全員で相手するぜ」
「いいよ。俺が勝ったら全てを水に流すということで頼むよ」
「がっはっは。良いだろう。俺らが勝ったら貴様の剣を貰うぞ。オヤジ聞いたな。証人になれよ」
店主が苦々しい顔で頷く。
「剣一本で話が付くなら悪くねえ。若けぇの無理すんな。それと店の備品は壊すんじゃねぇぞ」