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8 出会い 後

「申し訳ないけど話は聞かせてもらったわ」

「この声はエラメーラ様?」


 光が人の形となり、小人サイズのエラメーラが空中に浮かぶ。


「話は聞いてなかったんじゃ?」


 その姿はメルヘンチックだなぁと考えつつ聞く。


「今回は聞かせてもらってたの。ロナの動きがたまに見るアサシンと似てたから、厄介事に首を突っ込んでいるんじゃないかと思って」

「お初にお目にかかります。エラメーラ様の仰るようにアサシンとして動いていましたが、今は逃走の身です。ずうずうしい願いと承知しておりますが、なにかいい考えがあれば教授願いたく」


 そう言ってロナは深々と頭を下げる。そのロナに顔を上げなさいと声をかける。顔を伏せられていると嘘を見破りにくいのだ。


「聞いていたからわかる。それに対する答えとまではいかないけど、ヒントになりそうなことも思いついているわ」

「まことですかっ」


 これまでの平坦さがない感情のこもった反応だ。それだけ希望の持てる返答だったのだろう。

 ちなみにエラメーラがロナを助けるのはロナのためではない。平太に降りかかる厄介事をはねのけるためだ。ロナが平太に拾われなければ、エラメーラはロナを見捨てていただろう。神といっても全てを救うわけではないのだ。むしろ基本姿勢は見守り手は出さないというものだ。


「ヘイタ、ヒントは既に出ているわ。これまでの会話を思い出してみなさい」


 すぐに答えを与えず、平太に考えさせる方向で進める。誰かに頼ることは悪くはないが、なにも考えずにすぐに誰かに頼るようになっては駄目だと考えている。そのため考える癖をつけさせようとしていた。


「これまでの会話にヒント?」


 平太は会話を思い出していく。会話の全てを覚えているわけでもないので、考えはなかなか進まない。


「んーわからないな」

「そう難しいことでもないのよ? 追手が諦める条件がロナの死と言っていたでしょう? だったらそれを採用すればいいのよ」


 二人の脳裏に浮かんだのは殺害の二文字。


「死にたくないのですが」

「俺も殺すのは嫌なんですけど」


 二人の、というよりも平太の言葉にエラメーラは苦笑を浮かべる。


「あなたには殺さなくても死んだと偽装できる能力があるでしょうに。死体を作ればいいの」

「……俺の能力ってそんなことまでできるんですか!?」


 ロナもそのような能力があるとは聞いたことがなく不思議そうにしている。


「生物は生み出せないけど、物としてなら体一つ生み出せるわ。注意点はできないと思ってると失敗する可能性があることかしら。できると言った私を信じて?」

「はい。信じます」

「えらくあっさりと」


 平太の即答にロナは目を丸くしている。


「美少女の頼みだからねっ」

「神様ということじゃなくて、そこで決めたの?」


 もちろん世話になっている神様ということもあるが、美少女ということもかなりの割合を占めていた。


「おっぱいとか美少女とか、ほんと普通の男の子よね」


 エラメーラは微笑ましそうな視線を向ける。長年町を見ていて、平太の年頃の男がそういったことを言うのも珍しくはないと理解しているのだ。


「当たり前ですよ。能力以外はそこらへんにいる男ですよ俺。それにしても医療室の話も聞いてたんですか?」

「そっちはメイドがほかの神官から聞いてたの。目立つ会話してたら私のところまで届くわよ。大きな胸が好きなんだって?」

「小さいのも好きです」


 恥じることなく胸をはる。平太は巨乳好きではなくおっぱい好きなのだ。大きいものだけではなく、小さいものもそれはそれでよいと思っている。

 地球にいたときは、乳だ尻だといった話を友達として女子から冷たい目で見られていたものだ。


「それにしては私にそういった視線を向けてこなかったけど」


 エラメーラが自身の胸に手を当てる。大きいとはいえないが、少しは膨らみがある。ロナも自身の胸に手を当てる。こんな肉の塊のどこがいいのかと首を傾げる。能力が暗殺向きなので女を武器とする方法は教えてもらっていないのだ。


「さすがに常日頃からセクハラになるような視線は送りませんよ? 水着とか見ても構わない状況だと見ますが。ロナのおっぱい触ったのも偶然ですし」


 仰向けに倒れていたら胸に見とれていただろうが、肩を揺するなり頬を軽く叩くなりといった方法で起こした。

 胸が好きと公言しているとはいえ、痴漢として捕まるようなことはしない。

 話がずれてきているとロナが指摘し、追手を撒く話に戻る。


「えっと俺の能力で死体を作って追手に死んだと思わせるってことでいいのかな」

「そういうことになるらしい」


 あっているのかとロナはエラメーラを見て、頷きが返ってくる。


「そこまでそっくりな私を作れるのですか?」

「本人が目の前にいるから大丈夫。今日は能力もう使ったの? 使ってないから確認のために今使ってほしいのだけど」

「ロナが怪我してるのかと思って治療に使ったんで今日は無理です」

「だったら確かめるのは明日ね」


 二人の会話でロナは、平太の能力がどのようなものかあたりをつける。体を作るということで生産系統なのかと思ったが、治療能力を使ったともいう。生産と治療が両立する能力を考え、思い当たったのは治療系の魔術具を能力で生み出したのではないかということだ。

 贋作という能力がこれにあたる。この能力は珍しく、二人の会話にあてはめて矛盾がないとロナは判断した。

 この能力持ちはフォルウント家に多く生まれ、平太はそこの関係者なのだろうかとも推測する。だとしたら歴史ある家の出身ということもあり神と繋がりがあってもおかしくはないと思う。

 実際には歴史があろうが権力を持っていようが、神たちにとって贔屓する材料にはならない。一般人には神と接する機会などないので、そういった考えはわからない。ロナも同じでそうなのだろうなと推測しただけなのだ。


「ロナ、追手はもうこの町に入っていると思う?」


 エラメーラの言葉にロナは首を横に振った。


「さすがにまだだと思います。でも三日後には確実にきていると思います」

「だとしたら今日明日でどうやって撒くか考えて、実行は明後日以降がいいわね。私はこれから考えてみるから、二人もどうしたらいいか考えてみなさい。あと今日はこのままここから動かないように。警備をこっちで回して守らせるわ」

「ありがとうございます。でもどうしてここまで? 私はアサシンでこれまで何人も人を殺しています。助けるに値しないのでは」


 肉にナイフを突き立てた感触、噴き出て皮膚についた血の生暖かさと匂いを思いだし、表情を暗くしながら言う。


「理由はあるわよ? ヘイタが死なないようにするため。たまには人を助けてみるのもいいと思った。暇つぶしになる。それにその様子から察するに暗殺を楽しんだのではないでしょう? 罪に苦しみ、血なまぐさい生活から抜け出そうともがいた。光に憧れて伸ばされた手を取ろうと思わせるには十分なこと。そこから先のことまでは責任もたないけどね。神のきまぐれだと思いなさい」


 ロナは言葉なく頭を下げ、ぽたりぽたりと水滴が床に落ちる。一分ほどで涙をぬぐい顔を上げた。


「ヘイタは愛し子なのでしょうか?」

「違うけど、事情があってね。こうして偶然厄介事に巻きこまれたら守ってあげようと思っているの」


 自分から厄介事に首を突っ込んだ場合は自己責任だ。手の届く範囲ならそれでも少しくらいは手助けするが。

 用件を終えたエラメーラは明日の朝また来ると言って姿を消す。


「とりあえずミレアさんにロナが泊まることを伝えないと。エラメーラ様から動かないように指示されたことを言ったら大丈夫だろ」

「一緒に行く」


 部屋から出た二人は洗濯物を取り込んでいたミレアにロナの宿泊を伝える。エラメーラのことを言うまでもなくあっさりと頷き、食べられない物を聞いていく。

 その後は早めに沸かした風呂にロナが入り、強行軍の疲れと汚れを落とす。

 夕食の席で一人増えたことにバイルドは疑問を抱かずに流した。これはときおりミレアを訪ねて客人がくることがあったからだ。ロナのこともミレアを訪ねてきた客だと思っていた。

 寝る前にミレアから服を借りたロナが平太の部屋にやってきて、どうやって追手を撒くか話し合う。そのとき胸元を緩め、覗けるようにしていた。手伝ってくれる礼として緩めているのだ。だから平太の指摘には驚いた。


「胸元締めた方がいいよ」

「胸が好きって言ってなかった? 覗けるようにしてたんだけど」

「やっぱりかー。なんとなく不自然に感じてたんだよね。わざと見えるんじゃなくて、偶然ちらっと見える方が好きなんだよ。だから見て見てーってやられても特に嬉しくないんだ」

「変なこだわり」


 柔らかな表情を浮かべたロナは服を正す。


「趣味嗜好は人それぞれだからねぇ」


 友達との会話で趣味嗜好は、それぞれにこだわりがあると知っている。だから理解を求めるようなことはしない。

 翌朝、朝食を食べ終えて平太とロナで話しているところにエラメーラが現れる。


「どんなふうに誤魔化すか決まった?」

「いくつか方法を話して、追手に殺されたように見せかけるのがいいんじゃないって結論がでました」


 ほかにはこの町で犯罪を起こして処刑されたことにしたり、似たようなもので犯罪を起こして牢に入れられたところで追手に毒を盛られたように見せるといった方法もでた。

 それらを却下したのは、追手自身の目で処刑されたところを確かめていないので逃げるための策と思われる可能性がある。牢という閉鎖された空間では偽の死体との交換ができないという理由だ。


「うん、私も同じ。あとはロナというアサシンが町に入ったことにいち早く気づいた私が他の土地に転移させて追い出したってことくらいね」

「それじゃ駄目なんですか? 追手に殺されるという案よりも安全だと思うんですけど」

「追い出したってことをアサシンたちに違和感なく知らせる方法がないのよ。普通はたかだか一人のアサシンが入ったことに敏感に反応しないわ。わざわざそういった行動を起こして、アサシンたちに知らせること自体が怪しまれるの」


 結局、自分たちの手で殺したと思わせることが確実なのだ。


「どこで殺されるかなんだけど、それは考えた?」

「町の外、林とか岩場とか俺の隠れられる場所がいいんじゃないかって話しました。町の中だと目撃者がいるかもしれないから。追手を撒いたあとに殺されたはずのロナが生きて歩いていたら騒ぎになるかもしれなくて」


 アサシンたちの攻撃を受けて、しのぎ切れないと考えたロナが死体を置いている場所まで移動し自殺するという形にして、その場面を通りすがりの薪集めに変装した平太が目撃する。こういう流れだと死体を作った平太がいてもそうおかしくはないだろうということになった。アサシンたちは仕事での殺しでは目撃者は殺すが、制裁という形では目撃されてもそこまで気にしないということなので、平太を目撃者にしても大丈夫なのだ。平太そのままだとロナを運んでいた人物とわかり、二人で逃げる策を行っていると思われるかもしれないため、変装する必要があった。


「うんうん。だとすると南に小さな林があるから、そこで一芝居打つのがいいわね。死体を剣で傷つけるのを忘れないようにね? 戦ったのに怪我のない死体なんておかしいから」

「あとで林に行って現地を確認するとして、体を作ってみますか?」

「そうね。どれくらいで消えるのかも調べてみないといけないし」


 平太はロナをじっと見て、確認してから能力を使う。

 すぐにロナと全く同じの肉体が現れる。ただし全裸だった。服までは再現できなかったらしい。立った状態で出現したため、力なく床に倒れ込む。

 平太は裸の女に見て顔を赤くして固まっており、ロナは本当に現れたそっくりな物体に興味の視線を送っていた。

 そこにミレアがやってきた。


「なにか音がしたんですが……全裸の女?」

「あ、あのえっと、能力でロナを再現して。服までは再現できなかった」


 慌てていて能力がばれるようなことを口に出す。再現という能力はロナも知っているが、世界一希少ということもあり再現使いだとは思っていない。似た能力ということもあって言葉の綾として口に出したのだろうと思っていた。


「ああ、そういうことですか。さすがに異性がいる前で痴漢的なことはしないでしょうし、なにか理由があるのでしょう?」

「人の目がなくてもやらないよ!?」

「信じます。タオルを取ってきますのであとで教えてくださいね」


 ミレアは軽蔑するようなことなく、動じることもなくタオルを取りに行く。

 あっさりと信じすぎではないかと思っているエラメーラの横で、平太は誤解されなかったことに安堵の溜息を吐いていた。


「ロナ、偽者の体を少し傷つけて頂戴。血がでなかったら、血にそっくりな血糊を急いで用意しないといけないから」

「わかりました」


 腰に下げていた黒く塗られたダガーを抜いて、偽者の手の甲にすっと刃を引く。勢いよくは流れないが、たらりと赤い血が流れでる。


「大丈夫みたいね。当日は服を着せて斬りつければ怪我に関しては誤魔化せるわね。自殺に関してはナイフで首を斬るか、心臓に刺せば大丈夫かしら」

「そのようにします」

「タオル持ってきましたよ」


 戻ってきたミレアがタオルをかけて体を隠す。


「私がいつ消えるか見てるついでにミレアに事情を説明しておくから、二人は服とかを買った後に南の林に行ってきなさい。お金が足りないなら後で渡すから、ミレアに借りておいて」


 エラメーラにお願いしますと頷き、お金が足りなさそうなのでミレアに借りて平太と変装したロナは家を出る。ミレアから服と化粧を借りて、髪型も変えているので、ぱっと見はロナとばれないだろう。

 必要なものを買った二人は、昼食用のパンも買って町を出る。南の林までは徒歩二十分ほどだ。果物など食べられるものはないが、薪や薬草を取りに人が来ることもある。

 魔物はラフドッグとハンターバードがうろついているくらいで、強い魔物はいなかった。そのラフドッグもロナが一蹴し、追い払う。


「強いね。俺はこの前ラフドッグに追い詰められたんだ」

「鍛えられているから。殺したラフドッグ持って帰る?」

「いいの?」

「助けてくれるから、これくらいはどうってことない」

「ついでにもう一つ頼んでいい? ラフドッグが一匹だけいたら戦わせてほしい。それで危なくなったら助けてほしい」

「いいよ。林の探索ついでに探そう」


 ずうずうしいかなと考えた平太に、ロナはこくりと頷いて歩き出す。その程度の願いならば、追手を誤魔化そうとしていることと比べたら容易いことだ。

 すぐに一匹でいるラフドッグを見つけ、木剣を握りしめた平太が前に出る。助けがすぐそばにいることもあり、落ち着いてラフドッグの動きを見ることができた。おかげでロナのように楽々とはいかないが、助けなく倒すことができた。実力的には十分倒せる相手だったのか、成長はしなかった。自信には繋がったので、精神的余裕は生まれた。

 林の中を探索し終え、隠れるのにちょうどよさそうな藪をみつけた。


「このすぐそばに死体を置いておくよ?」

「わかった。私と同じ傷をつけた後、能力を使って藪に潜む」


 ロナの能力は潜伏に適したもので、動作音と匂いを消し視線を感じさせないというものだ。暗殺はこの能力をフル活用し夜闇に紛れた奇襲を行っていた。

 この能力を持っていたから組織に売られたのではなく、すぐに売れるのがそこだっただけだ。

 逃げ出したことからわかるように、才能は向いているがやりたいことは別という典型的な例だろう。


「もう確認することはないよね?」


 平太の言葉に、見落としがないか考え頷く。

 翌日、家で待機している二人に、町全体を見張っていたエラメーラからそれらしき者がやってきたと連絡が入る。アサシンたちが町を軽く探れる程度の時間が流れて、平太は動く。


「じゃあ、先に行ってるから」

「うん」


 薪集め用の籠を背負い、それに偽者に着せる服を入れて平太は家を出る。

 三十分ほどしてロナも家を出る。目立たないように隠れながらだが、隙をさらすように盗賊などが使う道を行く。その道の人間ならば通りそうだと予想できる道だ。案の定、視線が感じられた。それから逃げたと思わせるように、急ぎ足で塀を越えて町を出る。

 ちらりと振り返るとロナを追うように一人が塀を越えてこちらを見ていた。そのまま急ぎ足で林に進んでいると、背後からいくつもの視線が感じられた。振り返るとロナを追って、四人が走ってきていた。


(よし)


 上手く釣れたと小さく頷き、逃げるようにロナも走り始め、林に入る直前でナイフが飛んでくる。

 それを振り返りつつ避けて、戦闘離脱するために必要な煙幕の魔術具を左手に握りしめる。


「追いついたぞ。仕事を放り出して逃げる。その意味はわかっているのだろうな?」


 顔見知り程度に面識のあるアサシンが聞いてくる。


「当然。もう殺しは嫌」

「幾人も殺しておいてよく言う。我らにはこの道しかないのだ。いまさら他の道など選べるものか」


 少し前までのロナも同じことを考えていた。けれども逃げたことで生まれたチャンスがあり、これを逃せばあとはないとわかっているため、力を込めた声で言い返す。


「選んでみせるっ」

「ふんっ道などない。ここで我らに殺される定めよ。やれ!」


 無言で三人が動きだし、ロナも迎え撃つため腰を落として構える。

 致命傷だけは受けないように避けて戦う。ナイフ同士がぶつかる音と木の葉を踏み散らす音が周囲に響く。


「くっ」

「我ら四人を相手に持ちこたえるその技量、アサシンとして働けばもっと組織の役に立っただろうにおしいな!」


 小さな傷がいくつか腕や足にでき、ロナはその位置をしっかりと記憶する。

 体力も減っていてここらが引き時だろうと、煙幕を使う。周囲を灰色の煙が覆い、その向こうから男の「逃げても無駄だ」という声が聞こえてきた。

 その声を背に藪へと走る。そこには平太の姿はないが、同じ服を着た偽者が仰向けに倒れていた。綺麗な服を木の葉や土で汚し、急いで傷を作っていき、偽者の手にナイフを持たせ、首に当てる。


「……」


 少し止まったロナは色々なものを感じていた。

 これでアサシンを止められるという歓喜。今まで殺した者に対しての懺悔。アサシンとしての最後の仕事が自身を殺すことの皮肉。

 これまで殺した者の中には、悪さをしたのではなく商売などの邪魔だからといった理由で殺された者もいる。その人たちももっと生きていたかっただろう。そう思うと申し訳なさが湧く。自分が生きたいというのは傲慢でしかないのだろう。だがそれでもロナは生きたいのだ。明るい世界で、自由に過ごしたいのだ。


「……浸ってる場合じゃない」

 大きく息を吐いて同時に思いも吐きだし、ナイフを動かす。流れ出る血を見ながら能力を使い、藪に潜む。

 三分とたたずに足音が聞こえてきて、藪の隙間から四人の男たちが見えた。その表情には小さな驚きが見える。


「これは」

「逃げられないと思い自害した、というところでしょうか」

「そうかもな。擬態かもしれない脈を確かめてみろ」


 一人が偽者の手を取り、首を傾げた。


「どうした?」

「脈はありません。しかし死んだばかりにしては体温が低すぎるようなと」


 どくんとロナの心臓が跳ねる。


「偽者、いやこんなそっくりな偽者を仕事を放り出して追手がかかるまでの時間で準備はできんだろう。我らがつけた傷だって同じ場所だ。偽者を準備しておいたとしても、あらかじめ受ける傷を予測して先ほどの戦いで受けるなど、そこまでの技量があるとは聞いていない」

「付け加えるなら、この死体は死んだばかりのものです。準備しておいたなら腐臭などがするはず。仕事を放りだす前に準備していたのならなおさら」

「もとから体温が低かった、そういうことなのだろう。体温が低い以外におかしなところは?」


 死体のあちこちを探って、ほくろの位置や傷跡の位置を確認する。


「……ありません」

「では任務完了だ。ナイフを回収し帰るぞ」


 三人は頷き、林から去っていく。その途中で、薪を拾っているバンダナとメガネで変装した平太を遠目に見かけるが近寄ることなく去っていった。

 藪に潜み続けるロナは近づいてくる足音に警戒する。誰かが戻ってきたことを警戒したのだ。


「なんだこりゃ!?」


 やや棒読みの平太の声がしてロナはほっと息を吐き、藪からでる。


「あいつらは去っていった」

「上手くいったんだ。よかった」

「これで自由」


 嬉しそうに平太と出会ってから初めてはっきりとした笑みを浮かべた。年相応のもので、背負っていたものを下ろしたとわかる。


「じゃあ帰ろう」

「ん」


 頷き歩き出すロナの足取りは軽い。殺しの罪はなくなってはいない。それをロナ自身もよくわかっているが、暗い世界から解き放たれたことはどうしても気分を高揚とさせる。

 二人が去った林の中で、傷ついた死体が消える。その様子を欠片を通して見ていたエラメーラは、死体がアサシンとしてのロナを抱えて消えたことを願っていた。

誤字指摘ありがとうございます

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