7 出会い 前
このままここで待ってていいか聞くと許可が出たのでベッドそばに椅子に座る。
このままここで待ってていいか聞くと許可が出たのでベッドそばの椅子に座る。
ストレスで倒れていていたという二通りの結果になっていたはずだ。
ストレスで倒れていたという二通りの結果になっていたはずだ。
武具店での用事を終えた平太は、店を出てぶらぶらと歩きながらなにをしようか考える。そこに声をかけてくる者がいた。
「アキヤマだったか?」
「ドレンさん?」
数日ぶりに会うドレンが片手を上げていた。
「こんにちは。なにか用事ですか?」
「見知った顔を見かけたから声をかけたんだ。用事はない、いやちょっとした仕事をしないか?」
今思いついたようでどうだと尋ねる。それに平太は即答はできない。
「仕事……内容によりますね。俺じゃできないことかもしれませんし」
「そう難しいことじゃないさ。ここから東に二時間弱歩いたところにある草原に行ってもらいたいんだ。少し盛り上がった丘の周りにある草原だ。そこにクッツァっていう花が咲いててな、その花を根ごと五十本ばかり取ってきてもらいたい」
「俺はまだ駆け出しなんで五十本は無理ですよ。制限にひっかかります」
「斡旋所を通してなら大丈夫だろ?」
「あ、そういえばそんなこと聞きましたっけ」
斡旋所に向かいながら花の特徴などを聞いていく。六枚の花びらを持つ薄いピンクの花で、その草原に同色のものはないのですぐにわかるということだ。
クッツァで作れるのは薬ではなく調味料だ。昼食用の料理をパエットのいる食堂でもらったときに、そろそろクッツァを材料にして作れる調味料がなくなりそうだと聞き、斡旋所に依頼を出すつもりだった。いつか依頼を出すかもと話したことを思い出し頼んだのだった。
「そっちにいる魔物はどんなのか知ってます?」
「ここらと変わらないと聞いてるぞ。群れから追い出されたラフドッグが一匹でうろついてることもあるらしいな。あ、あと大型の芋虫のような魔物がいるらしいが、近づかなければ問題ない。戦うときは体液が弱い毒を帯びてるから注意しろよ」
「うっラフドッグか」
先日の戦いを思い出し、少し顔が歪む。
「どうした?」
「何日か前にラフドッグに一方的にやられて。成長したしどんな動きをするか見たから、次は一方的にやられることはないと思うけど」
「やめておくか?」
平太に頼めなくても、いつも通り他のハンターに依頼するだけだ。
少し悩んで、群れで出てくることはないのか確認してから受けることにした。いざとなったら治療能力を再現するか、ベールやケラーノの戦闘技術を再現しようと思ったのだ。
斡旋所に着き、依頼料などを確認して採取許可をもらう。報酬は二百ジェラ+昼食代となった。採取ついでにいつもの薬草採取と狩りをおこなえばプラス百ジェラでいっきに目標額に近づくことになる。急いで貯める必要はないが、貯められるときに貯めて置こうと思ったのだった。
「今日中に取ってきた方がいい?」
「急ぎの方が助かるが、明後日までの分はあるって言ってたな」
「じゃあ、明日行ってくるよ。今日は休憩日のつもりだったんだ」
「期限に遅れないならお前さんの行きたいときに行ってくれてかまわない。もう一度言うが根っこまできちんとな」
「了解です」
ドレンと別れた平太はエラメーラに会いに行く。町の周囲に力の欠片を飛ばしているということなので、東に危険な魔物がいないか聞くためだ。
約束なしの訪問なので会えないかもしれないが、明日の予約になればと神殿奥に向かう通路にいる警備に話しかける。平太がいつでも会えるということは知っていたようで、本人かどうか確認するため、エラメーラのそばにいるメイドを呼びに行く。
すぐにメイドを連れて戻ってきて、本人だと確認され、神殿奥に入ることができた。
「こんにちは、エラメーラ様」
「こんにちは。今日は何の用事?」
「力の欠片で見ててわかってるんじゃ?」
「基本遠くから見てるだけで会話の内容までは把握してないわよ? 会話まで聞いてたらプライバシーないじゃないの」
「それもそうですね」
頷いた平太は用件を伝える。ついでにおやつとしてゼリーを再現しようとして、お歳暮でもらったゼリーの詰め合わせを想像し直す。これができたら一度に複数を確保できるんじゃないかと思ったのだ。結果は成功で、ひとまとめにされているものでも一つとみなされた。
これは当然かもしれない。前回はどら焼きを想像したが、一つしか再現できないなら小豆や砂糖といった原材料しか再現できなかったかもしれないのだ。平太が一つとして当たり前に思っているものならば、複数の要素のまとまりでも再現できるのだろう。
ミレアへのお土産に二つ抜いて残り四つをエラメーラに渡す。
「今日はゼリー? ありがとう」
フルーツ入りのゼリーをメイドにも渡し、美味しそうに食べる。メイドもこれが異世界の味かと興味深そうにしていた。
「ごちそうさま。それで東の草原の様子を知りたいのね。ちょっと待って」
エラメーラは目を閉じて、意識を力の欠片に向ける。東方面にいた欠片そのままではあまり遠くまで行けないので、いくつかの欠片を一つにまとめてさらに東へと動かし特に危険な魔物がいないことを確認する。
「ラフドッグやシューラビや闘鶏くらいね。ラフドッグの群れが目的地のさらに東にいるみたいだけど近づかなければ大丈夫でしょう」
「闘鶏って俺が知ってるのは鶏を戦わせることなんですけど、こっちでは鶏の魔物がいるんですか?」
「ええ、大きさはそうね……鶏の二倍強ってところ。気性の荒い鶏で、嘴で突いてきたり、飛び上がって爪で引っ掻いてきたりするわ。シューラビよりも手ごわいけど、飛ばない分ハンターバードよりは戦いやすい。ついでにラフドッグよりも弱いわよ」
情報に礼を言い、そのまま少し雑談する。どら焼きが消えた時間と体内からも消えたことをエラメーラは話し、平太は再現した経験の持続時間を話して、能力への理解を深める。
ゼリーが消える前に家に帰り、ミレアに渡す。一緒に昼食を食べた後にデザートとして食べ、故郷の味を楽しんだ。ミレアも感慨深そうに一口ずつ味わい食べていた。
翌朝、町を出た平太はてくてくと東へ歩く。
「東の丘が目印だったっけ。時計がないから時間がわかりづらいな。再現で時計だすか?」
いやいやと首を横に振る。危険な魔物がいないとは聞いているが、万が一を考えると奥の手になる能力は使わずにおいた方がいいと思い直す。
「しばらく歩いてそれらしい草原があればその都度探すしかないか」
腕時計や携帯電話の便利さを思い知りながら平太は三度ほど草原で立ち止まり、小高い丘周辺にある目的地らしきところについた。ラフドッグの姿を探し周囲を見渡す。
「いないね。今のうちに採取していこう」
少し探すとクッツァの花はみつかる。十本ずつ束にした後、他の薬草も採取していき袋にまとめて入れる。
あとはシューラビか闘鶏がいないかとそこらへんを歩き回る。するとドレンの言っていた芋虫の魔物をみかける。濃い緑色の体色に、黄色の斑紋がある。
「あれが芋虫の魔物かー。あの大きさの虫の魔物がいるってことは、大きなゴキブリもいるってことかね? 見たくないな」
想像しかけて頭を振り、浮かびかけた脳内映像を消し、別のことを考える。
「あの芋虫、蝶になったりするんかなぁ」
近づかないようしつつ芋虫を見て思う。
ここらの芋虫の魔物は蛾の魔物になる。肉食なので人を襲うこともあり、駆け出しハンターは成虫が飛び回る時期にここらに来ないよう注意されるのだ。
芋虫の魔物を避けて草の背が高い所に踏み入れたとき、平太はなにかを踏んだ。岩や土の感触ではなく、なにかぐにゅっと柔らかさのあるものだ。
芋虫の魔物かと冷や汗を流し下を見ると、フード付きの茶色のマントを着た人間がうつぶせに倒れていた。
「うわぁっ!?」
死体かと後ずさる。ピクリと腕や足が動いたように見えて、近寄り確かめることにした。
「見るだけじゃよくわからないし、心臓に手を当ててみればわかるかな」
仰向けにしようと、手を体の下に入れる。そのとき左手にムニュっとした感触があり、思わずそれを確かめるため手を動かす。ムニュムニュと柔らかな感触に「あ」と呟き、倒れている人間の性別が女だと気づく。
「やっぱり」
仰向けにすると大きな胸の膨らみがあり、顔立ちも凛々しい系の女のものだった。年の頃は平太よりも少し下に見える。胸が呼吸に合わせてわずかに上下しており生きているとわかる。
「中々ご立派なものをお持ちでってそんなこと言ってる場合じゃないな」
ぱっと見てどこか怪我しているようには見えず、起こして本人に異常を聞こうと揺さぶって起こす。
「んん?」
寝ぼけたようにうっすらと瞼を開け、青い目が平太を捉える。上手く喋ることができないようで口を動かしているがなにを言いたいのかわからない。
生きているのはわかり、この後はどうしようか考える。とりあえず治療してみれば動けるようになるかとオーソンの能力を再現する。手を女のお腹に当てて治療が効いているか様子を見る。
「駄目かな?」
オーソンが使ったものは怪我を治療するもので、その効果は出ている。かすり傷は消えているのだ。けれども動けないのは他の要因なので能力を使った意味はあまりない。
ここに放置していくのは後味が悪く、抱きかかえて移動することにした。女は小さく首を振っているが、平太はそれに気づかなかった。
女が標準的な体重ということと成長して筋力が上がっているため、あまり負担にはならずに歩くことができた。
移動しているうちにフードがずれ落ち頭部全体が現れる。肩を越す長さの藍色の長髪。整った顔で異性にもてそうだ。皮膚は青ではなく、平太と同じ。色人の血が濃いめにでた無色人なのだろう。
道中、シューラビや闘鶏を見かけたが女を抱えたままでは戦えないので無視して町に帰る。
「どうしたんだ、その人」
門番が話しかけてくる。強い魔物にやられたのなら警戒が必要だと聞いてきたのだ。
「東の草原で倒れてて連れてきました」
「周囲が荒れてたりしたか? 強い魔物が流れてきたのなら警戒が必要なんだが」
「特に暴れた様子はなかったですよ?」
「そうか。その人が話せるようになって強い魔物がいたと言ってたら神殿か町中の兵に伝えてくれ」
「わかりました。怪我人って神殿に連れて行って診てもらえますかね?」
「大丈夫だ。お金はかかるが」
「だいたいどれくらいでしょう?」
「診察だけなら二十ジェラだぞ」
高いかと思ったがそれほどでもなくほっと安堵の息を吐く。礼を言って女を抱えたまま神殿に向かう。
以前利用した医務室は神殿内の者が使うところで、外部の者が使う医務室は別にある。そこへの方向を示した看板に従い進むと何人かの人が椅子に座り順番を待っていた。
平太を見ると神官が近寄ってくる。
「ご利用の方ですよね?」
「はい。この人を診てもらいたくて」
「待たせず急いで診た方がいいですね。こちらへどうぞ」
待っていた人たちに急患と告げて先に入る。彼らも事情は理解し文句を言う人はいなかった。
「今空いてる人は……えっと悪い人ではないので」
申し訳なさそうに平太を見る、その反応で誰の手が空いているのかわかった。
「もしかしてオーソンさんですか? 知り合いですから大丈夫ですよ」
「あ、そうでしたか。強面のせいで近寄りがたいと言う人がいましてね」
あちらへどうぞとオーソンのいる方向を示す。そちらに進むとオーソンが暇を持て余してか備品の整理をしていた。
「オーソンさん」
「はい? あ、アキヤマ君」
「こんにちは。この人を診てもらいたいんですが」
その言葉にオーソンは真剣な表情となり、ベッドへと移動し女を寝かせるように言う。
脈を測ったり、口の中を見ながらどこでどのように出会ったのか聞く。それに平太はできるだけ詳細に答えていく。
「おそらく衰弱と毒かな。弱っているところに麻痺系の毒を受けて、効果が長引いているんじゃないかと。麻痺を解く薬を与えましょう」
粉末の解毒剤を水に溶かして、スプーンで少しずつ口に流し込む。
「このまま寝かせていれば三十分ほどで動けるようになるよ」
「治療費はどれくらいですか?」
「えっと診察で二十、薬で十五の合計三十五ジェラだよ」
はいと財布代わりの小袋から三十五ジェラを出して渡す。このままここで待ってていいか聞くと許可が出たのでベッドそばの椅子に座る。オーソンたちの仕事を眺めているうちに十五分ほどたち、女がゆっくり起き上る。
「動いて大丈夫なのか?」
「まずは礼を」
アルトボイスの落ち着きがあるというか抑揚の小さな声と共に頭を下げる。
「見捨てるのもどうかと思ったし、礼を先払いしてもらいましたから」
なにも渡した記憶がなく、いつのまにかお金を抜き取られたかと女は首を傾げる。
「お金を先に抜いたの? ちゃっかりしてるな」
「いやお金じゃないよ。もっと素晴らしいもの! それはあなたのおっぱいです!」
「アキヤマ君!? なに言ってるの!?」
作業する手を止めてオーソンがつっこむ。他の神官たちや患者たちの視線も集まっている。
それに動じることなくオーソンを見返す。
「なにっておっぱいの話をしてましたけど」
「いや、そんな大声でお、お。おっぱいとか」
恥ずかしそうに声を小さくしているオーソン。強面とのギャップが合わさってとんでもない印象を与えているが、同僚たちはこういった面もあるのかと一歩近づく要因になった。
彼らの交流に役立ったとは気づかずに平太は続ける。
「ああ、大声は迷惑でしたね。声をもう少し押さえて話します」
「続けるんだ」
「おっぱいですよ? 話さないでいられるかとっ」
ぐっと拳を握り、断言した。
「当然のような顔されても」
呆れたようなオーソンや年若い女からの冷たい視線や微笑ましそうな他の神官たちの視線を気にする様子は見せずに、平太は女に向き直る。
「というわけで、おっぱいに触ったのでお礼は言わなくていいですよ」
「痴漢?」
軽蔑するような視線はない。ただ思ったことを口に出しただけのようだ。
「うつ伏せだったあなたを起こすために偶然触れたので痴漢ではないかなと思う次第です」
「それはたしかに痴漢ではないのかな?」
「ご理解いただけて感謝。とりあえず自己紹介しましょうか。秋山平太です」
「ロナ」
そう言ってベッドから立ち上がろうとするロナをオーソンが近寄り止める。
「もう少し休んだ方がいいですよ。毒を受けたと知ってますか?」
「うん。油断してレテロバイパーに噛まれた」
「レテロバイパーって猛毒持ちの魔物じゃないですか!? 本当に噛まれたんですか!?」
オーソンの知識では一度噛まれれば一時間で死に至る毒を持っている蛇だ。ロナの言っていることが本当ならば今ここで話しているはずがないのだ。
「毒には強いから」
「強いってだけで耐えられるものじゃないはずなのですけどね。まあ、実際元気だから本当なのでしょうけど。そういえばレテロバイパーがいるなら討伐隊を出しておかないと」
「出さないで大丈夫。倒したから。倒したと思ったところに最後の力で噛まれたの」
「そうでしたか。とにかくもう少し安静にしててくださいね」
そう言うと作業に戻るため離れていく。いくら毒に強かろうが、医者としてはきちんと薬が効果を発揮する時間まで安静にしてほしかった。
指示に従って十分ほど休んでロナは起き上る。よろけるようなことはなく、きちんと立っていて毒の影響はないと見えた。毒に耐性があるという理由以外に、麻痺消しの薬の中に毒消し成分が含まれていたおかげだ。
歩こうとしたロナのお腹から「く~」と音が鳴る。
「お腹すいた」
「弁当持ってるけど食べる?」
「いいの?」
平太は頷く。ここで食べるのは迷惑になるため神殿正面の広場に移動し、弁当を分け合う。二人ともそれでは足りなかったので、近くのパン屋でいくつかパンを買う。
食べ終わったロナは立ち上がる。
「行くね。助けてくれてありがとう」
「宿でもとる?」
「いや町を出る」
「え? 毒の影響がなくなったとはいえ今日一日くらいは休んだ方がいいと思うけど」
「急いで町から離れないといけないから」
わずかに焦りの見える表情で歩き始める。その横を歩いて平太は話しかける。
「なにか困りごとなら手伝うよ。胸を揉んだお礼にはまだ足りないし」
「十分助けられた。それにこちらの事情に巻き込むわけには……いや手遅れ?」
ふと立ち止まり、指を顎に当ててこれまでのことを思い返す。可能性としては巻き込んでいないことも考えられるが、望み薄といえるだろう。
考えをまとめたのか、申し訳なさそうな表情をしつつ平太を見る。
「どこか人の立ち寄らない場所は知らない? こんな人通りのあるところで話すことじゃないから」
平太は二ヶ所思いつく。家と神殿だ。
「居候している家の一部屋を借りるか、エラメーラ様の部屋で話すかどちらか」
「エラメーラ様というのはここを守る神様? すごい伝手を持っているのね。でも神様の前で話すことじゃないから、家にお邪魔しようと思う」
「だったらこっち、の前に斡旋所に寄っていい? 薬草渡しておきたいんだ」
頷いたロナを連れて斡旋所に寄り、家に戻る。ミレアが二人を出迎えた。
「お帰りなさい。予想より遅かったですね。そちらの方となにか関係が?」
「うん。誰も使ってない部屋を使いたいんだけど大丈夫?」
問題ありませんよと言い、二人を先導をする。扉を開けるとミレアは居間に戻っていく。扉を閉めずに戻ったのは立ち聞きしていませんよと示すためだろう。
扉はそのままに、カーテンを閉め切った薄暗い部屋で話し始める。
「私はアサシン」
あっさりと告げたその言葉に平太はきょとんとした表情を浮かべる。暗殺など関わりない生活を送っていたので馴染みがなく反応が鈍くなるのだ。
その反応をロナはあっさりと受け止めたと勘違いして話を進める。
「幼い頃に身代金目的で誘拐されて、そのまま殺し屋の組織に売られた。アサシンとして教育されて、つい最近も殺しの依頼を受けた」
「もしかして倒れてたのって殺しに関係してる!?」
ようやく理解が追いついてきた平太は表情に恐怖を浮かべ後ずさりながら聞く。その一般人の反応に、受け止めたのは勘違いだったかと考え、首を横に振る。
「オーソンだったか? 彼に言ったことに嘘はない。依頼を受けたと言ったけど、殺しに嫌気がさして逃げ出した。少しでも遠くに逃げようと強行軍で進んだ末に、レテロバイパーと戦い噛まれた」
「嫌気がさしたの?」
「生まれた頃からアサシンとして育てられてたのならともかく、ある程度自我が育った状態からの教育だったから受け入れきれなかった。教育者も人間味のある人だったのが、さらにその考えを加速させた」
教育者がアサシンとしてしっかり育てていれば、ここにはいなかっただろう。心を殺し機械のようなアサシンになっていたか、ストレスで倒れていたという二通りの結果になっていたはずだ。
教育者に人間味があったのは、人ごみに紛れて仕事を行うため、そう見られるように演じていたからだ。そにせいで教育者自身もストレスがあったのだが、その辺の事情はロナには知らされていない。
「本題はここから。依頼を放り出して逃げたからすぐに連絡が組織に行く。既に追っ手が向けられているかもしれない。組織の情報を漏らされると困るから、追跡は本格的に行われる。あちこちにいる組織の人間に連絡がいって、私の目撃情報を組織に伝えるだろう」
「この町にも?」
「いや幸いここにはエラメーラ様がいるから組織の人間は置かれてはいない。一時的に滞在することはあっても、数日で去るだろう。だからこそ逃げ込んだと考える者もいるはずで、情報収集にやってくるはずだ。ヘイタはここまで私を隠すような運び方はしていないだろう? すぐに情報が集まるはずだ。私の関係者と思われて、追手に狙われるかもしれない」
「アサシンに追われる?」
そういう状況を想像しさーっと顔から血の気が引く。追われてロナの情報を聞かれるだけならまだいいが、口封じに殺される可能性にも思い至ったのだ。
召喚されて、それまでの人生とはかけ離れた生き方になったが、こんな形でも非日常を感じることになるとは思ってもなかった。
「た、大変じゃん!? どうにかして追手を撒けない?」
「どうにかしたいのだけど、私が思いつくのは返り討ちにすることくらい。でも成功しても他の追手がくるだけ」
延々と戦うことなどできるはずもないとロナ自身もわかっており、故に逃げの一手だった。あまり深いことは考えない衝動的な行動なので、逃げる以外のことを考えなかったともいう。それだけストレスが溜まっていたということでもある。
「追手が諦める条件ってなにがあるかな」
「私の死」
「物騒すぎる! もっとほかにない?」
もっと他になにかあることを期待し聞く。
「といっても逃げたということは組織を裏切ったということだから、命乞いしても無駄じゃないのかな」
「俺はなにも思いつかないし、エラメーラ様に相談してくるかなー」
「巻き込みたくないからあまり他に話を知らせたくないんだけど」
どうしようと悩む二人のいる部屋にぼんやりとした光が現れる。
誤字指摘ありがとうございます