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終 掴めた未来

 静かに闘志を燃やすララに、カルテラジが近寄ってくる。


「ララ様。そろそろ接触開始しても良い頃合いだと思われますが」

「そうね」


 ずっとくっついていたヘイタから離れて、自身の胸に手で触れる。するとどこからともなく青い防具が出現した。胴には金属にみえる鎧 腰回りにも同じく金属にみえる防具、手には青い長手袋、そして頭部には青い宝石のあしらわれた銀色のティアラ。

 ドレスアーマーといった戦衣装に身を包んだララから、蒼穹の光が発せられる。

 その光に皆が気づき、注目が集まる。


「いよいよ戦いが始まる」


 この場にいる者のみならず、島にいる神にも声と蒼穹の光は届く。


「準備は整えた。されど楽な戦いではないだろう。各々守りたいものがあるはず。それを背にしていることを忘れず、困難に打ち勝て。勇気、愛、希望、どれでもいい。己を奮い立たせるものを胸にして力を振るえ、未来を勝ち取れ。我らは世界を守護する者だ!」


 ララが最後に拳を突き上げると、ほかの神々から歓声が上がる。

 ララはヘイタに顔を向ける。


「いってきます」

「ああ、いっといで」


 こくんと頷いたララは一直線に堕神へと飛んでいく。その青い光跡を追って、戦闘班も飛び出していく。

 ヘイタもそれらの後ろからついていき、先頭を行くララの突き出された掌から放出された青光が堕神へとまっすぐに向かうのを見る。

 対抗して堕神も口を開いて、朱光を放出する。

 青と朱の光がぶつかりあって、無音の衝撃が周辺に広がった。これが撃退戦開始の合図となった。

 堕神の配下が堕神よりも前に出て、その隙間を堕神が放つ朱光弾が飛ぶ。その中にララは突っ込んでいき、配下も朱光弾も薙ぎ払って堕神に迫る。

 堕神は両手から朱光でできた鞭をだして、迫るララに振るう。ララも両手に青光をまとわせて鞭を払う。

 二つの鞭を振り切って隙をついたララが、三メートルを超す人型を殴りつける。お返しだと鞭を消した拳で堕神もララを殴って、遠くへ弾き飛ばす。

 互いにダメージは見えず、再び激突する。

 ララの後を追っていたカルテラジたちも戦闘に突入していた。配下を倒し、朱光弾を撃ち落としとできることをやっていく。

 そんな様子をヘイタは邪魔にならない後方から見ている。ただ見ているだけではなく、撃ち落されなかった朱光弾に白い光弾を飛ばして落としながら戦況を見ていた。誰か大怪我したらすぐに引き寄せて運送役の神に渡そうと思っていた。

 戦場はララと堕神が一番派手な光を弾けさせていて、その邪魔にならないようカルテラジたちが戦っている。堕神の配下には邪魔をしないという考えはないのか、たまにララと堕神の戦闘域に入って巻き添えでその身を砕かれていた。

 一時間二時間と変わらぬ光景が続き、それでも少しずつ神側にも撃破される光景が見え始めた。そういった神は近くにいた仲間によって背後へと投げ飛ばされたり、ヘイタが引き寄せて、運送役の神に運ばれていく。前線から数が減ると、かわりに結界維持をしていた神が動き前線にでていく。そして治療された神が結界の維持に入る。

 そういった繰り返しが行われて時間が流れて三日が過ぎた。


「……」


 ヘイタは今、表情を消して人形のようにその場に静止している。


「……」


 そのヘイタの前方に戦闘班が撃ち落せなかった朱光弾が三つ迫る。それに対するように白光弾がヘイタの周囲に生まれ飛んでいき、ぶつかり消えた。

 一連の出来事の間もヘイタは一切動かずにいた。

 同じ光景が何度か繰り返され、やがてヘイタの目に光が宿る。


「んーっくぁあ、ふー」


 ぐうっとのびをして寝ていたかのような挙動を見せる。かのようなというよりはそのものずばり休んでいた。

 存在としては神なのだが、能力昇華のためには人間としての性質も残す必要があり、周囲にいる神よりも休息を必要としているのだ。かといって消耗が激しいから休息を必要としているのではなく、人間の生活スタイルとして一定の睡眠などが必要なのだ。

 それを可能とするため自動対応の能力を作り、朱光弾の撃ち落しと怪我をした神の引き寄せを意識を休ませながら行っていた。


「状況はどうなったかな」


 振り返ると結界はまだ三枚存在していた。戦場はというと相変わらずララと堕神の戦いが一番派手で、ヘイタが見ているかぎり両者とも休息している様子はない。大神や小神たちも奮闘している。だが堕神の配下の数が減った様子はない。こちらのように治療されている様子はなく、倒されたら打ち捨てられている。


「どれだけの手下を連れてきたんだか」


 遠視で見ると、堕神の背後にはまだまだ配下が存在している。幸い質としては神の方が上のようで拮抗できている。されど動ける神の数が減っていくと押されるということでもある。


「んー今のうちに到着していない手下の数を減らした方がいいんだろうか?」


 勝手に考えて行動してしまえば、神々の邪魔をすることになるやもしれず悩む。

 自身の内からネージャスに相談してみようと声がかけられ、そのように動く。

 結界で指揮を執っていたネージャスは接近してくるヘイタに気付く。


「なにか問題でもあったかい」

「いえ、少し相談が」


 遥か後方に見える配下への対処について尋ねる。


「ふむ。数を減らすのは戦闘班にとって助けになると思う。しかし戦っている者たちの邪魔になるようなら控えた方がいいとも思う。どのように攻撃するつもりだった?」


 ありなしで言えばネージャスもありとは思う。配下の進攻が途切れるなら一息入れることも可能なのだから。


「射線に入らないような位置に移動して、そこから砲撃って感じです。戦場の上を通って後方着弾までに若干時間がかかると思うので、避けられる可能性もあると思います」

「それだと……頭上を通る攻撃に驚き隙をさらす神がいるかもしれない。やるなら通告してからがいいと思う。交代で戦場に向かう神に連絡役を頼もう」


 ネージャスは近くの神に声をかけて、戦場に行く神に伝言を頼む。

 

「二時間後くらいには情報が行き渡るだろう。その後にやってくれ」

「わかりました」


 時間がくるまで、これまでと同じことをやりながら、効率が良く命中率も高そうな砲撃を作り上げるつもりで戦場近くに戻る。

 ちょこちょこと作業している間に二時間経過する。

 振り返りネージャスへと手を振ると、それに気づいたのか頷きが返ってくる。


「じゃあやりますか」


 戦場が俯瞰できる位置まで高速で移動し、そこで作り上げた砲撃用の能力を使う。

 手を銃を撃つ形に変えて、人差し指の先に擬似魔導核を創り出す。その擬似魔導核に周辺に漂う力と同質のものを創造して注ぎ込んでいく。人間ならば許容できる限度を超してもガンガン力を注ぐ。力を創造してほしいというララの話を聞いていたから思いついた攻撃だった。

 これくらいで限界ギリギリだろうと思えるところまで注いだら、後方に見える配下へと狙いをつける。


「準備よーし、狙いよーし」


 能力制御問題なし、と内から聞こえてきた声に従い、発射カウントに入る。


「3、2、1、ショット!」


 魔導核を発射した瞬間、ヘイタの視界は真っ白に染まった。数秒その状態が続いてようやく、元の視界に戻る。

 神々は流星のような軌跡を描いた砲撃が遥か遠方へと飛んでいくのを見た。そして白い爆発が遠くに見える。

 ヘイタの視界が結果を捉える。


「おー、ごっそりいけた。って危な!?」


 堕神からお返しとばかりに飛んできた砲撃を避けて、もともとの位置に戻る。


「もう一度やろうとしたら砲撃が飛んできそうだ。やるなら上手くやらないとだな」


 上手くいき、そんなことを考えているヘイタ。その一方で配下の多くを潰された堕神の考えに変化が起こる。

 戦いが開始して一日経過した頃から思っていたが、今回は戦況が劣勢だった。開始は前回と似たようなものだったが、下がった神が戦場に戻ってくるテンポが早く、常に一定数の神が戦場にいて数を減らしていない。これまでの教訓を生かしたのかと思ったが、先ほどの一撃で違うのだと察する。

 あれは昔に感じた力。今目の前で戦う存在が現れるよりも前にいた存在と同等のもの。あれが再び戦場に出てきたのか、それとも新たに現れたのか、それはわからないが放置していては駄目だと考えた。

 そして今回の勝利も諦める。次回の勝利のため動くことに決めた。そのためには今の配下の使い方を『変える』。初めてやることだができるだろうという確信もある。


《アアアアアアアアーーーッ》


 ララと戦いを一時中断し、堕神は初めて声を上げる。思わずララは手を止めて、堕神の挙動を観察する。

 堕神となって久しく出した声が広域に発せられ、止まると堕神の巨大な下半身に穴が開く。内部は赤黒く、そこに次々と配下が入っていく。配下は嬉々として入っていく様子ではなく、逃げようともがいているが引っ張られるように吸い込まれていった。

 なにをしようとしているかはわからないがこちらに好転するようなことではないと考えたララは、その穴に攻撃をしかけようと動く。しかし堕神からの激しい攻撃で接近も遠距離からの攻撃もできなかった。ならばと上半身に標的を変えたララの攻撃は当たっていき、ついに砕くことに成功する。

 それは開いていた穴が閉じるのと同時だった。


「やったの?」


 怪我人を後方へと下げながら様子を窺っていたカルテラジが言う。それに伴って神々から歓声が上がりかけた。だが「まだ」というララの短い声で止まる。

 ドクンと音が聞こえ、緩い衝撃が神々に当たる。その音は連続して聞こえてきて、衝撃も同じように発せられる。

 発生源は皆の注目を集めている堕神だ。

 鼓動のようなそれが繰り返され、これ以上なにかが起こる前に壊してしまおうとララが殴りかかる。なにかに遮られることなくララの拳は堕神に命中し、青い光が堕神全体にひびを生み出しながら広がっていった。

 ひびが全体に広がると、その隙間から濃い血の色をした光が漏れ出て、堕神の全体がいっきに爆ぜる。

 多くの神が粉々になり死んだと思ったが、ララは強い気配を感じて警戒を解かずにいる。


「なんだこのおぞましい気配はっ」


 血の色をした土煙の向こうにから感じられたものにカルテラジが顔を顰め、ほかの多くの神と同じく睨みつける。煙が周囲に散り、その奥から二十メートル弱ほどの人型が姿を見せた。見た目は深紅の女神像といえる。微笑みを浮かべているが、神々はそれが嘲笑に見えて仕方なかった。

 皆の注目の中、女神像が腕を振る。腕の先から生じた朱色の鞭が軌道上の神々を薙ぎ払いながら、結界にぶつかる。

 その一撃で一枚目の結界が砕ける。その射程もそうだが、なにより威力に皆は驚愕する。

 優勢へと事を運ぼうとしてヘイタのやったことが、破壊の権化を生み出したのだ。

 女神像がさらにもう一度振ろうとして、ララが焦ったように声を張り上げる。


「皆、退きなさいっ」


 自身は鞭の軌道上に陣取り、青光を強く輝かせる。

 ララの身長と同じ太さの朱光の鞭が輝くララにぶつかる。少し拮抗していたが、鞭が押し切ってララごと結界にぶつかった。

 その光景に神々から声無き悲鳴が上がる。ララというトップがどうすることもできずにやられた光景はショックを与えるのに十分なものだった。

 ララは結界を素通りして、鞭は結界にぶつかり壊すことはなかったが大きく揺らがせる。そこに追撃で二度三度と鞭が振るわれ結界がきしみ、そしてさらに数度の衝撃を受けて砕けた。

 結界が砕けてまで神々は傍観していたわけではない。堕神を止めようと戦闘班は攻撃をしかけ、結界班は二枚目の補強も行ったが、そのどれもが無意味だった。戦闘班の攻撃はまったく意味をなさないとばかりに放置され、結界の補強も間に合わなかった。


「……蹂躙される?」


 見ているだけだったヘイタが呟く。数は圧倒的にこちらが上、しかし質は向こうの方が圧倒していた。このまま堕神が思う存分暴れて世界を壊す様が脳裏によぎる。

 破壊に巻き込まれて多くの生物が死んでいくだろう。その中にミレア、ロナ、パーシェたちもいる。苦しみ悲しむ彼女たちの顔を思い浮かべて、なんとしてでもここで止めなければと考えを巡らせる。


「……やれるか?」


 思いついたことはある。しかしそれが有効かはわからない。

 こうしている間にも堕神は最後の結界に攻撃をしかけている。悠長に迷っている暇すらない。


「やってみるしかない」


 今のヘイタにできることはそれなのだ。悩まず動くことを優先して、まずやったことは鞭に薙ぎ払われた神々の怪我を治すこと。即興の治癒術を創り、完全回復は無理でも動くことはできるようにしていく。


「礼を言う」

「礼はいいです。これから無茶なことを頼みます。頷いてください」

「なんだ?」


 気乗りしないされど、そうするしかないと覚悟したヘイタに名も知らぬ小神が聞き返す。


「あれの動きを止めて、高威力の攻撃をしかけます。そのためにはあなたたち神の力が必要です。寿命と神としての力をエネルギーに換えて、あれを拘束し攻撃します。頷けないことだとは重々承知しています。ですが俺に思いつくのはこれしかなく」

「わかった。それでいこう」


 心苦しそうに頼むヘイタに、頼まれた神は即答する。それはほかの神も同じだった。

 驚きの表情でヘイタは神々を見る。そのヘイタに彼らは微笑む。


「我らはもともとこの戦場で命散らすことを覚悟していた。この命を無駄に散らさず、有効に使えるならありがたいくらいだ」

「……ありがとうございます。必ず無駄にはしませんっ」

「うむ。それで我らはなにをすればいい?」


 ヘイタは考えたことを説明していく。

 伝言を頼まれた神がネージャスたちのところへ飛ぶ。策を伝えてもらい、ララの治療を急ぐように頼んだのだ。


「次はこれを通り抜けてください。あとはどうやればいいのかわかるはずです」


 ヘイタは二メートルほどの魔法陣を生み出し、神々がそれを通り抜ける。

 なにをどうすればいいのか理解できた神々が堕神へと向かっていく。彼らは堕神の四方八方に陣取り、胴から光の鎖を生み出し堕神にからみつけていった。一本の鎖だけでは拘束など無理だろう。しかし十五本の鎖で四肢を縛られて、堕神は動きを止める。

 代償は大きかった。拘束している神々は自身の大事ななにかが削れていくのを感じて、代償を実感している。それでも鎖を解除する気はなかった。稼いだ時間が勝利へと繋がる。それを信じていた。


「ヘイタ! あれはなに!?」


 カルテラジたち戦闘班は攻撃を止めて説明を求めてくる。

 ヘイタはそちらに顔を向けず攻撃用の術を創造しながら、簡潔に説明していく。


「申し訳ありませんが、怒りも罵りもあとで聞きます。彼らが稼いでくれた時間を無駄にできません」

「……鎖を生み出す魔法陣はそれよね?」


 怒りや軽蔑を見せずカルテラジは問う。ほかの戦闘班も魔法陣に注目していた。


「あなた方も行くんですか」


 戦闘班全員が迷わず頷いた。


「ええ、拘束のする数は多い方がいいでしょ。その方が各自にかかる負担は小さくなると思うし」

「そう、ですか。魔法陣はそれであってます。でもカルテラジ様だけは待ってください」

「なぜ? 大神だからと地位を理由に止めたりしないでしょうね」


 もしそうならと怒りをにじませた視線を向けた。小神たちが命を懸けているのに、小神をまとめる大神たる自分が安穏としていられるわけがなかった。

 ヘイタもそんな理由で止めはしない。


「違います。あなたは攻撃用のエネルギーを提供してもらいたい。拘束も大事ですが、本番は攻撃です」

「それなら私はそっちに回るわ」


 納得し、睨むのを止める。

 戦闘班が次々と魔法陣を通り抜けるのをヘイタのそばでカルテラジは見送る。やがて堕神を拘束する鎖の数が増えて、もがいていた堕神の動きが完全に止まる。

 同時に攻撃用の術が完成する。


「できたっ。次はララのところへ」

「私が引っ張るわ」


 その方が速いとヘイタの手をとってカルテラジは治療を受けているララのもとへ飛ぶ。

 ララは鞭の一撃で気を失っていたが、治療で意識を取り戻していた。


「父上、策は聞きました。いつでもやれます」


 ララと神々はヘイタを責めることなく、いつでも実行可能だと意思の篭った視線を向けてくる。

 ヘイタは自分のとった手段が非道外道と呼ばれるものだと思っていた。自分の大切な人たちを守るため、そのほかの者たちの命を代償しているのだから。通常ならば神々も外道だと思うだろう。しかしあの堕神を目にして普通の判断はできなかった。誰もがあれは放置しては駄目なものだと理解していた。命を懸けるくらいのことをしなければ止められないことも理解していた。


「……ほんとにあなたたちは」


 眩しそうに見るヘイタに、ネージャスが話しかける。


「負い目を感じているのだろうが、その必要はない。あれを止める手段を準備できたことを褒めこそすれ、罵ることなどしない。あれに我らができることがとても少ないことは、自分たちがよくわかっている。そんな我らにできることを用意してくれたことが嬉しいくらいだ」

「嬉しいと言われるとこっちとしては心が痛みますけどね……術を使います。ララは魔法陣の中央に」

「うん」

「神様たちは陣に触れてください。それで力が吸い取られます。神力収束陣、展開!」


 直径十メートルの魔法陣が縦に出現する。か弱い光の陣で、その中央にララが移動し、両手を広げる。すぐに神々が触れていく。神々が触れるたびに魔法陣は輝きを増していく。

 ヘイタはララの背後に回り、声をかける。


「神力が十分に溜まったら、それをララが制御して堕神へと放出して。陣はそこまで補佐できないから、ララの制御に頼るしかない」

「任せて。皆の力を絶対に無駄にしないから」

「うん、お願い」


 二人が話している間にも神々は限界まで力を魔法陣に送り込む。こちらは寿命尽きるまで送り込めるようなものでもなく、ただ大きく疲労するだけのものだ。

 ヘイタはララから離れて堕神の下方へ向かう。飛びながら大人数回収用の術を創る。このままでは鎖を使っている神々は神力収束砲に巻き込まれることを覚悟でその場に留まると簡単に想像できた。


「命尽きるまでってのはさすがにね」


 彼らの寿命はすでに大きく削れているだろう、それはもうどうにもならない。だから最後は堕神なんて敵と一緒にではなく、自身がいたいと思える場所で迎えてほしいのだ。

 神力収束砲に巻き込まれない位置でヘイタは、見えない紐を拘束している神々に伸ばし括り付けていく。

 全員に紐が括られたことを確認し、神力収束陣に顔を向ける。あちらの準備が整ったら、いっきに引き寄せる。そのタイミングを待つ。

 やがて地上にいた神々も魔法陣に力を注ぎ終えて、陣の輝きが太陽かと思えるほどに増す。

 ララが広げていた両手を閉じて胸の前に持っていく。それにあわせて魔法陣も縮小していき、輝きの色が変わる。


「完成」


 ララの両手の中には、背にした世界と同色の輝きがあった。


「世界……合力……縮光砲っ」


 名前と共にララが両手を突きだし。光の奔流が堕神へと突き進む。同時にヘイタは紐を引く。鎖がいっきに消えて、ぐったりとした神々が堕神の下方へと移動していく。

 自由になった堕神はそれを気にしない、できなかった。目の前に迫る力が脅威だった。全身全霊を以て対処すべきと、口から光を放つ。血の色をした光が迫る脅威へと突き進む。

 くしくも戦いの始まりと同じような光景となる。違いは互いに相殺せずに拮抗していること。

 堕神が全身から絞り出すように光を叩きつける。

 ララも歯を食いしばり光を押し出す。

 徐々に拮抗が崩れる。食らった配下の命を食いつぶす堕神の光が押しているのだ。

 苦しげなララも耐えようとするが、じりじりと下がる。そこにヘイタの声が届いた。


『がんばれ! 俺にはもう声援しかできないけど、少しでも足しになるなら声を送り続ける! がんばれっ負けるなっララ!』


 押されているララを見てなにかできないかとヘイタが無意識に創り出した、ただ声を届けるだけの術がララの心に声援を届けた。

 ララは苦しそうではあるが、口に笑みが浮かぶ。自分のためだけに創られたもので、自分のことを想って、何一つ偽りのない声を届けてくれた。

 慕う親の声援を受けて、頑張れない子供がいるだろうか?


「いないはずが、ないっ! ああああああああっ!」

《アアアアアアアアーーーッ》


 声援を受けてララは堕神と同じく全身全霊で、命も削り、光を叩きつけた。

 光の奔流が堕神を飲み込む。

 その光が止み、今にも気を失いそうなララは結末を見届けようと気を張って堕神を見る。

 全員が見た。堕神の全身にひびが入っており、四肢は砕けて頭部と胴のみが残っている様を。

 そして見た。堕神の目の輝きが強くなったのを。まるで最後の輝きだとばかりに朱光が増す。四肢から胴へと崩壊が続き、残るは頭部のみとなって開かれた口の奥に朱光が灯る。


「最後の置き土産っ」


 必死な心持のララが防ごうと動こうとしたが、疲労で指一本動かせなかった。周囲にいる神々も似たようなものだ。

 今にも目を閉じてしまいそうなララが見たのは、ヘイタがララをかばうように移動して結界を張ったところだった。


「俺を親と慕う子がそうなるまで頑張ったんだ。だったら親が気張らない道理はないよな」


 朱光に染まる視界の中、そこでララの意識は途切れた。


 ◇


 ララの意識が浮上する。

 目を開けるとそこは見慣れた自身の部屋で、ヘイタが作ったベッドに寝ていた。ここで寝ているということは、堕神をどうにかできたことはわかる。それ以外の情報を求めて、島にいるであろう誰かを呼ぶ。

 すぐに扉が開いて、ファグオニカが入ってきた。


「お目覚めになられましたか。お体はいかがでしょう」

「……大丈夫。どこか異常はない」


 最後の最後で命を削りはしたが、それでも寿命の十分の一程度。まだまだ長く生きる。


「それはようございました」

「私が気絶したあと、それからどうなった? 父上が攻撃を防いだように思えたが」

「はい、その通りでございます。動けない我らの前方に創造の神ヘイタが移動してきて、堕神が最後の力で放った攻撃を結界で防ぎました。堕神は最後の攻撃と同時に爆散、破片が最後に残った結界を突き破って地上に注がれました。それがどのような影響を及ぼすのかわかりません」


 一応小神にそれらしきものがないか探すよう指示は出しているが、堕神そのものの反応がないため見つけ出すのは困難だろうと話し合っている。

 あとで未来から情報を取り寄せて確認しておこうと決めて、ララは続きを促す。


「その後は神々全員が疲労で動けず、回復した者たちから順にまだ動けない者たちを回収し、島へと連れ帰り治療。怪我が治り、疲労が抜けた者から順に帰っていきました」

「どれくらいの神が帰ってこれた?」

「全体の八割。想定していた人数を大きく超える帰還率です。今後、堕神との戦いがないことも合わせまして明るい情報だと思われます」

「それでも二割が帰ってこれなかったことにかわりない。帰魂の儀式を行い、天上に残る魂を回収する」

「準備は進めております」


 ここまで聞いてララは止まる。聞きたくはあるが、聞くのが怖いのだ。それでも聞かずにはいられず口を開く。


「……父上はどうしている?」

「……」


 ファグオニカの躊躇いの様子から悪い予感しかしない。


「……彼は能力は稀有なものを持っていました」

「そうだな」


 すぐに結論を聞けないことがもどかしく、悪い知らせであれば少しでも遅く聞けることがありがたい。そんな矛盾した感情がララの中に渦巻く。


「しかしながら力の総量としては小神並」

「違いない」

「そんな彼が頑丈な壁を創造できたとしても、堕神の攻撃を受け止めるのは非常に負担がかかることだったと思います」

「……」

「……今彼は眠ったままです」

「……生きてはいる?」


 ファグオニカは頷く。ファグオニカ自身の目で生存を確かめ、死亡の知らせも入ってきていないので、それは間違いない。

 今眠ったままでも生存していることがわかり、ララは安堵する。未来の自分から得ていた情報で、撃退戦後のヘイタの生存は知っていたが、それでも堕神という強力な存在との戦いでは未来が変わる可能性はあった。だから死亡もあり得ただけに安堵の度合いは大きかった。


「どういった状態なの」

「体に傷はありません。もとより怪我はかすり傷程度でした。ですが存在が希薄といいますか、そこにいるのにいない。そのような感じを受けます」

「見てみたい。どこにいる?」

「エラメーラ神殿です。心安らかに休める場所はあそこだろうと」


 居場所を聞き、ララは立ち上がる。


「お待ちください」

「止めても行く」


 ファグオニカも止められるとは思っていない。


「行くこと自体はお止めしません。ですが、そのまま行くのは混乱を引き起こすだけです。化身でお向かいください」

「……わかった」


 納得し、いつも使っている椅子に座って目を閉じ、力の欠片をエラメルトへと飛ばす。

 ファグオニカはそれを見て、作業に戻るため部屋を出ていった。


 本来のララよりもいくらか幼い見た目のララが飛ぶ。甘えたい精神に見た目が引きずられた。少しでも早くヘイタに会うことのみを考えて、見た目の違いを気にしていない。

 今は自分たちが守った美しい世界も目に入らない。ただただヘイタを見たかった。生存を自身の目で確かめたかった。

 眼下にエラメルトが見えて、ヘイタの反応がする場所へ一直線に向かう。

 エラメーラ神殿の庭に着地したララはそこから、エラメーラの部屋に入る。

 そこにはミレア、ロナ、パーシェ、ミナ、グラース、バイルド、常駐医者としてオーソン、世話役としてメイドがいた。

 皆が心配そうな表情を浮かべていたが、突然やってきた見知らぬ誰かに警戒した雰囲気を出す。


「どちら様でしょうか」


 誰何するメイドの声を無視して、ララは寝ているヘイタに近づく。

 オーソンが医者として不用意に触れることを阻止しようとしたが、ララは動きを縛りその横を通り抜ける。

 ララはヘイタの顔を覗き込み、安堵と不安の混ざった表情を浮かべる。


「生きていてよかった父上」


 その場にいるほぼ全員がミナだけではないさらに出現した子供に驚く。ララの存在は平太の口から出たことはない。隠していたのか、それとも引き取ったことを言う前に堕神撃退戦に出かけたのか。

 ただ一人その発言で皆が固まる中、動いた者がいた。


「私のパパだもん!」

「私の父上」


 ミナが独占するように寝ているヘイタの腹に抱きつく。ララは対抗するように平太の腕を胸に抱きしめた。

 両者とも譲らず、力を込めてヘイタを抱きしめ引き寄せる。ヘイタはされるがままに揺れている。

 最高神とどこにでもいる幼児の意思のぶつけ合いという、前代未聞の出来事が起こる。この場にいる者にとっては子供同士の喧嘩のようなものだが、事情を把握している大神にとってはその目で見ても信じがたい光景だろう。


「とりあえず二人とも落ち着いてっ。患者をそんなに動かすものではないから。というかなんで動けないかな!?」


 オーソンが言葉だけでも止めようと声をかける。それに、はっとした大人たちが動く。

 ロナがミナを止めて、メイドがララを止める。二人はそのままではヘイタに迷惑だと説得されて放す。


「あなたはどういった子なのですか?」


 ミレアが聞く。


「私はララ。始源の神と呼ばれている」


 しんっと部屋の中が静かになる。誰もが聞き間違いかと互いを見る。ミナは平太をとられまいとララを見ていたが。


「始源の神、ですか。たしかにヘイタさんは始源の神が親神となられていた時期はありましたが。神を子としたとは聞いていないのですが。それにどう見ても」


 とても綺麗ではあるが、ただの子供だと思う。先ほどのミナとのやりとりと見たのだからなおさらだ。

 だがその考えもララが神としての気配をわずかに出したことで訂正された。


「その気配は!」


 ブレスレットから感じられたものと同質のものだとミレアたちは目を見張る。

 パーシェが祈るように両手を組みながらララを見る。


「あなたが始源の神なのは理解できました。どうしてあなたがヘイタさんを父と呼ぶのかわかりません。ですが今は理由を問うよりも聞きたいことがあります。あなたならばヘイタさんを目覚めさせることは可能でしょうか」

「わからない。まだ調べてない」


 正直無事の確認とミナとのやりとりで、そこらへんが抜け落ちていた。

 ララは、再度ヘイタに近づいてその額に指を当てる。状態を調べるために少しばかりの力を注ぐ。するとヘイタの体内を巡るはずの力が消えてなくなった。もしかしてと思いつつ、もう少し注ぐ。


「勘違いじゃなかった」


 そう呟いたララに、なにがだろうという視線が集まる。それらを気にせず、ララは慎重に力を注ぐ。

 注がれた力がどんどん吸収されていき、一分後になにかがひび割れる音がヘイタから聞こえていた。

 まるで卵が孵化するかのような音に、皆の注目が集まる。

 そして薄かったヘイタの存在感がまし、はっきりとそこにいるのだとわかる。


「父上」


 ララが軽く揺すって声をかける。

 それに反応するようにヘイタが目を開く。ミナとララがすぐに抱きついて、ミレアたちは目に涙を浮かべる。


「よかった。成功したのか」


 無事目を覚ますことができたとヘイタ自身も安堵したように身を起こす。

 すぐに誰かが抱きついているのに気付き、それがミナとララだとわかり、心配させたのだろうとそのままにする。

 メイドも喜びの様子を見せながら、回復を知らせるため部屋を出ていく。

 ララはヘイタの体温を感じ甘えながら、顔を上げる。


「父上、どうして眠ったままに?」

「あー、力の前借をしたからかな、簡単に言えば」


 堕神の攻撃を受け止めたあのとき、ファグオニカの言ったように頑丈な壁を作ってもそれを支えるヘイタの力が足りなかったのだ。堕神に残ったすべてをかけた一撃は小神が防ぐにはとても重く、万全のララでなければ防ぐことはできなかった。

 だからといって諦めるわけにはいかなかった。背後にはララがいて、世界があって、守りたい人たちがいた。どうにかできないかと思って、足りてない力をよそから持ってくることにした。しかしあの場あの時に集めると、消耗しているララたちの力を奪うことになりかねかったため、どこかからもらうことにした。それが未来の自分からだった。

 この場をしのげても、消耗した無防備な姿をさらすこともわかっていた。万が一堕神の残滓に襲われでもしたらひとたまりもなく、自身を隠すことにしたのだ。疲れ切っての能力行使だったので、中途半端なものになって存在が薄れ、眠り続けるという結果になっていた。

 目を覚ましたのは借りていた力と同量の力が注がれたからで、それがなければ自然回復で必要量に達する半年近く眠り続けただろう。

 ついでにララと同じく命も削っていたが、これは合体して力が少し増して寿命も増していた分が削れただけで、大きな問題になっていない。平太が三年、エラメーラが二十年ほど削れた感じだ。それを二人は後悔していない。その程度で守りたいものを守れたのだから。

 説明を終える頃に、回復を聞きつけたリンガイが入ってくる。


「目が覚めたと聞いた!」


 起きているヘイタを見て、喜びの表情からリンガイは少し困った様子になる。今のヘイタを平太とエラメーラどちらで呼べばいいのかわからなかったのだ。

 それを察したヘイタは抱きついている二人を一度離して合体を解く。

 ベッドに並んで座る平太とエラメーラが現れる。

 ミナはすぐに平太に抱きついた。ララは少し迷い、平太とエラメーラの間に座って両者の腕を抱く。ヘイタを父と慕っていたのだから、二人が親だという認識だった。それにエラメーラはとても恐縮そうだったが、平太に仕方ないさと笑みを向けられて、似たような笑みを浮かべて頷く。

 熟年夫婦もかくやという雰囲気を醸し出す平太とエラメーラにパーシェたちやリンガイたちは驚きの視線を向ける。


「あの、ヘイタさんとエラメーラ様? 二人の雰囲気がその」


 パーシェが聞いていいものなのかと恐る恐る聞く。


「言いたいことはわかるわ。合体して互いのなにかもさらけだしていたから」

「言葉で語るよりも長い時間かけて一緒にいるよりも互いのことを理解してた状態だったよ。夫婦でもここまではってくらい」


 平太とエラメーラは互いを見て微笑む。

 入り込む隙間のないような雰囲気で、パーシェたちは今後自分たちは平太とやっていけるのだろうかと不安がよぎる。


「心配しなくていいの。私はあなたたちから平太を取り上げるつもりはない。形だけのつもりで、そのつもりはなかったのだけど横恋慕したようなものだしね」

「俺もエラメーラも仕事とかそういった感じで合体したんだよ。あそこまで溶け合うとは思ってもなかった。んでこれだけさらして、共にあるのが嫌じゃない。個として足りない部分が補完されて満ち足りる。これはもう仕方ないねって末永くお願いしますと互いに夫婦になることを認めたんだ」

「平太のあなたちへの想いもわかってる。合体していたときも大事に想っていることが感じられた。平太はあなたたちを必要としている。断言できる」


 いまや一番の平太の理解者となったエラメーラからの保証に、パーシェたちはほっとするやらジェラシーを感じるやらで複雑だった。

 その表情から彼女たちの感情を察してエラメーラは少し申し訳なさそうになる。だが平太から離れようとは思わなかった。今後パーシェたちとも一緒に過ごすのだからフォローしていこうと考える。


「エラメーラ様は幸せなのですね?」


 リンガイの確認にエラメーラは笑みを浮かべて頷く。


「幸せよ。一番大きな問題は終わった。まだ問題は残ってるかもしれないけど、それでもあれを乗り越えたのだからほかのものを乗り越えられないはずがない。平太がいて、ララがいて、あなたたちがいる。一緒に未来へと歩を進める人たちに囲まれて幸せじゃないはずがないわ」


 言いながらエラメーラは平太に手を伸ばして、握り返されたことにニコリと幸せそうな笑む。


「エラメーラ様が幸せなら、私は祝うのみです」

「ありがとう」


 神と人間の結婚をリンガイは聞いたことがなかったが、あのような笑みを見せられては異論など言えなかった。

 エラメーラと平太に挟まれた少女が何者かという疑問は残るが、この場は祝福のみを考え、結婚祝いのパーティーをどうするかといった思考に移っていく。

 

 エラメーラと平太に挟まれて上機嫌なララには未来が見えていた。

 オーソンなどを含めた合同結婚パーティーの中に、変装したドレス姿のエラメーラがいる未来。ミレア、ロナ、パーシェがドレスを着て祝福されている。花籠を持ってミナと競うように祝いの花を配っている自分。気配を隠した神の姿もあった。異世界からやってきた元勇者の姿もあった。平太とミレアを祝いに来たフォルウント家の面々もいた。

 誰もが笑顔あふれる楽しそうな未来だ。

 もちろんそればかりではない。堕神の欠片があちこちで事件を引き起こしている未来も見えた。その欠片の一つが平太の未来から力を借りたことが原因で、時空を超えたところも。そしてドラゴンが帰還した未来も見えた。

 そういったトラブルを平太たちが乗り越えている。

 エラメーラが言ったように、皆で未来へと進んでいる。色鮮やかな未来が待ちうけている。

 ララが望んだ未来が、掴み取った未来が見えていたのだ。

感想ありがとうございます

未来創造は思いつきませんでしたね


最初に考えた終わりに到着です

途中で長く放置しましたが、一応完結できました

ラスト三話は駆け足気味かなとは思いましたが、終わらせずにいるよりはいいかなと思います

これまで読んでいただけた人たちに感謝です

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。 良い物語をありがとうございました。
[気になる点] 頑張れない子供がいるだろうか? 答え>いないはずがない 逆では? これでは「頑張れない子供だっているに決まってる」という意味になってしまう 英語でもそうですが、否定を重ねると混乱しま…
[一言] とても面白かったです。素晴らしい小説を書いてくださって、本当にありがとうございます
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